第34話 魔女と少女の対決

 まだ日があるはずなのに、少し暗い森の中。

 対峙する少女と僕と、魔女。


「ふぅーん。あんたが世界を救う器ってやつなのねえん」


 そろそろつっこんでやるか。

 この魔女はいちいちイライラする変な語尾だな、まったく。


「そして、あんたが大事そうに握っているその鉛筆がさしずめ器を開くための鍵ってやつかしらん」


 やっぱり、僕のことを知っているんだ。

 この魔女はどこまで知っているんだ、ルシィのこと、僕のこと、そしてこの世界のこと。


「うふふ、そんなにビビらなくってもいいわよん。別に殺すつもりはないわん」

「……街のみんなは大丈夫……なの? ですか?」


 年上だからって別に敬語じゃなくていいよ、ルシィ。


「それはあんたの答えと、私の言うことを聞くかどうか、次第ねえん」

『言うこと聞くって、ルシィに何をさせるつもりだ?』

「あらん。ようやく口を聞いてくれたわねん。そこの鉛筆野郎やろうん」


 あー、イライラする。

 落ち着こう。こういう時に相手のペースに乗っちゃダメだ。

 それにまだアドバンテージはこっちにあるんだ。


「ふぅん、その鉛筆、随分と短いわねえん」


 ギクッ。


「10センチないくらいかしらん。一体何に使ったのかしらねえん」


 ギクギクッ。


 ……そう。ルシィと僕のアンドバンテージ。それはポケットに入っているカード。

 ルシィの願い事を既に書いてあって、まだ僕が願う前のカードだ。


 僕は気づいた。

 この能力は、ルシィが日記やカードに書いた瞬間に発動するわけじゃない。

 僕がその願い事を認識して、強く願わないと実行されない。


 だったらあらかじめ書いておけばいいんだ。

 不測の事態に備えて、あらゆる状況を想定して、カードに願い事を書いておくようにルシィに相談した。


 ルシィは当然、嫌がった。

 でも戦争っていうどこまでも理不尽で最悪なことからルシィの身を守るためには、その都度その都度、願い事を考えて書いていちゃ遅すぎる。

 だから僕は一生懸命説得して、ルシィをいっぱい泣かして、このカードにあらかじめ願い事を書いてもらった。ルシィは泣きながらカードにたくさんの願い事を書いてくれたんだ。


 あとは僕はその願い事を認識しておくだけでいい。

 実行するかどうかは、僕が強く願うだけでいい。


 一見すると最強かもしれないこの能力は恐ろしく制限がかかっていた。

 とんでもなく使いづらい。

 でも知恵と勇気と、誰かを守りたいって気持ちがあれば、それを克服することが出来る。


 僕はそれを証明してみせる。

 今ここに誰にも負ける気がしない、最強のチートスキルがあるんだ。


「……逃げたかったら、逃げてもいいわよん。私はそのほうがゾクゾクしちゃうん」

『逃げるもんか、ね。ルシィ』

「うん」

「生意気な小娘ねえん……。ちょーっとお姉さん、痛めつけちゃおうかなあん」

『のぞむところだ』


 魔女の顔がニタァっと残酷そうにゆがむ。


『行くよ、ルシィ』

「うん!」

「甘いわションベンたれー!」


 どんな罵倒だよ、とツッコミそうになるのを抑えて、振りかざされた魔女の手をルシィはとっさに避けて、木の裏に回り込む。ルシィがいた場所の落ち葉が舞い上がっていた。


 ――落ち葉よ、包み込め!!


「うわッぷ!」


 ルシィのポケットのカードが光った瞬間に、森の落ち葉が魔女を包み込む。

 まだだ。

 相手が本物の魔女なら、これしきのことで参るわけがない。


「泥臭いのよ!!」


 包み込んだ落ち葉を跳ね飛ばし、薄汚れた魔女の瞳が赤く、炎のように燃え上がる。


「本当に死なせてやろうか!」

「きゃっ!」


 しまった。

 魔女の手から伸びたつるのようなものが鞭のようにしなり、ルシィを跳ね飛ばした。

 木に叩きつけられる――


 ――枝よ、守れ!!


 その瞬間に、バキッと音を立てて折れた枝がおちてきて、ルシィの身を守るようにクッションになった。


「さっきからこれは、どういうこと!?」


 ……!?


「こざかしい小娘!」


 しまった。

 魔女の言葉を一瞬気にしたせいで、ルシィは魔女の手から生まれた蔓(つる)のようなもので、木に縛り付けられてしまった。


「ふふ……捕まえたあん……」


 でも、まだ大丈夫だ。これも想定内。


『ルシィ、痛い? 動ける?』

「痛くはないけど……動けないかな」


 弱々しく笑うルシィに僕の心が痛む。

 ごめんね、怖い思いをさせて。


「ちょーっと手こずっちゃったけど、これでおしまいよん。お姉さんの言うことを聞いてもらうわよん」

『……おい、魔女』

「生意気な口を聞くんじゃないわよ、たかが鉛筆野郎が」


 ……むっかつくなあ、もう。

 そうこうしているうちにニタァッと笑いながら魔女の顔がルシィの顔に迫る。

 頼むから、そんなキツい顔を近づけないでくれ。


「ふふ、あんたも魔法を使うようだけど、所詮ガキねん」

『そういうあなたも不思議な力……魔法を使えるようだけど?』

「気づいた? 気づいたあん?」


 ……。

 話したきゃさっさと話せばいいのに。


「この力はねえん。帝国の宝物庫にあった魔法のブレスレットの力よん」

『ブレスレット……?』

「そう、これよん」


 そう言うと見せびらかすように、魔女は袖を捲り上げる。

 確かにそこには、黄金色のブレスレット、なにか青い宝石のようなものがゆらゆらと光っている。


「この魔法のブレスレットはすごいのよん。私が頭に思ったことが、なんでもできちゃうのん」


 ……僕と同じ能力!?


「まあ、できないこともあるみたいだけどねん」


 それはつまり、条件も同じってことかな?

 でもいちいち紙に書かないといけないこちらと比べれば、はるかに使いやすそうだ。

 でもこの魔女……ひょっとして、まだ詳しい条件を理解していないかも。


『10年以上も続いた戦争が突然終わったのはそのブレスレットの力か』

「ふふ……っ。ふふふっ」


 うわあ。面倒そうなリアクションだ。


「分かるぅ? 分かるうう?」


 あー、はいはい。


「方法は教えて上げないけど、私が願い事を考えたらあっという間にチョチョイののチョーンよおん。それでもう、共和国のジジイ共も焦って敗北を認めちゃったわあん」


 やっぱりね。


「そればかりじゃないわん。宝物庫にあった魔導の本を調べたら、共和国には魔法の力を復活させる方法があるらしいじゃない? 何やら金髪の小便くさい小娘が鍵を握っているらしいじゃない? だったら有効活用しなくっちゃあん」

『……そういうことだったのか……』

「うふふっ。さあて、その小娘もどうやら魔法を使えるみたいだけど、どういう仕組みかしらん。おおかたその鉛筆あたりが触媒かしらん?」


 ジリっと迫る魔女の手が、僕に伸びる。


「いやっ! 触らないで!」


 強く拒否するルシィ。

 大丈夫。

 この勝負、ルシィと僕の勝ちだ。


 ――つるよ、解けろ


「ひえ!?」


 ルシィを木に縛り付けていた蔓が、鞭のようにうなり、解けた。

 ついでに反動で魔女に襲いかかる。


「これはどういうこと!?」


 慌てて離れた魔女に、ルシィがまっすぐ睨む。

 まだだ。

 この森の中で叶えられるであろう、最強の願い事を喰らえ!!


 ――動物たちよ、襲いかかれ!!

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