第26話 井戸の出口

 ノエル、ロマーヌと合流したあと、分岐の道を通るたびに続々と子どもたちと再会できた。

 4人、6人、9人とあっという間だった。


「ソレニィ! 平気だった?」

「大丈夫。ルシィも無事だったのね」

「うんうん」

「先生は知らない?」

「先生なら、お爺さんと2人で井戸から出て行ったよ」


 そう言ったのはダミアン=カンポだ。


「ここってやっぱり井戸と繋がっているんだ?」

「先生がね、先に出て、大人の助けを呼んでくるからって行っちゃったんだ。でも先生が先に出て行った後に、井戸に通じる壁が降りてきて、離れ離れになっちゃった」

『なるほど、何かの仕掛けが作動したんだね。きっと復活しているはずだから、スイッチが見つかればまた壁が上がるはず』

「ダミアン、その場所分かる? みんなで出れるかも」

「ホント? 多分こっちだよ」

「みんな、行こう!」

「うん!」


 ダミアンを先頭に、ルシィの掛け声で10人の子どもたちが行こうとした瞬間。


「待って」


 ソレニィの声だった。


「どうしたの、ソレニィ?」

「アルテュールはどこ? アルテュールがいないわ」

「あ、そう言えば……」


 どうしよう、と迷う声。

 うん。大丈夫。こういう時は僕の出番だ。


『ルシィ、僕の言葉、みんなに伝えてね』


 ルシィは答えない代わりに、小さく頷く。


『ここは複雑な通路になっていてよく分からないから、人探しは一度みんな出てから、大人たちに任せよう、きっと大丈夫。すぐに見つかるよ』

「……みんな聞いて」


 ルシィの言葉に子どもたちの視線が集まる。


「ここは迷路になっていてよく分からないから、一度みんなで出口に行こう。大人たちが戻ってくるまでの間に、あたしがアンテュールを探してくるよ」

『ちょっと……!』

「ルシィ、あなた本気?」

「ソレニィ、あたしなら大丈夫。すっごく勘がいいの」


 ぱちっとウインクするルシィに、妙な安心感が覚えたのかな、ソレニィは案外素直に引き下がった。

 やっぱりこの薄暗い地下水道、早く出たいもんね……。


「ここが井戸に通じる壁だったよ」


 ダミアンの案内で辿り着いた、井戸に通じる行き止まりの壁。

 確かに足元から、わずかに自然光が漏れている。その壁の向こうから、お爺さんの声も聞こえた。


「壁の向こうに誰かいるんか?」

「時計塔のお爺さん? あたしたち小学3年生のみんなだよ」

「おお、よかった。全員無事かい?」

「うん、いない子が1人いるけど、怪我はないよ」

「そうかそうか、この井戸の上には既に何人か来ていて、すぐにでも助けられそうだ。それまで我慢できるかい?」

「うん。この壁はね、どこかにスイッチがあって、開けられると思うの」

「……そうか、探してみよう」

「ね、みんなも探して。どこかにスイッチみたいなでっぱりがあると思うから」

「それならこれじゃない?」


 早い!

 ロマーヌが既に見つけていた。

 そりゃ10人もいればダンジョン攻略なんてあっという間だ。


「押してみて」

「分かったわ」


 壁の中からガコン、という音を立てて、塞いでいた扉が唸り声をあげながらゆっくり持ち上がる。

 よかった。これで脱出……しないんだよね。


「じゃ、ちょっとアンテュールを探してくるね」


 そう言うやいなや、ルシィは踵を返してまた地下水道に戻っていく。

 もう、なんで僕の言うこと聞かないのかなあ。反抗期ってやつ?

 そんな1人で危ない目にあって探すより、大人たちに任せた方がずっと安全だし、すぐに見つかるっていうのに。


『……』

「怒ってる?」

『……ちょっとね』

「ごめんね」


 少し息を切らせて、光の届かない暗闇にまた到着。

 耳を澄ませたって、わかりゃしないのに。


「ねえ、ペント」

『ん?』

「1人ってね、すごく寂しいんだよ」

『そりゃ……そうだね』

「体が弱いとね、1人でいると本当に泣きたくなって、動きたくても動けなくなっちゃうの」

『……』

「だからあたしは少しでも早く、アンテュールを助けたいの」

『そっか……』


 ルシィがぎゅっと僕を握りしめる。


「あたしも体が弱くて、よく熱を出したり風邪を引いたり、寂しくて寂しくて何もできなかった。でもそこにペントが現れてくれた。それからもずっとそばに居てくれた。だからあたしは、アンテュールにとってのペントになりたい」


 ルシィは本当に優しい子だ。

 他人の弱さを自分のことのように感じることができるんだね。


『分かった。僕の力でどうにかしてみよう』

「え? できるの?」

『たぶんね。ルシィの気持ち次第だけど』

「うん……」


 そう、ルシィの気持ちが本物なら僕が今、考えている願いは叶うと思う。

 他人の幸せが自分の幸せ。他人の不幸が自分の不幸。

 他人の事であっても自分の事のように、本当に思っているとしたら……。願い事のルールの一つ、”ルシィに関わること”が通用するはずだ。


『”天井の灯りで、アンテュールの場所まで案内してほしい”っていう願い事が叶う気がする』

「……わかった」


 ――アンテュールの場所を教えて


 ……ルシィの気持ちは本物だった。

 カードが光って、天井の灯りがこっちだよ、って手招きするように優しく点滅する。

 その点滅を追いかけて、いくつもの角を曲がるとそこに、気を失って倒れているアンテュールがいた。


「アンテュール、アンテュール。大丈夫?」

「……うう……」

『顔に水を少しかけてあげて。目が覚めるはずだから』

「うん」


 体を揺すっても起きないアンテュールに、水堀からすくった水滴を、おでこや鼻、ほっぺに水をちょっとだけ付けてあげる。

 するとアンテュールもようやく目を覚ました。


「うう……。ルシィ……よかった。1人じゃ何も出来なくて、すごく怖かった」


 涙をこらえるアンテュールに、ルシィは優しく頭を撫でる。


「うん、もう大丈夫だよ。みんなが井戸の出口で待ってるよ」

「ほんと? よかった」


 ルシィはアンテュールと手を繋いで、ゆっくり井戸を目指す。


『そこを左ね』『今度は右』


 僕のナビゲーションがなかったら2人ともまた遭難してたって断言できたけど。

 まったくもう。

 そんなこんなで、ようやくたどり着いた出口。

 そこには先生とお爺さんが待っていた。


「先生ー!」「先生!」

「リュシル! アンテュール! よく無事に戻ってきてくれたわ!」


 2人を抱きとめる先生に、くすぐったそうに笑う。


「おおい、お姫様と王子様が無事に帰還なすったぞー」


 その後ろで時計塔のジュスタン爺さんが上に向かって叫んでいた。


 *

 *

 *


 はあ、今回のトラブルは意外と早く片がついた。


 時計塔に妖精の祠と同じ紋章があったのは驚いた。

 特に反応していなかったのに、触っただけで瞬間移動が起きちゃうし。

 ルシィだけ転送されるならいざしらず、その周辺にいた子どもたちもまとめて、バラバラに転送されちゃうなんて。

 いったいどういう仕組みなんだろう。


 予想できるのはあの紋章自体が転送装置のスイッチだと言うこと。

 でも転送装置を発動できるのは……ルシィだけってこと?

 あの時計塔の管理人の爺さんは毎日通ってるって言ってたから、何かのはずみで紋章を触っているはず。だから誰にでも発動できるってわけじゃないと思う。

 じゃあルシィは何者なのさ……。

 そんな僕の疑問はますます深まっていく、変な事件だった。


 後で聞いた話なんだけど、ダントンの街に地下水道がある事は大人たちは知っていたらしい。

 だけど出入り口が分からなくなっていて、伝説のものなのでは? て噂話になりつつあったんだって。


 つまりあの地下水道は自分たちで作ったものではない、ということだ。

 ひょっとして伝説の古代遺跡的なもの?

 それはそれで、ちょっと楽しい展開になりそうだ。

 井戸に出入り口が発見されたんだから、これから発掘調査が進むかも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る