第21話 ルシィは3年生になります
ブアンドロセリの森でのルシィ失踪事件はひとまず落ち着いた。
ちなみに大人たちからの視線でも、ルシィが森の中に5、6歩入ったな、と思ったらスッと消えるようにいなくなっちゃったらしい。
お母さんはもう、パニックを起こして悲鳴を上げる大絶叫だったそうで、真に申し訳ない。
ついでに言うと、居場所を知らせるための焚火の煙は探索中、見えなかったらしい。
参ったなあ。まさかそんなことになっていたなんて。
あれから森には絶対に近づかないことっていうお知らせが先生や学校から、全校生徒にお達しがありました。
ま、今後は頼まれても近づかないけどね。
事件は春になったばかりの2月末のことだった。
それからルシィはどこかに出かけたい好奇心を封印して、ひたすら猛勉強。
進学も近いし、遅れていた勉強も取り戻さなくっちゃね、という事で。
そしてルシィは晴れて小学3年生に進級した。
*
*
*
そして4月。
もうすぐ3年生が始まる頃。
「ねえ、お母さん、進級休みって明後日までだよね」
「そうね、宿題は全部終わったの?」
「もちろんのすけ!」
「もちろん……すけ?」
ごめんなさい。
その返事は僕が冗談で言ったら妙にウケたので伝染したようです……。
「明日はソレニィのお家に遊びに行ってもいい?」
「……迷惑じゃない?」
「ううん。お休み前にソレニィが明日、遊びに来てって言ってたから」
「そう、じゃああんまりお邪魔にならないようになさい」
「はーい! やったあ!」
ちなみに僕の定位置は少し変わった。
以前まではルシィの懐のポケットの中だったんだけど、鉛筆の先の方が刺さりそうで怖い、とお母さんが言ったので、ペンシルキャップを買ってもらって、それをペンタントみたいに加工した。
お母さんはかなり器用なんだよねえ。
ただそれだと簡単にはずれてしまうから、ネクタイピンを止める要領で僕を服に固定できるようになった。
ペンタントの紐は革製で、長さを調整できるようになっている。
紐の長さを調整すれば、どこにでも固定可能になった。胸元、腰、それこそどこにでも、ね。
暑くなるとポケットのついていない服を着る機会も増えるだろうし、これはこれでいいかもね。
ついでに言うと、このルシィの鉛筆ペンタントは、このダントンの街の風物詩になったみたいだ。
そして翌日。
「おはよう! エマおばさん! 今日もお掃除?」
「おはよう、ルシィちゃん。今日の掃除は終わったわ。ルシィちゃんはいつも元気ねえ」
「えへへ!」
「どこかにおでかけかしら」
「橋の向こうまで行くの!」
「橋の……?」
「あ、別に森まで行くっていう話じゃないよ。森はもうコリゴリ!」
「あらまあ」
ウインクをするルシィに、エマおばさんも慣れないウインクを返そうとする。
「行ってきまーす!」
「いってらっしゃい、気をつけなさいね」
「はーい」
小走りでダントンの街を駆ける少女。
うーん。絵になるね。
「ねえ、ペント!」
『なにさ』
「ペントのお願いごとで、空飛ぶ箒とか作れないかな?」
『えっ。どうだろう。試してみる?』
「冗談! もしダメだったらペントがいなくなっちゃうじゃない!」
『そんな簡単には無くなりはしないよ』
まあ、それでも最初の頃より少しは減ってるけどね。
「だーめ。ペントはあたしの大切なパートナーなんだから! 簡単にいなくなったら困るの!」
『はいはい』
橋に続く近道、バミィ川の土手のジグザク階段を上って、ようやくルシィの足も止まった。
「ここはいつもキレイだね……」
川のことかな、森のことかな。どっちだろう。
ブアンドロセリの森はあれから、温かくなった最近になると、葉の色がちょっとだけ薄くなっている気がした。
まるで生きているようで……正直怖い。
そういうものなんだろうか。
『ルシィはまたあの森に行ってみたいと思う?』
「……うーん……」
あ、腕組みまでして、すんごい真剣に悩んでる。
行く気満々だったりして。
「……正直言うと、行きたい。でも、行ったらきっと、またみんなに迷惑をかけちゃうから、大人になってから妖精探しをしようかな」
『へえ』
「なに?」
『いや、心の底から感心した。ルシィはちょっと大人になったね』
「でっしょー?」
そうやってニコニコって笑う表情は、全然子どもだけどね。
『ソレニィが待ってるんじゃない?』
「そうだった、急ごう」
ルンルンラン、ルンタッタ、と鼻歌まじりにステップを踏む、土手の上の道。
ルシィと出会ったのは去年の10月くらいだったかな。
そう考えると、もう7ヶ月か……。
早いような、遅いような。
でも一つ確かなのは、これからも僕とルシィはずっと一緒ってことかな。
*
*
*
「ソレニィ、おはよ!」
「待っていたわ、ルシィ」
「あ、おはようございます。ソレニィのお母さん」
「おはよう、ルシィ。今日も元気ね」
「うん!」
お呼ばれしたソレニィのお家。お父さんはお仕事でいない。
「ソレニィのお家って大きいねえ」
「こっちよ、ルシィ」
「うん」
長い廊下を歩く二人。
そう言えばお呼ばれされた理由を知らなかったな。
この日に遊びに来てって確かに言ってたけど。
「ここが私の部屋」
「名札が可愛いね」
「ありがと」
「おじゃましま~す……。あれ」
と、そこには丸くて大きなケーキと可愛い花束。
「誕生日おめでとう。ルシィ」
「え? え?」
え?
「ルシィ、明日は誕生日なんでしょう?」
「……あー! そうだ! あたし、明日が誕生日だ!」
忘れてたんかい。
「ありがとう、ソレニィ! とっても嬉しい!」
「私がお祝いできるのは今日しかないかな、と思って」
「うんうん! やだなあ。最初からそう言ってくれればよかったのに!」
「それじゃあサプライズにならないじゃない」
「えへへ! そっかあ!」
笑顔のルシィと、それに釣られるように笑顔になるソレニィ。
「待ってて、ジュース持ってくる」
「うん、ありがとう」
ソレニィが部屋を出たのを確認してから、呆れてみる。
『自分の誕生日をフツー忘れるかい?』
「……仕方ないじゃない、なんだかバタバタ忙しかったんだから」
『はいはい』
「あー。なんか最近さあ、ペントはあたしに愛情を振りまいてくれないよねー」
『愛情……だと……!?』
「そうだよ。前はあんなにあたしのことを大好き、愛してるぅ~って感じだったのに」
『待って、待って。今まで僕はルシィとの会話の中でそんなこと意識した覚えがないんだけど』
「……じとー」
『そんな効果音だされてもねえ……』
恐れいったよ、この8才児。あ、明日で9才か。
一体何を考えているんだ?
「ふふ。冗談だよ。ペントの気持ち、あたしは分かってるから」
『う……うん?』
「だいす……き」
いつの間にか、そこにはジュースを2つ、手にしたソレニィが……。
『どうすんのさ、今の完全に聞こえていたみたいだけど』
「えーっと……ソレニィ? どこから聞いてた?」
「……”気持ちをわかっている”あたりよ」
「あ、あはは。えっとね、気持ちっていうのはね……」
「ね、ルシィ」
「……はい」
「私達、結構仲がいいお友達だと思うの」
「あたしもそう思うわ」
「……ルシィは時々、その鉛筆に向かって何か話してるよね」
ギクゥ!
「えっと……この鉛筆は……。その、なんていうのかな。お守りみたいなもの? みたいな?」
「……まあ、いいけど。仲が良いお友達でも、隠し事の一つや二つくらいはあると思うの」
「そ、そだね……」
「ルシィ、悩み事があったら何でも相談してね……」
「あ、うん。ソレニィはとても頼りにしてる」
ルシィは小学3年生になります。
そして誕生日を迎えて9才になるんだけど、ルシィはソレニィから変な心配をされるようになりました。
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