第10話

 広い緑川邸のリビングでは刑事の弓岡真音ゆみおかまおとがテーブルの上に置いた機械を睨んでいた。

弓「長日部さん、発信の電波キャッチしました」

春「場所は」

弓「仲町5丁目です」

春「仲町5丁目?あんな所に何があるんだ」

 仲町5丁目とは住宅街でもなく、工場や施設があるような場所でもない。小さい山があり、鬱蒼とした雑木林があり、どちらかというと自然の方が多く感じられる場所だった。

 春樹は、麗華はさらわれ、もしかしたらそんな場所に放置されているのかと、一瞬嫌な考えが浮かんだ。

 その時春樹の携帯が鳴った。

春「はい長日部です。支配人?どうしたんです、携帯に電話してくるなんて珍しい…え?何ですって!?」

弓「どうしました?」

春樹の珍しく動揺した声に弓岡は機械から目を離し春樹を見た。

春「『BLUE MOON』から椿凌が連れていかれた」

弓「連れていかれた!?誰にです?」

春「分からない…でも柄の悪いグループだったとか…」

弓「長日部さん、どうしますか。麗華嬢と椿さんと…」

春「麗華の居場所は分かってる、まずは麗華救出から始めよう」

弓「はい!」


 麗華が人質になっている部屋では、先ほど部屋を出て行った下っ端の男が戻ってきた。

男「ほら、持って来てやったぞ」

麗「ありがとう。あら?これだけ?ケチね」

麗華はお皿にのせられたパンを見て言った。

男「おい、人に持って来させておいてそれかよ」

麗「私にパンだけなんて失礼だと思わないの?」

男「どんだけお嬢様なんだよ。おい!人質だということを忘れるんじゃないぞ!」

男は怒って部屋から出て行ってしまった。

麗「ふぅ~、やっと出てってくれたわ。同じ部屋なんかにいられたら身動きとれないじゃないの。さてと、これからどうしようかしら…」

麗華は部屋の中をぐるっと見回した。


 一方、地下室から戻ってきた洵は光に連れられ、今度は洵に与えられた部屋に案内された。

光「ここが貴方のお部屋です。遠慮なさらずにどうぞお入りください」

洵「麗華は?」

光「大丈夫、失礼のないようにお相手させていただいていますよ」

洵「いや、麗華の部屋はどこかと聞いてるんだ」

光「それは貴方には関係のないこと」

洵「関係ないことはない。麗華に会わせてもらおう」

光「そんなに会いたいですか?でももう時間も時間ですし、女性を訪ねるには少し遅いのでは?明日にして下さい。朝食にはご一緒できますから。ではごゆっくりお寛ぎください」

光はまた不適な笑みを浮かべると洵の部屋から去っていった。

 洵は部屋に入るなりカメラ・マイク・盗聴器のチェックを始めた。

洵「どうせ俺の分からないところに隠してあるんだろうけど…」

一通り調べたが、一見カメラもマイクも盗聴器もないように見えた。でもない訳はない。変な行動をとらないよう気を付けることにした。

洵(どうしようかな、椿凌の時は携帯も持たないことにしてたから…どうやって外と連絡を取ったら…)

洵はベッドにゴロンと横になって考えた。


 ちょうどその頃、春樹たちは仲町5丁目に到着した。そして車を雑木林の近くの目立たない場所に停めた。

弓「発信源はここです」

春「こんな処にこんな屋敷があったのか…」

小さな山と雑木林の間に囲まれて、一見何もないように見える場所に、大きいが趣味がいいとは言えない邸が建っていた。

 部下の弓岡真音が双眼鏡をのぞいて屋敷の様子を窺っている。

弓「長日部さん!あの2階の窓を見て下さい」

春「2階?」

弓「何かヒラヒラとしたものが…」

春「ちょっと貸してくれ」

春樹は弓岡から双眼鏡を半ば奪い取って覗いた。見憶えのあるハンカチが窓の外に括りつけてあった。

春「麗華のハンカチだ!あの窓の部屋に麗華がいるに違いない。中の犯人に気付かれないように入るぞ。1班正面玄関前で待て、2班屋敷の裏に廻れ、出てくる者を一人も逃がすな!3班は俺と一緒に来い、行くぞ!」

春樹と弓岡と3班と言われた6人は中の犯人に気付かれないように庭に忍び入った。春樹は3人を庭の端に残して、あとの4人と共にハンカチが括ってある窓の下に潜んだ。


 麗華は部屋の中をぐるっと見回した。部屋はそんなに広くない。廊下からのドアを開けると左側にベッドが置いてあり、右側にキャビネットやドレッサーが置いてある。窓はかなり大きくてカーテンがひいてあった。

麗「さぁ、どうしようかしら。あと私にできそうなことは…………………ないわね……待ってるしかできないのかしら…」

と麗華がもどかしい気持ちでヤキモキしていると、ハンカチを括っていた窓がゆっくりと開いた。驚いて怖々見ていると人影が見える。その人影はゆっくりと部屋の中に入ってきた。

麗「春樹!?」

春「シッ、静かに」

麗「(こそこそと)どうして春樹がここに!?どうして私の居場所を!?」

春「麗華がちゃんと会長の言い付けを守ってそのペンダントの発信機を押してくれたから」

麗「どうして春樹が発信機のこと知ってるの?これはお父様と私の二人しか知らないことなのに」

春「元々その発信機を麗華に付けるように頼んだのは俺なんだ」

麗「え?どういうこと!?」

春「それより、早くここを出よう。今、下の階で突撃班が待機してる。麗華を救出したら乗り込むから、ちょっと大変だけど窓から降りるぞ」

麗「待って!ダメよ、突撃なんて」

春「どうして」

麗「ここには私の他に洵と洵のお父様が捕らわれてるのよ」

春「何だって!?洵もここにいるのか!?」

麗「いるわ、今はどこの部屋にいるか分からないけど」

春「しかも、洵のお父さんも、ってことは…」

麗「春樹?」

春樹は無線で全員に指示した。

春「全捜査員に告ぐ、他に人質がいることが判明、突撃は中止、作戦変更する。指示を待て。繰り返す…」

麗華はその様子をまじまじと見ていた。

麗「春樹、貴方、いったい何者なの?」

春「俺は…国際刑事警察機構、インターポールの捜査員だ」

麗「は?…ICPO?」

春「麗華を守るために会長に雇われた。今まで騙してて悪かったよ」

麗「………やっぱり、ただのビジネスマンじゃなかったのね…」

春「え?」

麗「洵と競ってたのよ、春樹の正体が何なのか、どっちが早く探れるかって」

春「何だ、それ?」

麗「私、よく分からないんだけど洵が春樹は絶対ただのビジネスマンじゃない、って言い張るから」

春「二人でそんなことしてたのか…。だからあいつ俺の後つけてきたりしてたんだな。バレバレだったけど」

弓「あの、お取り込み中申し訳ないのですが、拘束されてるあとの二人は…」

弓岡が窓からこっそり顔だけ出している。

春「ああ、そうだった。で?洵はどこにいるか分からないんだよな?」

麗「1階のリビングみたいな部屋で会って以来引き離されてるの」

春「麗華、危険を承知でお願いしたい。洵の部屋を聞き出してくれないか、それで洵に会えたらこれを渡してほしい」

麗「これ、何?」

春「小型通信機だ、GPSも付いている」

麗「OK!任せて。部屋くらい聞き出してみせるわ」

春樹と弓岡は麗華の部屋のクローゼットの中に隠れ、あとの3人は窓の下で待機した。麗華は春樹たちが隠れたのを確認すると大声で廊下に続くドアに向かって部屋の中から叫んだ。

麗「さっきの方~!さっきの方じゃなくてもいいわ~!誰かいないの~!」

しばらくするとさっきの男が勢いよくドアを開けて入って来た。

男「今度は何だ!」

麗「ねぇ、洵はどこにいるの?私、洵と話がしたいわ」

男「明日の朝になったら話せる。それまで待ってろ」

麗「朝?どうして朝なの?」

男「朝食は室澤さんと香椎さんと朝倉とあんたが一緒だ」

麗「そう、朝食はご一緒できるのね。でも私、今話したいのよ。だってつまらないんだもの」

男「あんた…本当に人質だって自覚あるのか?」

麗「あるわよ、ちゃんと。でも突然こんな処に連れてこられて何も持って来てないんだもの。洵と話すくらいさせてくれたって良いじゃない」

男「まったく…、ちょっと待ってろ」

男はドアを閉めて出て行った。

麗「行ったわ」

弓「麗華さんと朝倉さんを会わせていいかどうか確認しに行ったんですね」

春「でも明日の朝一緒に朝食か…、今会うのがダメだと言われたら無理をしないで明日の朝会った時の方が良いな。強行手段に出て疑われても困る」

麗「分かったわ」

そこに男が戻ってきた。

男「おい、付いて来い。5分なら話してもいいぞ」

麗「あら、そう、ありがとう」

麗華は男と部屋を出て行った。


 洵の部屋の前に着いた。男は麗華を睨みつけると威圧的に言った。

男「5分だぞ!」

麗「分かってるわよ」

麗華はちょっとふてくされた顔をして答えた。

男は部屋のドアをノックした。

男「おい、お嬢様がお前と話したいと言っている。ここを開けろ」

洵がドアを開けた。そこに男と麗華が立っていた。

洵「麗華」

麗「洵こんばんは。会いたかったわ!ここのお部屋の居心地はいかが?」

麗華は言いながら部屋に入り、さっさとドアを閉めた。

洵「麗華、大丈夫だったか!?」

麗「私は大丈夫、洵は?」

洵「俺も大丈夫。麗華が心配だったんだ。そうそう、この部屋カメラと盗聴器があると思うから気を付けて」

麗「そう、分かった」

それを聞いて麗華は声を落とした。洵も麗華にしか届かないくらいの声で話している。

洵「どうしたんだ?こんな時間に」

麗「時間がないから要点だけ話すわ。今春樹が私の部屋に隠れてるの」

洵「春が!?なんで?」

麗「春樹、ICPOだったのよ」

洵「はぁあ!?」

麗「それでこれを預かってきたわ。小型通信機でGPSも付いてるんですって。肌身離さず持っていて。これから春樹がここからの脱出作戦を考えるからこれで連絡を取り合うのよ。お父様も一緒に帰りましょうね!」

麗華は小型通信機を洵の手に握らせ、その手をギュッとさらに強く握った。

洵「麗華…。ありがとう」

麗「それで、お父様はどこにいるかわかる?」

洵「地下室にいる。ドアは何重にも鍵が掛かっていて普通に救出するのは無理だ」

麗「それじゃ…」

洵「明日の朝食の話は聞いたか?」

麗「聞いたわ」

洵「そこに親父も呼ぶように言おうと思ってる。そこで何とかならないかな」

麗「分かったわ、春樹と相談してみる」

洵「ありがとう。この通信機はつながったままにしておくから」

麗「分かった。洵、無事に帰りましょうね」

洵「ああ」

お互いニッコリ笑った。

男「おい、5分経った、部屋に戻るぞ」

言いながら男が部屋に入って来た。

麗「ええ~、もうなの?早すぎるわよ」

男「うるさい、戻るぞ」

麗華は男の後ろについていきながら、洵にウィンクして出て行った。


 麗華の部屋に戻ってきた。男はドアを開けるなり麗華を部屋に押しやった。

男「おとなしく朝まで寝てろ!」

ものすごい勢いでドアを閉めて男は行ってしまった。ドアに耳を当てて男が去ったのを確認した麗華はクローゼットに向かって声を掛けた。

麗「春樹?いる?」

春「おかえり、どうだった?」

春樹が隠れていたクローゼットから出てきた。

麗「洵に会えたわ、通信機も渡して来た」

春「麗華!ありがとう!恩に着るよ!」

麗「礼には及ばないわよ」

麗華はウィンクして笑った。

麗「明日の朝食にお父様を呼んでもらうように頼むつもりだって。通信機はつながったままにしておくって言ってたわ」

春「そうか」

頷くと春樹は自分の通信機に手を掛けた。

春「洵、聞こえるか?」

洵「春?聞こえるよ、この部屋カメラと盗聴器が仕掛けてある。あんまり声は出せないけど」

春「わかった。それじゃ聞いてるだけでいい。明日の朝食の時にお父さんも呼んでくれ。そこに俺達が乗り込んで…」

春樹がそこまで言った時に、洵の部屋のドアがノックされたのが通信機越しに聞こえてきた。

洵「はい」

洵の部屋に光が入ってきた。

光「良かった、まだ起きていたんですね。こんな時間に申し訳ありません。実はボスに貴方がここにいると話したらすぐに会いたいと言うのです。それで急ですが明日の朝、朝食にボスのお屋敷へ案内させて頂きます。よろしいですね?」

洵「朝食?朝食は麗華と一緒にできるはずだったが?」

光「申し訳ありませんが麗華さんのお相手は香椎がさせていただきます」

洵「親父は?」

光「貴方のお父様は今のままですよ」

洵「地下室か」

光「はい」

洵「それなら、俺が麗華と一緒じゃないのなら麗華のために親父を同席させてくれないか、でなければ俺もボスの所には行かない」

光「朝倉さん、貴方、ご自分の立場を理解していないのですか?」

洵「してるつもりだけど?だからボスには会いに行くと言っている。その代わり麗華のために親父を同席させてくれと頼んでいるんだ」

光「ね…あまり人にお願いする態度ではないと思いますが?」

洵「そんなこと言ってて良いのか?あんた達は俺が欲しいんだろ?」

光「確かに。分かりました、麗華嬢のためにお父様を同席させましょう」

洵「ありがとう、助かるよ。で?俺はどこまでお供すればいいんだ?」

光「ボスのお屋敷です」

洵「それどこ?場所は?」

光「明日のお楽しみですよ」

洵「教えてくれたって別にいいだろう、こっちにも心の準備ってもんがあるんだから、場所くらい教えてくれたって罰は当たんないはずだ」

光「まったく…。羽衣町はごろもちょうですよ」

洵「羽衣町?知らないな~。あんたのボスって誰?まぁ聞いても分かんないと思うけど、会うなら名前くらい教えてくれてもいいだろう?」

光「そうですね、ボスの名前は“石廊崎悠吾いろうざきゆうご”と言います」

通信機越しに全て聞いていた春樹が固まった。

春「石廊崎…悠吾…!?」

弓「長日部さん…」

春「羽衣町にいたのか…」

弓「朝倉洋一さんがここにいた理由も分かりましたね」

春「ああ、すべてがつながった…」

また通信機越しに声が聞こえてきた。

光「それではお休みなさい。明日は朝9:00にお迎えにきます」

光が部屋を出て行った。

洵「春、聞いてた?」

春「ああ、聞いてたよ。作戦変更だな」

洵「俺はその石廊崎さんとやらに会いに行かなきゃならなくなっちゃったけど、麗華と親父を頼むよ」

春「ああ大丈夫そっちは任せておけ。洵にも離れた所から護衛をつける」

洵「わかった、ありがとう」

春樹は麗華に向き直って言った。

春「麗華、洵が明日の朝食を一緒にできなくなった」

麗「え?どうして…」

春「奴らのボスが明日、早々に洵に会いたいそうだ。でも洵の代わりに洋一さんを麗華のために同席させてもらうことになった。ただ問題が一つ」

麗「何?」

春「朝食中に麗華と洋一さんを救出したら、別行動になる洵が危ない。洵と同行する奴らに俺たちの存在がバレちゃ困るんだ」

麗「どうするの?」

春「室澤は洵に明日の朝9:00に迎えに来ると言った。ここから羽衣町まで車で約15分。多分ボスとの約束が9:30頃なんだろう。そこでだ、明日の朝食の時間を洵がここを出る時間と合わせてほしい。麗華、また麗華にお願いすることになるが、大丈夫か?」

麗「春樹、私を誰だと思ってるの?で、何時に合わせたら?」

春「朝食スタートを9:00にしてほしい。麗華たちが食事しているところに助けに入るよ。俺は洵の方に行かなきゃならないが、大丈夫だよな?」

麗「大丈夫よ。春樹のチームの人たちが助けてくれるんでしょう?あとは任せておいて」

春「麗華…ありがとう」


 翌朝、麗華の部屋のドアが勢いよく開いた。

男「おい起きろ!仕度して降りて来い!」

麗「なぁに~?まだ7時じゃない。それにこんな朝早くレディの部屋にノックもなく入ってくるなんて失礼にも程があるわ。こんなとこを夫以外の人に見られるなんて、もう生きてられないわ!」

男「おいおい、生きてられないって、そこまでじゃないだろ」

麗「私は緑川の娘よ!馬鹿にしないで!」

男「え…」

そこに香椎慧が現れた。

慧「これは麗華嬢、私の部下が大変な失礼を致しました。教育がなっていないものですから」

麗「これからはちゃんと教育して下さる?」

慧「勿論です。では麗華嬢、今は7時ですがお仕度にはどのくらいのお時間が必要でしょうか?」

麗「そうね…いつも手伝ってくれるメイドがいないので、2時間はいただくわ」

慧「承知いたしました。それでは朝食はその頃できるように手配しましょう。失礼致します」

香椎慧と部下の男は部屋を出て行った。

麗「ふぅ~、これでいいかしら?」

カーテンの陰から春樹が出てきた。

春「完璧だ」

春樹はニッと笑った。


 2時間後、朝9:00。洵の部屋のドアがノックされた。

光「朝倉さん、時間です。ボスの所へ行きましょう」

光が洵の部屋に来た。

洵「ああ、分かった」

庭では、隠れて待機していた班が洵と光を乗せた車が出て行くのを確認した。

春「そうか、洵は出掛けたんだな、了解。麗華、洵がこの家を出た。あとは作戦通りだ。気を付けろよ」

麗「春樹もね。洵をお願い」

春「了解!洵を助け出してくるよ」

麗華と春樹は笑顔で別れた。


 室澤光の屋敷の1階の奥にダイニングがあった。そこそこ広い部屋の真ん中にやたら細長くて大きなテーブルが置いてある。テーブルの端と脇には3人分の朝食が用意されていた。テーブルの真ん中には一応気を遣ってくれたのか花まで飾られていたが、どうも麗華の趣味ではなかった。

 しかし朝の日差しが直接入ってくるダイニングで、部屋自体は気持ち良く感じられる。ただこの事態でなければ。

慧「これはこれは麗華嬢、お待ちしていましたよ」

慧が含み笑いのように見える笑顔で麗華に言った。

朝倉洋一は既に席に着いていた。

麗「朝倉洋一さんを同席させて下さってありがとう。洵はいないし、私一人では心細いもの」

慧「交換条件ですからね。さぁ、貴女も席に着いて召し上がって下さい」

麗「ええ、頂くわ」

麗華のおかげでのんびりとした時間を稼いでいた。


 洵を乗せた車は石廊崎邸に順調に向かっていた。景色は自然に溢れた場所から高級住宅街に変わっていた。

洵「ボスの家ってどこ」

光「もうすぐ着きますよ。そんなに気になりますか?」

洵「気になるね~、俺を利用しようとしてるヤツだしね」

光「言葉に気を付けた方がいいですよ、朝倉さん」

洵「そんなに怖いのか?そのボスって人」

光「そうですね、上海でも顔がきく…まぁいわゆる中国マフィアと言われている人達と仲の良い方ですから」

洵「へぇぇ~」

洵は顔には出さず内心ハラハラしていた。

洵(なんで俺こんな目に遭ってるんだよ~)

 高級住宅街をしばらく走り、少し外れたところに差し掛かった時、目の前の少し丘状になった頂上に豪邸が見えてきた。木が鬱蒼としていて、一見そんな豪邸があるようには見えない場所だった。

光「着きましたよ」

光の家とは比べ物にならないほどの大きさの屋敷に着いた。


 洵と光を乗せた車を春樹たちが目立たないように離れた距離からつけていた。

春「ここか…、まさかこんな処に奴の屋敷があるとは思わなかった…うかつだった…」

弓「でもこれでやっと捕まえられるんですね」

春「ああ、長かったな…」

車の中から春樹と弓岡は屋敷を見上げていた。


 洵を乗せた車は、セキュリティがしっかりと施されたやたら大きな門扉を抜け、中にある車寄せに着いた。車から降ろされた洵は両脇を下っ端の男に固められ、そのまま分厚い玄関ドアを抜け、1階にある大きな部屋に通された。

光「朝倉さん、ここで少々お待ち下さい」

通された部屋はこの屋敷の待機部屋になっているらしい。ソファがズラッと庭に面した大きな窓に向かって並べられていた。そのベランダのように大きな窓からは庭に出られるようになっている。洵は見張りの男に言った。

洵「あのさ、絶対逃げないから庭にちょっと出て散歩してもいいかな。最近日光を浴びてなくてさ」

男1「分かった。俺が半径1m以内にいることを忘れるな」

洵「分かってるよ」

庭に出て洵は見張りの男に聞き出した。

洵「ねぇねぇ、ここってさ、玄関入ったら右側の部屋だろ?庭ってどのくらいあるの?」

男1「ここを含めて裏までずっと続いている」

洵「へぇ~、めちゃめちゃ広いんだな」

男1「そうだな」

洵「じゃあさ、俺がこれから会おうとしてる石廊崎さん?の部屋ってどこにあるの?やっぱり庭が見えるようなとこなんだろ?ボスってくらいだからすっごい眺めの良い部屋とか?」

男1「ああ、そうだ。ボスの部屋は裏のいちばん眺めの良い部屋だ」

洵「それってやっぱりこの屋敷の真ん中とか?」

男1「いや南側の窓に面している部屋だ」

洵「そっかぁ、やっぱり部屋は南側に限るよな~。俺、これからそこに行けるんだろ?楽しみだな~」


 春樹は車を降り屋敷の防犯カメラに入らない死角で待機している。通信機から洵の声が聞こえてきた。

春「洵が情報を送ってきている。石廊崎は南側の部屋だ!急げ!」


洵は庭で相変わらず下っ端の男に質問している。

洵「で?朝食は?どこで食べるの?俺、もうお腹空いて倒れそうだよ。まだ?」

男1「少しは我慢しろ」

洵「どこで食べるんだよ?先にそっち行ってちゃダメ?」

男1「ダメだ」

洵「ケチだな~。じゃあ何処で食べるかくらい教えてよ」

男1「そんなこと聞いてどうする」

洵「食べる前の心の準備ってやつ?」

男1「お前、本当に№1ギャンブラーなのか?信じられん」

洵「本業は大学生だ」

男1「まったく…、1階のテラスだ」

洵「こことは違う庭?」

男1「そうだ」

洵「へぇぇ~、やっぱりお金持ちは違うね~!」


それを聞いていた春樹。

春「聞いたか!テラスの近くにも配置だ、行くぞ!」


洵が下っ端の男を質問攻めにしているところに光が庭に降りて来た。

光「朝倉さん、ここだったんですか。ボスがお会いになります。こちらへどうぞ」

洵「ボスの部屋?」

光「そうです」



~第10話 終わり~


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