第25話 地下水道
僕に吐ける溜息があるのなら、きっと尽きることなく溜息を吐きまくっているであろう、この状況です……。
そもそもここはどこなのさ?
と頭を抱えたけど、答えは意外と早く見つかった。
なんとなく見える、石畳と……石の壁?
ぴちゃん、ぴちゃんと音が聞こえる。
そしてかすかに聞こえるサラサラと水が流れる音。
『地下水道……?』
「なんだろうね?」
ダントンの街に地下水道なんてあったのか。
初耳の事案だらけでだいぶうんざりだ。
今はとにかく地下水道から出ることを考えよう……。
「どうしよっか。ここで待つ?」
『こんなに真っ暗じゃあね。下手に動くと危ないし、目が暗闇に慣れるまで少し待とうか』
「うん」
幸いにも、なんとなく光がある。天井がぼんやりと光っているんだよね。
仕組みはよく分からないけど、これぞ中世ファンタジーの魔法的な何かかな、と解釈しておいた。
もう少し目が慣れれば、周りがどうなっているか分かるはず。
『ちょっと考えるから静かになるね』
「うん」
膝を抱えて座り、ギュッと抱きしめるように僕を握るルシィ。
まあ、不安だろうね。僕がどうにかしなくちゃ。
と言ってもこの状況は、森の中より希望が持てる。
だって所詮、人工建造物だもん。
ブアンドロセリの森みたいに、把握できていない、調べきれていないなら四方八方に捜索するしかない。
だけど、これは何かの理由があって作ったものだ。
どういう使われ方をしているのか、何故作られたのか、という理由を考えれば、自ずとヒントが掴める。
さらに言ってしまえば、建造物には必ず出入り口がある。
出入り口のない建造物なんてこの世にありえない。
どこに出入り口があるのか、予想できれば脱出なんてあっという間だ。
*
*
*
「行き止まりだねえ」
『えー……」
早速ぶちあたる壁。
なんでだー。さっきまでの僕のドヤ顔、取り消したくて恥ずかしいんだけど。
ルシィのいた場所は幅2メートル、高さ3メートルくらいの地下水道。
その中央に幅30センチくらいの水の流れる堀がある。
水の音はこれだ、というのは分かった。
僕は予想したんだ。
この地下水道はバミィ川に繋がっているんじゃないかってね。
あの川は両側が土手になっている、ということは洪水が起きる場所なんだ。
この地下水道は一時的に溢れた水を逃がす役割があるんじゃないかな、と思った。
最初は下水道かと思ったけど、全然臭くないから下水道としては利用されてない。
つまり、川と繋がっている。
よしっ、いける!
ルシィの目も慣れたし、さっさと脱出しよう。
そう思ってかっこ良く出発したつもりだったのに、角を曲がったらすぐに行き止まり。
なにこれ……。
「何も見えないねえ」
『うん……』
壁に吸い込まれるように消える中央の水堀。
壁の向こうに通路があるみたいだけど、この壁はどうなってるんだろう。
ビクともしない。
『どこかにこの壁を動かすようなスイッチがあったりして』
「探そうか」
『そうだね……がんばれる?』
「ヘーキ、ヘーキ」
こういう時でも明るく笑ってくれるルシィには僕の方が救われるよ。
「あ、これじゃない?」
『お?』
スイッチらしきものは意外と早く見つかった。
壁からレンガのようなものが不自然に出っ張っている。
「押してみてもいいかな?」
『まあ、手がかりはこれしかないもんね、思い切ってやっちゃおう』
「うん!」
レンガのスイッチを押し込むと、壁の中から、ゴキンと音が鳴った。
どっこい反応なし。
「……なんにも起きないね……」
『うん……』
固まる思考。固まる動き。
途方に暮れる暗闇の中の少女。
最終手段、使うのは今か。
『ルシィ、ポケットにカードはあるよね』
「……あるよ」
『……僕はルシィを助けたい。だから、使おう』
「……」
『ルシィ……』
「……なんて書くの?」
うん。納得してくれたみたいだ。
『地下水道のこのスイッチ、多分壊れているんだ。だから動かない』
「うん」
『”地下水道の仕組みを直して欲しい”っていう願い事ってどうだろうね』
「いいね、それなら叶いそう」
意外とノリノリだ。よし、頼むぞ。
――この地下水道の仕掛け、全部元通りに直れ!
カードが光って、通路を塞いでいた壁が地響きを立てて持ち上がる。
やったね!
「すごい、壁が……」
『うん、先に進めそうだ』
ルシィはまたゆっくり、慎重に歩き出す。
地下で太陽の方向がわからないから、方角が分からないのがすごく困る。
ただ水堀の流れが、川に繋がっていると信じるしかない。
そして十字路が出てきた。
「分かれ道だね」
『迷路かあ』
まあ予想はしてた。
溢れた川の水を逃すための地下水道だとしたら一本道なんかで足りるわけないもん。
縦横無尽に張り巡らせて当然だ。
水が下る方向が分かればいいんだけど……。
「待って。何か聞こえない?」
『え……』
これ以上のトラブルは勘弁して欲しい。
ダンジョンの魔物とか出たら、非力なルシィでどうにかできるわけがない。
僕の能力でも何ができるんだか。
「泣いてる?」
『……』
クスン、クスンと女の子の泣いている声が聞こえる。
ああ、ざわざわと僕の胸の内に嫌な予感が。幽霊的なものは本当に勘弁してほしい。
「誰かいるの?」
ルシィの声に泣き声がピタリと止んだ。
「あたし、ルシィだよ。誰かいる?」
その声に呼び寄せられるように、ヒタリ、ヒタリと闇の奥から聞こえる音。ビクリと体を震わせるルシィ。
に、に、逃げたほうがいいんじゃないかな?
「ルシィ……」
え?
「ノエル? ロマーヌ?」
「ルシィ……!」
女の子2人、仲良しのノエルとロマーヌだった。
2人揃ってルシィの胸に飛び込む。
「よかった、気づいたらこんな所にいたから本当に怖かったの」
「2人もここにいたんだ」
えっ。ちょっと待って。
じゃあ転送に巻き込まれたのってルシィ以外の、クラス全員、先生やあの時計塔のお爺さんもってこと?
ルシィ1人だけならまだしも、10人の子どもと、大人2人も助けないといけないの?
ちょっとクラクラしてきた。
『少し休ませて。考えるから……』
「大丈夫?」
「大丈夫。ルシィは怪我してない?」
「あ、うん。あたしは大丈夫だよ」
『2人は……この地下水道のことを知っているのかな?』
「……ノエルとロマーヌはここがどこだか分かる?」
「ううん、知らない」
「私も知らないわ」
うーん……。地元の子でも知らない地下水道かあ。
「でもさ。私の裏庭に井戸があってね」
「あ、私の家にもある」
ああ。
「あれってここに繋がっていそうな気がするよね」
それは盲点だった。
確かに各家庭の井戸水を引き込むための地下水の路、という考え方もできる。
石畳に石の壁だから、てっきり何か大層立派な仕掛けがある建造物だと思った。
飲水確保のために地下水を引き込みつつ、地下水道としても整備する、みたいなインフラ施設と考えれば効率的でいいよね。
子どもの単純だけど柔軟な発想は時々大人の凝り固まった先入観を容赦なくぶち壊してくるよね。
だいぶ希望が湧いてきた。
出口は案外近いんじゃないかな?
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