第7話〈前編〉

 緑川邸。リビングに春樹と麗華と洵の3人が集まっている。

緑川邸の広いリビングには大きなソファが3つ、コの字型に並んでいるが話すには距離がありすぎる。結局真ん中のソファに誰か2人が座り、左右のどちらかのソファに1人が座るように、なんとなく決まっていた。

 今は麗華を真ん中にして、麗華の隣りに春樹、麗華側の2つ目のソファに洵がコーヒーを片手に座っている。

洵「なに、またパーティ?もう行くのやめたんじゃなかったの?」

麗「やめてないわよ。やめたくてもやめられないし」

春「今度はどこのだ?」

麗「個人じゃないのよ」

洵「じゃあ…???」

春「国か」

洵「国~~~ィィ!?」

麗「そう。アインレナク王国」

洵「知らないな、どこの国?」

麗「ヨーロッパにある小国。そこの王女様がいらっしゃるのよ。1日目は天皇家との会食で、2日目が日本を代表する企業の集まりのパーティなの。お客様がお客様だから会場もいつもの感じじゃなく、どこだかの洋館を借り切るんですって」

洵「それはまたすごい…」

春「それで?また俺達にボディガードを頼みたいと?」

麗「そうなの」

洵「あれ?だってこないだのはセレブばっかり狙うストーカーだったんじゃなかったっけ?捕まったんだよね?」

春「こっちはたいした被害も受けてないし、すぐに釈放されたよ」

洵「え!ウソ!?」

春「嘘ついてどうする」

麗「違うの。今回はそのストーカーじゃなくて、その会場になる洋館に予告状が届いたんですって」

洵「予告状?何の?」

麗「その中のひとりをさらうって…」

洵「えええ――――!?また大胆な。でも、確かに金持ちばっかり集まってるんだから誘拐するには良い場所だよな」

麗「感心してる場合じゃないわよ。確かにお金持ちの人ばっかり集まる所だけど、何が心配って王女様がいるのよ、もし王女様に何かあったら…」

洵「それなら警備はしっかりしてるんじゃないの?」

麗「でも予告状よ!?予告状が届いちゃったのよ!?何があるか分からないじゃない」

春「確かに。警備もしっかりしてもらわなきゃならないが、こっちはこっちで自分の身を守ろう。麗華、そのパーティいつだ?」


 パーティ当日。少し郊外にある大きな洋館が会場だった。かつては貴族の屋敷だった建物だ。洋館といってもお城サイズの規模で石造りの城壁が力強くそびえ立っていた。

洵「今日は“椿凌”じゃなくていいの?」

麗「今日はいいの。あんな“悪”みたいな顔したのがこんなところに出入りしてたんじゃ、真っ先に予告状の犯人だと思われるじゃない」

洵「あ、そう。で?今日は婦人同伴じゃなきゃ入れないとかじゃないの?」

麗「今日は大丈夫よ。二人とも私の“連れ”で入れるから」

春「なるべく俺らから離れるなよ」

麗「二人とも頼りにしてるわ♪」

3人はものすごいセキュリティチェックを受けて会場に入った。

洵「すごいな!本当にいつものパーティの比じゃないよ」

春「あんまりキョロキョロするなよ、慣れてないと思われる。狙われるぞ」

洵「分かってるよ」

しばらくして奥からアインレナク王国の王女様が入って来た。

王女「皆様、今夜は私のためにこんなにたくさんの方々に集まって頂いてとても嬉しく思います。どうぞ今夜は楽しんでいって下さい」

洵「ふぅ~ん、あれが王女様ね~」

麗「何?」

洵「いや、なかなか可愛いらしい人だと思って♪」

麗「無理よ、相手は王女様よ」

洵「分かってるよ」

麗「だいたい洵には七海ちゃんがいるじゃないの」

洵「三保さんはそんなんじゃないよ」

麗「そんなんじゃなかったら何なのよ?」

洵「えー…っと…」

そこにグラスを二つ持った春樹が戻ってきた。

春「麗華、飲み物取ってきたよ」

麗「ありがとう春樹♪」

洵「あれ?俺のは?」

春「なんでパーティでお前の面倒まで見なきゃならないんだよ、自分で行って来 い」

洵「はいはい、分かりましたよ」

洵が飲み物を取りに行こうと歩きかけたその時、室内の灯りが一斉に消えた。あちこちで女性の悲鳴が起き、場内がざわついた。

麗「どうしたのかしら…」

春「これが“予告状”の始まりかもしれない」

麗「え!?」

すると部屋が明るくなった。と同時にそこにいた一同の目に入ったのは王女の隣に黒いマントに黒ずくめの男が王女を抱えて立っている姿だった。

SP「王女!」

洵「ええ!?黒ずくめっていかにも、って感じじゃない。何あれ」

黒男「ワハハハハハハハ!!王女は預かった、助けたければこの通りにしろ!」

黒ずくめの男は言いながらカードを投げ、そのまま王女を抱えて会場のドアを出て行った。洵は条件反射で身体が動き、透かさずその後を追い掛けた。黒ずくめの男が1階のエントランスホールに続く階段を駆け下りようとした時、その後を追い掛けていた洵の横を何かがものすごいスピードで追い越して行った。

洵(え?何?)

その瞬間上に吊るされているシャンデリアに長いものがシュルッと飛んできて巻かれた途端洵を追い越して行ったものが宙を舞った。

洵(何!?人!?)

宙を舞ったその人は階段を駆け下りている黒ずくめの男から王女を奪って抱え、1階のエントランスホールにストンと降りた。

黒男「何ィ!?」

黒ずくめの男は何が起きたのか一瞬わからなくなり、キョロキョロしている。

宙の男「王女様は返してもらった。さっきのカードは無効だな」

彼はニッと笑った。

黒男「お前何者だ!」

宙の男「お前なんぞに名乗る名はない!」

洵(うわ~ぁ言っちゃったよ、あの人)

 そこに上階からSPや警護が押し寄せてきた。黒ずくめの男はそのまま逃走した。数人の警護は逃走した黒ずくめの男を追い、残ったSPや警護の人間が王女の周りを取り囲んだ。

警「王女様~~~ぁぁぁぁ!!!」

S「王女様、大丈夫ですか!お怪我は!」

口々に王女の安否を尋ねている。

 宙の男はSPやら警護やらの人間の合間を縫って人だかりの中から出てきた。

それを階段の上から見ていた洵は宙の男の言動に感心していた。

洵(あいつ、さっきのすごかったな…)

洵はそのまま階段の上から下の様子を見ていた。人だかりから出てきた宙の男を見ていると、男がこっちを見てニッと笑った。その顔を見て洵は驚いた。

洵「ああ!お前!!」

宙の男「久しぶりだな、洵」

洵は階段を下りて懐かしい笑顔の男の元に近づいていった。

 その時、宙の男の背後で悲鳴が起きた。逃走したと思われていた黒ずくめの男がいつの間にか戻ってきていて、王女の腕を掴みその場からまた逃走しようとしていたのだ。

 宙の男は素早く振り返り、黒ずくめの男から王女を奪った。

黒男「またお前か!」

宙の男は王女を抱えて黒ずくめの男から一瞬で離れた。その瞬間洵は咄嗟に宙の男に向かって叫んでいた。

洵「祐翔ゆうと!こっちだ!」

洵に祐翔と呼ばれた男は王女を抱えたまま洵の後を追い、3人は広いエントランスから走り去った。



 洵・祐翔・王女の3人はとある住宅街に逃げてきた。住宅街は王女のパーティー会場になっていたお城のような洋館からはそう遠くない場所にあった。街と洋館のある郊外のちょうど中間くらいの所に存在していた。

 3人はその住宅街にある一軒の家に着いた。家は普通の一軒家で、新興住宅街でよく見るタイプのものだった。

 洵は手慣れた様子で家の鍵を開けた。黙ったまま玄関ドアを開けて祐翔を促した。祐翔は王女を抱えたまま家の中に入っていった。

祐「ここは?」

洵「俺の家。とりあえず王女が行かなさそうな所のほうがいいだろう。王女は?」

祐「さっきの騒ぎで気を失ってる。もうしばらく気を失ってくれてたほうがいいかもしれない」

洵「とりあえずリビングに入れよ」

祐翔はリビングに足を踏み入れ部屋の中を見回した。

祐「本当にお前の家か?なんだかあんまり生活感のない部屋だな」

洵はちょっと驚いた顔をして祐翔を見た。

洵「鋭いな。普段使ってないんだ。今住んでるのは街のワンルーム。でもここは確かに俺の家だから心配しないで」

祐「どうしてこんなにちゃんとした家があるのに、普段はワンルームにいるんだ?」

洵「色々あるんだよ」

祐「あ、そう」

ちょっと訝しげな眼で洵を一瞥し、祐翔は王女をリビングのソファの上にそっと寝かせた。

祐「さて、こんなとこ連れて来てどうするんだ?俺たちまで誘拐犯にされちゃたまんないぜ」

洵「大丈夫、今連絡するから」

と言いながら洵はジャケットの内ポケットから携帯を出した。

洵「もしもし春?俺。今さもう一個の俺ん家にいるんだ。そう、王女様も一緒。場所が場所だから派手にならないように迎えに来てもらえないかな?うん、わかった。んじゃ待ってるよ~」

祐「誰?」

祐翔は洵が携帯を切るのを見て聞いた。

洵「俺達の先輩」

祐「俺達?高校のか?」

洵「そう。1学年上の長日部春樹って覚えてない?」

祐「長日部…ああ!生徒会長だった?」

洵「そう、あの人警察にも顔がきくんだ。さっきのパーティも一緒だったし」

祐「へぇ~、長日部さんってそんなにすごい人だったんだ。あのパーティに出られるくらいだもんな。で?お前はなんでそんな人と一緒にあんな所にいたんだよ」

洵「あ~…っと、それは…」

祐「お前、確か大学生だったよな?そんな人と一緒にいるっておかしくない?」

洵「あ、いや、それは……、それより!お前こそ何なんだよ!あのインディ・ジョーンズみたいな鞭さばきとか、ルパンみたいな身のこなしとか、お前の方がおかしいだろ!」

祐「俺?俺は…」

洵「お前、高校卒業してからいなくなったよな、どこで何してたんだ?」

祐「そうだな、大学生じゃないってことだけは確かだな」

洵「何だよそれ」

祐「お前だってなんだか怪しげだぞ。大学生でこんな家を持ってるのに普段誰も住んでないとか、それなのに街にワンルーム借りてるとか。お互い様だろう」

洵「そりゃ、まぁ…」

その時、王女の目が覚めた。ゆっくりと起き上った王女は見慣れない部屋の中をキョロキョロと見回している。

王女「ここは?」

洵「王女様、お目覚めですか。ここは私の家です。誘拐犯の手を逃れるため一時ここに避難しました。王女様には居心地の良い所ではないかと思いますが、もうすぐで迎えが来ますのでしばらくご辛抱ください」

王女「そうですか、ありがとう。(祐翔を見て)貴方が助けて下さったんですね、ありがとう」

祐翔はニッコリ笑った。その次の瞬間祐翔の表情が変わった。

祐「シッ、外の様子が何かおかしい」

洵「何?」

祐「そこを動くな」

洵「ああ、分かった」

祐翔は曳かれたリビングのカーテンの隙間から外を窺った。

祐「洵、この家で外から見られない安全な場所ってあるか」

洵「ああ、地下室があるけど」

祐「そこ、貸してくれ」

洵「分かった」

話していたのと同時に祐翔は王女に向き直った。

祐「王女様、外の様子が少し心配です。もし何かあった時にこの部屋では守りきれないかもしれません。申し訳ありませんがこの家でいちばん安全だと思われる地下室に移っていただけませんか」

王女「分かりました。何か普通じゃないことが起きているのは私にも分かります。どこですか?」

洵「こちらです。どうぞ」

洵は地下室に案内して行った。地下室は家の中央にある階段を下りて、突き当りにあるドアを開けるとそこは20畳ほどの広さのフローリングの部屋になっていた。 部屋は物置のように使われていたが物はきちんと片付いていて、中央にはソファセットが置いてある。一見もう一つのリビングのようだった。

 王女は洵に言われるまま地下室について行き、そこにあったソファに座った。

洵「王女様、申し訳ございません。しばらくの間ですので、ご辛抱下さい」

王「大丈夫です。迎えがきたら呼びに来て下さい」

洵「はい」

洵は王女を地下室に置いてリビングに戻った。すると待ち構えていたという様子で祐翔が聞いてきた。

祐「警察が迎えに来るんじゃなかったのか」

洵「今こっちに向かってるよ。どうした?」

祐「外にさっきの黒ずくめの男がいた」

洵「え!?」

祐「つけられてたか…」

洵「それはない」

祐「どうしてそう言える」

洵「俺、尾行を撒くのは得意なんだよ。つけられてたら分かるし…」

祐「じゃあどうして…」

言い掛けて祐翔がハッと気づいた。

祐「発信機か」

洵「発信機!?何だ、それ…」

祐「俺たちに付いてないか?発信機」

洵「そんな物付けられたらすぐ分かる!」

祐「ってことは王女様か…。さて、どうしようかな…。ちょっと王女様に会ってくる。発信機を外さないと」

洵「ああ…、そうだな」

その時洵の携帯が鳴った。春樹だ。祐翔は地下室に向かった。



-地下室-

祐「王女様、失礼します」

祐翔がドアを開けると王女は静かにそこにいた。

王「はい、どうぞ。お迎えが来たのですか?」

祐「いいえ、申し訳ございません」

王「そうですか。貴方のせいじゃありません、気になさらないように。ところで私にご用ですか?」

祐「はい、実はあの黒ずくめの男に貴女がさらわれそうになった時、どうやら発信機をつけられたようなのです」

王「発信機?」

祐「はい。大変失礼なことだとは思いますが、その発信機を王女様からはずさないといけませんので…」

王「分かりました。どうぞ調べて下さい」

祐「ありがとうございます」


-リビング-

洵「もしもし!春!いったいどうなってるんだよ、全然迎えが来ないじゃないか!」

春「悪い、洵の電話の後犯人から連絡があったんだ。警察が王女を保護したらパーティに来ていた他の人間を順番に一人ずつさらっていくって。さすがに警察も王女ひとりのために大勢を危険にさらす訳にはいかないと判断して迎えに行くのをやめた。それから、犯人はお前たちを別の誘拐犯だと思っている」

洵「はぁあ!?」

春「今、お前と一緒にいるのは誰だ?そいつの動きがどう見ても警察官や警備の人間じゃないというのは犯人にも分かってるみたいだ」

洵「春の後輩だよ」

春「後輩?いつのだ?」

洵「高校の。俺の同級生で真渋祐翔ましぶゆうとっていうんだ」

春「そいつ、信用できるのか?」

洵「え?」

春「仕事は?今何やってるやつなんだ?」

洵「え……っと、それは…」

春「知らないのか」

洵「ごめん…」

春「黒ずくめのヤツの仲間じゃないのか?」

洵「何言ってるの!?黒いヤツから王女様を救ったのはあいつだよ?まさか仲間なんて!」

春「それを装って実は仲間かもしれない。一応気をつけろ。こちら側から見たら今信用できるのはお前しかいないんだ。お前の家の前に黒ずくめのヤツがいる。お前たちから王女様をさらうつもりでいるみたいだが、それに気付かれないようにこっちも近くで見張ってるから」

洵「分かった。この貸しは高くつくぜ~~~」

春「はいはい。じゃ頼んだよ」プツッ

一方的に電話を切られた。

洵「何だよ、まったく…」

でも春樹に言われたことが急に気になってきた。「信用できるのか」と聞かれたら友達だから「できる」と言いたいが、確かに今は何をしているのか知らない。しかも教えてくれない。しかもあの身のこなし、しかも普通の一般人じゃないことは確かだ。

祐「洵、どうした?警察は?」

祐翔が地下室から戻ってきた。少し驚いたがなるべく顔に出さずに言った。

洵「それが…、警察が王女様を保護したらパーティにいた他の人たちを一人ずつ誘拐するって犯人から連絡があったらしい」

祐「何だって!?」

洵「しかもあの犯人、俺達を自分とは別の誘拐犯だと思ってて、俺達から王女様をさらおうとここまで来てるらしい」

祐「警察に保護されない限り他の招待客が無事ってことは、王女がここにいるのが全員にとって安全ってことか」

洵「うん」

祐「しばらくここで缶詰だな。しかし、俺達が誘拐犯ね…」

祐翔は苦笑した。

洵「で?発信機は?」

祐「ああ、やっぱり付いてた。ほら」

祐翔は持ってきた発信機を洵に投げて寄越した。

洵「小型~!これが発信機なんだ!?お前よくこれが発信機だってわかったな」

祐「王女様のドレスに似つかわしくない物がついてたら分かるだろ」

洵「まぁ、そうだね…」

洵は右手の人差し指と親指でその超小型の発信機を持って見つめていた。



第7話 後編に続く

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