少女と俺の、黒い森の探検

第12話 森へ続く道

 ルシィの念願だったブアンドロセリの森へピクニックついでに行くことになったけど、俺もそれまでに万全の準備をしておいた。


「また実験?」

『そう』

「でもなあ」

『これは大事なことなんだ。ルシィを守るための、ね』

「……いいよ。あたし一人でも大丈夫だもん」

『へえ。じゃあルシィはあの森の中でひとりぼっちになっても、一人で帰れるの? 俺はいらない?』

「……やだ」

『だから、ね。2回だけ試してみたいことがあるんだ』

「分かった……」


 という事で試したこと。

 一つは日記以外に書いても能力は発動するのか?ってこと。


 日記ってさ、結構かさばるのよ。

 ルシィの日記は、大きさがB6サイズで、端を細い麻紐で閉じているタイプなんだ。

 でもB6サイズでも女の子の手には少し大きい。

 できれば両手ともフリーな状態にしておきたいな、って思った。

 そこで考えたのが、ポケットに収まる暗記カードサイズならどうだろう?って事。


 結果はばっちりOK。

 家の庭に花壇があって、あと少しで花弁が開きそうだな、って頃に


 ―― 花壇の花が咲いて欲しい


 って願い事を書いたら、暗記カードが光って、花が咲いたさ。

 これで鉛筆は懐に、書くものはポケットに入れておけばいいね、という事になった。


 そしてもう一つ。

 冬頃に願いを叶えた、花瓶の小さな白い花。

 しばらくは瑞々しく咲いていたんだけど、冬が終わる頃にまたすっかり枯れちゃった。

 花が落ちて、残った葉と茎は、庭に捨てて埋めてあげよう、となった。

 そこでもう一度この花を咲かせてみよう、と考えてみた。


 ―― 枯れた花をもう一度咲かせて欲しい


 これはダメだった。

 一度叶えた願いは叶わないのか、枯れて生命が尽きたら叶わないのか、ちょっと微妙な所ではあるけど。

 とりあえず同じ願い事は叶わない、という前提で考えることにした。


 とまあ、そういう事を土曜日のうちに検証して、万全の準備を済ませた所でいざ出発。


 *

 *

 *


「タラッタラン♪ タラッタラン♪」


 スキップアンドターン、を決めるルシィ。

 最近、授業で覚えたダンスと歌を組み合わせた彼女オリジナルのパフォーマンス。

 アイドル発掘番組があったら文句なしで優勝できると思うけど、まあこの世界にそんなものはないんで。


「ルシィ、うしろに馬車があるわよ。少しは大人しくなさい」

「はーい」


 馬車の影をステップを踏んでひらりと避けると、左手をスカートに、右手に胸を当てて、ペコリと馬車に挨拶。

 静々とお澄まし顔で横を通り過ぎていく。

 ダンスを披露した所はダントンの一番賑やかな所なんだけど、戦争が再開したこともあって、往来は少ない。

 迷惑にはなっていないと思うけど、すれ違う人が目を細めていたから、きっと可愛らしく映っていたに違いない。


 ちなみに今日はすっかり晴れて、春!って感じの温かい天気。

 やっぱりこの頃の季節が一番いいよね。


 今日のルシィは珍しくポニーテールにカチューシャをつけている。

 あとは足首までカバーした黒と白の縞模様のスパッツに、藍色のオーバーオール風のフレアスカートって言うのかな。

 活動的な雰囲気もまたいいね。


 バミィ川にかかる石積みの3連太鼓橋を渡って5分くらい歩くとソレニィのお家。

 タラバルドン一家の住まいはお世辞にも広い家とは言えない、2階建ての小さな家なんだけど、ソレンヌ=アズリアの家は、1階建てながら一見してかなり広そうに見える。

 生け垣の門をくぐって、すぐにある玄関の扉にはライオンっぽい猛獣をあしらった、ドアノックがあるんだよ。


「ソレニィ! 来たよ!」


 ルシィが恐る恐るドアをノックするとすぐにソレニィも出てきた。


「おはよ、ルシィ。準備できてるから」

「うん!」


 屋敷からソレニィと少し似ているお母さんと、ブロンドヘアのお父さんが出てきて、ルシィのお母さんともご挨拶。


「この度は娘が馬鹿なことを言い出して、巻き込んでしまって申し訳ございません」

「いやいや、そんなことを仰らないでください、ミズ・ミシュリーヌ」

「そうですよ。あの森には一度行ってみたいと話していたのです」


 申し訳なさそうに頭を下げるお母さんに、朗らかに笑うソレニィのご両親。

 うん、いい人だ。


「お母さん、早く早く!」

「あなたは少しは落ち着きなさい! 森は逃げないわよ!」


 朝ごはんを食べて、洗濯をして、10時前に出発。

 森の入口に11時30分くらいに到着して、30分遊ぶ。その後はお昼ごはん。

 そんなスケジュールなんだけど、ルシィにはそんなの関係ないみたいだ。


「ソレニィ、行こう!」

「あ、待って」


 ソレニィの手を引っ張るルシィ。他愛のないお喋りをしながら、また川沿いを歩くこと50分。

 ようやくブアンドロセリの森の入口に到着した。


 *

 *

 *


 うん。この森は人の手が入っていると思う。

 森の手前は短く刈り込まれた草原になっているんだ。

 森と草原、くっきりと境界ができているんだよね。


「おっきい木だねえ」

「うん、私もこんなに近くで見るのは初めて……」


 木の高さも相当なもの。てっぺんが見えやしない。

 そして何より、低木や草が生け垣のようになっていて、人間が入るのを拒んでいるような雰囲気だ。


『あ、あそこに道があるよ』

「……ソレニィ。ほら、あそこに小さな道がある」

「あれは獣道って言うのよ」

「けもの道?」

「うん。動物が通る道だって」

「動物かあ。どんなのが住んでいるのかな」


 人一人がようやく通れるような道の先を、おっかなびっくり覗きこむルシィとソレニィ。

 まあ、ちょっと行ってすぐに戻ればいいだけか。


『入ってみる?』

「……ちょっとだけ行ってみたい」

「うん、お母さんに聞いてくる」


 ソレニィはしっかり者だ。


『ソレニィはどこぞのおてんば娘とは全然違うね』

「えー。それどういう意味?」


 むっと頬を膨らませて、懐の鉛筆をギュッとつねるルシィ。

 へへん、全然痛くないもんね。

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