第8話 ー過去のお話ー

 小学生の洵が河川敷で父とサッカーをして遊んでいる。

洵「父さん、学校でさ、親の仕事のことを作文にしろって宿題が出たんだ。父さんの仕事ってどんなの?」

父「父さんの仕事?ただのサラリーマンだよ」

洵「だからその中身だよ。具体的にどんな仕事なのか教えてよ、宿題なんだから」

父「そうだな、父さんの仕事は…お金のやり取りだな。大金を動かすんだ、なかなかやりがいのある仕事だぞ」

洵「へぇ~、なんかすごい仕事なんだね!」

洵はちょっと誇らしい気持ちになった。


 数年後、洵、中学3年の冬。

家に取り立て屋が来ている。取り立て屋は近所中に響き渡るような大きな音で玄関のドアを叩き、蹴り、怒鳴っている。

取「おい!借りたお金は返さなきゃいけないって学校でも習ったよな~、いくら貸したと思ってんだ!さぁ今すぐ耳揃えて返しやがれー!!」

家の中では洵と母が震えていた。

洵「母さん、何あれ…」

母「お父さんが借金作ってたみたいなのよ。私も知らなかったんだけど…」

洵「ねぇ、父さんの仕事って本当にサラリーマンなの?俺、なんか違うような気がするんだけど」

母「私もよく知らないのよ…何にも知らないのよ…」

母親は震えながら泣いている。

洵「俺、あの人に聞いてみるよ」

洵は両手をグッと握りしめ、震える足を気にしない振りをしてすっくと立ち上がり玄関に出て行った。

洵「あの、すみませんが俺達父から何にも聞いてないので知らないんです。どういうことか教えてもらえませんか」

取「知らない?へぇぇ~、そうか、なら教えてやろう。こっちは返すもんさえ返してもらえばいいんだからよ。お前の父ちゃんはギャンブルで負けて莫大な借金を作った。それを返すのに俺達からまた借りて、今は利息も返してないくせにどこかへとんずらしやがった。お前も可哀そうにな~、借金だけ残して親から捨てられてよ、ヒッヒッヒッヒッヒ。知らなかったんならしょうがねぇ。次来る時までに用意しておけよ」

取り立て屋は言うだけ言ってその場は帰っていった。

洵「ギャンブル…?」

洵は家の中に戻ると父の部屋を片っ端からひっくり返していった。

母「洵、何やってるの!?そこはお父さんの…」

洵「そうだよ、父さんはギャンブルで借金作ったんだ。この部屋探せば何か分かるかもしれない!」

あちこちひっくり返していたら何かの伝票みたいなものを発見した。

洵「何だ?」

見たら借金の伝票だ。金額の欄に5億とある。

洵「5億…?」

頭の中が真っ白になった。5億なんて大金いったいどうやって返せば…。

 翌日から母は働きに出て、洵も新聞配達のバイトに出た。もう少しで中学を卒業するのでそれまでバイトで頑張って、高校には行かずに就職するつもりでいた。

母「なんですって?!ダメよ、男の子が中卒なんて、母さんが許さないわ!奨学金でもいいから高校は絶対に出なさい!」

洵「でも母さん…」

母「いけません!高校には絶対に行くのよ!」

洵「分かったよ…」

 翌年の春、奨学金で洵は高校に入学した。成績の良かった洵は良い高校にすんなりと入れた。しかし…。

先生「それじゃ出席とるぞー、朝倉~、朝倉?また欠席か、どうしたもんかなぁ、まったく。井沢~」

井「はーい」

 授業が始まっても洵はほとんど授業に出ることはなかった。先生が出席をとっているちょうどその頃、洵は裏庭の塀をよじ登り、学校を抜け出そうとしていた。それを渡り廊下からたまたま見ていた人物がいた。1学年上で生徒会長になったばかりの長日部春樹だ。

春「ん?サボり魔か…」


 次の日、昨日と同じ時間に春樹は渡り廊下に来てみた。やっぱり昨日のサボり魔がいる。今にも学校の塀を乗り越えようとしている。

春「おい!そこの1年!俺の目の前でサボろうなんて100年早いぞ」

洵「あ!あんた生徒会長!そういうあんたこそ、なんでこんな時間にこんな所にいるんだよ。もう授業始まってるだろ」

春「昨日この時間、先生の用事で科学準備室に資料を取りに行こうとここを通ったら、君が学校を抜け出して行くのが見えたんだ。今日はちゃんと先生の許可を取ってここに来ている。君の話は先生にはしてないよ。毎日抜け出して何してるんだ?」

洵「会長さんには関係ない」

春「いや、関係ある。生徒会としては君の行動を見て見ぬ振りはできないからね。さて話してもらおうかな」

洵「あんたに何が分かるっていうんだ…」

洵は春樹を睨みつけそのまま塀を乗り越えて、結局学校を抜け出した。


 その次の日、同じ時間、春樹はまた渡り廊下に来てみた。

春「さすがに昨日の今日じゃいないか…。でも何処かにいると思うんだけどな…」

裏庭をちょっと探してみた。昨日の場所から少し離れた所で、やっぱり別の塀を登ろうとしている生徒が見えた。春樹はその背中に向かって言葉を投げた。

春「1年A組出席番号1番、朝倉洵くん!場所を変えても無駄だぞ」

塀をよじ登りながら洵は振り返った。

洵「またあんたか!もう俺のことはほっといてくれよ!あんたには関係ないだろ!しかも何で俺の名前知ってんだよ」

春「悪いと思ったがちょっと調べさせてもらった。君、もしかして学校抜け出してバイトでもしてるのかい?」

洵「なんで…だったらどうなんだよ。校則ではバイトは禁止じゃないはずだ」

春「ちゃんと授業に出てればの話だよ。お母さんはこの事知らないんだろう?学校にも行かず昼間からバイトをしても返せる金額ではないと思うんだけどね」

洵「どうして…、あんた何者?なんで俺のこと知ってんの?」

春「だから調べさせてもらったと言ったろう。どうだろう、俺に提案があるんだけど聞いてもらえるかな?」

洵「何だよ、昨日もあんたと話してて遅刻して怒られたんだ、手短にしてよ」

春「分かった、それじゃ手短に言おう。君のがんばり次第ではその借金返せない金額ではない、と言ったらどうかな?もちろん学校にもちゃんと行ける、夜だけ働けばいい。しかも、そうだな、一晩の稼ぎは50万~100万くらいにはなるかな」

洵「なんだよ、ホストかよ!?どこから聞いても真っ当な仕事じゃないじゃないか」

春「確かに真っ当な仕事じゃない。でも今の君の現状を考えるとそんなこと言ってられないんじゃないのか?」

洵「う…」

春「今日のバイトは休んでちゃんと授業に出ろ。放課後校門で待ってる。いいね?」

洵「分かったよ…」

洵は納得いかなかったが、背に腹は代えられない。生徒会長を敵に回すのも嫌だし、なにしろ自分の秘密を知られてしまった。仕方なく頷いた。


 その日の放課後、洵が校門に向かうとすでに春樹が待っていた。

春「よし、ちゃんと授業にも出て待ち合わせにも来たな。それじゃ行くぞ」

よく分からないがとりあえず春樹について行った。来たこともない街に来て、路地に入って、ある建物の裏口から中に入っていった。どう見ても高校生が来るような所ではない。裏から中に入ると中はお店になっていた。カウンターバーの中にいる人に春樹が声を掛けた。

春「支配人、こんにちは。例の子を連れて来ましたよ」

支「これは春樹さん、お待ちしていましたよ。こちらの方ですね」

“支配人”と呼ばれた50代くらいの男性は洵を見てニッコリ笑った。その人は見るからに優しそうな紳士に見える。

洵「あの…」

支「貴方が朝倉洵さんですね。私は貴方のお父様にはとてもお世話になったんですよ」

洵「親父?」

支「貴方のお父様はここでとても活躍されていました。それがある日、悪い奴らに騙されて…」

洵「騙された?」

支「そうです。すべてイカサマで大負けをさせられたんです」

洵「イカサマで…」

支「本当にひどい話です。その借金を今貴方が背負われていると聞きました」

春「そこで、この支配人が今君が持っている借金分を全額返済してくれるということになった」

洵「え?」

春「つまり現状じゃ君は高利貸しから借りた分の利息すら返せていない。借金は雪だるまじゃないのか?それでとりあえず支配人に全額返済してもらう。君は金利なしで支配人にここで勝った分を返せばいいんだ」

洵「勝った分?」

春「そう。ここは何の店だと思う?」

洵「え?何だろう?バー、クラブ、飲み屋…」

春「カジノだ」

洵「カジノォ!?日本じゃ認められてないんじゃ…」

春「そう、だから地下組織みたいなものだけど、君の役には立てるんじゃないかな」

春樹はニコッと笑った。

春「もちろん無条件って訳にはいかないけど、とりあえずここでひとつテストとして支配人とゲームをしてくれないかな」

洵「ゲームって…俺、昔親父からちょっと教わったくらいのしか知らないんだけど…」

春「それで充分だよ」

支「それならカードでいいですね」

洵「はい…」

支配人とのゲームが始まった。洵はとても素人とは思えないゲーム運びだ。

春「へぇ…」

支「これは!お父様以上の腕ですよ!」

春「朝倉くん、合格だよ!今夜から君はここで働いてもらう。条件はここで勝った金額の7割を支配人に返済として渡す。あとは生活費に充てるといいよ」

洵「ねぇ、あんたたちマジで言ってんの?俺、こんな世界知らないしド素人だよ?」

春「朝倉くん、この支配人はね、昔この世界じゃこの人の名を知らない人はいないって人だったんだ。その支配人が唯一認めたのが君のお父さんだよ。そのお父さんより腕が上だって言われたんだ、自信を持ってここに稼ぎに来たらいい。大丈夫、今夜はちゃんと俺も同行するから。それじゃ支配人、あとは手筈通りによろしくお願いします」

支「はい、お任せ下さい」

春「じゃ朝倉くん、俺達はもう一つ行く所があるからね」

洵「もう一つ?何?どこ???」

洵は言われるまま春樹について行った。



 春樹は洵をなんだかものすごい大邸宅に連れてきた。

洵「あの…ここは??」

目の前にはとても日本とは思えない大きなお邸が建っている。門から玄関までいったい何メートルあるのだろうか。

 その門を慣れた足取りでいとも簡単に春樹はくぐって行った。

春「俺の友達の家。朝倉くんに全面協力してくれることになっている」

洵(え?なんで?いつの間に…。この人何者??)

門から玄関に向けて歩いていると、玄関先に麗華が出てきた。

麗「春樹~、待ってたわよ~♪その子が例の子ね!」

春「そう、朝倉洵くん、俺の後輩。朝倉くん、こちらここのお嬢様で緑川麗華さんだ」

洵「緑川?」

春「ああ、緑川グループ、名前くらいは聞いたことあるんじゃないかな」

洵「うん、知ってるけど」

春「彼女はそこの会長の娘さんだ」

洵「ええええ――――!!!???」

春「麗華、大人っぽく悪そうにできるかな」

麗「大丈夫よ~、任せておいて、そういうのには自信があるの。朝倉くんこっちよ」

ずいずいと家の中に引っ張り込まれ、2階まで連れて行かれ、ある部屋に入れられた。60畳くらいあるだろうか、そこに舞台の楽屋のように色々なものが置いてある。

麗「ここは春樹と朝倉くん専用のお部屋よ。必要な物は揃えてあるわ。足りない物が出てきたら言って、足しておくから」

洵「はぁ…」

麗「さぁ朝倉くん、ここで変身するのよ。まずはスーツね~」

洵「ちょっと待って!俺なんのことだかさっぱり分かんないんだけど、何これ!?」

麗「あらやだ春樹、ちゃんと説明してないの?もう、これだから男ってのは…」

春「ごめんごめん、ちゃんと話すよ。朝倉くん、さっきのお店、会員制のクラブなんだ。しかも会員になるには現在の会員の紹介がないと入れない。もちろん君は特別なんで大丈夫。ところが見ての通り大人の世界だ。高校生が出入りできるような所じゃない。ということで君が大人の男性に見えるようにここで変身する。もちろん学校や周囲に知られちゃまずいので名前も変えるよ」

洵「え?じゃあ母親にも言えないの?」

春「当然だろう。非合法な商売してる上に高校生なんて。お母さんには今までしていたバイトだと思っててもらえ」

洵「分かった…。で?名前は?」

春「それがまだ…」

麗「私ね、ちょっと考えてみたの。苗字は今は早春だから「椿(つばき)」で、名前は苦難を乗り越える、って意味で「凌(りょう)」っていうのはどう?」

麗華はニコニコしている。

春「いいね、今の朝倉くんにぴったりじゃないか」

洵「いいですよ、俺は何でも」

洵はちょっと投げやりだ。

麗「じゃ決まりね!『椿凌』さん♪」

洵「『椿凌』…」

ピンとこない。

麗「それじゃまずこの黒いスーツに着替えてね♪」

洵「はい…」

春「麗華、楽しそうだな」

麗「楽しいわよ~♪こんなのってなんかワクワクするじゃな~い♪♪♪」

春樹は苦笑いをしている。

 そして、大人の男性に変身した『椿凌』が出来上がった。少し茶色く見える髪も真っ黒にして、仕立ての良い黒いスーツにブランド物の時計をし、一枚革の靴でキメた。

春「すごいな~、誰も朝倉くんだなんてわからないよ!」

麗「これは『椿凌』だもの!さ、春樹も早く着替えて、一緒に出なきゃ」

春「ああ、そうだったな」

春樹の着替えが終わったところで、麗華が言った。

麗「車寄せに送迎用の車を用意したわ。今日はそれで行って」

春「ありがとう麗華、助かったよ」

麗「礼には及ばないわよ♪」


-店に向かう車の車内-

春「ここからは『凌』と呼ばせてもらう。本来会員証があるんだが『椿凌』が出来上がったのが今だから凌の会員証はもちろんない。正体がバレても困るので会員証なんて作るつもりはさらさらないけどね」

凌「どうするの」

春「顔パスだ」

凌「顔パス!?今日が初めてなのに!?」

春「大丈夫、支配人がいてくれるから心配ない。むしろ顔パスの方が他の従業員に対しても他のお客に対しても箔が付く」

凌「箔って…」

春「もうすぐ着くぞ。大人っぽく悪っぽく振る舞えよ。絶対に誰にも朝倉洵だと気づかれるな、あとは君の演技次第だ」

凌「好きなこと言ってくれちゃって…」

 ほどなくしてカジノ『CLUB BLUE MOON』に到着した。今度は正面から入った。

受付「長日部様いらっしゃいませ。こちらは?」

凌を見て受付が聞いた。そこに支配人が来た。

支「いいんだ、こちらの方は特別だ。さぁ椿様こちらへどうぞ」

受「支配人がわざわざ出迎えなんて…、いったい誰だ?」

従業員たちがざわついた。


 店内は夕方来た時とはまったく違った顔をしていた。ゲームのテーブルが何台も並び、たくさんの客がゲームを楽しんでいる。放課後来た時は、支配人がいる所にしか照明が点いていなくて店内はほとんど真っ暗で何も見えなかったが、今は店内中に照明が点いてキラキラと輝いている。

春「自分の好きな台に行って来い」

凌「カードしかできないよ」

凌はカードの台に向かった。こんな所に来るのはもちろん、賭けをしてゲームをすることももちろん初めてだ。内心ものすごくドキドキしていたが、それを周りに悟られちゃいけない。できる限りにわか『椿凌』を演じようと心に決めた。

凌の初ゲームが始まった。周りの客は、初めて見る顔なのに妙に強い凌をちょっと怖い気持ちで見ていた。

凌はどんどん勝っていく。結局終ってみれば一人勝ちだった。

 ゲームが終わって凌はバーにいる春樹の元へ向かった。

春「お疲れ様、初ゲームはどうだった?」

春樹はニコニコしている。

凌「緊張した。でも勝てたみたいだ。支配人これ、今日の分」

支「ありがとうございます、椿様。どうぞこれからもよろしくお願い致します」

支配人は優しい笑顔でニッコリ笑った。

凌「疲れたよ、帰る」

春「OK。それじゃ支配人、またお願いします」

支「はい、こちらこそお待ちしております」



-帰りの車内-

春「今の仏頂面、『椿凌』にはちょうどいいんじゃないか」

洵「茶化すなよ」

春「本当だ。朝倉洵だとバレちゃまずいんだから、できる限り朝倉洵の中にはない人間に化けろ」

洵「わかった…」

春「で?今日はいくら勝ったんだ?」

洵「ん?150万だったかな…」

春「やるねぇ~、それじゃあ45万は自分のものだ。少し生活も楽になるんじゃないのか?俺は学校に来てさえくれればそれで良いんだけど」

春樹は生徒会長っぽいことを言って微笑んだ。

洵「俺…本当にこんなんでやっていけるのかな……」

春「不安か?」

洵「うん、だって俺の親父だってこれで借金作って俺達の前から消えたんだ…」

春「君は違うだろう?借金を返すためにやってるんだ」

洵「そうかもしれないけど、やってることは一緒だよ…」


-洵の家-

母「おかえりなさい、今日も遅かったのね。バイトばっかりで勉強する暇もないんじゃないの?大丈夫?」

洵「え?あ、うん。大丈夫だよ」

母「それより…よく分からないんだけど、借金が返済されてるのよ。もう取り立ても来なくなったの。洵、何か知ってる?」

洵「ああ、それね。今の学校の先輩ですごいお金持ちの人がいるんだ。その人が、その…立て替えてくれて…」

母「え!?」

洵「だからこれからは利息がどんどん上がることもなく、その先輩に返していけばいいんだ。少し安心したでしょ?」

母「ええ、そうね…」

洵「それでその先輩が良いバイトも紹介してくれて、バーなんだけど時給いいから」

母「そう、本当に大丈夫なの?」

洵「大丈夫。学校の先輩だよ?心配なら家に呼んでもいいけど」

母「そう、分かったわ。洵が大丈夫だっていうなら私は信じるわよ」

洵「うん、ありがとう」

洵は高校生の顔に戻ってニッコリ笑った。


-現在-

『CLUB BLUE MOON』で椿凌がゲームをしている。その姿を見ながら春樹と支配人がバーカウンターで話している。

春「あの頃が嘘のようだね」

春樹がニコニコしている。

支「本当に」

支配人もニコニコしている。

春「あんなにオドオドしてたのに、今のあの貫禄」

凌のゲームをしている横顔を見て二人でクスッと笑いながら話していた。



第8話~終わり


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