第28話 ルシィ誕生秘話

 この世は弱肉強食の世界だ。

 生物は捕食する側と捕食される側に、明確に分別される。

 さらには同属関係ですらも、捕食関係が発生する。

 だけど人間はお互いに殺し合い、食べる関係を否定した。


 それでも人間は争う。

 理由はいくつかある。

 信念の違い、価値観の違い、性別の違い、外見の違い、等々。


 他者と違う、ということが許容できなくなった時、人間はそれを排除しようとする。

 それはとても当たり前のことだと思う。

 許容できない存在を近くに置いて、自らの命が脅かされるなんて、生物としてありえない。


 でも人間は言葉という武器を手に入れた。

 言葉は他者との違いを認識し、意識を共有し、違いを克服することができる。

 拒絶すべき違いを許し、許容できる理由に替えることができる。

 それが人間が手に入れた、言葉という武器だ。

 もちろん、言葉は武器だから、人を簡単に傷つけることもできるんだけど……。


 人間はコミュニケーションを取ることが出来る、数少ない生物なんだ。


 ルシィから


「どうしてこんな事になっちゃったんだろうね」


 と聞かれたので、そんなことをドヤ顔で言ってみたけど、ルシィはキョトーン。9才の女の子を相手に何を言っているだろうね、僕は。


『とりあえず、何が言いたいかって言うと、ちゃんとお母さんとお話しましょうね、ってこと』

「それなら分かる」

『う、うん』

「ペントは時々どこかに行っちゃうよね」


 さいですか……。

 ちぇっ。9才児め。僕の熱い思いが通じない、このもどかしさ。

 やっぱり恋愛云々じゃなくって、ただの親子関係のような気がしてきた。


 *

 *

 *


 気を取り直して、夕食の後。


「あのね、お母さん」

「なにかしら」

「大事なお話と、聞きたいことがあるの」

「……」

「このあとすこしだけ時間いい?」

「……いいわよ。歯を磨いたら、お皿を洗うの手伝いなさい」

「……僕は先に寝るね」

「あ……ごめんね、お兄ちゃん」

「うん、おやすみ」


 とまあ、そんな感じでセッティング完了。

 さて。

 がんばろうか、ルシィ。


「それで、お話って何かしら」


 お皿を片付けてダイニングルームのテーブルにハーブティを入れたカップが2つ。

 ソファに並んで座ったお母さんは優しくルシィの頬を撫でている。

 ルシィもハーブのいい香りに少し笑顔。


「えっとね、お母さんはもう気づいていると思うんだけど」

「うん」

「あたしね、このえんぴつの声が聴こえるの」


 母娘の目の前に差し出される僕。

 ちょっと顔が近い気がします……。


「……そう、驚きね」

「そ、そうだよね……」

「その鉛筆がどうかしたの?」

「あたしはこのえんぴつに、ペントって名前をつけたの」

『どうも、お母さん。ペントです』

「……そう」


 まあ、大して驚かないよね。

 公然の秘密でしたから。


「それで、ルシィが聞きたいことは何かしら」

「その、ペントとね、話したの」

「なんて?」


 お母さんの声はすごく優しい。

 これが母娘の関係だよね。ルシィは絶対、1人なんかじゃない。


「あたしがね、顔とか髪の色とか、お母さんやお兄ちゃんと全然違うから、拾われた子じゃないかって」

「まあ!」

「そしたらペントがね、そんなことはないって。あたしはお母さんの子どもだって」

「……」

「でも、あたし、わからなくなっちゃって……」


 頬にうっすら光る涙に、お母さんの指がそっと触れる。


「だからちゃんと聞きたいの。あたしはお母さんの子どもなの? 拾われた子なら、どこで拾われたの?」

「……」


 よくがんばった。

 よく言えたね、ルシィ。

 えらいえらい。


「ねえ、ルシィ」

「うん」

「お母さんは嘘は嫌い。だから前に言ったよね。秘密にするのはいいけど、嘘はダメよって」

「うん」

「だからこれから話すことは全部本当のことよ」

「うん」


 *

 *

 *


 10年前。

 黒髪の女性と、赤毛の男性が生まれたばかりの赤ん坊を抱いて黒い森を訪れた。

 22歳のミシュリーヌとその夫、23歳のオレルアン=タラバルドン、若い夫婦である。

 ブアンドロセリの森に訪れた目的はピクニック。


 オレルアンは冒険家でもあった。


「この世界にはまだまだ分からないことがいっぱいある。その謎を解き明かしたいんだ」


 それが口癖だった。


「この森に、妖精の塔っていう不思議な塔があるんだ」

「そうなの?」

「その塔で一つ試してみたいことがあってさ」

「もう! また冒険の話?」

「いやいや、冒険だって捨てたものじゃないさ。それに今回手に入れた神話の逸話は、実に面白い」

「神話?」

「そう、極東の島国の神話でね、日本神話って言うんだ」

「日本? 聞いたことないわね」

「その神話によると、イザナミ、イザナギという男女の神がアメノミハシラという塔をお互い反対側に回って――」



 ――はい、ストーップ!!

 ストップ! ストーップ!!


 *

 *

 *


「なによ、いいところなんだけど」

「ごめん、なんかペントがうるさい」

『そりゃそうでしょ!? 何をしれっと日本神話とかイザナミとかイザナギとか、僕の聞き慣れた言葉が出てきてんの!? この世界に日本なんかないでしょ!?』

「なんて言っているのかしら」

「なんかねー。その日本っていうのはペントに馴染みのあるところみたいだよ」

「そう、でしょうね」

『ええ……!? なにその反応。僕、怖いんだけど』

「まあ、聞きなさい。ルシィの誕生には、多分そこの鉛筆……ペント君も関係してくるわ」

『そ、そうなの?』

「なんかねー。すごくびっくりしてる。ペントってば可愛い」


 なんだこれ。僕の動揺が止まらない。一体どんな秘密があるっていうのさ。

 とりあえずツッコミを入れるのは後にしようかな……。


『ごめん、続けて。黙っとくよ』

「続けていいってさ」

「そう。じゃあ話を続けるわね」


 *

 *

 *


 オレルアンは日本神話のエピソードを知った。

 そこで興味本位でイザナミ、イザナギが子を成した柱の儀式を真似ることにした。

 妖精の塔をアメノミハシラに見立てて、オレルアンは左から、ミシュリーヌは右から回り込む。

 そして塔の反対側で再び出会ったオレルアンが言う。


「ああ、なんていい女性なのだろう」


 その言葉を聞いてから、ミシュリーヌも答える。


「ああ、なんていい男性かしら」


 そして2人は口づけを交わした。

 その時、不思議なことが起きる。2人を光が包み込み、どこか見知らぬ場所へ2人を誘った。


「これは……」

「なんということでしょう……」


 星が近くにあるような中空は、宇宙と言ったが、その知識がない2人にはそれが分からなかった。

 驚く2人に、優しい言葉が語りかける。


 ――あなたたちに子どもを託したいのです。


「子ども?」


 ――はい、世界を救う器、永久とこしえの聖女です。


「まあ……」

「それはとても光栄であり、畏れ多いことではありますが……何故、我々に?」


 ――時間がないのです。運命の時が迫っている。


「……」


 ――その子は世界を、人類を救うために必要な大切な子どもです。


「……分かりました。私でよければ……」


 ――ありがとう。それから……


「?」


 ――いずれ聖女を守る騎士ナイトが現れるでしょう。


「……どのような形で?」


 ――まだわかりません。予想外なことが起こりがちですので……。


「分かりました」

「いずれ、その時がくれば自然に受け入れることになるでしょう」


 ――お願いしますね。


 *

 *

 *


「そして生まれたのが、あなたよ、ルシィ」

「……じゃあ」

「ええ。断言するわ。あなたは間違いなく私がお腹を痛めて産んで、一生懸命ここまで育てた子どもです」

「……ひぐっ。うう……おかあさあん……」


 嬉しさのあまり、泣き出すルシィ。それを優しく抱きしめるお母さん。

 ほらね、よかったじゃん。ちゃんと話せばきっと解決するんだ。

 僕としては色々々々々々々ツッコミたいことがいっぱいあるけど、今はとりあえず我慢しとく。

 お母さんと娘を邪魔したくないもの。


「ただねえ」


 ん? まだ何か?


「こういうことを言ってもまだ分からないと思うけど……」

「ん?」

「お母さんとお父さん、やるべきことをやっていないのよ」


 はあ?


「セブロンはやるべきことをやって産まれたのに、あなたはいつの間にかお腹にいたわ。本当に不思議」


 お母さんのとんでもない爆弾発言。

 僕は白目を剥いて気を失いそうになった。

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