057-3
『ギャォォォォォオオオオオオオッッッ!!!!!』
傘の下の狼の頭骨が激しく吠えた。
「めんどいにゃあ、一回やっつけたと思ったら、今度は合体して巨大化かい。どんだけセオリーに忠実なんじゃ。
このはちゃん、もみじちゃん、部長連れて駐車場から離れて!」
「はい! 行きましょうおじいちゃん!」
「わかりました! りおなさんも気をつけて!」
部長と双子はその場を離れた。巨大なヴァイスフィギュアは、怒りを露わにするように両足を踏み鳴らしりおなを威嚇する。
「チーフならこーいうときどー言うじゃろ。
――『「種」数体で生物を強化した亜種、言うなれば『ヒュージヴァイス種』ですか、見た目以上のパワーと俊敏さが予想されます』
とか言うんだろうけんど、さてと、どうすっかにゃーー」
りおなは彼我戦力を冷静に分析する。
――さっきのぬいぐるみでの戦いで経験値が増しとるから、さっきまでの攻撃はせんほうがいいじゃろ。
りおなは距離を取ってから、トランスフォンを耳に当てる。
『ゴァァァァアアアアッッ!!』
ヒュージヴァイスが頭骨から火炎球を吐きだした。直径1mほどの巨大な火炎がりおなを襲う。
りおなはかわさずレイピアで唐竹割りにする。りおなの後方二か所で火柱が上がった。
間髪入れず、ヒュージヴァイスが左腕を振り上げた。
触手がより合わさり、太い鞭になって横なぎに振るわれる。りおなは宙返りでかわしながら変身の文言を唱えた。
「ニンジャ・イシュー・ドレス・アップ!!」
りおなの身体が光に包まれ、新装備に切り替わる。りおなは自分自身を見回した。
――やっぱし必要以上にコスプレ感強いにゃあ。
その装備は全体が黒の忍者装束だが、両肩が露出していた。
両腕は指を出した
――なんで半強制的にパンスト
よその国のニンジャったら、隠密行動せにゃいけんのに、
あーいう国とか時代考証ムシしたつくりされると、見てるこっちがしんどいわ。
りおなは心の中で、今現在の状況と全く関係ないことに猛烈にツッコみながら車のボンネットに乗った。ヒュージヴァイスを冷静に観察、分析する。
――腕でも触手でも全身武器みたいなもんやけ、近距離中距離ともに不利、フェイント入れながらかく乱か。
りおなの考えがまとまらないうちに、クラゲの傘が大きく開いた。
触手が発光し、槍状に尖った触手が何十本も同時に射出された。
りおなは跳躍してかわし、無防備な頭部、傘に斬りつけようと飛びかかった。
すると、待ち構えていたように狼の頭骨が上下に開いた。カウンター気味に火球がりおなを捕らえる。
「「りおなさ――――」」
双子の叫びは爆音にかき消された。
奇妙な空色の下、巨大なクラゲの異形は、目の前で炸裂する火柱で真っ赤に照らされた。
「「りおなさーーーーん!!!」」
双子の叫びもその轟音でかき消される。
――ふう、もうこんな磯臭い海なんてこりごりね。
でもこんな魔境みたいなヤマガタまで来たかいがあったわ。さっさとこんな空間壊しちゃおー。
◆
「――――しかし、あんたもずっと忙しそうだな。
あんたんとこの嬢ちゃん、りおなちゃんか? 初デートとやらでヤマガタケンまで行ってんのに、あんたは休日出勤とはな。
Rudibliumってところは、そんなに人手が足りねえのか?」
神奈川県は縫浜市の事務所で、パソコンと格闘するチーフに対して二足歩行のウサギ、レプスがコーヒーを差し出した。
チーフは目礼してコーヒーを受け取る。
「カンパニーシステムが稼働しだした今、どの絵本の登場人物を投入すべきか、思案のしどころですからね。
一度Rudibliumに戻れたのは収穫でした。
さすがに無傷で、というわけにはいきませんでしたが、前体制が崩れたのは大きいです。
犠牲も大きかったですし、依然、Rudiblium外の敵の全容はつかめていませんが」
「あれか、あんたんとこの『悪意』を注入する技術を持ったやつか。
――富樫ちゃん、直接そいつらの手がかりになるってわけでもないが、俺がガキの頃、ばあちゃんから聞いた話でこんなのがある。
『ななつのおやすみのくに』って話なんだがな――――」
◆
「「りおなさーーーーん!!!」」
『グルルルルル…………ォォォォォォ!!』
ヒュージヴァイスが、勝ち
「こら! だめだ! 近づいちゃいかん!」
「「でも……!」」
「まだ『心の光』が消えちゃおらん! りおな……さんを信じるんだ!」
ヒュージヴァイスは火球や光線を射出し、虚数域内部にある車を破壊しつつ、標的を部長たちに定めた。
双子はヴァーレットを楯にして、爆風や車の破片から身を守る。
『……グォッ!?』
不意に、ヒュージヴァイスが足を掴まれたように動きを止める。見ると足元の影から黒い帯状の紐が伸びて、足に絡みついていた。
ヒュージヴァイスが逃れようともがくが、黒い紐はさらに足に食い込む。
業を煮やした異形は、口を開け火球を吐くべく吸気を開始するが――――
叩きつけるような轟音がして、頭骨の口が強引に閉じられた。クラゲの傘が爆音で
「ニンジャ・イシューか、けっこう使えるのう」
ヒュージヴァイスの頭に乗った、りおなの緊張感のない声があたりに響く。双子からは
巨大な異形は左腕の触手の鞭を振るうと、りおなの身体に触手が巻き付いた。
このはともみじが声を上げる間もなく、触手がアスファルトに叩きつけられた。鈍い音が響く。
その時、叩きつけられたりおなの身体が弾けるように消えた。
「「…………!!」」
と、ヒュージヴァイスの身体が大きく傾いだ。傘の背の部分と寄生していた『種』二つが切り裂かれている。
「さっきの技が『
んで今のが、みんな知ってる『
使ってみると便利じゃのう」
りおなは腰に
返す刀で『種』に身体をひねりながら
『…………グ……ォォォォォ……!!!』
巨大な異形は後ろにのけぞった。
全身に力を込めると、胴体が風船のように急激に膨れ上がる。
「……! やばっ! みんな、伏せて!!!」
りおなは部長に駆け寄り、そのままタックルして自分ごと姿勢を低くさせる。
ヴァーレット二体は双子を抱え背中を丸める。
次の瞬間、爆風が『虚数域』の中に吹き荒れた。ヒュージヴァイスが跡形もなく吹き飛び、アスファルトがクレーター状にえぐれ黒煙が舞い上がる。
「ふう、本来ならヴァイス君がやっつけてくれるのがベストなんだけど、相討ちならまあ合格かな。
はあ、こんなイナカまで来てまで仕事だなんて――――」
「残念じゃけど、その仕事は
りおなは水族館の屋上にいた相手の背後に立ち、首筋にソーイングレイピアの切っ先を当てた。
「まさか、山形まで来てあんたに会うとは思うとらんかったわ。
ああ、振り返らんでもいいわ、あんたのナメた顔は見飽きとるけん。
そんかしこっちの質問には答えてもらう。いいな、天野」
トランスフォンで作られた空間、『虚数域』でりおなたちを監視し『種』を操っていたのは、元Rudiblium本社社員、広報課勤務の天野だった。
愛玩犬のパピヨンの顔ではなく、TVアニメの変身ヒロインが現実に抜け出たかのような、ピンク色の奇抜な髪型と衣装を身につけていた。
名前を呼ばれた天野は、わざとらしく肩をすくめる。
「こっちのことはお構いなしに、自分の要求は通すんですか? 勝手ですねーー、そんなんじゃ社会に出たら通用しませんよーーーー?
まあいいや、何でも聞いてください。答えられる範囲で答えますから」
「んじゃ、きょうここに来たんは独断け? それとも誰かの指示?」
「『ソーイング
倒せ、とも倒すなとも言われてないんで、まあ現場で判断しました」
「ソーイングフェンサーじゃ。それより、こんな地方で騒ぎになったら、あんたの
「心配してくれてるんですか? まあうまくやりますよ。それにあなたが言う『上』は新人勧誘で忙しいですし」
「それは、ほかにも能力持ってるやつがいるってことけ? 何人くらいおると?」
「さあ、それはわかりません。
他に聞きたい事ないならこれで上がりますねーー」
りおなは首元にソーイングレイピアを押し当てたまま、両足を強く踏み込んだ。
距離を全く取らず横なぎにレイピアを振るったが、消えた瞬間すら察知させず天野はりおなの前から消えた。
『すごい殺気ですねーー、もうヤマガタにいる間はヴァイスとか使いませんから。私も少し遊びたいですし。
じゃあおつかれさまでーす』
能天気な声と共に、天野の気配は虚空に消えた。
「あんにゃろめ、また逃げやがった。
ふう、どうやらこれでわるもんはいなくなったみたいじゃのう」
空を見上げると、白と青が反転した空がゆっくりと歪みだした。りおなは水族館屋上から飛び降り、部長たちに駆け寄る。
「もうこの空間閉じるんじゃろ? クラゲのぬいぐるみは持っとるけ?」
「はい!」
「四つともぶじです!」
りおなは装備をノービスイシューに戻して、駐車場内のレンタカーに向かった。
「えっと、元いたところに戻らにゃいけんにゃ」
視界が光で満たされると、りおなは強く目を閉じた。
「――――おな、りおな、大丈夫け?」
気がつくとりおなは
「うん、今回は進展あったけ、だいじょうぶ」
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