第13話 妖精の導き
ブアンドロセリの森はかなり大きい森だ。
ソレニィのお父さんが言うには、川沿いから山の麓まで続いていて、迷いこんだら出られなくなるくらい、大きい森なんだって。
そしてこれは、ソレニィのお父さんが話してくれたずっと昔の古い話。
雨宿りをしようと森に入った旅人が、道に迷って出られなくなって困ってしまった。
そこに何人もの小さな妖精族が現れて森の外まで旅人を案内してあげた。
旅人は感謝して森に入ってすぐの所に、小さな石塔を建てた。そして妖精族が好物だという花の蜜を瓶に詰めて置いてあげた。
それからも妖精族は迷い込んだ旅人を助けてあげるようになり、助けてもらった旅人は花の蜜を石塔にお供えするようになった。
これがこのブアンドロセリの森の妖精伝説。
実際にその石塔もまだ残っている。
「ほんと!? すごい! 石の塔を見てみたい!」
ソレニィのお父さんの話を聞いて、ルシィの好奇心はもう爆発寸前だ。
川沿いから見ると分からなかったけど、確かに”妖精の石塔はコチラ”っていう小さな看板と大人一人分が通れるくらいの道があった。
いや、完全に観光地じゃないか、これ。
4ヶ月目で知るダントンの街の新事実。
じゃあ逆になんでお母さんはあんなに嫌がっていたのかな、と少し気になったり。
お休みのキスの時の言葉が気になったけど、ルシィには黙っておくか。
ちょっとナーバスな話題になりそうだしね。
とまあ、とりあえず午前中は森の外を大人の目が届く範囲で自由に探検。
ランチを食べたらみんなで妖精の石塔まで行ってみよう、という事になった。
ランチは森の外にある、キャンプエリアみたいな所。
石でできたテーブルと腰掛けがいくつかあって、そこでお母さん二人が用意したサンドイッチ、ハムとポテトのサラダ、フルーツ、と盛りだくさん。
「このサンドイッチ美味しい!」
「あらよかったわ。ルシィちゃんは本当に美味しそうに食べるのね」
「ルシィ、ほっぺにマヨネーズが付いてるよ」
「ありがと、ソレニィ」
「お行儀が悪いわよ、ルシィ。本当に騒がしくてごめんなさいね。ついこの前までベッドの上で生活していたような子なのに……」
「いいえ、リュシル君を見ているとこちらも笑顔になります。これは彼女の才能ですよ」
「そうかしら」
「そうよう! ね、お兄ちゃん!」
「いや、わかんないけど」
「えー」
わはは、と笑い声が青空に広がる。
人見知りしないっていうのはコミュニケーションの武器だなあ。
外見だけじゃなくって、こういう人懐っこさはこれからもルシィを助けてくれると思う。
大人になるとこういうのが難しくなってくるんだよね。
ルシィもいずれ大人になった時、やっぱり変わっていくんだろうけど、こういうのは失ってほしくないな、って思う。
「ごちそうさまでした!」
「はい、お粗末さまでした」
「ジュースもあるわよ」
「やったあ!」
「ランチの後は石塔ね」
「うんうん!」
「僕が先頭を行くよ!」
「じゃああたしは2番め!」
「私はルシィの後に……」
「まるで小さな探検隊だな」
ルシィのお母さんはクラスメイトの家族とこうしてランチを一緒にするのは初めてだって言っていたけど、どうやら仲良くやれそうだ。
ランチも終わって、いざ出発。
*
*
*
森の中は
時々視界に入る木漏れ日が、まだ昼間だよって主張している。
木の種類は分からないけど、葉っぱがかなり黒に近くて、本当に濃い緑色。
これはあれかな、少ない太陽光を効率よく吸収するための植物の工夫かなあ、となんとなく思ったり。
今は森の中に整備された道沿いに歩いている。
少しでも道から外れたら簡単に迷ってしまいそうな、太い木、細い木が入り混じった、そんな森の中。
そして10分くらい進んだ所で、先頭を歩いていたお兄ちゃんが「あっ」て叫んだ。
「石の塔だ!」
「ほんとだ!」
走りだしたお兄ちゃんに、釣られるように走りだすルシィ。さらに付いて行くソレニィ。
「これが妖精の石塔なの? お兄ちゃん」
「うん、多分ね」
「ここの看板に”妖精の石塔”って書いてる……」
「あ、ホントだ……」
まあ石塔って言ってもね、本当に石をいくつか組み合わせただけの簡単な作りの石の塔なんでね。
高さは大人より小さくて、ルシィよりもちょっと大きいから、1メートル50センチくらいかな。
根元の直径は1メートルくらいで、先端は30センチくらい。
石が段々と積み重なっていて、その石の一つ一つに拳が入るくらいの穴が空いているのが特徴。
ルシィの「あれ? これが?」って拍子抜けしたような顔が、この妖精の石塔の実情をよく表しているかも。
「看板に何か書いてある?」
「苔で読めないや」
「どれどれ」
追いついてきたソレニィのお父さんが苔を落として代わりに読んでくれた。
「これは妖精の石塔と伝わっています。それぞれの穴は妖精の休む場所です。穴に花の蜜の小瓶を置いておくと、妖精が休憩している時に飲んでいくと言われています」
児童向けの説明文だ。
「へー。花の蜜、持ってくればよかったなあ」
「花の蜜は結構高いわよ」
うん。ルシィの呟きに、お母さんが急に現実的になった。早々に釘を刺してきたぞ。
さりげなく、こんな童話の検証ために花蜜は買わない宣言が来ました。
「ここに妖精さんが休む……んだ?」
と、しゃがんで穴を覗いたルシィの視界に信じられない物……人が?
いや、マジで?
「え?」
パチクリ、と目を瞬きするルシィ。
俺も目を凝らしたよ。いや鉛筆に宿った魂が目を凝らせるのか、という疑問は置いておいて。
慌てて塔の後ろに回りこむルシィ。
「どうしたの? ルシィ?」
心配そうに付いて行くソレニィ。
「よ、妖精さんが居た……」
「ほんと?」
いや、本当。いたよ。妖精。
たしかにこう人の形をした、背中に透明な羽が生えた、未確認飛行物体的な。
すぐに隠れちゃったけど。
「あれ、いない……」
キョロキョロと辺りを見回すルシィ。
俺はあとで後悔することになるんだけど、つい見つけてしまった。
『あ、あそこ』
「あ、ほんとだ」
森の奥、道なき道に向こうに、ぼんやりと光る何か。
その光に向かってふらふらと歩き出すルシィ。
「ちょっと、ルシィ。どこに行くの、待ちなさい」
お母さんの止める声が聴こえないかのように草木を踏み越えて、5歩、6歩と、足を進めた。
俺もなんかやばい、と思った。
『ルシィ、戻ろう。なんかおかしいよ』
「う、うん」
ルシィは振り返った。
たった5、6歩だよ? たった5、6歩、森の中に入っただけなのに、後ろを振り返ると、みんなが居なかった。
そこには石塔もない。道もない。
やばい。何かに巻き込まれた。
俺の認識が甘かった。ここは中世のファンタジーだ。
前世の常識が通用しない。
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