第32話 魔女の瞳

 公園に集められた街のみんな。魔女がみんなを見定めるように、冷たい視線を送る。

 帝国はルシィを探しているんだ。


「この中に、ブロンドカラーの髪で、すこし人より目立ってる小娘がいるでしょう? 私が用があるのはその小娘だけよん。その娘さえいれば、こんなカスみたいな街に興味はないわん。さっさと差し出しなさいよん」

「……」


 みんな、分かってる。それルシィのことだよね、て。

 ……みんな、どうするのかな。裏切る人がいたら……たぶん、どうしようもない。

 あ、誰か立った。


「ここの町長です。発言してもよろしいか」

「……手短にねん」

「ありがとうございます。ペニヒア第一皇女殿下」


 丁寧に頭を下げてるけど、町長さん大丈夫かな。


「そのような娘、確かにおりました」

「いた?」

「はい、ですがこの街に帝国軍が来る、と聞いて先日のうちに一家ともどもこの街から逃げ失せたようです」

「……・ふーん」


 魔女が町長を睨みつける。

 そして手をかざすと、魔女の体全体が、青白く光った。


「ぐ……がっ……!」


 すぐに町長が首元を抑えて苦しそうな表情を浮かべる。

 あれは……魔法?


「やめて! やめてください!」


 町長の奥さんかな。おばさんが懇願しようと魔女に近づこうとして、兵士に取り押さえられた。

 どうしよう、あの魔女、本物だ。

 魔女が手を下ろすと、町長さんも開放されて激しく咳き込んだ。


「つまんない嘘はいらないわん。この辺の街道は封鎖済みよん」


 まずいなあ。

 ざわつく街のみんなに紛れて、ルシィも小声でお母さんに耳打ちする。


「どうしよう、あたしを探してるんだよね? 出たほうがいいよね?」

「あなたは黙ってなさい」


 でもお母さんは即否定。

 うん、こういう時は絶対に出ちゃダメだ。ロクなオチじゃないんだ。


『ルシィ、我慢だよ。絶対に大丈夫だから』

「うん……」


 僕はルシィを励まそうと思った。

 その時、魔女の低くて冷たい声が響く。


「はい、静かに。今、人ならざるモノの声が聞こえたわん……」


 ええ?

 まさかあの魔女には僕の声が……聴こえるの?

 魔女はゆっくりと首を振り、目を細めて、舐め回すようにみんなを見渡す。

 そしてその視線がこちらに向いた時、


「……そこ!!」


 ルシィが指さされた。

 どうしよう、見つかった。僕も焦った、その時だった。

 街のみんなが一斉に立ち上がったんだ。


「ミズ・ミシュリーヌ!!」

「ええ!」

「それ! やっちまえ! 俺たちの街で好き勝手しやがって!!」


 戦争にいけなかった何人かの男たちが、一斉に帝国兵に襲いかかる。

 そこには時計塔のあのお爺さんもいた。


「ちょっと、なにすんのよ!?」


 魔女も予想外の出来事だったのかな。少し慌てている。

 お母さんの周りをさらに何人かの男たちに囲む。これに合わせてお母さんも走った。

 そのお母さんはルシィを小脇に抱えているんだ。

 お母さんすごい。すごい力だ!

 ルシィだって9才だからそれなりに体重があるはずなのに、片腕でそんなの感じさせないほど軽々と持ち上げている。

 そして時計塔に飛び込んだ。


「おかあさん!」

「早く行きなさい! 騎士(ナイト)くんが守ってくれるわ!」

「そうだ! 早くお行き!」

「がんばれ! 絶対に逃げるだよ! ルシィ!」

「早く!!」


 街のみんなの声が温かい。みんな格好いい。

 最初からみんなでルシィを守るつもりだったんだ。


「でも……」

『ルシィ、みんなの気持ちを無駄にしちゃうよ。ここは逃げよう』

「……」

「ルシィ! 早く!」


 誰かの声に反応するかのように、ルシィは踵を返す。

 そして時計塔の階段を登り始めた。


 街のみんながルシィを時計塔に逃した理由。

 それはもう分かりきっているけど、最上階の転送装置を使うためだ。


 階段を一気に登りきって、ルシィは肩で大きく息をしている。

 時計塔の下の公園では、喧騒がまだ聴こえる。急がなくっちゃ。

 ルシィの目の前にはあの壁の紋章。

 特に光っているような反応はないけど、ちゃんと起動してくれるんだろうか。

 まあ、起動してくれなくちゃ困るんだけど。


「いくよ……」

『うん』


 ルシィがそっと触ると、周りの風景が変わった。

 よかった、成功だ。

 無事に地下水道に移動したみたいだ。


 ルシィを時計塔から地下水道へ逃そう、それがみんなの考え。

 この公園に集合、って聞いた瞬間に僕も察したよ。

 これにはちゃんと勝算があって、あれから地下水道を詳細に調べて、地図を作っちゃったんだ。

 そしてあの時の子どもたちが気づかなかったものまで見つけていた。

 それは、地下水道の紋章、つまり転送装置と思わしきもの。


 地下水道と言っても井戸と繋がっているし、すぐに帝国にも見つかるだろう。

 だけど地下水道は結構複雑だ。

 そこからさらにどこかへ転送するなんて思いもしないだろう。


 地下水道からどこに転送されちゃうのか分からないから、これは大きな賭け。

 だけど、このまま何もせずに帝国に……あの魔女に捕まっちゃうよりずっとマシだと思う。


『ルシィ、地図を渡されたよね。見せて』

「うん」


 すごいね。

 紙に描かれた地下水道の地図は、分かれ道ごとに番号が振ってあって、とてもわかり易い。”紋章はここ”っていうのもちゃんとはっきりしている。


『目は慣れてきた? ここがどこか分かる?』

「見えるよ、大丈夫」

『じゃあ、少し歩こうか』

「うん……」


 結局、どんな状況になってもルシィ自身にがんばってもらうしかないのが、この作戦のツラい所。

 僕としては何人かルシィに付いてきて欲しかったんだけど、あえて誰も付いて来なかった。

 それはつまりお母さんが信じているんだ。僕がルシィを守るはずだって。


「あ、壁に5って数字が書いてあるよ」


 どこまでも親切設計だなあ。

 地図には角や十字路ごとに番号が割り振ってあって、現在位置をすぐに把握できるように、壁と地図をちゃんと対応させてるんだよ。

 前に来た時にはなかった大きな文字、十字路の壁に描かれた数字の5。

 これも大人たちが書いた字だ。その数字の下にも小さく”→4”、”↓3”、”←2”って書いてある。

 地図を見ると……ふむふむ。ここだね。


『じゃあ、こっちを左だ』

「うん」

『次の角を右に曲がると、また十字路があるはずだよ』

「うん」


 ルシィの足取りが少し軽くなってきた。


『この十字路があと2回あるけど、ずっとまっすぐ進んで。突き当りを左だ」

「はーい」


 いいぞ、ルシィにもいつもの調子が戻ってきた。

 それからまた迷路のような地下水路を歩くと、突き当りの壁にあの紋章があった。


「これだねえ」

『うん……。怖い?』

「……ペントが一緒なら平気」

『うん、絶対に守るから』


 この転送装置の先がどこに繋がっているのか分からないから、ちょっと怖い。

 でも今はためらっている場合じゃない。


『これに触れば、またどこかに飛んじゃうと思う』

「だよねー。どんな所かなあ」

『ねー』


 こんな状況なのに、ルシィはいい意味ですっごくマイペース。

 これからもどんなことがあっても、ルシィと僕なら乗り越えられる気がする。


「じゃあ触るね」

『うん』


 *

 *

 *


 ああ、この感覚。すごく久しぶりだ。

 太陽の光を通さない影。わずかな木漏れ日。

 小鳥のさえずり。風に揺られて囁くようなかすかな葉の音。


「あの森だよね?」

『そうだねー……』


 ルシィと僕は、ブアンドロセリの森、通称”黒い森”の中に飛ばされていた。

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