第6話〈前編〉

 つばさ銀行本店の中。朝の窓口の後方に現頭取の利河瞬りかわしゅんが恒例の朝の挨拶に来た。

瞬「おはよう!皆おはよう!今日もステキな朝だね」

いつものように周りにいる女子行員たちに笑顔を振りまいている。

女子1「頭取おはようございます」

瞬「おはよう、今日も素敵だね」

女子2「頭取こそ今日も素敵ですわ~」

瞬「君も今日もキレイだよ」

女子行員たち「キャ~~~☆」

窓口係の倉木映美くらきえみの後ろで女子行員たちが騒いでいる。

映(今朝もやってるわ…、よくまぁ毎日飽きもせず…、私なんて鼻もひっかけてもらえないっていうのに…)

 「次の方どうぞ」

春「おはようございます。どうしたんですか?面白くなさそうな顔して」

春樹がニッコリ微笑んだ。

映「長日部さん!ごめんなさい、変な顔見られちゃいましたね。何でもないんです、気にしないで下さい」

春樹は映美の後方をチラッと見た。

春「もしかしてアレですか?」

映「え?」

春「朝から元気ですね。こちらの頭取は」

映「私なんて存在すら気付いてもらえてないんですよ」

映美は苦笑いしている。

春「そうですか」

春樹はまたニッコリ笑った。

映「あの、それより先日はありがとうございました。あんなに素敵なレストランでご馳走にまでなってしまって」

映美はペコッと頭を下げた。

春「いいえ、こちらこそお付き合い頂きありがとうございました。予約が無駄にならずに済みました」

春樹は相変わらずの微笑みだ。映美も春樹の微笑を見てなんとなく気持ちが落ち着いた。

映「ところで、今日は?」

春「ああ、そうそう、新口座を開設したくて」

映「それはありがとうございます。それではこちらの用紙にご記入下さい」

映美が営業スマイルになった。

春「ありがとう。あれ?ああそうか」

映「どうしました?」

春「印鑑がいるんですよね。うっかり忘れてしまいました。記入して後日また持ってきます」

そう言うと春樹は申込用紙を持ってさっさと行ってしまった。

映「え!?あの長日部さん!印鑑なくても大丈夫なのに…」


 一方、朝の恒例行事が終わった瞬は、天宮会長に呼ばれ会長室に向かった。

コンコン。瞬はドアをノックした。

瞬「利河です。入ります」

ドアを開けると大きな窓の前にある大きな机に腰掛けている会長の天宮誠あまみやまことがいた。

誠「こんな所でする話でもないんだが…家だと君が捕まらないんでね、瞬」

瞬と呼ばれて驚いた。職場では名前では呼ばない。プライベートの時だけだ。

瞬「何?仕事の話じゃないの?」

瞬も自然とプライベート時の口調になった。

誠「仕事の話の方がよかったか?」

瞬「いや、どっちでも。でもなんか俺にとって良い話じゃなさそうな気が…」

誠「どうかな。実はお前にお見合いの話がきている」

瞬「やっぱり!絶対良い話じゃないって気がしてたんだ!誠には悪いけど断わってくれ」

誠「お前…、何も聞かないうちに断るなよ」

瞬「運命の相手くらい自分で見つけるよ」

誠「そういう相手がいるのか?」

瞬「いや…今はまだ…」

誠が「やっぱり」と言いたそうな顔で見ている。

誠「これだけ毎晩夜遊びしててもまだ見つからないんだろう?いつ見つかるんだ?その“運命の相手”は」

瞬「………とにかく!自分の相手くらいちゃんと自分で見つけるから、断っといてくれよ」

瞬は誠に言い捨てて部屋を出て行った。


 その日の夜『BLUE MOON』に椿凌が入ってきた。

桐「こんばんは!椿様!今夜はお日柄もよろしいようで!」

桐野は凌の顔を見るなり異常に元気に挨拶してきた。不自然だ。

凌(…態度変わり過ぎだろ!おかしいだろ!)

凌は明らかに不機嫌な表情をしている。満面の笑顔の桐野に対し、不機嫌な顔をした凌はそのまま無言で店内に入って行った。

先輩「どうしたんだお前。椿様が嫌だったんじゃないのか?」

桐「先輩!椿様はうちの大事な常連さんですよ!しかも№1ですよ!嫌だなんて、そんなことある訳ないじゃないですか!ワッハッハッハ~~!」

先輩(どうしたんだ、こいつ???)

そこに一足遅れて利河瞬が入ってきた。

先輩「いらっしゃいませ、利河様」

瞬は会員証を見せると慣れた足取りで店内に入っていった。

桐「利河さんだ…」

先輩「利河さんだぞ。いいのか?」

桐「利河さんは捨てがたいけど、いいんです!」

先輩「何の話だよ?」

利河瞬が凌とは別のテーブルでさりげなく勝ち続けている。

桐「やっぱり強いなぁ」

その瞬の様子をゲームをしながら凌も見ていた。

凌(確かもうカジノには来ないって天宮会長と約束してなかったっけ?いいのかなぁ?)

そんなことを考えながら凌は目の前で親指を交差し始めた。

凌の相手「ギャー!は、早くしなきゃやられる!」

それを桐野が少し複雑な思いで見ていた。


 その夜、ゲームを終えた洵が緑川邸に戻り、麗華と春樹に『BLUE MOON』で瞬を見た話をした。

麗「え?利河瞬が来てた?どういうこと?」

洵「もうギャンブルはやめたはずだよな?」

春「何かあったのか?」

洵「いや、俺と勝負しろ、とか言ってたのに俺にはまったく目もくれず他とゲームしてた。さらっと勝ち続けて適当なところで帰ったけど。でもなんか雰囲気がいつもと違うっていうか、心ここに非ずって感じで…。天宮さんは知ってるのかな」

麗「誠さんに聞いてみる?」

洵「いや、余計なことはしない方がいいんじゃ…」

麗「そう?」

麗華は「どうして?」という顔をしている。

 洵と春樹が帰った後、麗華はどうにも耐え切れずに誠に電話した。

麗「誠さん、こんな時間にごめんなさい。実はうちの椿凌が今夜『BLUE MOON』で利河さんを見たというのよ。何かあったのかもしれないけど、貴方ともう行かないと約束したはずだし一応お知らせしといた方がいいかと思って。余計なことかもしれないけど」

誠「それは、お知らせ下さってありがとう麗華さん。貴女は間違っていませんよ。お気になさらずに」

麗「そう?良かったわ。でもあんまりお咎めは…」

誠「大丈夫。あれのことは俺がいちばんよく分かってますよ」

麗「そうだったわね。それじゃこんな時間にごめんなさいね。おやすみなさい」

誠「おやすみなさい」

電話を切った。

麗「うん!やっぱり私、いいことしたわ!」


 その頃、自分のマンションに帰った春樹は自分の部屋でPCのディスプレイを睨んでいた。

春「利河瞬…利河瞬……あった。こないだ調べた時は深く突っ込まなかったからなぁ」

言いながら春樹は深いところまでクリックしていった。

春「…………え!?これは!?」



 その日の深夜、天宮邸の離れにあるリビングで誠が寛ぎながら新聞を読んでいるところに瞬が帰ってきた。

誠「おかえり、今日の勝率はどんな感じだったんだ?」

瞬が驚いた顔をしている。

誠「『BLUE MOON』に椿凌くんもいたんだよ。麗華さんが教えてくれた」

瞬「そっか…。隠し事はできないもんだね」

瞬はクスッと笑った。

誠「麗華さんから電話をもらったのが2時間前。ずっと『BLUE MOON』にいたとは思えないが?」

誠は新聞から目を離さず話している。しかし、見ずとも瞬が今どんな表情をしているのか分かっているようだ。

瞬「……」

誠「10年前の今日だな。お墓参りか…。まぁ今夜のギャンブルは大目に見てやろう」

瞬「ごめん…」

誠「瞬、まだ吹っ切れてないのか?」

瞬「………」

誠「もうそろそろいいんじゃないのか?」

瞬「分かってるよ、俺だって。もう10年になるし、次に踏み出さなきゃいけないことくらい。でも、どんな女性と付き合っても彼女以上の人に出会えないんだ。彼女とはあまりにも違いすぎて、余計莉々亜りりあを思い出す。ごめんな、誠…」

誠「お前のことはよく分かってる。ただ、うちの銀行は小さくない。そこの頭取がいつまでも独身で夜な夜な遊び歩いてるなんて、世間体もあるがうちで働いてる行員たちのことももっとちゃんと考えてほしい」

瞬「…ごめん。もう少しだけ待ってくれないか」

誠「…もう少し、もう少しってあと10年か?」

瞬「誠!」

誠は新聞から目を離して瞬を見た。

誠「嫌味じゃない、本気で言ってるんだ。瞬、夜の街を遊び歩いても運命の人に出会えるとは思えない」

瞬「・・・・・・」

瞬は誠から目を逸らした。


 数日後、つばさ銀行本店の窓口に春樹がまた訪れていた。

春「これでいいですか?」

映「はい、大丈夫です。わざわざありがとうございました」

春「いいえ、忘れたのは僕ですから。ところで倉木さん、今日の夜は何かご予定でも?」

映「え?」

春「いや、その、またで申し訳ないんですが、またお店の予約が無駄になりそうなんですよ」

映「え?」

春「せっかく2ヶ月前から予約していたのに…もしよろしければまたお付き合いしていただけませんか」

春樹はニッコリ笑った。

映「長日部さんに誘われたら断れませんね」

映美もニッコリ返した。

春「良かった、今日は何時で終わりですか?」

映「17:00です」

春「それじゃその頃お迎えに来ます」

映「わかりました、お待ちしています」

映美は営業スマイルで返した。

 銀行を出た春樹は麗華に電話をした。

春「麗華、突然で悪いんだが今夜天宮さんと利河瞬を呼び出してほしい」

麗「今夜?また急ね。どうしたの?」

春「いやちょっと。それで君たちのテーブルの近くにあと二人分のテーブルも用意してほしいんだ。雰囲気のある店で頼むよ」

麗「わかったわ。で?何て呼び出せばいいの?」

春「そうだなぁ、それじゃ…」


 つばさ銀行、会長室の誠のデスクの電話が鳴った。

誠「これはこれは麗華さん、またうちの利河がカジノにでも現れましたか」

麗「いえ、今回は誠さんと利河さんにお願いがあって」

誠「俺にも?何でしょう?俺にできることなら何でも仰って下さい」

麗「実は、私の父の知り合いの方のお嬢さんなんだけど、お見合いをしたがっていて。でもその方とても良い家柄のお嬢さんで、父としても変な人を紹介する訳にはいかないっていうの。それで…家柄も地位も兼ね揃えた方を、って色々と考えたら思い当たる方が利河さんしかいなくて。利河さんって今どなたか決まった方っていらっしゃるのかしら?」

誠「いえ、今はいませんよ」

麗「それならぜひ!会ってからお断りして下さっても全然かまわないの。ただ紹介するだけだから」

誠「そうですか、そんなお話なら首根っこ捕まえてでも連れて行かなきゃ」

麗「本当に!?ああ~良かった。それならその前に利河さんに私の方からちゃんとお話ししておきたいと思うんだけど、今晩どうかしら?」

誠「今晩?また急な。お見合いの日ってそんなに近々なんですか」

麗「そうなの。ごめんなさい。都合つかないわよね」

誠「いえいえ、大丈夫。あいつなら毎晩遊び歩いてるだけですから」

麗「そうなの?それなら今晩お願いできる?できれば貴方も」

誠「俺も?まぁ、そりゃ瞬のお見合いの話じゃ行かない訳にいかないか。いいですよ、他でもない麗華さんのお願いですから」

麗「ありがとう~!恩にきるわ!緑川はつばさ銀行から浮気するようなことはなくってよ♪」

誠「おお!これはこれはいちばん嬉しいお言葉です」

2人「ハハハハハハハ」


 麗華は誠との電話を切った後、すぐに春樹に電話をした。

麗「もしもし春樹、私よ。今晩の約束取り付けたわ。場所は『Grace』時間は私たちは20:00、春樹たちは18:30にしておいたわ。いいかしら?」

春「OK、ありがとう麗華。助かるよ」

麗「春樹、これって何か意味があるんでしょ?何?」

春「まぁ、ちょっとした賭けみたいなものだからなぁ」

麗「賭け?賭けなら洵にお願いした方がいいんじゃない?」

春「ああ、その賭けとは違うから」

春樹は苦笑した。


 その日の夕方、春樹が映美の窓口の前に現れた。

映「長日部さん!?もうそんな時間ですか」

映美は迎えに来た春樹を見てちょっとびっくりした。

春「いえ、すみません。ちょっと早く着いちゃって。表で待ってますから」

映「あ、はい…」

同僚「ちょっと映美、あの人こないだからよく来てるじゃない。何?付き合ってんの?」

同僚の女性行員がちょっとニヤニヤしながら聞いてきた。

映「違う違う!あの人はそんなんじゃないの。違うの…」

同僚「ふぅ~ん?」


 映美は仕事を終えて急いで着替えると、表で待っている春樹のところまで走った。

映「長日部さん、すみませんお待たせしました!」

春「いえいえ、僕が早く来すぎてしまったので。それでは行きましょうか」

映「はい」


 春樹と映美の二人はタクシーでレストラン『Grace』に着いた。春樹は映美をエスコートして店内に入って行った。

春「どうしました?」

映美がちょっと落ち着かない様子でキョロキョロしている。

映「私、こういう感じの所あまり慣れてないのでちょっと緊張して」

春「大丈夫。普通にしてればいいんですよ」

春樹はニッコリ笑った。

 テーブルに通された春樹と映美は他愛もない話を延々としていた。

時計は20:00を指そうとしている。映美が化粧直しに席を立った。

そこに前後して誠、瞬、麗華の3人が入ってきた。

麗「利河さん、今日は突然で本当にごめんなさい。何か先約とかありませんでした?」

瞬「いえ、大丈夫です。心配には及びませんよ」

麗「本当に?それなら良かったわ」

3人は席に着いた。誠はただニコニコしている。

瞬「それで緑川さん、今日は僕に何のお話で?」

麗「利河さん、実は…」

麗華はこの場で誠にしたのと同じ説明をした。

瞬「は!?それで僕にお見合いしろと…」

麗「そうなの。受けて下さるわよね?」

瞬は隣りでニコニコしている誠をちょっと睨んだ。

瞬「あ、あの緑川さん、その、僕はその手の話はちょっと…」

麗「あら、でも誠さんに聞いたら今は決まった方はいらっしゃらないと伺ったのだけど」

瞬「確かにそうではあるんですけど…」

ニコニコしている誠をものすごく睨んだ。

瞬「緑川さんすみません、ちょっと失礼します」

瞬は席を立った。ちょっとイラついて廊下に出てツカツカと足早に歩いていると、化粧室から戻ってきた映美と出合い頭にぶつかってしまった。

映「すみません!大丈夫ですか」

映美は謝りながら顔を見てびっくりした。自分の銀行の頭取だ。よく見ると今直してきたばかりの口紅が頭取のYシャツの胸元に移ってしまった。

映「あああ、すみません!あの、これじゃ足りないかもしれないですけどクリーニング代です!」

映美は咄嗟に5,000円を渡した。

映「それから…その状態じゃ歩けませんよね。これでよければ使って下さい。安物ですけど…」

映美は口紅が隠れるように持っていた自分のスカーフを頭取に巻いた。

映「あの、いらなかったら捨てるなりなんなりして下さって全然構いませんので!それでは失礼致します!」

映美は逃げるように春樹の待つテーブルに戻った。

慌てた様子で戻ってきた映美を見て春樹が心配そうに声を掛けた。

春「どうしました?何かあったんですか?」

映「あ、あの私、頭取にとんでもないことを…」

春「頭取?」

その頃、瞬は別の意味で今あった出来事に驚いていた。一瞬心臓が止まるかと思ったほど驚いていた。

瞬「莉々亜…?」

今まであまりの驚きに固まってしまっていた瞬が、急に正気に戻ったように振り返った。そして映美が走って行った方向に無意識に足が向いていた。廊下から部屋に入り、映美がいるテーブルを探した。見つけて驚いた。そこには春樹がいた。

瞬「長日部さん…」

春「あれ、利河さん、貴方もこちらでお食事ですか」

瞬「ええ、まぁ。あの、長日部さん、こちらの方は…」

春「ああ、僕の連れです。利河さんの銀行の方ですよ」

瞬「え!?うちの…?」

映「長日部さん、頭取とお知り合いだったんですか」

春「実はそうなんです。先日は知らない振りをしてしまってすみません。知り合いだと知ったら貴女が緊張するんじゃないかと思って」

映「・・・・・」

春「利河さん申し訳ありませんが僕たちはもう帰るところなんで、これで失礼致します」

瞬「そうですか……」

そのやり取りを麗華と誠が少し離れた自分たちのテーブルから見ていた。

誠「莉々亜…」

誠が信じられないという顔で春樹たちの方を見ている。

麗「誠さん?どうかなさったの?」

誠「麗華さん、あの長日部くんと一緒にいる方はどなたですか…」

麗「え?いえ私の知らない方だわ。どうして?」

誠「あいつの…瞬の昔の婚約者にそっくりなんです…」

麗「婚約者?」

誠「10年前に亡くなりましたが…彼女が生き返ったのかと思った…」

麗「・・・・・・・」

瞬はまだ呆然としている。

誠「麗華さん、今回のお見合いの話、お断りさせていただけませんか」

麗「え?ええ、分かりました…」


 その日の夜、緑川邸では麗華が怒っていた。

麗「ちょっと春樹!あなた知ってたのね!」

春「ああ、でも俺もついこないだ知ったばかりだよ。あそこまで驚かれるとは思ってなかったし」

洵「ふぅ~ん、その窓口の、そんなに利河さんの元婚約者に似てるんだ?」

麗「あの二人のあの驚き方を見たら本当に瓜二つみたいよ」

洵「10年前何があったの?」

春「10年前、つばさ銀行で強盗事件があったの覚えてるか」

洵「うん。日本じゃ信じられないけど犯人グループがライフル持って乗り込んできた事件でしょ?確か何人か犠牲者も…」

春「その犠牲者の一人が利河さんの元婚約者だ」

洵・麗「え…」

春「それが原因で彼女を忘れるために遊び人になったらしい」

麗「でもいくら遊んでも彼女を忘れるなんてできなかったのね…」

春「洵が『BLUE MOON』で利河さんを見たのは、彼女の命日だったんだ」

洵「あの人にそんな過去が…辛かっただろうね…」

3人ともしんみりしていた。


 その日の夜、天宮邸ではまだ少し茫然としている瞬と誠がリビングにいた。

誠「瞬、大丈夫か」

瞬「うん…。でも驚いた。本当に莉々亜かと思った…」

誠「麗華さんには断っておいたよ」

瞬「ああ、そっか。お見合いの話だったよね。ありがとう」

誠「まぁ、最初からする気はなかったんだろうが」

瞬「うん。でも今は彼女が気になってしょうがないんだ」

誠「瞬、気持ちは分かるけど、彼女は似てても莉々亜じゃない。別人なんだよ」

瞬「分かってるよ。でも気になってしょうがないんだ。長日部さんとはどんな付き合いなんだろう、しかもうちの行員だったなんて」

誠「長日部くんに聞けばいいだろう」

瞬「え!?それは聞けないよ。もし付き合ってたら…」

誠「それなら、頭取なんだからいくらでも調べられるだろう?」

瞬「え、まこちゃん、それって職権乱用って言うんじゃ…」

誠「しょうがない、今回は大目に見てやるよ。気の済むまでやってみろ」

瞬「まこちゃん!ありがとう!」

誠「“まこちゃん”って呼ぶな」


 翌日、朝から本店頭取室に瞬がいる。いつもなら朝の恒例行事の時間だ。

瞬「行員データが出たら俺に渡してくれ」

瞬はなんだかやる気満々である。

秘書「はい、分かりました。(この人はまた何を始めたんだ)」

秘書は仕事以外で瞬のすることを半ば信用していない。瞬の様子からこれは仕事ではないと分かっていたが頭取の言うことだ。聞かない訳にはいかない。しばらくしてデータが揃った。

秘書「頭取、この街の女性行員のデータが揃いました。どうぞ」

瞬「ありがとう。仕事に戻ってくれ」

秘書「はい(まったく人使い荒いんだから…)」

瞬は渡されたデータを見た。

瞬「こんなにいるのか…、まぁそりゃそうだよな。よ~し探すぞ!」

瞬は一人ずつ見ていった。一人も逃さないように。

どのくらい時間が経っただろうか、一つのデータが目に入った。

瞬「あった!彼女だ。ええと、“倉木映美”…本店!?ここにいたのか…」

瞬は無意識にそのまま頭取室を出て足早に下に降りて行った。

瞬は毎朝の恒例行事で通るドアを今日はまったく違う気持ちで潜った。後方から窓口を見た。今日は周りの様子などまったく目に入らない。瞬の目は真っ直ぐに窓口の一つに釘付けになっていた。

女子行員「頭取おはようございます。今日も素敵ですね!」

瞬「そう、ありがとう…」

瞬は女子行員を見向きもせずにツカツカと足早に去って行った。素っ気ない返事に周辺が何事かとざわついた。

瞬(窓口の娘だったのか、だから気付かなかったんだ。いつも俺に背を向けていたから…)

 一方窓口では朝から映美がぐるぐると考え事をしていた。

映(どうしよう、私、頭取にとんでもないことを…やっぱり左遷かな、それともクビ…)

映美が色々と考えを巡らしていると背後から誰かに声を掛けられた。

瞬「倉木さん!」

映「はい」

振り向いて驚いた。

映「頭取!?あ、あの…私…」

瞬「倉木さん、ちょっと君に聞きたいことがあるんだけど」

映「はい、何でしょうか(左遷?やっぱり左遷なの?)」

瞬「その、長日部さんとは仲良いの?」

映「え?長日部さん?」

自分の考えていたことと全く違う話で、映美は一瞬頭の中が白くなった。でも頭取は真剣な表情で映美を見ている。

映「あ、はい、良いほうだとは思いますけど…。(左遷の話じゃないのかし   ら?)」

瞬「それじゃ倉木さんは今付き合ってる人とか、好きな人とかいるの?(俺は高校生か!?)」

映「え?あ、いえ、付き合ってる人はいませんが…」

瞬「いませんが?」

映「好きな人なら…」

瞬(ガ―――――――――ン!!!!!そうか、やっぱり長日部さんか……)



第6話 後編に続く

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