第29話 僕の秘密

 ルシィは”永久とこしえの聖女”という存在のようです。

 世界、そして人類を救う、らしいです。いつ救うのか分からないけど。

 お母さんとルシィは直接的な血のつながりはないかもしれないけど、神様的な存在から出産と養育を託された……という事になるよね。


 僕は神話のことはよく分からないけど、神話ってどこにでもあって、大体がよく似ているらしい。

 ひょっとしてルシィは神話に関わっているような、そんな子なのかな……。


『あ、でさあ。ちょっと聞きたいんだけど』

「お母さん、ペントが聞きたいことがあるって」

「なにかしら」

『僕の存在って予言されていたんだ?』

「ペントのことは予言されていたのか、って」

「……いずれルシィの騎士ナイトが現れる、としか聞いていなかったわ。まさかそれが鉛筆だとは思わなかったわよ、私も」


 ですよねー。

 うーん……。つまり僕のこの鉛筆人生は、何か意図があって、誰かに仕組まれて、ここに転生されちゃった、という事だ。

 僕の予想通りなら、おそらくは何かの手違いで。

 本当はもっと気の利いた生物に転生させるつもりが、鉛筆に魂を落としこんじゃった、という事のような気がする。

 もし神様がいるのなら、一言文句を言ってやりたいけど、今はそれどころじゃない。


『はい、質問でーす』

「ペント君から質問です」

「まだあるの?」


 爆弾発言ぶちかましておいて、そんな面倒そうに言わないでよ。


『この世界に日本があるの?』

「この世界に日本はあるのかって」

「……噂では、あると聞いたわ」


 噂……?


「でも地図のどこを探しても日本なんていう国、あるいは地域は存在しない。伝説じゃないかって」


 おお。我が母国よ。

 存在が伝説として扱われていますよ。


『僕はその、日本という国から来たんだ』

「えっ! そうなの!?」

「ど、どうしたの?」

「ペントって日本から来たんだって」

「あらまあ、それはすごいわ。とてもワクワクするようなお伽話ね」


 日本はお伽話の存在じゃないけどね。


『ルシィの話を知っている人ってどれくらいいるんだろう』

「ねえお母さん、あたしの、その秘密ってどれくらい人が知っているの?」

「……私と、イヴェット先生、町長さん、町長さんが信用できる人っていう何人か、ってところかしら」


 本当に信用できる人しかルシィの身の上を知らないんだね。ちょっと安心。

 お母さんは、ルシィが世界や人類を救う存在だっていうことを、どれくらい信じているんだろう……。


『お母さんは、ルシィがどこかに行ってしまう気がしているのかな』

「……!」

『あっごめん! 今のなし!』


 不用意だった。馬鹿だな、僕は。

 せっかくルシィがお母さんの本当の気持ちを知って安心したはずだったのに。


「ねえ、お母さん。あたしはいつか世界とか、その”じんるい”を救うために、どこかに行くのかな」

「……」

『……ごめん』


 お母さんは何も言わずにルシィを抱きしめた。


「そうね……。正直わからないわ」

「お母さん……」

「でもね。あなたはどこか不思議な子だけど、私がお腹を痛めて大切に育ててきた、自慢の娘よ」

「うん」

「あなたがどこかに行ってしまうことになったとしても、ここはあなたのお家だし、私はいつまでもここであなたの帰りを待つわ」

「……ありがとう、大好き。お母さん」

「私もよ、ルシィ」


 静かに頬を濡らしながら、抱きしめあう母と娘。

 参ったね。お母さんはどこまでもお母さんだ。敵わないなあ。

 お母さんはやっぱり偉大だ。


『ありがとう、僕はちょっと色々考えるよ』

「うん、ペント。ありがとうね。本当にお母さんに聞いてよかった」

「ふふ。だいぶ夜更かししちゃったわね。もうそろそろ寝なさいな」

「うん」


 また優しく抱きしめて、キスを交わすお母さんとルシィを横目に、僕は真剣に考えた。


 この世界に日本の存在が伝説として存在している。

 日本自体があったのか、それとも異世界の存在として、ゲートか何かを通して交流があったのか。


 そもそもこの世界は平行世界か何か? 全く関係無い異世界?

 物理法則自体は地球と同じように適用されているように見えるけど……。じゃああの転送装置はなに?

 妖精の祠での出来事。妖精の塔のこと。妖精の存在。

 色々な仮説が立ちすぎて、まるで考えがまとまらない。そもそもルシィの誕生の秘密は分かったけど、世界を救うとか、謎が全く解決していない。


 ああ、もう面倒だ。とりあえず、あるがままを受け入れるしかないってことは確かだ。

 僕は何者かによって、作為的に転生する羽目になった。与えられた役目はルシィの騎士ナイト

 ルシィも重大な役目を負っているみたいだ。

 ルシィと僕の感情に恋愛があるのか分からない、ただの親子みたいなものかもしれない。

 でも僕はルシィを守る。

 それだけはこの世界がどうあっても変わらないんだ。


 お母さんから衝撃の話を聞いたその日の夜。

 ベッドの中でいつもの内緒話のこと。


「ねえ、ペント」

『なあに?』

「ペントのいた、日本っていう国はいいところ?」

『うーん……そうだねえ、難しいなあ』

「難しい国なの?」


 ごめん、そういう意味じゃなかったけど、ある意味ではそうなのかも。


『まあ、平和で楽しいところではあるよ』

「そっか、一度行ってみたいな」


 その願い事は、叶う気がしない。

 元の世界に戻るなんて、考えたこともなかったな。ルシィを僕の世界に連れて行くにしても、どうやって?

 具体的な方法が全く思いつかないよ。


 ふわあ、と大きなあくびをひとつ。


「おやすみ、ペント。だいすき」

『おやすみ、ルシィ』

「うん……」


 この可愛い寝顔は、ずっとこのままでいて欲しいと心から願う。


 *

 *

 *


 4月の間じゅう、僕はいっぱい勉強した。

 ルシィもそれに付き合ってくれた。主に本をめくる役として。


 小学5年生の教科書、6年生の教科書

 そして中学生の教科書を借りて、特に理科と社会を徹底的に、全部読み尽くして調べた。


『ふっつー!』

「そ、そうなの?」

『うん。ものすごく普通だ、この世界』

「そっかあ」


 学校の図書館にこの世界のことを説明しているような本を探して調べたけどまるで普通だ。

 そうだなあ。

 この世界はヨーロッパの1400年から1600年頃の雰囲気にとても似ている。

 産業革命が起こる以前の、ちょっと不便だけど長閑のどかな時代だ。


 もちろんお伽話や伝承として魔法とか妖精とか不思議なことがあるらしい。

 でも教科書はどこにもそれらが実在するものとして説明していない。あくまでフィクションだ。

 そして教科書には日本の”に”の字なんか、どこにもありやしない。


 辛うじて、図書館にあった”世界のお伽話集”という本の後書きに「この世界には日本という伝説の国があるそうですが詳しいことは不明です」とあった。

 たったこれだけ、本当に一文だけ。もう少し興味を持って調べてよね。 

 なんだろうね、この世界。よくわかんないや。


 ちなみに僕が勉強するのに付き合ってくれたルシィを見て、周りから天才少女現る、とちょっと評判になった。

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