第41話 038 驕傲

「我々はシャレル閣下よりの使いだ。シュナース少将に宛てた緊急の書状を持参している」

「は、中将からの……ですか? しかし、それは……」


 砦の正門を警護していた兵士は、私の言葉に戸惑うばかりで話が進まない。

 緊急の書状と偽って、シャレルから預かっている紹介状をチラつかせたのだが、ロクに確認しようともせずにオタオタするばかりだ。

 顔面を生乾きの鼻血に塗れさせ、白目を剥いて気絶しているローランの姿が、少しばかり刺激的すぎたのかも知れない。

 怪しまれそうなのでローランの拘束は解いてあるが、奇襲の危険性は残るので肩の関節は外してある。


「緊急だと言っている! 話の分かる人間を連れて来い!」

「は、はいぃいっ!」


 傍らのディスターが怒鳴りつけると、兵士は慌てふためいて砦の中へと駆けて行った。

 門は開いたままなので、手間を省く意味も込めて砦内へと入って待つことにする。


「門番は後で叱責を受けるでしょうな」


 グッタリとしているローラン、その襟首を掴んで引きずっているディスターは呟く。

 果たして後があるだろうか――身も蓋もない思いが脳裏を過ぎると、それを読み取ったディスターは微かに苦笑を浮かべる。

それほど待たされることなく、兵士を五人引き連れた士官が現れた。

 士官は痩せていて眼光が鋭く、外見はまさに能吏といった雰囲気だ。


「シャレル中将からの使い、だそうだな。書状ならばシュナース閣下の副官である、この私が預かっておこう」

「いえ、これは少将に直接お渡しするように厳命されていまして」

「閣下は只今、訓練の指導で多忙である……ん、そっちの怪我人は何だ?」


 副官は、明らかに見知っているであろうローランについて、わざとらしく確認してくる。

 まずは事情を伏せておく――そう無言で伝えると、ディスターが即興で作り話を始めた。


「この者は街道沿いで倒れていたのですが、『早くコルブズ砦に戻らねば』とだけ言い残して気絶しまして。仔細は分かりませんが、放っても置けないので連れて参りました」

「ふむ……では、その者もこちらで治療しよう。お前達は書状を置いて帰ってよろしい」


 そう言い捨てて副官が合図すると、二人の兵士がローランに駆け寄り、その両脇を抱えてどこかへと運んで行こうとする。

 取り付く島もない強引な流れに、これは仕方ないようだと判断し、ディスターの背中を軽く手の甲で叩く。


「やるぞ」

「畏まりました」


 ディスターはハルバードを逆に構えると、ローランを抱えた兵士達を狙って、連続して突きを入れる。

 無防備な二人は石壁へと吹き飛ばされ、短い呻きだけを残して崩れた。

 何が起きたのか、理解が追いついていないらしい副官は、棒立ちで固まっている。


 私は副官が腰に下げているサーベルの柄を握ると、相手の腹を蹴りながらその刀身を抜いて、素早く持ち主の首筋に突き付ける。

 背後に控えた三人の兵は、何が何だかサッパリ分からない、と言いたげにポカンとしていた。

 彼らを指揮せねばならない副官も、部下達にそっくりな表情でこちらを見返している。


「そんな風に全てを揉み消してきたのだろうが、それも今日で終わりだ」


 小声で副官に告げると、呆気にとられていた顔は凶暴な歪みを生じさせる。

 しかし、部下三人がディスターによって数秒で戦闘不能にされたのを目撃すると、悪相は速やかに消え去って、代わりに卑屈な愛想笑いが浮かんだ。

 反射的に殴り飛ばしたくなるが、その感情を抑えて静かに告げる。


「では、少将の居場所まで案内してもらおうか、副官殿」

 

 どんな怪物と対面するのか、少なからぬ緊張を抱いていた。

 しかし、砦の二階にある豪華な調度の揃った居室で、短い槍を手にした屈強な兵士達に護衛されているその男は、拍子抜けするほどに特徴がなかった。

 やや低い身長、少し長めの金髪、地味な目鼻立ち。

 ただ、特徴がない『少年』でありながら、閣下と呼ばれる立場なのは極めて異常だ。


「……求綻者ごときが、随分と勝手をしてくれる」

「我々ごときに企みを見抜かれる、少将閣下も大概ですな」


 尊大な物言いに皮肉を返すと、つまらなそうにシュナースは顔を顰め、その視線は私達を案内したマヌケな副官から、半死半生の態を晒しているローランの上へと移動する。


「大言を吐いておきながら、これか。役に立たん小才子こざいしだ」

「閣下の手下としては、誂え向きの無能具合だと思われますが」


 敵愾心てきがいしんを隠す必要もないと感じられたので、積極的に煽っていく姿勢を見せておく。

 しかしシュナースは、やはりつまらなそうに私を一瞥すると、傍らに立つ従士から銀製のゴブレットを受け取り、その中身を飲み干した後で気怠そうに口を開いた。


「何か、勘違いしている節があるのでな。面倒だが、余が正してやるとしよう」

「それはそれは、恐悦至極にて身に余る光栄に存じます」


 一人称まで思い上がっているシュナースに、慇懃無礼を絵に描いたような態度で応じる。

 しかしながらシュナースは、媚びへつらいに慣れすぎて感覚が麻痺しているのか、私の含みを持たせた物言いを気にもせず鷹揚に語り始めた。


「貴様らは、この件を調べ余の企みを見抜いた、とでも思っているのであろう。だがな、それは別に構わんのだ。喧伝する理由もないが、隠蔽の必要も実のところはない」

「……ほう?」

「何かを為すべき時に、邪魔の入らない状況を作り上げることこそが肝要なのだ。大望も解せず目先の利ばかりに釣られる、下賎の者共からの愚かしい要求など、理想の国創りの妨げにしかならぬ」

「その状況とやらは、どうやって作るので」


 私の問いに、シュナースは「そんなことも分からぬのか阿呆め」と言いたげに唇を歪め、たっぷりと間を置いてから答える。


「簡単だ。生殺与奪の権限を握ってしまえばいい」


 つまり、親衛軍主導の恐怖政治めいた環境は、意図的に作られているのか。

 現状では、その狙いは成功から程遠い結果しか生んでいないが、その事実をどう受け止めているのだろう。

 もしかして、馬鹿すぎて気付いていないのか。

 そんな疑問が呆れ顔として表に出てしまったせいか、シュナースは不機嫌そうに話を続ける。


「義心と縁遠い大衆は、自分可愛さに何だってする。それが国家の尊厳を損なう蛮行だろうと、売国に直結する醜行だろうと気にもしない。そんな連中を律しながら高邁なる志を実現するには、後生大事にしている生命を質にとるしかあるまい」

「……どうでしょう」


 妄言に近いシュナースの言い分にも、ある程度の真実は含まれている。

 人は基本的に、怠惰で臆病で自分勝手だ。

 だがしかし、国家や王権が全てに優先される馬鹿げた前提には頷けない。

 過剰な権力を玩弄しているシュナースら救国親衛軍は、そもそも人がいなければ国が成り立たない、という基本的な事柄すら分からなくなっているようにも思える。


「閑話が過ぎたか……ともあれ、貴様らのやったことは無意味だ。現在のアーグラシアの主は、怠惰無能なアルブレヒト王でもなければ、旧態依然の老いた大貴族連中でもなく、当然ながら無知蒙昧な民百姓であろうはずがない。救国親衛軍と、それを差配している余だ」


 どこまで事実に沿っているのか不明瞭だが、シュナースの自信に満ちた口調は、どこまでも冷静で平坦だ。

 何にしても、今回の件で中心的な役割を果たしたのは間違いないだろう。

 常識を意図的に無視する、厄介な連中を相手にせねばならない予感に溜息を吐いていると、無言で隣に立っていたディスターが不意に質問を投げた。


「それはそうと少将、ミーデンの住民をどうしたのです?」

「彼らは祖国防衛の意識が高くてな。我が戦闘団の訓練に参加してくれた」


 言葉の中にあざけりの気配が混ざる――嫌な予感しかしない。

 シュナースが音高く指を鳴らす。

 すると、向かって左側の壁面を覆っていた厚手のカーテンが、ゆっくりとした動きで開いていった。

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