第3話 日常;激昂=紅葉

 さて、たった今アカリがと言ったのは、『異世界』や『勇者』と関係ないということ。


 そもこの部活は、部員1号、四郎丸しろうまる恭太郎きょうたろうこと俺が本気で、それはまあ心の底から本気で、この世から異世界へと繋がる転移門を開くための装置を作り出すために中学1年入学して早々に開設した、その名も『異世界部』である。


 小学生のある日、ネットダイビングしていてたまたま見つけた剣と魔法の異世界ファンタジーを題材にした500年前のネット小説を読んで以来すっかり異世界に心酔し、次元の扉を超え勇者になることを夢見ていた俺は、

理系科目において天才的な学力を誇っていたトモをを誘い、お前が異世界転移の理論を構築してくれという無理難題を提示、

俺がその理論を実現するための機械を作るからとこれまた自分自身に難題を課し、

なんとなくアカリがついてきて、

中学に入学してからなんとかもう一人仲間を捕まえて、

ようやく定員4人に達し部の創設を許された。

(ちなみにもうひとり増えて、現在部員は5名)


 それからというもの、抜群の運動神経くらいしか取り柄のなかった俺はゼロから機械工学を学び、トモが思いついた奇抜なアイデアを発明品として次々と形にしていったのだった。


 だが、この26世紀現在人類が糸口すら掴めずにいる異世界転移を中学生に叶えられるわけもなく、トモは少しずつでもそれに近づくような夢のある理論をどんどん打ち立ててくれたが、俺が形にできたのはビックリ武装や未来的便利道具が精一杯だ。

そしてその度ごとに、アカリが『異世界行く気ないのかよ』とクラシカルハリセンで俺とトモにツッコミを入れると、まあ、そういうふうに3年間を過ごしてきたわけだ。


しかし今日は、これだけでは終わらなかった。


「こんのアホきょーた!私はアンタが小4の時、目をキラッキラ輝かせながら大昔の小説を教えてくれて『俺は絶対この世界に行くんだ』って、『勇者になるんだ』って、私はそれをきいて圧倒されて『もう勇者になってるよ』なんて思ったりして、だからずっと応援してるのに、今のアンタは何!?

口だけは相変わらずだけどよくわからない武器とか道具作りまくってホントにそこに行く気あるの!?今のアンタには勇者成分が微レ存!?いいやこれっぽっちだって在りはしないわ!」


そんな昔のことまで覚えているなんて、驚いた。

ぐうの音も出ないというのはこういうことか。本当にアカリの言う通りだ。

俺は結局のところ何も成し遂げてはいない。

でもそれ以上にこの幼馴染の心からの叫びをきいてると自然と血が沸き立って、何かをひねり出して言い返さずにはいられない。


「お前には分からなくても、俺が作った機械は全部俺自身のスキルアップに大いに役立ってるんだよ!何もしてなかったわけじゃねえ、今だって本気で行きたいと思ってるし少しずつだって近づいてるはずなんだ。てか微レ存ってなんだよ、よく分からん大昔の言語使うな!」

「ふん、情弱はそっちの罪よ。まあ確かに、役に立つかもしれない発明がいくつかあったのは認めるわ。でもこの私の席の後ろ側に積み上げられた、失敗作のガラクタの山はどう説明…」

「はいはい、ふたりともそこまで。」


「なによトモ、まだ話は…」

「まったくアカリらしくないよ、いつも以上にピリピリしちゃってさ。ハリセンの威力もいつもの倍はあったし…。この部活があと2週間で終わっちゃうのが寂しいのはわかるけど、寂しいのは僕もきょーたも一緒なんだからね」

「んな!?べ、べべ別に寂しくなんかないわよ!!!」

「なんだよ顔真っ赤にして、そういうことだったんなら早く言えよなアカリ~」

「だ、だだから、そんなことは…」

「もう、きょーたもそんな事言ってないで早く謝りなって」


「…そうだな、悪かったよ。本気でやってたつもりでも、力が足りなかったみたいだ。でもお前が応援してくれてるのは嬉しかったし、これでも感謝してるんだぜ」


「ふ…ふん、こんな異世界オタクのことなんか、もう知らないもん―」


 そう言ってさっきから頬を染めたままのアカリは席を離れ、そのまま例のガラクタの山を掻き分けて潜って隠れてしまった。

枯れ葉の巣穴に潜るリスみたいでなんだかおかしかった。

いつもなら「オタクじゃない、異世界マニアと呼べ」なんて言い返すところだったが、その代わりに

こんな時いつも助け船を出してくれる幼馴染にも感謝していることをガラにもなく伝えようと向き直り、


「トモ、なんつーか、ありが…」

「ふ…ふふふふっ」

「と、トモ?」

「フスッ…見たかい?きょーた」


眼鏡が不気味な輝きを放つ。あ。これダメなやつだ。スイッチ入った。


「見たかい?あのテンプレと言っても過言ではない恥ずかしがり方、完璧だ。本当は気に入ってるくせにガラクタなんて言っちゃって。アカリはよくここまで成長してくれた…!」


 ガラクタの隙間に器用に埋まっているアカリにきこえないような小さな声で、だが普段のトモからは想像もできないような力強い声色で続ける。


「『んな!?』のタイミングで勢いよく立ち上がって両手で机を叩く仕草から、最後のセリフ、○○もんまで、これこそ、これこそがも…」

「だぁー!落ち着け、落ち着け~トモ。それ以上は俺にも、このくだりをどこかから見下ろしてるかもしれない神様にも理解できない領域かもしれん」

「これが落ち着いてられるか!そうだ、きょーた、君の最後のキラーパスも素晴らしかった。あれがなければ完成されなかった、そう、あの芸術的なまでの、は!!」

「ああー!アウト~言っちゃった~、ただの優しい真面目キャラで終わってればよかったのに~」


そう。これがあと2週間で引退する、我々異世界部の実態である。


 幼きあの日、俺は大昔のネット小説にハマり魔法や異世界の魅力に取りつかれ、中三になった今でも頭の中はお花畑だ。

 そして、転移門作成チームに誘うにあたって、500年前のジャパニーズネット文化のすばらしさをトモに説いたところ、彼は確かに俺の大好きなファンタジーにもハマってくれたが、それ以上に萌え ―彼曰く、神が唯一残した絶対正義― と呼ばれるジャンルに心酔し、「猫耳美少女に、金髪エルフに会えるならどんな世界にでもついていくよ」と快く俺の野望に加担してくれたのだった。

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