第5話 白光;三人:行方

「それで、大事な話ってなんだ?」

「これからのことよ」


アカリが応える。


「私も含めてみんな、3年間活動してきたわけだけど、それでもやっぱりたどり着けなかった。3人とも中央学院に進学できることになったけど、専攻はバラバラだし、あそこでは今みたいな部活は作れない。だいたい中央学院は広すぎて、会うのも一苦労だわ。だからどうしようかって話よ。」


ついにこの時が来てしまった。


「恭太郎、例えばアンタは、もう私たちと会うことはできない、ひとりっきりだったらアンタが望むような異世界へいけるんだとしたら、それでも行くの?」


 アカリが、ぱっちり二重の大きな目でしっかり俺を見て問うた。


 俺もわかってはいた。この俺のくだらない夢のための活動を、日常を、いつまでも続けることは不可能だということを。


「ああ。行くよ」


 要するに、現実を見ろということだ。アカリの言う古代語を引用するなら『厨二乙』ということだ。


「即答だな~、そしてアカリもなんだか嬉しそうだね。」


 2週間後、この中学を卒業したら、それぞれの道を歩き始めなければならない。


「そういうアンタだって口元緩んでるわよ、トモ」


 俺は今、この甘ったるいくらいに楽しい日々を諦めて、ここまで我がままに付き合ってくれたふたりにお礼を言う、そうする決断を迫られている。

 今までを振り返りつつ、ひとつひとつ言葉にする。


「ふたりとも、今まで散々振り回して悪かった。もうすぐこの異世界部の活動は終わりだ。そうなったら俺もいい加減ふたりに頼るのはやめて、自分の道を探して行こうと思う。このままひとりで叶うかもわからない夢を見続けるかもしれないし、別の目標を見つけるかもしれない。とにかくこれ以上は二人を巻き込んだりしないから、だから…」


「アンタは何を言ってるの?」


「そうだよ。らしくないよ、きょーた。」


「え?だって、もう終わりにしようって、そういう話じゃ…」


「違うわ!これからどうやって続けていくかって話よ!こんなところで勝手に諦めないでよね!」


「それに、夢物語じゃない。異世界と、それに繋がる門は実在するって、そういう結論になったじゃないか。」


 俺はどうやら勘違いをしていたらしい。それも、小さい頃からの腐れ縁であるこいつらに対して、大変失礼な勘違いを。


「おまえら…う…あ゙り゙がどゔ…!」


 声にならなかった。自分でも笑えるくらいに。


「うわ、泣き虫きょーた、久しぶりに見たわ。小学生ぶりかしら。」


「ゔ…うるせーぞアカリ、お前やっぱりこの部活なくなったら寂しいんじゃねえか。」


「そんなガラガラ声で蒸し返されても全然張り合いないわ。それに、理沙ねぇとお父さんのこと考えたら、私たちが諦めるわけには行かないでしょう。」


「アカリ!その話は…」


よく気がまわるトモが話を遮ろうとしてくれるが、


「いいんだ、トモ。理沙りさねぇと父さんのことも、さっきアカリが言った大事な話に含まれてると思う。」


「その通りよ。あの白い光があったから、さっきトモが言ったように、そういう結論になったんじゃない。」



 俺の家はもともと父、母、姉、俺の四人家族だった。

それが10年前のある日、父と姉だけが突然行方不明になったのだ。

いや、俺たち三人にとってだけは突然ではなかった。

幼馴染三人組と理沙ねぇ、そして父さんの五人で遊びに出掛けていたあの日の夜、白い光が俺達を襲った。

夜の薄暗い空間にぽっかりと穴が開いたように、もともとそこにあったかのように現れた、直径2メートルくらいの白い光の渦。

あるいはそれは黄金色に、虹色に鈍く輝いていた気もする。

すぐそばに出現したその奇妙な光に手を伸ばそうとした俺を、父さんがいきなり掴んで静止し、俺達四人にすぐにここから離れるよう指示した瞬間から、しばらくく記憶は途切れている。次に気が付いたときには、父さんと理沙ねぇだけが、消えていた。

 アカリ曰く、光の中から人間が出てきたような気がする。

 トモ曰く、大柄な男が父さんと理沙ねぇを両肩に担いで光の中に消えていくようなイメージを思い出す。

 だが、当時5歳の俺たちのそんな証言は警察組織に受け入れられることは当然なく、信じてくれたのは俺の母さんくらいだった。

 捜査は難航し、数年を経て打ち切られたのだった。


 この記憶があるから、俺は異世界ファンタジーを知ったときにすがりついたのかもしれない。

 今までこの話は三人ともなんとなく避けて来たが、この事実があるから、アカリもトモも俺の途方もない夢を手伝ってくれる気になったのかもしれない。

 10年も前のことを、三人ともが未だに覚えていたのだ。そのことだけでも再確認できて、俺はどこかほっとした。


ふたりとも思うところがあるのだろう。長い沈黙が部室の空気を支配する。


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