第35話 032 面談
司令部でぞんざいな対応をされた場合、別の肩書きを名乗って手間を省くつもりだったが、想像以上にあっさりと駐留部隊の幹部との面会に許可が下りた。
協会からの紹介状があったとは言え、ここまでスムーズにことが運ぶのは意外だ。
広くて清潔だが飾り気には乏しい応接室で待っていると、三十代前半くらいに見える男が現れた。
この歳で高級軍人用の制服を着ているのは、恐らく貴族出身だからだろう。
「待たせたかな」
「……いえ」
「アーグラシア東部軍所属、第二重歩兵団のエルンスト・シャレル中将だ」
「私はレウスティ出身の
相手の名乗りにアーグラシア貴族の称号である『フォン』が含まれないことへの驚きを隠しがてら、深々と頭を下げる。
ラモリスは私の母の旧姓で、そこまで身分を隠す必要のない時に名乗る雑な偽名だ。
顔を上げると、相手は興味深げな表情を浮かべている。
「その若さで練士とは、相当な活躍のようだな」
「半分は偶然のようなもの、です」
自分が何をしてきたか、詳しい説明をするのも面倒なので、曖昧な表現で流しておく。
シャレルはそんな屈託を察したのか、小さく咳払いをしてから私に椅子を勧め、自分も向かいに腰を下ろした。
「それで、訊きたいのは何についてかね」
「色々とありますが、端的に表現しますと『この東部国境地帯で何が起こっているのか』になります」
「ふむ……」
目付きに僅かな険を混ぜつつ、若い将軍は頭を掻く。
そして十秒ほどの間を置いてから、シャレルは口を開いた。
「そちらで把握しているのは」
「警備部隊の消失、監視所や集落の襲撃、それと求綻者の失踪」
「ん、まだ情報は出回ってないか……実はもう一つ、事件が起きている。五日前、共和国軍の国境警備隊と思しき兵士が十六名、死体で発見された」
「っ! それは」
下手をすれば、アーグラシアとルセニの間で戦端が開かれかねない。
不吉な予想につい右手を固く握り締めるが、シャレルは緊張感なく続ける。
「いや、あちらとしても動くに動けないだろうから、心配無用だ。何せルセニ兵は完全武装、しかも隊員の全員がこちらの領内で死んでいる」
「アーグラシア軍の攻撃によって、ですか?」
訊いてみると、シャレルは首を振ると傾げるの中間のような反応を示す。
「それが、よく分からんのだ。正体不明の集団と交戦したならば、確実に報告はあるだろうし、遭遇戦ならこちらにも被害は出たはずだ。なのに私の部下からは遭遇や発見の報告はなく、僚将であるシュナース少将の方でも事情は同じだ。行方不明になったり、不審な怪我をした兵士もいない」
「それは確かに、妙ですね……」
隣国からの越境攻撃をアーグラシア軍が迎撃した、というなら話は簡単だ。
だが、ルセニ兵を全滅させた何者かが消えてしまったせいで、話が複雑になっている。
国内の反政府勢力の仕業だとすると、ルセニ兵だけを国境西側で殺すメリットがない。
両国間に紛争の種を蒔きたいのであれば、国境東側で事件を起こし、アーグラシア兵の死体も現場に残すのが効果的だろう。
ルセニの自作自演を疑ったとしても、やはりこの結果には意味が見出せない。
となると、両国の緊張関係やら国内事情とは関係ない、何らかの訝《》げんが密かに進行中なのだろうか。
「というわけで、ここで何が起きているのか、正確な状況は把握できていない」
「……では、求綻者の失踪に関してはどうですか」
「抗訝協会から問い合わせがあった、とは聞いている。だが、それ以上は分からん」
「ソミアや近隣の街で騒動を起きたり、それらしき死体が発見されたという報告は?」
重ねて訊いてみるが、シャレルはゆっくりと頭を振る。
どうやら失踪に関しては、消えた理由と痕跡から探らねばならないようだ。
「ええと……シュナース少将、でしたか? その方は何か御存知ないでしょうか」
「どうだろう。彼とはもう、一月ほど会っていないのでね」
おや、口調に微妙にネガティヴな色合いが含まれている――気がする。
この若さで中将となれば、年齢は上だが階級は下、みたいな相手も多そうだし、色々と苦労もあるのだろう。
「少将は今、どちらに?」
「ここより北に歩いて五時間ほどの距離にある、コルブズという砦で新兵の訓練中のはずだ。まだ数日は戻らないだろうから、話がしたければ訪ねてみるといい」
「では、明日にでも伺わせてもらいます」
「彼は気紛れだから、門前払いをされるかも知れん。紹介状を書いておこう」
「何から何まで、畏れ入ります」
余りに好意的に過ぎる――何か裏があるのではないか。
そんな懸念が顔に出てしまったのか、シャレルは苦笑しつつ話を続ける。
「早々に変事を解決したいのだが、立場が立場なので動きづらい。調査班は組織されているが、それは救国親衛軍の指揮下になっている。となると、どうしてもシュナース少将に遠慮してしまってな」
「少将は親衛軍の所属なので?」
「うむ。ヴィルヘルム・フォン・シュナース少将は、あの護国義勇軍に結成当初から参加していて、現在は親衛軍第五戦闘団の指揮官だ。大貴族シュナース侯爵家の四男で、本人も男爵号を授けられている」
シャレルの物言いには、やはり控えめながらもトゲが感じられる。
まともな神経の持ち主なら、救国親衛軍の
そんな態度をされてしまうだけでも、少将の人柄は大雑把に理解できた。
「では、真相を――いえ、その一端でも掴みましたら、シャレル閣下の所へ報告に上がります」
「期待している」
即答するシャレルだが、私が調査班を無視すると告げているのに、それを平然と肯定している。
事件の厄介さとはまた別の、面妖な事情がこの地域には潜んでいる様子だ。
紹介状を用意するからしばらく待て、と言い残してシャレルは応接室を去った。
脂肪分が四割以上もカットされた、アルブレヒト王の似ていない肖像画を眺めながら、この騒動の中で消えた求綻者達が『どういう役割』を任されているのかを考える。
既に死んでいるのか、それとも生きているのか。
生きているとすれば、姿を消したのは第三者の仕業か本人の意思か。
本人の意思で消えたのならば、その理由は何だろうか。
仮説は次々に浮かんだが、自信を持って正解だと思える答えにまでは辿り着けなかった。
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