第10話 学校の帰り道

 お兄ちゃんとお母さんには、ルシィが俺(鉛筆)と何か喋っているんじゃないかって気づいてるっぽい。

 でも次の日、何も言われなかった。

 様子見……されてるのかな。


「行ってきまーす!」

「いってきまーす!」

「気をつけてね。学校が終わったら寄り道しないで帰りなさい」

「はーい」


 今日も兄妹で仲良く登校だ。

 ダントン小・中学校は川沿いにあって、ルシィ兄妹の家から学校までは大きな通りを挟んでゆるやかにカーブしながら、ほとんど一直線。

 その途中に、森へ続くあの橋がある。


「おはよう、ルシィ」

「ソレニィ、おはよう。今日はすこし暖かいね!」


 そして仲良くなったソレニィの家はその橋を渡って5分くらいの所。

 学校に行く時は橋の所でソレニィと待ち合わせ。

 学校の帰りは橋の所まで一緒におしゃべりしながら帰るようになっていた。


 今日は晴れて暖かい。

 冬はもうそろそろ終わるかな。


「ルシィ、僕は先にいくよ。遅刻しないようにね」

「はーい」


 お兄ちゃんは前を歩く友だちを見つけたみたいで、小走りで先に行っちゃった。

 その背中を見て、ソレニィは少し羨ましそう。


「お兄ちゃんがいるっていいよね」

「え? そう?」

「うん、私はお兄ちゃんも弟もいないもの」

「そうなんだ。でも友だちがいるからいいよ」

「それは……そうね」

「そうだよ、あたしは前まで一人しかお友だちがいなかったんだよ」

「へえ。どんな人?」

「それはねえ」


 ちょっと、ちょっと。


『それは内緒でしょ』

「……えへへ、ナイショ!」

「?」


 お母さんの言った通りだ。

 元気になったら、ちょっと危なっかしくなってきたなあ。


 俺とルシィのことは内緒。

 鉛筆と会話するルシィって周りから見れば相当変な子に見られちゃうもんね。

 ルシィの服の裏側に小さなポケットがあって、そこにいつも俺(鉛筆)が隠れている。

 ルシィの目線は俺の目線でもあるこの世界。

 まだまだ小さく、狭い世界だ。


 ルシィはいつも肌身離さず俺を懐に忍ばせているんだけど、どうしても離れなくちゃいけない時もある。

 服を脱がないと入れないお風呂の時はもちろん、学校でも。


「はい、次は体育の時間よ。男の子、女の子、それぞれ体育館の更衣室に移動しなさい。運動服に着替えてグラウンドに集合よ」

「はーい」


 こういう時ね。


「……」

『気にしなくていいよ。待ってるから』

「うん……」


 俺がルシィの所に来てから、4ヶ月くらいになろうとしている。

 それまで本当にずっと一緒だった。

 ルシィの願い事が叶う、っていう不思議な能力を持っているけど、ルシィは絶対に使おうとしないんだ。

 鉛筆だから、使ったらなくなっちゃうってことを分かってるんだね。

 まあ8才の女の子が想像できる望みっていうのも、そうあんまりないって言うことも確かなんだけど。

 ただ、ルシィはどうも世間ズレしているんだよね。

 お人形が欲しいとか、何か物が欲しいとか、そういうありがちな欲望がない気がする。


 まあ、例えばお金が欲しい、お人形が欲しいって願われて本当に叶えられる願いなのか、かなり疑問ではあるけど。


 あとはやっぱりルシィは体が弱くて、いつも家で過ごしてきた。

 お母さんも一緒だったけど、いつもルシィだけを相手しているわけにも行かない。

 だからルシィなりに寂しい思いをしてきたのかも。

 だから俺がいつも一緒にいるっていうのはすごく心強かったのかな。

 俺は話し相手というか、お守り役?

 俺ってそういうポジションなのかな。


 そんなことをぼーっと考えてたら体育の授業が終わったようだ。


「ただいま」

『おかえり』


 小声で交わされるただいま、おかえりの挨拶。

 お昼はそれぞれの家庭で用意されたお弁当。

 その後1時間のお昼休み。そして5時間目の授業が終わって、15分の掃除の時間。

 さあ帰ろう。


「さようなら、ルシィ。今日は楽しかった?」

「うん! とっても! イヴェット先生、また明日ね」

「はい、また明日」

「ばいばい、ルシィ」

「ばいばいノエル、ロマーヌ」


 道が別れる度に、一人二人、と挨拶を済ませて、最後にソレニィと橋で別れるのがいつもの光景。


「ねえソレニィ、森の妖精って見たことある?」

「ブアンドロセリの? ……ないわ」

「ねえねえ、今から一緒に行ってみない?」

『ちょ、待て』

「えっ」

「えっ」

「あ、いや。だってここから森までは30分くらいじゃない? ちょっと行って、戻っても5時20分までは間に合うと思うの!」


 時計の見方を覚えたと思ったら、こういう計算をしだしたぞ、ルシィ。

 頭がいいのかなんなのか。


「でもお母さんは子どもたちだけであの森に行っちゃダメって……」

「えー。そうなんだ」

『ほらね。やめときなって』

「……うーん。ダメかなあ」

「怒られると思う」

「そっかあ」

「うん」

「じゃあね、ソレニィ!」

「ばいばいルシィ。また明日」

「うん!」


 うーん……。

 可愛い子には旅をさせよって言うけど、8才の女の子に森の探検はちょっと危ないと思うんだよね。

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