第4話 俺を使え!

 ルシィと出会ってから一月以上経った。


 冬になってある寒い日。ルシィが熱を出した。

 体が弱くて外に出ると咳が出ちゃうって言ってたから、本当に家に引きこもる日々だった。

 昨日はかなり寒くて雪がちらついてたからなあ。

 風邪をひいたのかな?


 とまあそんな心配をしている所なんだけど、実はちょっとこれは本気でやばいかもしれない。

 発熱って本当に熱いのよ。

 ルシィの懐に隠れてる俺だから「あ、これ結構やばいかも」って思うくらいその熱っぽさがよく分かるわけ。


 そんなルシィを心配そうに看病するお母さんとお兄ちゃん。

 額の汗を拭って、体を拭いてあげて、栄養がありそうな食べ物を口に運んで……。

 そんなさなか、ルシィは俺が見つからないように懐に隠したり、枕元に隠したり、そして二人がいない時に、ぎゅっと握りしめるんだよね、俺(鉛筆)を。


『頑張れ、ルシィ』

「うん……」

『ゆっくり休みな』

「うん……」


 何も出来ないけど、懐から応援してるぞ。

 ああ、なんか出来ないかなあ。

 と言っても所詮鉛筆なんで、なんにもできない。

 モヤモヤとした気分と戦うしかない。


 ちなみにルシィは俺と出会ってから日記を書くようになっていた。

 と言っても引きこもり生活なんで特に書くようなこともないんだよね。

 だから、元気になったらやりたいこととか、願い事を書いたら?って俺が奨めたんだよね、実は。

 でもってルシィはすごく素直な子だから


「そうする!」


 って笑顔で毎日一つだけ願い事を書くようになった。


 お外であそびたい。

 友だちをいっぱい作りたい。

 美術館にいきたい。

 時計塔に行ってみたい。

 お母さんとお買い物に行きたい。


 毎日書かれるささやかな願い事すらも、もうピュアでピュアで。

 俺はもう、つい泣けちゃうわけよ。


 今日も、少し熱が下がって楽になったからって言って、今日の分の日記を書くんだって。

 あ、でも……。


「鉛筆がないや……」


 それまで使ってた鉛筆がもう握れなくなるくらいに短くなっちゃってた。

 あー、うん。でもさ。


『あるじゃん、ここに』

「え、でも……」

『俺は所詮鉛筆だからさ、使われてナンボなわけよ』

「うん……」

『それに今、ちょこっとだけ使って、すぐに別の鉛筆を買ってもらって、それを使えばいいんじゃないの?』

「……そだね。そうする」

『うんうん』


 ようやく納得してくれたルシィはお兄ちゃんを呼んだ。


「お兄ちゃん、この鉛筆を削ってほしいの」

「うん、いいよ」


 お兄ちゃん、結構手先が器用だねえ。

 小刀でもって、すごく無駄なく俺(鉛筆)の先端を削って芯が出てきた。


「はい、あとは自分でできる?」

「うん。ありがと」


 プルプルと少し震える手。

 がんばれルシィ。


「……はやく、元気になりたい、な……」


 くぅ。健気過ぎる。

 日記に書かれたルシィの願い事。

 叶えてあげたい、この願い。


 ――ルシィを元気にして欲しい


 俺は心からそう思ったね。

 するとどうだろう。日記がさ、優しい光に包まれたのよ。


「あれ……? 光ってる?」

『お、おう……。なんだこれ』


 陽なたぼっこしてるような、暖かさも感じた。

 でもすぐに消えちゃった。


「……あれ」


 温かい光が消えた後、ルシィがキョロキョロと周りを見渡してる。


「なんだか、体が熱いのが消えちゃった」


 おお、マジで?


「なんか、元気になったみたい」


 おおおお。マジで、マジで!?

 小さい胸の前で、手をぶんぶんって仕草のルシィ。

 なんかもう、すっげえ可愛いんだけど!


『願い事が……、叶ったのかな?』

「そうみたい」


 ニコニコって笑うルシィ。

 俺はこの笑顔が見たかった。


「ありがとう! えんぴつさん!」

『なんの、なんの』


 ぎゅってしてくれるその小さな手がとても嬉しい。

 どうやら俺の魂が宿ったこの鉛筆、ルシィが書くとその願い事が叶うらしいよ。

 芯を1ミリほど消費する代わりに、ね。

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