第23話 一日遠足
ルシィは一体何を知っているんだろう?
すごく気になる。
でもさ、
『あのさ、ルシィ』
「なあに?」
『さっきの件なんだけど』
「今から読書中」
『はい……』
今から読書中なんて、変な言葉使い。
そして本を読み終わったかな、という頃になっても、
『でさ、ルシィ』
「日記を書くの。邪魔しないで」
『……』
その日はずっとこんな調子だったから、ルシィから聞き出すことは諦めた。
女の子にしつこく聞いて機嫌を損ねちゃうのもなんだしね。
いずれまたボロがでる、もしくは何かわかることがあるだろうし、とりあえず記憶の片隅に留めておくことにした。
今は来週の遠足、時計塔見学ってやつを楽しみにしておこうと思う。
*
*
*
ダントンの街って詳しい人口は分からないけど小・中学校の一学年が少なくて5人、多くて15人。小・中学校の生徒が全部で110人くらいらしいから、その辺から推して知るべし、と言う感じ。
ただし町並みは意外と賑やかで、その少ない人口が集中して生活している。
だから、街の中心部は商店街が形成されているんだ。
商店街には肉屋さん、パン屋さん、八百屋さん、他色々。一角には、僕が陳列されていた文房具屋さんもある。
ルシィの家は町並みの北側の端っこの、さらに裏通りにある。
ダントンの街を南北に貫くのがバミィ川という大きな川。
川を超えた東に例の黒い森。
周りは山に囲まれているけど、東西南北またそれぞれに小さな街があるらしい。
川に沿って南北に伸びる大きな街道が一本、街の中をカーブしながら大きな道が一本。さらに東西に貫く街道。
3本の大きな街道を中心に、大人が2人くらい通れるくらいの小路が入り組んでいる感じ。
どの道も石畳がしっかりと敷き詰めてあって、街の南側、3つの街道が交わる所に、ルシィやお兄ちゃん、このダントンの街の子どもたちが通う小・中学校がある。
そして今日はルシィが待ちに待った遠足だ。
遠足の目的地でもある時計塔は、このダントンの街の西の外れにある。
「はい、みなさん注目してください」
「はい」
先生の声で集まる子どもたちの視線。
今日のルシィの格好は、長い時間、外にお出かけだからと言われて、つばの広い麦わら帽子。
グレーの長袖シャツに、膝丈の下まであるオレンジ色のスカート。スカートの下はベージュのレギンス。
上から深緑色のロングカーディガン、という感じ。
ちなみに、何故僕がこんなにルシィの衣装に詳しいかと言うと、お出かけ前にわざわざ僕にチェックさせるんだよね。
もちろん毎日じゃない。
すんなり決まった時は何も聞かれないけど、ちょっと迷った時はお母さんや僕に意見を求めてくるんだ。お母さんはスパっと意見を言うからそっちに頼ればいいのに、何故か僕にも聞いてくることがある。
しかも僕がスカートのひらひらが可愛い、とか色の組み合わせがいいね、とか褒めるまで絶対に納得しない。
さらにぞんざいな言い方だと”適当すぎる!”と言って頬を膨らませる。
僕にその辺のコーディネートセンスがあるかどうか分からないし、結構適当に相槌を打っているだけなんだよね。
ちなみに今日のコーディネイトもカーディガンがいいか何がいいか、で散々もめて、僕の「ロングカーディガンの方が大人っぽく見える」の一言で上機嫌になってこうなった。
正直面倒くさい、と思いつつ、どうせ暇な鉛筆だから付き合ってあげている。
時計塔の足元からルシィら子どもたちもあんぐりと口を開けて見上げる。
「おっきいねえ」
『うん……」
時計塔はかなり大きい。
ダントンの街に時を知らせる役目があるのだから、当たり前と言えば当たり前。
2階建ての家よりも頭一つ抜けて倍くらいあるから30メートル以上はあるんじゃないかな。
ルシィの家からは離れていて、いくつかの屋根に隠れて見えづらいから気にしたこともなかった。
だけど、こうして見るとなかなか良い雰囲気があるね。
これまで時々カラーンと乾いた音が聞こえていたんだけど、この時計塔が時を知らせる音だったんだなあ、と今更気づいた。
「はい、みなさんよろしいですか」
ざわざわと騒がしい3年生を静めるように、手をたたくイヴェット先生。
担任は去年から同じだ。
先生によると今日のスケジュールは午前中に時計塔のスケッチ大会。
その後は時計塔の横の公園でみんなでお昼ごはん。
時計塔の内部の見学は午後から、ということらしい。
遠足の諸注意事項もしっかりと確認。
「では最後にこの遠足でのお約束ごとを紙に書いて渡しています。持っていますか」
「はーい」
「では左から順番に読んでください」
「先生が見えない所にいきません」
「勝手に物や壁に触りません」
「先生が呼んだらすぐに集合」
「みんなと仲良くします」
「困っている人がいたら助けます」
「はい、よろしい。今日の遠足で思ったこと、感じたことは帰ったあとに感想文として提出してもらいますから、しっかりと観察してください」
「はーい」
微笑ましい光景。僕も遠足に同行している保護者気分。
さてまずはスケッチ大会だ。
「ソレニィ、この辺で一緒に描かない?」
「うん。私はそこの木の下にしようかな」
「あたしはあそこのベンチかなあ」
「じゃあまた後で」
「うん、またねー」
「ルシィ、ぼくもここでいいかい?」
「もちろんいいよ、アンテュール」
アンテュール=ベルトラムはこの教室で一番背が低くて、時々病気で休む男の子。
何か持病があるわけじゃなく、よく風邪を引いてしまう体質みたいだ。
ルシィはそんなアンテュールの事をとても気にしている。
以前までの自分と重ねあわせているのかな。
自ら発案して、クラスの何人かと一緒にお見舞いに行ったこともある。
そんなアンテュールは、ルシィのことがちょっと気になっている、というかかなり好意を抱いているようだ。
「今日は体は平気?」
「うん、大丈夫だよ。いつも、その、あ、あ、ありがとうね」
「うんうん。体がおかしいなーって思ったらいつでも言ってね」
「うん……」
ふふ、子どもの恋愛は初々しくていいねー。
同じベンチでスケッチとは、アンテュールはなかなか積極的じゃないか。
僕も傍らからそれを優しい目で見守るだけさ。
「~♪」
ルシィも時々鼻歌交じりで時計塔とスケッチブックを交互ににらめっこ。
ちなみに風景のスケッチが上手いか下手かなんて、この小学3年生の段階で評価するのは酷だ。
特に人工物の真っ直ぐな線って、結構難しいんだよね。
今はとにかく自由にのびのびと、目の前にあるものをしっかりと捉えればいいんじゃないかな、と思う。
もちろん、ルシィの時計塔のスケッチも、ちょっとアンバランスだけど用紙からはみ出るくらいに大きく描かれていて、”こんなに大きいんだ!”ということが伝わるいい絵だと思う。
壁に走るように絡みついた蔓とか細かいところもよく観察できているね。
「こんな感じかな」
『いいんじゃない?』
「うんうん」
うまく描けたみたいで、ルシィは満足そうだ。
そしてちらりと横目でアンテュールのスケッチを覗き込んでびっくり。
「すごい! 上手だねえ」
「え? そ、そうかな」
『これは本当に上手だね』
僕もびっくり。
さすがに真っ直ぐな線は引けていないけど、ベンチからの視点で時計塔の遠近感をしっかりと捉えて描いてある。
空に向かって少し細くなって、時計盤のまん丸も、楕円形で描いていてそれっぽい。
時計塔の横の管理棟も遠近法で、さらには時計塔の奥の林、うっすらと空に広がる雲までしっかりと描き込んである。
鉛筆の強弱の使い分け、見たままの捉え方とそれを紙の上に再現する力は、本当にセンスがいい、としかいいようがない。
「そうだよ、本当に上手!」
「あ、ありがとう……。姉さんが絵を教えてくれて、僕も休んでいる時にこういうのをよく描いていたから」
「へー。すごいねえ。アンテュールは将来絵描きさんになるといいよ!」
「そうかな……」
「うんうん! あ、そうだ。もし本当の絵かきさんになったらさ、あたしのこと描いてよ!」
「……!」
「……だめ?」
「そんなことないよ……、うん。絵描きさんになったらね……」
「ね!」
うーむ。アンテュールの将来が、今この瞬間に決定してしまった気がする。
罪な女だぜ、ルシィ。
「はい、そろそろ時間です。紙の後ろに自分の名前を入れて、スケッチを提出してください」
「はい」
「提出したら公園に移動よ」
「はーい」
今日のお昼の弁当はルシィのリクエスト通りだ。
レタスみたいな葉野菜を下に敷いて”お化けのマーティ”を形どったウインナー、チキンソテー、茹でたポテト・人参・卵・海藻をマヨネーズで和えたサラダ、ピーナツバターを挟んだクォーターサイズのパン。
お母さんが栄養のバランスを考えながら愛情をたっぷり注いだお弁当。
小さな口でひとつひとつ味わいながら、みんなとお喋りしながらのんびりと過ごすお昼時。
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