第20話 鉛筆の騎士、誕生

 一体どこに飛ばされちゃったんだ? とずっと引っかかっていた。

 大人たちにルシィが救出されてからも、ルシィの目線で場所の把握、距離を目算で計ってみた。


 するどどうだい、なんのことはないよ。

 あの祠は、ちょっと前に散歩で来た土手の、あの対岸にあった。

 少し歩けば森から抜けられたんだ。

 妖精の石塔から見ても、あの祠は距離にして2キロ程度の所にある。


 おかしい。そんなはずはない。

 ルシィが歩いた距離、大人たちが探していたであろう時間や移動範囲を考えると、2キロなんてその日のうちにカバーできる範囲だ。

 見つからなかった方が逆におかしい。

 事実、捜索範囲は5キロ先くらいまで広がってたって言う話が耳に入った。


 何かあるぞ、この森。

 方向感覚を狂わせる何か、歩いた距離を狂わせる何か……。

 そして祠での出来事。変な夢のこと。あれはルシィに話すべきなのかな?

 俺の疑問は深まるばかりだった。


 でも大人たちはあれから1日中、夜通しかけてルシィを探しまわったのは事実だった。

 森の入口で再会したお母さんも、お兄ちゃんも、いっぱい泣いた。

 もちろんソレニィもね。


「よがっだああ、ルジィィィ」

「お゛があ゛ざ~ん」


 それまで我慢していたルシィもいっぱい泣いた。

 よかった、本当によかった。


 今日は月曜日だったけど、臨時休校になった。

 先生、大人たちが総出でルシィを探しまわっていたことや、中等部の上級生も一部捜索に参加していたから。

 ルシィ一人で街がひっくり返るなんて、大きな騒ぎになっちゃったなあ。


『あとでみんなに謝らないとね』

「うん……」


 さすがのルシィも、帰り道の馬車の上でシュンと小さくなってる。

 でもまあ、あの妖精がそもそもいけないんだ。

 チラっと見えてしまったから、つい追いかけて……。


 いや、俺が止めるべきだった。俺もはしゃいじゃったからな。

 俺がルシィが危ない目に合わないように、予測してあげないといけなかったんだ。


 俺も反省だ。


 *

 *

 *


 ルシィはその日、もうゆっくりと、いっぱいお母さんに甘えて、お風呂も一緒に入ったようだ。

 俺はその間、机で待機。


 願い事の叶え方、もうちょっと考えないとなあ。

 女の子にあんなサバイバーな生活させるわけにはいかないよ。

 と、考え事をしている所にいつの間にか日が暮れて、ルシィとお兄ちゃんが戻ってきた。


「おやすみ、お母さん」

「おやすみ、ルシィ、セビー。明日は学校だから早く寝なさいね」

「はあい」「はーい」

「……」

「ん? なあに? お母さん」


 子供部屋に戻った後、お母さんがじっとルシィを見ている。

 お兄ちゃんはそんなの構わずにさっさとベッドに上がって毛布をかぶってる。

 こういうあっさりしている所がちょっと面白いんだよね、セブロン君。


「ねえ、ルシィ」

「?」


 お母さんはとびっきり優しい声だった。

 笑顔で首をかしげるルシィ。

 お母さんが子供部屋に入ってくると、机にあった鉛筆を――俺を、取り上げた。


「あ、それは!」


 ルシィは慌てて手を伸ばしたけど、遅かった。油断してたね。

 俺の命運もここまでみたい。

 あーあ。

 バイバイ、ルシィ。

 今まで楽しかったよ。

 ……と思ったら、違うかも。


 お母さんがルシィと同じ目線になったと思ったら、額をコツンと合わせる。


「ねぇ、ルシィ」

「う、うん」


 お兄ちゃんには聞こえないくらいの小声だった。


「女の子はね、秘密が増えれば増えるほど、魅力的になっていくのよ」

「……うん」


 あの、お母さん、その話は俺も聞いていても宜しいのでしょうか。


「でも、嘘はダメ。嘘は女を甘やかして、腐らせて、ダメにしてしまうわ」

「はい……」

「正直に答えてね」

「……」

「返事は?」

「はい」


 そして目の前に差し出される鉛筆。It’s 俺。


「鉛筆の声が聴こえるのね?」

「……」


 ああ、悩んでる。悩んでるなあ。すんごい目が泳いでるもん。

 なんて答えるのが正解なんだろうね。俺も分からん。


『いいよ、正直に答えても……』


 俺はもう、覚悟を決めた。

 お母さんに嘘をつくのはよくないからね。どっちに転んでも仕方がない。


 でもさ、この日は月のあかりがキレイだったんだ。


「……ナイショ」


 この時の、はにかんだルシィの表情を俺は一生忘れない。

 ギュッと抱きしめるお母さん。

 聴こえてるって言ってるようなもんだけど。


「しっかりと守ってもらいなさい。素敵な騎士ナイトさんにね」

「……うん」


 どうやら、俺の存在はお母さん公認のようです。

 そしてお休みのキスを交わして、少女と俺はベッドイン。


「ねえ、えんぴつさん」

『なんだい?』

「これでよかったのかな?」

『うん、よかったと思うよ。少なくとも俺はあれでよかったと思う』

「そか、よかった」

『うんうん』

「それでさ、お願いがあるんだけど」

『なに? 叶えたい願い事がある?』

「ううん、そうじゃなくって」


 ルシィが毛布の中で、もぞもぞと遠慮がちに動く。

 なんだ?


「その、自分のことを俺って言うのをやめてほしい」


 はへ?


『え、そ、そう?』

「なんかエラソー」

『あ、ご、ごめんなさい』

「うんうん」

『ぼ、僕でいいかな……』

「いいね、それ」

『は、はい』


 予想外すぎるお願いだったなあ。

 今後、俺……僕は、自分のことを僕って呼称します……。


「それでね、名前を付けたいの」

『名前?』

「うん、えんぴつさんの名前」

『いや、鉛筆は鉛筆じゃない?』

「ううん、ダメ。あたしにとってえんぴつさんは特別なの。えんぴつさんに名前はあるの?」


 名前、名前かあ。何だったかなあ……。

 あれ? 名前なんだったけ?

 あれれ? マジで思い出せないぞ?


『えーと……。忘れた』

「えっ」

『おれ……僕にも名前があったと思ったけど、思い出せないんだ。適当に付けていいよ』

「そなんだ……。じゃあね、鉛筆の騎士だから、ペンシルナイトってどう?」

『長い』

「えー」


 また可愛く頬を膨らませる。


「じゃあ、ペン……ト。ペントは?」


 安直だなあ。間を抜いただけじゃん。

 でもまあ、ルシィが考えてくれた名前だもんね。


『まあ、いいんじゃないの』

「えへへ。じゃあこれからはえんぴつさんの事はペントって呼ぶね」

『うん』


 まじまじと顔を近づけてきた。

 こうしてギュッと握りしめられるのもだいぶ慣れてきたな。うん。


「ペント、大好き」 チュッ


 前言撤回です。

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