第9話 二番目の友だちと時計の問題

 ルシィはまるで人形のように可愛い。

 人並み外れて、という形容詞がよく似合う。妖精かなにかのような、そんな可愛さがある。


 ただ元気になってから、陶器のような肌白さが、すこし血色が良くなったっていうのかなあ。

 うっすらピンクがかった赤みが頬に差すようになって、すごく健康的になった。

 もうマジ天使。これは散々言ってることだけど。


 だからと言って、というわけではないんだけど学校でも人気者になった。


「あ、おはようルシィおねえちゃん!」

「おはよう、今日はいい天気だね!」


「おはよう、ルシィちゃん。素敵な服ね」

「おはよう、これはお母さんが選んでくれたの」


 名前を知らない相手でも、ルシィは挨拶する。

 挨拶だけじゃなくって、一言加えるんだよね。

 こういう人見知りもせず、いつも笑っているような感じだから、周りも思わず笑顔になる。


 下の1年生、8人からもルシィおねえちゃんって呼ばれ、上級生からはルシィちゃんって呼ばれるようになった。

 わざわざ離れた所にある校舎から中等部の生徒が小等部の校舎まで見に来ることもあった。


「あれが噂のリュシル姫じゃないか?」

「プラチナブロンドの……そうかな」

「君がリュシルちゃんね。確かにお人形さんみたいな子だわ」

「えへへ……」


 小中合同集会の後、中等部の男女数人に突然挨拶された。

 ちょっと照れながら、はにかむルシィ。

 その姿にみんな目を細めて笑うんだ。ルシィの周りはいつも笑顔が溢れている。


 でもやっぱりクラスメイトが一番の仲良しだ。

 同年齢の10人のクラスメイトからはルシィって呼ばれるくらい、みんな友だちになった。


 その中でも特に仲の良い子が出来た。

 ルシィの斜め後ろに座っていた子で、ソレンヌ=アズリアっていう女の子。

 ネグロイド系って言ったらわかるかな。

 肌の色が少し濃くて、丸っこい鼻。厚い唇。長いまつげ。

 ウェーブがかった髪の毛を伸ばしていて、いつもポニーテール。

 容姿だけで言ったらルシィとは正反対の位置にあるのかも、って思った。

 ちょっと上品そうな絹のスカートをいつもはいている。


 それまで体が弱くて気もふさぎがちだったルシィは、元気になった途端に妙に活発な性格が表に出てきたけど、ソレンヌの性格はかなり大人しい。ついでに口数も少ない。


「ねえねえ、ソレニィ。どうしたら計算が早くなるの?」

「計算?」

「うん、さっきの算数の授業でさ、77たす16は~って問題をすぐに答えられるんだもん。すごい」

「そうかな……」


 ただ、ソレンヌはすごく頭がいいんだよ。

 まだ2年生なのに、算数だけはもう4年生の問題に挑戦してるんだって。

 ルシィはいつの間にかソレンヌのことをソレニィって愛称で呼ぶようになっていた。


 勉強で分からないことがあったら俺が教えてあげる約束をしている。

 でも学校ではひとりごとをして、周りから変な目で見られるわけにはいかない。

 だから分からない事があったらルシィは先生かソレニィに聞くっていうのがいつの間にかできていた。

 ソレニィも自分とは真逆のような性格、容姿のルシィに気が許せる所があったのかな。

 ルシィとはいつも楽しそうに話をするんだ。


 まあ、お家に帰った後に宿題を見てあげるのは俺の役目なんだけど。


「ねえねえ、えんぴつさん。これわかんない」

『えーっと……時計の問題、予習編ね。ふむ……』


 問1。この時計は学校が終わる時間です。何時何分ですか。


「3時」

『正解』


 問2。この時計は下校時間です。何時何分ですか。


「……3時……なな?」

『3時35分ね』

「う、うん……」


 問3。学校が終わってから下校まで何分かかりますか。


「……なな……30??」

『35分ね』

「でも7に長い針が……」

『う、うん。まあ、そうなんだけどね』


 問4。5時20分までにはお家に帰りましょう。下の時計が5時20分になるように長い針と短い針を書き込んでください。


「……」


 あ。泣きそう。


『短い針が”時”、長い針が”分”を指すっていうのはわかる?』

「う……ん」

『長い針がぐるーっと一周する間に、短い針がゆっくり動きながら、次の数字に動く』

「それは、わかる」

『はい、どうぞ』

「うー……」

『5の次は?』

「6」

『正解。じゃあ1時間は何分?』

「??」


 あ、そこか。


『1時間は60分なんだ』

「う、うん」

『60分と1時間は同じ時間、同じ意味。これはわかる?』

「うん」

『でね。かけ算はこの前ならったよね。九九の表』

「うん」

『”時”は時計の数字そのままなんだけど、”分”の場合は時計に書いてある数字に5をかけ算して見ていくの』

「あー。あー。あー」


 バンバンと机を叩くルシィ。

 算数の神様が降りてきたかな?


「長い針はここだ!」

『惜しい! いや、惜しくない! まんまとひっかかりすぎ』

「えー」


 2を指しているから20分じゃないんだ。


『1かける5は』

「5」

『2かける5』

「10」

『3かける5』

「じゅう……ご」


 微妙だけどまあいいか。

 この辺の暗算は繰り返し暗唱して脳みそに一度焼き付けるのが早い。理屈なんか後でいいよ。


『4かける5は』

「20」

『はい、どうぞ』

「4……20分……ここ?」

『正解』

「じゃあ短い針はここだ」

『残念』

「えー……」


 5から動いてないよ。


『30分は1時間の半分だから、短い針も半分動かさなくちゃ』

「あー……。5と6の間……のちょっと前?」

『そうそう。大正解』

「えへへ」

『はい次の問題。朝起きる時間、登校する時間の問題。今度は一人で頑張って』

「うん」


 *

 *

 *


「ねえ、お母さん」

「うん?」

「ルシィがまた両手に鉛筆持って、一人でおしゃべりしながら宿題やってる……」

「そうね。喋る鉛筆と関係あるのかしらね」


 うわぁ。

 子供部屋の向こうになんとなく気配を感じたから聞き耳を立てたんだけど、俺たちのことがなんとなくバレてますよ。ルシィさん。

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