056-1 水族館 aquarium

「ほぁーーーー、こういう風にみんなでマグナ来るの久しぶりだにゃーー」


 りおなはテーブルに肘をついて、ハンバーガーの包み紙を折りたたみながら息を吐く。


「久しぶり、ってこないだ来てからそんなにたってないけど」


 同じく小腹を満たしたルミも、食べさしのポテトの容器をもってぼんやりしている。

 が、視線を斜め下に向けてりおなに尋ねた。


「りおな、なんでクマのぬいぐるみ持ち歩いてんの? そんな少女趣味だっけ?」


 ソファー席に置かれた大きな布製のバッグ、その中に幼児並のテディベアがふたりも入っていた。ルミからすると当然の疑問だ。


「んーー、これにゃーー、知り合いの孫がかわいがってて、いっとき旅行に行くから預かっててって言われて。

 さみしがり屋だから、なるたけ外に連れ出してくれって言われてるからそうしてる。

 んで、りおなも自分で手作りしょうかな、と思って本買ってきた」


 りおなは書店で買ってきたテディベアのハンドメイドの書籍を何冊かテーブルに広げる。

 自発的ではあるが、その理由は『構造を知っておけばぬいぐるみ創りがラクになるかも』という、ややもすると後ろ向きな発想だ。


「ふーん。ね、だっこしていい?」


「あ、私も」


 りおなはクマたちをバッグから取り出し、エムクマをルミに、はりこグマをしおりに渡した。


「あーー、おちつく。ちっちゃいころ中学生ってもっと大人だと思ってたけど、こうやってクマ抱いてると、わたしたちまだ子供だよねーー」


 しおりとルミは、クマを前に抱きながらほっこりした表情を浮かべる。りおなは大きくあくびをしてソファーにもたれかかった。



 つい昨日、生きたおもちゃの住む異世界Rudiblium Capsa。りおなはそこから無事に帰還できた。

 だがその足でまっすぐ帰ればよかったが、公園で猫(それに大門)と過ごしてしまったので、ママからは無断で外出したのがばれてしまった。

 そのうえ、早く帰って来なさいというお叱りメールをもらう。


 恐る恐る家のドアを開けると、意外なことにりおなのママは普通に出迎えてくれた。特に叱りもしない。

 居間でホットココアを飲むうちに、感極まってしくしく泣き出してしまったのは、友達にも誰にも言えない内緒の話だ。


 あくる日、りおなはチーフたちに変身アイテムのトランスフォンを預けたまま、外出しているわけだが――――


 ――いっときでも、変身できんとけっこう不安になるもんじゃの。まあじたばたしても仕方ないけ、なりゆきに任すしかないのう。


「ところでりおな、あんた男子とつきあってるって?」


「――――え˝っ? なんで? 誰から聞いたと?」


「えー? 隣りのクラスの子が、昨日夜中に『猫公園』でりおなが男子といるとこ見たって」


「なんかいいふいんき・・・・だったって。どうなの?」


 二人に尋ねられ、りおなは下唇を突き出す。


 ――まったく、どこで誰が見とるかわからんのう。


「告白、されかかった」


「「えーーーー!!?」」


 店内に黄色い歓声が響いた。客の何人かがりおなたちに視線を向ける。


「んでも、最後まで言わさんでちょっと保留。まあ様子見して、付き合うかどうかはそれから決めるわ」


「その相手って大門君でしょ、一年生とかに結構人気あるよ」


「きーめーちゃーいーなーよーー(棒読み)。」


「まあ、そのうち……」


 ステレオで攻めたてられ、りおなは口をとがらせる。


 ――――別に大門がキライなわけでも、値踏みするつもりもないんじゃがのう。ただ問題が夏休みの宿題より多いけん、りおな以外に迷惑かかるのも耐えらんさけにゃあ。

 ――自分から攻め込むわけにもいかんしのう――――


 二人の友人もクマたちも、りおなのそんな心境を知ってか知らずか休日を満喫している。

 マグナローダースバーガー縫浜ぬいはま駅前店の時間は、穏やかに流れた。




   ◆




「よっ嬢ちゃん、久しぶりだな。元気だったか?」


「んー、元気は元気じゃけど……そんなに久しぶりでもないじゃろ」


 マグナからチーフたちの事務所、通称『Rudiblium Capsa神奈川県縫浜市支部』のマンションに着いた。

 住居部分、居間に入ると二足歩行の三白眼の白兎、レプスがソファーに座ってコーヒーを飲んでいた。

 ハンガーラックには彼の物であろう、陸軍兵士が武器弾薬を入れておくような黒いタクティカルベストがかかっている。


 ――本人曰く『常春とこはるの国』の使者って肩書きらしいけど、名前と違って見た目に可愛らしさはかけらもないし。

 白くて鼻がひくひくしてなくて耳が長くなかったら、二足歩行のけものにしか見えん。


「そうか? 異世界Rudiblium行ってたんだろ? 俺もあんたらが出たあと里帰りしててな。

 帰ったのは5日くらいだが、収穫はあったぜ、新しい装備とか増やせたしな」


「装備……ってしおりの?」


「ああ、この世界で暴れる冬将軍をだいぶ倒せたんでな。『春の欠片かけら』も増えたし、里帰りもしたかったからな」


「ふーーん、んであんたはなんでここにおんの? 部長と飲み会け?」


「いや、お前と同じだ。怪物退治用の新しいアプリがもらえるってメールが来たんでな、ここで待ってる」


「りおなさん、レプスさんお待たせしました」


 そこへチーフが現れ、りおなにトランスフォンを、レプスには真っ白なスマホを二台それぞれ手渡す。


「インストールにだいぶ時間がかかりました。ではトランスフォンの新機能を説明します。同様の機能を搭載したのでレプスさんもお聞きください」


「ああ頼むぜ、これで戦闘が楽になる」




「―― 一通りの説明は終わりましたね、ではみなさんこちらへどうぞ」


 りおなたちはチーフに連れられ、事務所として使っている部屋へ移った。

 整頓されたデスクの上には、オフィスには少々不釣り合いな絵本が十何冊も積まれている。


「ではりおなさん、新しい装備とぬいぐるみ創りをお願いします」


「やっぱし来おったか。装備は創るだけじゃからいいけんど、ぬいぐるみは創ったあとどうすんの? ここで一緒に暮らすんか?」


「いえ、それに関しては対策があります」


 チーフは事務所の隅にある、古びた冷蔵庫をあごで示す。

 昭和のホームドラマで見られるような、薄い緑色の家庭用のものだ。

 事務用のデスクやパソコン、書類棚が置かれた事務所に置いてあるものにしては少々不釣り合いに見える。


「なんじゃこら?」


「ぬいぐるみ専用の異世界渡航装置です。りおなさん開けてみてください」


 言われるままりおなはドアを開ける。が、中には何も入っていない。白い内装があるばかりだ。

 りおなは中を確認してから、何回か開け閉めする。何も変化はない。


「では閉めた後で、今度はエムクマとはりこグマで開けてみてください」


 クマたちがゆっくりと開けると、今度は中がひんやりした暗がりになっていた。奥行きは冷蔵庫本体よりも深く、奥からは何か話し声まで聞こえてくる。


「この奥はノービスタウンの宿屋、その厨房につながっています。宿屋の主人には許可は取ってあります」


「えっ、んじゃバス使わんでも異世界行けると?」


「残念ながら物品やぬいぐるみ限定で、しかもこちらからの行きのみです。りおなさんは通れませんね」


「なーんじゃ、テスト期間とかに行って合宿とかしようと思ったのに」


 チーフはこぶしを口に当て、ゴホンと咳ばらいをひとつする。


「それはさておき新装備とぬいぐるみ創りをお願いします。

 各絵本の登場人物のステンシルはできていますから、りおなさんはざっくりとでいいので絵本を読んでください」


「うぇーーーーい、そういや部長とか課長は?」


「部長たちは、『研修』ですね。今日は神奈川県の動物園に行ってます」


 チーフはホワイトボードに目をやる。

 そこには部長と課長、そしてこのはともみじの名前があり、四人分『研修』と書かれたマグネットが貼ってあった。


「本気で会社みたいにしとるのう。ちゅうか動物園は遊ぶためのもんで――――」


 りおなは言いかけた言葉を途中で飲み込む。この手のことはツッコむだけ無駄だ。


「ぬいぐるみ創りってあれか、このちびたちみたいに生きたぬいぐるみを殖やすってことだろ?

 俺も見学していいか?」


「構わんけど、みんな見たがるのう。んじゃ、やりますか」


 りおなはデスクに積まれた絵本数冊に目を通す。


 ――この絵本の作者って誰なんじゃ? バーコードがあるけん、個人で出版したもんじゃないんじゃろうけど、それにしては本屋であんまし見んのう。


 りおなは1ページ数秒ほどでぱらぱらと絵本をめくる。

 それからいつも通り、トランスフォンを耳に当て変身の文言を唱えた。




   ◆




「おじいちゃーーん、これみんなぬいぐるみ?」


「すっごいいっぱいあるーー!」


 このはともみじは、動物園のおみやげコーナーで歓声をあげる。

 このははショートボブ、もみじは巻き毛の髪型だが、二人とも日の光を受けると輝かんばかりの金髪に、整った可愛らしい顔立ち、それに合わせ鏡のようにそっくりな容姿だ。

 そのため、周りの動物と同じかそれ以上に周囲の注目を集めていた。


「うん、この世界……いや、世界中の動物をぬいぐるみにしてあるんだ。

 これはオカピ、こっちがペンギン、この顔が大きいのがオランウータンだな」


「わあ、すごーい」


「おじいちゃん、これはかわないの?」


「うん、りおな……さんにはこっちのお菓子をおみやげにしよう。ぬいぐるみは見慣れて、というより見飽きてるだろうからな」


「それにりおなちゃんには、動物の写真や動画をいっぱい撮っていこうと思うの。ぬいぐるみ創りのアイディアが湧くかと思って」


 と、課長は片手に持ったビデオカメラを軽く振る。

 部長もおのぼりさんよろしく、デジカメを首から提げている。7割ほどは自分の孫を撮影して相好そうごうを崩していたが、残りは園内の動物を撮っていた。


「でもぬいぐるみのアイディアならいっしょにくればよかったのに」


「ね、りおなさんも来てくれたらよかったのになーー」


 そこへ一人の老女がこのはやもみじに声をかけた。




「あの、すみません、一つお聞きしたいんですが……」




   ◆




「んにゃーー、つかれた。んで? 今は結局なんにん創ったと?」


「合計47にんですね。

 うちわけは……

『ディケイズの十年城』、『チューバカードとガーリの風わたり』、『アッキビデルとティグリスとロクスタ』。

 それから『アストロナウタ、宇宙へ行く』、『魔法使い、パイトニサム』、『アウランティアコのフルーツバスケット』、『サンクティ、ゆうれいやしきのぼうけん』の8作品です。お疲れさまでした」


 りおなに創られたぬいぐるみはチーフにガイダンスを受けた後、各作品の登場人物(?)ごとに順次冷蔵庫の奥に消えていった。

 それぞれ、ほぼ全部が布と綿でできているとはいえ、生命を与えられると実際の生物のように精密な外見になる。


「なんで同じ絵本の登場人物がタカとトラとバッタなんじゃ? …………まじでつかれた」


 りおなはファーストイシューから、クマのポンチョに着替えた。クマ耳フードを深くかぶり重い身体をソファーに沈める。


「嬢ちゃん、大丈夫か? ほら、ホットアイマスクとポテトチップスだ。瓶入りコーラもある」


 ソファーにに身体を沈めるりおなに、レプスがあれやこれやと気を利かせる。


「ああ、大儀である」


 りおなは天井を仰ぎながら、アイマスクを着けた。


 りおな、ポテトチップスたべて。


 りおな、あつい?


 見かねたクマたちが、りおなにお菓子を食べさせたりうちわであおいだりしている。


「ありがと。あーー、クマに食べさせてもらうポテチは格別だにゃ――。

 若いころはりおなも気が多かったけん、コンソメとかバター醤油とかに浮気することもあったけど、本命はやっぱしうす塩味だにゃーー」


 りおながくつろいでいるとドアのチャイムが鳴った。


「誰か来たようですね」


 チーフが対応に出たのと同時に、りおなは両腕を上に突き出し大あくびをする。


「今日はおうちにお客さん来るからにゃーー、ぬいぐるみとか装備創り終わったらさっさと帰ろう」


 りおなは手探りでクマたちを抱き上げひざの上に乗せる。


「あーー、でももふもふの誘惑には勝てんにゃーー。チーフ? ちょっとおひるねーーーー」


「りおな? 久しぶりじゃのう」


 不意に聞きなれない、しかしよく知っている相手から呼ばれて、りおなは弾かれたように起き上がる。

 それから声がした方を向いてアイマスクを外した。




「……! ……おばあちゃん……!」

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