第11話 森へ行こう!

 ルシィはお母さんにブアンドロセリの森に行ってみたい、と相談した。


「ダメに決まってるでしょ」


 即答でした。


「どうして?」

「ダメなものはダメ」

「……なんでダメなの?」

「……」


 お母さんがイラっとしてる顔を見たのは初めてかも。


「ねえ、ルシィ」

「うん」

「森に行きたい理由は、おおかた、妖精が見たいからって所かしら」

「うん!」

「あの森に妖精は居ないわ」

「えー……」

「……その代わり、怖いお化けがでるわ」

「えっ」

「あの森は、怖いお化けがあなたを驚かそうと待っているのよ」

「……お化けなんか怖くないもん。『お化けのマーティ』は人間を助けてくれたわ」


 ちなみに『お化けのマーティ』っていうのはこの世界のベストセラー童話の絵本で、ルシィの愛読書。

 人間と仲良くなりたいお化けの話ね。


「あの森にいるのは『マーティ』じゃないわ。頭に角が生えて、牙を生やして、鋭い爪先で、ルシィみたいな女の子を残酷に……こう……ぐわっと」

「きゃー!」


 こわ~い迫真の演技で頭をがぶっと噛み付こうとしたお母さんに、耳を塞いで子供部屋に退散するルシィ。

 可愛いなあ、もう。

 でもルシィは諦めきれないみたいだ。

 いつもの、寝る前のナイショ話のことなんだけど。


「うーん。でもなあ」

『森に行きたい?』

「……うん」

『妖精がいると思う?』

「分からないけど、確かめてみたいの。森ってどんな所なのか見たことないし」


 まあねえ。

 好奇心が尽きないルシィにはもっと世界を広げてほしいとは思うけど。


『じゃあ、子どもたちだけで行くのはダメだったら、お母さんたちと一緒に行くのは?』

「……それいいね。明日はその作戦で行こう」

『ソレニィのお母さんやお父さんとも一緒ならもっと安心するんじゃない?』

「うんうん!」


 とまあ、そんなこんなで連日に渡ってルシィの説得作戦が始まったわけ。

 ソレニィとそのお母さんとお父さんまで巻き込んで。


「……あなたがここまで聞き分けのない子だとは思わなかったわ」

「だってえ」


 学校から帰って早々に交渉を開始するルシィ。

 はあ、とため息をついて午後のコーヒーブレイクを楽しむお母さん。


「ソレニィのお母さんとお父さんは、時間があえばいいって言ってるよ」

「……その話は前にも聞いたわ」

「ね、ね。森の入口まででいいから」

「……」


 っていうか、なんでお母さんはこんなにブアンドロセリの森に遊びに行くのを拒むんだ?

 1時間ちょっとくらいは歩くかもしれないけど、距離としてはそんなに遠くないんだよ。

 休みの日にピクニックがてら行けばいいじゃん、って思ったりするんだけどねえ。

 と思っていたら、泣きそうなルシィを見たお母さんも観念したっぽい。


「……もう。分かったわよ。今度の休みの日が晴れたら、セビーとみんなでピクニックに出かけましょう。もちろんソレニィちゃんのお母さんとお父さんも一緒よ」

「ほんと!? やったあ!」


 弾ける笑顔。小躍りするように喜ぶルシィ。

 やったじゃん。


「その代わり、日曜日の宿題も土曜日のうちに済ましておくこと! 出来ていなかったらピクニックは中止! いいわね」

「はーい!」


 ルシィは元気よく返事をして、ダダダっと階段を駆け上がって子ども部屋に飛び込む。


「お兄ちゃん! 今度の日曜日は妖精探検だよ!」

「え? どういうこと?」

『説明が色々とぶっ飛んでるよ、ルシィ』


 お兄ちゃん、読んでいた本を落としそうになってポカーンとしてるじゃん。


「あ、えーっとね……」


 *

 *

 *


 というわけで、ブアンドロセリの森へピクニックに行くことになった。

 そして、土曜日のうちに日曜日の宿題も済ませました。

 はい。俺も全力で見守りました。

 ごめん、うそ。……2分の1くらいはヒントを出しまくったような。


「えへへ。えんぴつさんありがとね」


 明日は待ちに待った日だって言うんで、興奮しまくってやんの。


『早く眠らないと、寝坊しちゃったら大変だ』

「ぐうぐうぐう!」


 目をぎゅっとつむって眠る演技は必要なのかい? というツッコミを入れようとしたら、長いあくびをひとつ。

 そのまま目がトロンとなって寝ちゃったよ、この子。可愛いやつめ。


 この後はいつものようにお母さんがそっとお休みのキスをしに来る。

 ただこの日だけはある意味でちょっとした大事件発生。


「……この子を授かった森に、また行くことになるなんてね……」


 そっとルシィの頬をなでるお母さんは少し寂しそう。

 え? 授かった? 拾ったんじゃなく?


「ねえ、素敵な鉛筆の騎士ナイトさん」


 え!? は、はい! 俺!?


「この子を守ってあげてね……」


 ……はい。がんばります。


 ルシィと上の方で寝息をたてるお兄ちゃんにもキスをして、お母さんは子ども部屋を後にした。

 まあ、よく考えたら毎晩のようにお休みのキスをしているから、ギュッと握りしめている俺(鉛筆)のことなんか、とうの昔にバレてたよね……。

 それでも俺(鉛筆)を取り上げないのは、ルシィのことを考えているのか、ルシィ自身にも何か秘密があるのかな。


 それにしても、お母さんは意思が宿る鉛筆の存在を認めてるのかな?

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