少女と僕の、時計塔見学
第22話 はてなマークの夕食前
ルシィは小学3年生になった。
小学生は勉強に、遊びに、結構忙しい。
「4月は遠足でしょ、5月は体力テストでしょ、6月からプールでしょ」
「あら。遠足って来週なのね」
「そうなんだ。社会見学遠足って言ってね、時計塔に行くんだよ」
「お弁当は用意するのね」
「”マーティ”のウインナーいれて!」
「はいはい」
今日のごはんはお兄ちゃんの好きなハンバーグと、ルシィの好きなウインナーのセット。
お母さん、お兄ちゃんと一緒の夕食の風景。
「お兄ちゃんも時計塔に行ったことあるの?」
「行ったよ。時計の裏から見た大きな針がすごかったよ」
「すごそう! たのしみー!」
ルシィは妙にはしゃいでるなあ。
3月はほとんど勉強漬けだったからかな。
「勉強の方はどうなのかしら。2年生の成績は仕方ないけど、3年生になっても成績が悪いです、じゃ言い訳できないわよ」
「う……、勉強もちゃんとやるもん」
「しっかりやんなさい」
「はーい」
『あのさ、ルシィ』
「?」
『さりげなく僕を握っているのは、頼りにされているということなのかな』
お母さんやお兄ちゃんと一緒に夕食中だから当たり前だけど 、答えはなかった。
だけど”そうよ”と言わんばかりに強く握りしめられた。
*
*
*
小学3年生の学習って2年生の頃と比べると様変わりするんだね。
なんて言うのかなあ。
2年生までは社会を生きていく上で必要な常識というか、道徳観念の形成とか、基本的な読み書き、基本的な計算を身につける学習。
図画工作のように感性を磨く学習。
自分たちの身の回りのことを認識する学習って感じ。
3年生になると知識、理屈の習得、まさに学習。”学問”の扉をノックするための準備っていうのかな。
2年生まであった社会道徳という授業から、社会だけが切り離されて独立したり、理科が新たに加わったり、ね。
本格的に”学び”始めるのが、この小学3年生というタイミングみたいだ。
ルシィは頑張り屋さんだ。
遅れていた2年生の学習もあっという間に追いついた。
少し苦手だった算数もちゃんとついていけているみたいだ。
まあ時々は僕からもアドバイスしてあげたり、宿題を見てあげたりするんだけどね。
「計算が4ケタになってる……」
『怖がらくても大丈夫。考え方は一緒だよ』
「うん」
算数は筆算ができれば大丈夫。
ちょっと難しそうな問題でも、似たような問題を何度も解けばコツがつかめてくる。
勉強ってさ、やればできるという成功体験、勉強に集中できる環境さえあれば、好奇心を満たす心地よさに変わって楽しくなるんじゃないかな、と思う。
宿題を楽しそうにこなすルシィを見ていると、できない、難しいという失敗や壁をどれだけフォローしてあげて、勉強=苦痛なもの、という先入観を抱かせないことが重要じゃないかなあ、という気がした。
そしてこの小学3年生の学習は僕にとっても、またとない機会になる。
理科ではこの世界の生物のことや、物理なり魔法なりに関する基本的な学習があるはず。森の中の
そして社会ではこの世界のことをより詳しく、そして”昔のこと”を学ぶはず。
僕はルシィを守る、意思を持った鉛筆の騎士、というちょっと変わりすぎた身の上。
だけど、この世界のことを知っておくことはルシィのためにもなる。
そしてあの妖精の祠で見た変な夢。
僕とルシィに何か秘密があるような、そんなことを言われてしまったあの夢の謎を解くには、この世界のことを知らなくちゃいけないんだ。
そういう意味では僕とルシィはこれから一緒に学んでいくんだ。
「ふわあ……、暇ねえ、ペント」
『あ、うん』
僕の熱い決意をくじくような間の抜けた声。
見ればもう、今日の分の宿題は全部済ませてある。
早いな。
夕食まであと1時間くらいかな。
どこかに遊びにいくにしても、ちょっと時間が足りない。
ちなみにお兄ちゃんは今日は宿題がないから、と言って近所に遊びに行っている。
「ねえ、ペントはさ、自分がどこから来たのか分からないんだよね」
『そうだねえ。この世界じゃないのは確かだよ』
「うん? この世界じゃないってことは別の世界から来たの?」
『あ、うん。そういうことになるね』
「どういう所なの?」
ついに来てしまったなあ、この質問。
正直どう答えればいいのか分からないから、なんとなくはぐらかしていた。
異世界交流ってどこまで許されるんだろうね。
ルシィも9才になって、これまでのような自分の世界を押し広げる考えから、周りの世界はどんなのだろうって興味を持ち始めたのかな。
『……』
「ん?」
まあ、ルシィならいいか。
『みんなにはナイショだよ』
「もちろんのすけ!」
なんかもう、漫画のようにズッコケそうになったけど、まあいいや。
『僕の世界は、物理科学っていう学問であらゆるものが便利になっている世界だよ』
「ぶつりかがく?」
『そうだなあ。鳥のように空を自由に飛ぶことができたり、馬車よりも早い乗り物で、ずっと遠いところも1日で行ったり』
「ふえー。すごいね!」
『うん。一番すごいのはね、この大地から空に向かって、ずーっとずーっと上まで行って、空の向こう、宇宙って言う所まで行くことかな』
「うちゅう……?」
『ほら、お星さまとか、お月さまとか、夜になると見えるでしょ』
「うんうん!」
『あれがもっとこう、近くに見えるんだ』
「あー。あれだね、この前ペントと一緒に行った場所だね」
『そうそう』
ん?
『んん!?』
「あ、しまった」
しまった、と言いましたねルシィさん。
『どういうこと? 一緒に行った場所?』
「いやその、あたしとペントが結婚しようねって約束した場所……」
んんん!?
「ナイショだねって約束してたんだ……」
『……誰と?』
「……ナイショ」
鉛筆と結婚する人間がこの世にいるわけないし、そもそも僕はルシィと結婚しようって約束した覚えもない。
そもそも、夢だと思ったのが夢じゃない?
この子は一体なにを見たんだ?
なにを知っているんだ?
『えーと……。ルシィさ、色々聞きたいんだけど』
「はい、ぶー。時間切れでーす」
『いや、ちょっと待ってよ』
「さーて、夕ごはんの手伝いに行かないとなー」
『……』
不自然なほどに、はぐらかされた。
しかも、いつも身につけている僕を、わざわざ机に置いて待機状態。
僕の溢れかえるはてなマーク、どうにかしてくれないかなあ。
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