057-2

 このはともみじが投げた人形、カエルとトカゲをモチーフにした怪人のフィギュアは瞬時に膨れ上がった。

 それと同時に、黒い球体ダークマターが腹部に張りつき、カエルとトカゲの体色と同じ色に染まる。


「フロッグマンとリザードマンけ」


 ――なんか、でっかい出ベソみたいじゃ。


 双子が両手を前に突き出すと、巨大化したフィギュアは意思を持ったように動き出す。

 身長2mほどの従者ヴァーレットは、迫りくる同じほどのサイズのヴァイスフィギュアに組みついた。

 だが、もともとの膂力りょりょくが足りないのか、組み合った腕がいともたやすく圧されていく。

 フロッグマンとリザードマンの両足は、青灰色のアスファルトにこすられ、砂利を引くような音を立てる。


「うっ」


「ぐっ」


 双子は顔をゆがませる。従者として召喚されたフィギュアからは、オレンジ色の光の粒子が立ちのぼっている。


 ――理屈はわからんけど、自分たちの『心の光』を消費して操作しとるんか。どっちにせよ短期決戦じゃな。


「すいませんりおなさん!」


「わたしたちの今のLvじゃっ!」


「いや、サポートありがとう!」


 りおなはヴァーレットを圧しているヴァイスフィギュアの胸に、レイピアを突き立てた。切り口から黒煙が吹き上がり、二体が倒れた。


「おっし、残り二体じゃ!」


 りおなは小さくガッツポーズをすると、間髪入れず一体のクラゲの傘が開き触手が蠢きながら発光する。

 と、同時に幾条もの光る触手の先から、レーザーが撃ちだされた。


「うわっと!」


 部長が車の陰に隠れた。


 ――ぶちょーも孫見習って、なんか武器でも用意しておいてほしいにゃあ。


 りおなが心の中でツッコむ。

 と、それを察したのかどうか、ハンドガンをどこからか取り出した。車のボンネットに身を乗り出し発砲する。


 何度か炸裂音がしてヴァイスフィギュアの身体に数発、弾丸のようなものがめり込む。

 が、クラゲの異形は意に介した様子もない。そのまま狙いを部長に定める。


 ――この非常時じゃから突っ込まんけど、ぬいぐるみが銃刀法違反違反したらいかんじゃろ。まあ、いいけど。

 こーいうとき銃は護身用にもならんわ。かえって部長に標的変えたし。

 特撮とかではやられるやつのセオリーじゃぞ。


 ヴァイスフィギュアの光弾が重ねて発射される。車が紙くずのようにちぎれ飛び、部長は頭を抱えてうずくまった。

 救援に向かうりおなに、強化されたヴァイスのボディーブローが炸裂する。遥か後方、海際の手すりまで派手に吹っ飛ばされた。


「ぐぅっ!!」りおなは腹部を手で押さえる。


 ――派手に飛ばされはしたけど、見た目ほどダメージはないようじゃ。

 んだけど、痛くないわけではないけん。


 巨躯の異形二体は部長と双子に近づく。りおなは体勢を立て直し、ヴァイスたちに駆け寄る。


「こんにゃろ! まともに戦えんのばっかり狙いやがって!

 『トリッキー・トリート、ジャック・イン・ザ・ボックス!!』」


 りおなは一体と応戦しながら、魔法の文言を唱えた。前にかざした左手が強く輝く。

 ヴァイスが殴りかかってくるその刹那、カウンター気味に左手を胴体に押し当てた。


「『パンプキン・ヘッド』!!」


 ヴァイスたちの上空から、メルヘンチックな五芒星が多数生成された。それと同時に、オレンジ色に輝く顔の彫刻が施された巨大カボチャが落下する。


 派手な効果音とエフェクトともに、カボチャがヴァイスたちに直撃した。

 よろめくヴァイスにりおなはとどめを刺す。

 黒煙を吹き上げ、筋骨隆々の身体は元のぬいぐるみに戻った。


「ふいーーーー」


 りおなは天を仰いで息を吐く。


「みんな、だいじょうぶ? ケガとかしとらん」


「わたしたちはだいじょうぶです、布は切れてません」


「へいきです、どこの綿パンヤもはみ出てません」


「それはなによりじゃ。部長は?」


「もう、ダメかもしれん……」

 見ると、部長は頭を抱えて横になっている。


「だらしないのう、ほれ、『ヒールクローバー』」


 構えたソーイングレイピアに柔らかな緑色の光が宿った。部長の頭にかざすと光が移動する。みるまに苦しそうな表情が和らいだ。ほっとして双子に向き直る。


「あんたがたも、いつのまに従者召喚サモン・ヴァーレットなんて覚えたと?」


「りおなさんに日本に来たとき今着てるおようふくを、ウェアラブルイクイップにしてもらったじゃないですか」


「チーフさんにわたしたちに合うしょくぎょうはなんですかってきいたら、『護身用には召喚士がいいです』って言われました」


 りおなは二体のフィギュアを見る。


 ――確かにりおなが前に戦ったヴァイスフィギュアと似ちょるけど、ゴム製でなくって各関節ごとに分かれて組み立てられとる。材質もプラスチックじゃな。


「つくったのはみうらさんです」


「そうさほうほうをおしえてくれたのは、せりざわさんといがらしさんです」


 ――あいつらけ、まあ、この際戦力になるならいいか。護身用にはぴったりじゃし。


「職業って……なりたいもんになれると?」


「そうです、チーフさんにそうおそわりました」


「はい、さいしょにせんたくするとなれるみたいです」


「どれどれ」


 りおなは目を凝らして双子のステータスを確認する。

 イシューチェンジの際につけられるコンタクトレンズ越しに、二人のステータスウィンドウが展開しているのがわかった。


 =========================

 名前:【皆川 このは】

 種族:業務用ぬいぐるみの孫

 職業:従者召喚士ヴァーレットサモナー

 Lv:7

 装備:☆白い水兵セーラー服+6 ☆白い水兵帽+6

 特技:算数Lv81

    お絵かきLv15

    音楽Lv16

    ――――――――

    ――――

    ――

 =========================


「……えーっと……」


 =========================

 名前:【皆川 もみじ】

 種族:業務用ぬいぐるみの孫

 職業:従者召喚士ヴァーレットサモナー

 Lv:7

 装備:☆白い|水兵服+6 ☆白い水兵帽+6

 特技:算数Lv78

    お絵かきLV19

    音楽Lv15

    ――――――――

    ――――

    ――

 =========================


 ――職業、『業務用ぬいぐるみの孫』って、そこまでがそうなんか? 本人らぁに聞くわけにもいかんし。

 『ゆうしゃのちちおや』みたいなもんか?


「やっぱし双子でも微妙に違うのう、このはちゃんは算数、もみじちゃんがお絵かきが得意なんかーー」

 りおなは何の気なしにつぶやいた。


「そーです、こないだのテストわたしは100点でした。で、もみじは97点」

 それを聞いたもみじは、すべすべの頬を膨らませる。

「わたしはこないだ絵で金賞とりました。でもこのはは銀賞」


 双子はお互いに無言で「むーーーー」と半目で見つめ合う。お互いのヴァーレットも心なしか一色触発といった空気だ。


 ――いつも仲いいけど、こういうところもあるんか。まあライバルが身近にいることはいいことだにゃあ。


 そこへ、身体を起こした部長がとりなしにかかった。

「まあまあ、二人ともがんばってる。それでいいだろ? なっ?」


「「おじいちゃんはだまっててください」」


 二人にすごまれた部長は縮こまる。りおなは放心して空を仰いだ。

 特殊空間『 虚数Imaginaryarea』特有の雲と空の色が反転した独特の色彩が変わらずにある。


「部長、この空間ってヴァイス倒してもしばらくそのままけ?」


 部長も空を見上げ眉をひそめる。

「いや、ヴァイスフィギュアが倒れれば、ゆっくり縮むように解除されるはずだ。しばらくそのままなんてことは――――」


 部長は言葉を途中で飲み込む。りおなも上を見ながらソーイングレイピアを再び構えた。

 クラゲのぬいぐるみという依代から離れた『種』が、また海の上にふわふわと浮かび上がる。

 そして、うち一体が水面に飛び込んだ。


 ――――ドクン!!


 一瞬アスファルトが揺らぐぐらい、鼓動のような大きな音が周囲に響く。残りの種も次々と海に入った。


 ――――まさか!


 りおなが駆け寄ろうとした瞬間、爆音とともに水柱が高く上がる。海上には生きたクラゲに絡みつく五体の『種』があった。

 ぐったりした水クラゲに『種』たちは再度針を打ち込む。

 半透明の身体は黒ずんだ太い手足が伸びた。

 先ほどのヴァイスフィギュアとは比較にならないほどの巨躯になって、アスファルトに着地する。

 体長は5m強、手足は象のそれのように太くなった。




『ギャォォォォォオオオオオオオッッッ!!!!!』

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