第31話 帝国の魔女

 コガリア共和国とベルボルド帝国は10年以上前から国境で戦争をしていた。

 これは社会科の授業で学んだことなんだけど、ダントンの街は国境から1000キロ以上も離れている。


 東京-大坂間が500キロ。

 1000キロって行ったらその2倍だ。

 単純に一直線で考えたら東京-福岡間くらい。

 飛行機なら1時間30分。新幹線でも6時間。車なら13時間。徒歩なら休みなく歩いて230時間(約10日)だって。

 要するにつまりこれは、結構遠い。


 共和国が帝国との戦争に負けてから、たったの3日で帝国兵がやってきた。

 飛行機も新幹線も車もないこの世界でたったの3日だよ?

 つまりこれは、結構早い。


 緊急の集会でお母さんを始め、街のみんなは、ダントンから逃げ出そう、という話もしていた。

 でも町長さんがすごく残念そうに言うんだ。


「街の中にいる限り、身の安全は保証するという話が届いている。だが街を離れれて街道に出たら問答無用で生害に及ぶ、という警告も同時に届いている。このまま残って身の安全を確保した方がいい」


 これが戦争ってやつだ。実に腹立たしい。

 大人の勝手な理屈で街の平穏も子どもの夢も、何もかも滅茶苦茶にしてしまう。


 その時、町長さんがお母さんに耳打ちしているのを、僕は見逃さなかった。

 そしてなんとなく聞いちゃったんだ。


「となり町の友人が言うには、帝国はどうもブロンドカラーの少女を探しているらしい。ひょっとしたらリュシルを……」

「……わかりました」


 みんな家の中で大人しくして、事の成り行きを見守っていた。

 ルシィと僕、そしてお兄ちゃんはカーテンを閉じた2階の子供部屋から、往来の不穏な様子を見守るしかなかった。


「ね、あれが帝国の兵隊さん?」

「そうだね……」


 カーテンの隙間からそっと見る兄妹。

 その視線の先には甲冑姿の行軍がいる。


「あれが……お父さんを殺した人たちだ」

「……そっか」


 そういうことになるね。嫌だな。子どもにこんな思いをさせなくちゃいけないなんて。

 街道沿いに、たくさんの帝国の兵隊たちが歩いて行った。

 朝ごはんを食べた後しばらくして、お家の扉が荒っぽく叩かれた。


「市民は全員、時計塔の公園に集合せよ。第一皇女殿下の勅命である」

「……!」


 うーん……。今の僕にはまだ何もできない。

 お母さんが用意してくれた服、そしてと黒髪のウィッグを被って、ルシィは着替えを済ませる。


「お母さん、大丈夫かな」

「ルシィ、あなたがなんであろうと、いつも通りにしてなさい。お母さんも、あなたの素敵な騎士(ナイト)も絶対に守ってあげるわ」

「うん」

「ほら、これも持って行きなさい」

「……うん。これは?」

「地下水道の地図と、サンドイッチを3回に分けて食べられるようにカットしてあるわ。ひょっとしたら役に立つから。それから……」

「?」

「これは素敵な騎士(ナイト)くん向けの手紙。万が一のことがあったら一緒に読みなさい」

「……!」

『……わかった』

「わかったって……」

「お願いね。騎士(ナイト)くん」


 お母さんはルシィに肩掛けのかばんを預けて、優しくキスを交わす。

 僕は絶対にルシィを守ってみせる。そのための作戦も考えてある。

 集合場所を時計塔の公園に指定したのはきっと町長さんだ。ルシィの小さな手に渡された紙切れも、それに関わること。

 僕と同じように町長さんも、お母さんもルシィのことを考えている。


『大丈夫だよ、ルシィ。僕は絶対に君を守ってみせる。それに前の日、あれだけがんばったよね』

「……うん」


 じゃあ、行こうか。

 腕を掴まれて、引きずり出されるように家から出された。


「母親1人に、兄と妹で計3名。間違いないな」

「子どもが怖がっているでしょう! そんなに手荒く扱わなくても逃げやしません!」

「……口の聞き方に気をつけろよ」

「ふん!」


 帝国の兵士5人組を前にしても全くひるまないお母さんが強すぎる。

 子どもを守ろうとするお母さんはこの世で最強だ。


「……おい、この家にブロンドの髪の娘はいないのか」


 ……やっぱりね。そう来るよね。


「そんな子はいないわよ。ここには私とそっくりの髪の毛の色の子どもが2人、ここにいるでしょ。あんたたちの目は節穴かしら?」

「……ちっ。早く行け」


 帝国の兵士は表情が見えないフルフェイス型の兜を被っていた。兵士の前後を挟まれるようにお母さんと2人の兄妹も連行されていく。

 その兄妹の髪の色はお母さんそっくりの黒系の髪の色。もちろんルシィは黒髪のウィッグで誤魔化しているけど。

 やっぱり、帝国はルシィを探しているんだ。


 公園には街の住民が本当に全員集められていた。

 数百人くらいかなあ。帝国の兵士たちに囲まれて、みんな公園の広場に座らされている。

 ざわざわと騒がしい所に、お母さんやルシィたちも詰め込まれた。


「静まれ!」


 1人の兵士が大声をあげる。その声で公園が沈黙に包まれた。

 ブルブルと震えるルシィの小さな手が、僕を強く握りしめる。


『大丈夫だよ。絶対に大丈夫』


 ルシィは返事をする代わりに力が少し緩んだ。


「こちらはベルボルド帝国第一皇女殿下ペニヒア様である。総員、注目!!」


 へえ。帝国ってそんな人がいるんだねえ。他国の情報は初めて知ったなあ。

 教科書にはそんなの乗ってなかったよ。帝国のことは単に国境を巡って戦争中です、としか書いてなかったからなあ。


「これで全員かしらん?」


 そして街のみんなの前に女の人が姿を現した。

 皇女っていうからどんな上品な人かなあ、と思っていたらとんでもなかった。

 年はちょっと若そうに見えるけど、おおよそ皇女とは思えない身なり。

 体にピッタリとあった黒色のドレス。その首元、袖口にカラスの羽。

 きつい香水が臭ってきそうなくらい、濃すぎる化粧。

 もう、ベタベタすぎて笑っちゃうほど、悪い魔女の姿なんだもん。


「どういうこと? 私はブロンドヘアの小娘を片っ端から捕まえなさいって言っていたでしょう? これで全部なのかしらん?」


 みんなの前に後ろ手に縄を縛られた何人かの女の子が集められていた。

 その中のひとりを見て、ルシィは小さな悲鳴を上げる。


「ロマーヌ……!」


 確かに、ロマーヌは髪の色がブロンドだからプラチナブロンドのルシィと似ているかもしれないけど。


「それが……その、これで全部のようです」

「……ふーん……。あんたたちは本当に無能ねえん」

「え?」

「これ、全部外れよん」

「……申し訳ございません……」

「ちっ。やっぱりガキを全部集めろって命令にしておけばよかったかしら」


 そしてペニヒアっていう魔女の視線が集まった人たちに向けられる。


「つまりここに探しものがいるってわけねん……」


 うう。

 心の奥底に忍び寄るような、冷たい視線を感じる。

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