第6話 聖母:黄金・暗転

 長い沈黙。


 あるいはこのとき既に、物語は動き始めていたのだろうか。


 だが、地上100m以上の高さにあるこの部室の窓の外の景色、今俺たちがいる建物よりも高く大きい、ある意味殺風景な白い摩天楼まてんろうの群れは、3年間視界に入り続けたために意識からシャットアウトされ、その変化に気付くことはなかった。



 俺の眼球に埋め込まれた、視界に様々な情報を映し出す補助端末の機能の中でも最も基本的なもの、

視界の右下に表示される時計の秒針が3周りくらいした頃。


プシュー。


俺の背中側で、部室の自動扉が開く音がし、


「ぐーてん・みったーっふ!!遅くなってすいません、

第七中学の爆弾こと津金つがね麻里まり、ただいま参上いたしましたーーッ!!」


スナイパーライフルエレキギターを持った金髪の少女がいつものハイテンションで乗り込んできた。


「「「…」」」


「…ってあ、あわわ、先輩たちどーしたんですか?!いつもの元気がありませんよ!」


とりあえず振り返って答える。


「おっす、マリー。お前は変わらずわけのわからん挨拶するな。」


「わけのわからんとは失礼な!これはれっきとしたドランツ語ですよ、きょーたろ先輩!

ささ、今日はたんまりドーナツ買ってきましたので、みんなでたべましょう!たべれば元気メガトン倍!!」


そう言って、部員5号にして唯一の後輩が向日葵ひまわりのような笑顔をふりまくと、


「マリりん、遅かったじゃないの!うわっ美味しそう~~ハニーリング貰うわね」


「どうぞどうぞ♪あかりん先輩のために買ってきたんですから。こっち飲み物です」


「麻里ちゃんごちそうさま。またきょーたが面白い発明してきたよ」


「うわー!なんですかこの箱!?っていうかひどいじゃないですかトモ先輩!!わたし抜きでお披露目会始めちゃうなんて!」


 部室の空気が一気に明るく、騒がしくなる。

 普段からうるさすぎるのも困りものだが、俺たちはこいつのハイテンションに何度となく救われてきた。


「お前が部活掛け持ちしてるのが悪いんだろ、それとマリー、ドーナツ食べるならその物騒なエレキギターを下ろせ。」


「それはダメですきょーたろ先輩!このドラグノフはわたしの命。背中側にしょっておきますからそれでご勘弁…ぱくっ。おいひぃ~!!」


 この、綺麗にブリーチされた金髪、自称爆弾のギター少女は、軽音部と異世界部を掛け持ちしていて、バンドではボーカルギターを担当する、この第七中学が誇るアイドルでもある。

 愛用するギターは、ドラグノフというスナイパーライフルの形を模した変型ギターというより変態ギターで、その持ち主である彼女自身ももちろん変人、このご時世ではすっかり人口が減ったギター奏者の中でも更に稀有な、電動ドリルをピック代わりに用いた超絶速弾きを得意とするギターヒーローでもあるのだ!


「あかりん先輩、はい、あ~~ん」


 この陽だまりのような笑顔からは想像もつかないようなハードなサウンドを奏でる彼女が、なぜこの異世界部にも在籍しているのかというと、


「ごちそうさまでした!きょーたろ先輩、ここでギター弾いてもいいですか?」


 さっとドーナツのごみをテーブルからはらって自動回収式ゴミ箱に拾わせ、部室の隅にある洗浄機で手を洗ったマリーは、まだ中学二年ということを加味しても控えめ過ぎる胸を堂々と張って、スナイパーライフルもといギターを構えた。


「弾くのはいいが、ここではそっちに置いてあるアコギを弾け。それがルールだ。」


「了解です。でも前からきこうとは思ってたんですけど、この部室これだけ機械メカ類が散らかってて雰囲気出てますよね、歪ませたエレキギターの音はさぞ似合うと思うんですが、なぜにアコースティックをご所望なさるのですか?」


「異世界だ」


「へ?」


「アコースティックギターの音色は、きいてるだけで魔法の世界に迷い込んだような気分になれて心地好いんだ。本当ならもっとマイナーな民族楽器とかも好きだけど…」


「なるほど、納得、豆鉄砲です。こういう感じですかね?」


 そう言ってマリーは、スナイパーライフル型エレキギターを背負いながら器用にアコギを構えて椅子に座り、大昔据え置きゲーム機が流行り始めたころ電子音で作られたファンタジーゲームのBGMにありそうな切ないメロディーを奏で始めた。


―中世ヨーロッパの景色が目に浮かぶような

―風がなにかに憧憬しょうけいを抱いているような

―気持ちがやわらかく、素直になってゆくような

―光に包み込まれるような

―異世界を、感じる


「ふぅ~、麻里ちゃんの音楽はいつきいても心が和むね。」


「そうね、マリりんのギターをききながらだと、不思議と集中力が上がって、作業も倍はかどる気がするわ。」


「そんな~、照れますよぅ。わたしもこういう、2000年代くらいの音楽弾くの大好きなんです。」


 そういってマリーは嬉しそうにはにかむ。


 なんだかこちらまでぽかぽかした気分になってくる。


 俺はやはり、この日常の風景を心の底から愛しているのだなと思った。


 さっきはアカリをからかったが、これが無くなるのは俺も本当に寂しい。


 さっき「ひとりでも行くのか」と問われた時は半分反射的に肯定してしまったが、実を言うと死ぬほど異世界に行ってみたいっていうのと同じくらいに、俺はこいつらとの時間を手放したくないという感情も育ててしまっていたのだった。


 5歳の時に父さんと理沙ねぇを失って以来、母さんは朝早くから夜遅くまで仕事にかかり切りになり、家族の時間というものをあまり過ごせなかった俺にとって、この家族のような暖かい空間は何にも代え難いものだったのだ。



だが、その時間は唐突に、あるいはじわりじわりと侵食されるように、終わる。



「そうそう、異世界、魔法といえば先輩、さっき窓の外に、不思議な白い光が浮いてるのが見えてとっても綺麗だったんですよ。」

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WORLD5 ~侵略者は太平洋のド真ん中に魔導都市を創った~ 城野ノ之ののか @ancestar

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