第33話 森の妖精たち
困ったな。
地下水道からどこに飛ぶか候補を考えていた。
時計塔? 地上? それとも未知のどこか?
もちろん、黒い森も一瞬考えた。
でも黒い森は、ある意味では一番嫌なパターンだった。
うーん……どうしよう。森から脱出する?
それともこのまま女の子に森の中でサバイバル生活させようっての?
「ペント? どうしよう?」
『そうだねえ……、ちょっと考えたいからお母さんの手紙を読もうか』
「あ、うん。そうだね」
帝国兵に連れだされる前にお母さんから渡された手紙。
僕向けだって言っていたけど、一緒に読んでみよう。
ルシィが小さな肩掛けカバンからゴソゴソと手紙を取り出して、大切そうに開く。
「読んであげようか?」
『読めます』
「ちぇー」
僕は子どもかっての。
えーっとなになに……。
*
*
*
ルシィの素敵な
そしてお母さんの大好きなルシィへ。
ペント、と言ったかしら。
この手紙を読んでいるということは、私はルシィを守れずに手を放してしまったことでしょう。
その代わり、あなたにルシィを守るよう、お願いしているはずです。
今どこにいるのかしら?
街の中? 地下水道? 黒い森?
可能性は色々考えたけど、多分、黒い森の中にいるだろう、と想定しておきます。
つまり、まだ黒い森にいなかったら、まずは黒い森を目指してね。
その前に、ルシィや
実を言うと私も、その話を町長さんからついこの前、聞いたんですけどね。
かつてこの世界には魔法と呼ばれる不思議な力がありました。
魔法によってこの世界は戦争が繰り返され、とても荒廃してしまいました。
しかしおよそ100年前に魔法が失われてしまい、戦争もなくなりました。
大人たちは考えました。
魔法の力があるから戦争が起きたんだ。魔法のことは封印しよう、と。
教科書から魔法のことを削除し、何からなにまでお伽話のことのようにされたのが、今の世界なのです。
今の帝国はかつて魔法があったことを知ったのかもしれません。
古に失われた魔法を蘇らせて、この世界を支配しよう、そう考えているのかもしれません。
ルシィは世界や人類を救う存在のようです。
ひょっとしたら帝国がルシィを探しているのは、その失われた魔法を蘇らせるためのヒントだからかもしれません。
もしそれが本当なら、ルシィの身に何が起きるかわかりません。
何よりこの世界がまた魔法によって戦争が繰り返される、ひどい世界になってしまうでしょう。
そこでみんなで話し合いました。ルシィの身は何があっても絶対に帝国に渡してはならない、と。
もしこの手紙をルシィと
そしてもうひとつ、黒い森には本当の秘密があります。
ブアンドロセリの森は昔、”妖精と魔法の森”という名前だったそうです。
私も詳しいことはわかりませんが、森は神様の下で魔法を学ぶための唯一の場所で、普通の人間の干渉を拒む不思議な場所だそうです。
妖精が認められた人間だけが、魔法を学ぶための場所に案内されるそうです。
ただ現在は魔法が失われてしまったので、妖精の働きがよく分からなくなっているみたい。
そして森の中には時計塔と同じ紋章の、転送魔法陣がいくつか存在するそうです。
それを見つけて使いこなすことができれば、無事に逃げられるかもしれません。
……と言っても、逃げる場所に困ると思います。
町長さんがおっしゃるには、東西南北それぞれの街に信用できる人がいて、万が一の場合は匿ってもらうように秘密の暗号を作ったそうです。
もし無事にどこかの街に逃げ出すことができて、ルシィに話しかける人がいたら、こう聞いてみてください。
「この街にお花畑ってあるんですか?」と。
もしその人が、町長さんがおっしゃる信用できる人だったら、こう答えるはずです。
「とっても大きいお花畑があるよ。好きな花があるのかい?」と。
そしたらこう答えてくださいね。
「”野ばら”が好きです」って。
きっとその人はルシィのことを助けてくれるはずです。
もしそれすらも無理なら、帝国の手が及ばないであろう伝説の国、日本を目指してみるといいかもしれません。
さて長くなりました。
もし無事に帝国の手から逃げることが出来て、またいつかダントンの街に戻る事ができたなら、必ずいつものお家に帰ってきてくださいね。
お母さんとお兄ちゃんは、ルシィと素敵な
ルシィの大好きなお母さんより。
追伸:
ルシィを泣かしたら承知しないわ。
あと、うちの可愛い娘に変なことしたら、どうなるかわかっているわね?
*
*
*
お母さん。
感動の手紙が最後の一文で台無しです。
「変なことってなあに?」
『ルシィはまだ知らなくていいです……』
「えー。ぶうぶう」
ほらー。興味もっちゃったじゃん。
それにしても、過去に魔法があったなんて。まあ確かに言われたらそんな名残はあったけど。
100年前のことを教科書から削除して歴史をまるごと隠しちゃおうって随分と大胆なことするなあ。
僕もこの世界に魔法はないんだなーって完全に信じてたよ。
あ、自分の能力は別ね。
『でもまあ、これでどこに行けばいいか分かったよね』
「そだね」
『まずは森の中にある、”転送魔法陣”ていうのを探そう』
「うん、でもさ。魔法って失くなったのに、なんで”転送魔法”なんだろうね」
『うーん……。ここが元々そういう森だから、名残があるんだろうね……」
「そっかあ」
ルシィはわりと呑気だけど、この状況は余りよくない。
何しろこの森の中にあるらしい、転送魔法陣なるものが、どこかにあるか全く分からないんだもの。
困ったなあ。またアテもなく歩かなきゃいけないなんて。
それに行き先は東西南北のどこかの街?
もし無理ならどこかにあるかもしれない伝説の国、日本?
一体どこまで帝国から逃げればいいんだろう。途方も長くて遠い旅路になりそう。
そもそも……僕の身が持てばいいんだけど。
『うーん……お腹すいた?』
「……うん、少し」
『サンドイッチ、食べる?』
「じゃあ1個だけ……」
用意周到すぎるお母さんが用意してくれたサンドイッチは3食分だ。
ルシィが小さなサンドイッチをかじっている間に、僕も考える。
うーん。どうしようかな。
前回の経験から、この森は歩いた距離とか方角はあまり関係ない気がする。
この森はそういう人間の常識では計り知れない何かがある。
なんかこう、おまじない的な方法で目的地にたどり着けるんじゃないかなあ。
「ねえねえ、ペント。どうしよう?」
『あ、食べ終わった? 少し歩いてみる?』
「いや、そうじゃなくってホラ、あれ」
『え? あ……』
ルシィから少し離れた所に妖精がいた。
ほんわか優しい光に包まれてふわふわ揺れ浮いている。
しかも1人だけじゃなく、3、4、たくさんいる。
『おおう、これか』
「なんか、おいでおいでって手招きしてるみたい」
行くか、行っちゃうか。
お母さんの手紙の通りなら、妖精は神様的の所に案内してくれるらしい。
ひょっとしたら転送魔法陣なる所に案内してくれるかも。
『ついていってみよう』
「うん」
ルシィは妖精の後ろを付いて行く。アテがないよりまだマシだ。
そして少し歩いただけで、すぐにそれっぽい所にたどり着いた。
「これが転送魔法陣……?」
『かな?』
妖精の祠でもない、妖精の塔でもない、ルシィよりも小さい、石灯籠のようなもの。
確かに先端に、あの紋章が形どってある。
ここを触ればまたどこかに飛ぶのかな?
「じゃあ触るね」
『うん……』
そっと手を伸ばしたルシィの背中に、冷たい言葉が叩きつけられた。
「ざんねーん。そうはさせないわよん」
「え……」
『うっそー。こんなところで?』
驚いて振り返るルシィの前に、いつの間にかあの魔女がいた。
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