056-2
「――んで、おばあちゃん福岡から来たんだ」
「うん、最後に会ったのが小学6年生の夏休みじゃったから、かれこれ1年半ぶりくらいか。
時の流れは速いのう」
りおなは机に上体を投げ出して、ルミの質問に答える。
――始業前のこの時間は、中学生にとっては貴重な
いつものメンバーのりおな、しおり、ルミの三人で世間話に興じていた。
「でも会えてうれしかったんでしょ?」
「まあにゃあ、りおな基本おばあちゃん子じゃし。小学生最後の夏休み、まるまる三週間おばあちゃんちで過ごしたりしたからなーー。
そんときから、りおな博多弁になったけ」
――もっともりおなが今話してるんは、時間たってだいぶ本場の博多弁から変わってもうた。言うなれば『りおな弁』じゃけどにゃ。
今まで誰からもツッコまれたことないけんど、本物の博多弁じゃないとか言われたらそう答えるようにはしちょるけど。
「なんか横浜とか、東京見物したいから来たみたい。昔からじゃけどものすごいフットワーク軽い人やからなあ」
りおなはあごを机につけ、昨日のことを思い返す。
◆
「りおな、久しぶりじゃのう。風邪とか引いとらんか?」
「おばあちゃん? なんでここ
りおなはクマのフード付きポンチョを脱ぎながら尋ねる。
「うん、動物園にいたんじゃけど、そこのヒトたちに連れてきてもらってのう」
りおなの休んでいたリビングに老女が現れた。
黒が多く混じる、白髪というよりは銀色に見えるボリュームのある髪、ほっそりしているが背筋はぴんと張っている、年齢のわりに高い身長。
上品なたたずまいが、年齢にふさわしい落ちつきを放っている。
その登場があまりにも急すぎて、りおなはもちろんのこと二足歩行の白兎レプスも驚きを隠せない。コーヒーカップを持ったまま固まっていた。
かろうじて、エムクマとはりこグマは動きを止めてソファーに座っている。
そんなりおなたちを気にすることもなく、老女は眼鏡の奥の目尻にしわを寄せ微笑んだ。
「なんじゃ、しばらく見んうちにりおなも出世したようじゃなあ。ぬいぐるみの国のお手伝いしとるんじゃって? 私もばあちゃんとして鼻が高いわ」
りおなはそれに答えず、老女の奥で申し訳なさそうにしている部長に目をやる。
かたやチーフはミニチュアダックスの顔を隠そうともしていない。そのまま老女に話しかけた。
『ようこそ遠路はるばるいらっしゃいました。なにもありませんが今お茶をお出しします。おあがりください』
よく見るとチーフは口を閉じて動かさずに話している。むろんまばたきもしていない。
――なんで腹話術やねん。こんなマンションの中で んなリアルなマスクしてるほうがおかしいじゃろ。
りおなが心の中でツッコんだ。チーフはの様子を見た老女はからからと笑う。
「やだねえ、あんたもぬいぐるみなんじゃろ? 無理してごまかさんでもいいわ。
ああ、自己紹介が遅れました。
私は
チーフに対して深々と頭を下げた。
「いえ、失礼しました。こちらこそりおなさんには、言葉には表せないくらいお世話になっています」
「うん、そこいらの話も含めて聞かせてもらうわ。そこのウサギさんにも話聞きたいし。
ああこれ、福岡土産の博多ラーメン。
クマさんと子供たちには、いちごチョコクッキーに、ぶどう大福に博多ブラウニーに、にわかせんべい。
で、最後は明太子。箱詰めのはあなた方に。りおな、あんたには切れ子の方。大好物じゃろ」
◆
「それで昨日からりおなん
「うん、おかげで晩ごはんは鶏の丸焼きやら刺し身とか、パーティーみたいじゃったわ。
一週間くらいは家を拠点にしてあちこち観光するみたい」
いつもの『ねこ公園』で授業を終えたりおなたち三人は、いつも通りベンチに座り、歌舞伎揚げを片手に井戸端会議に興じる。話題はりおなの祖母のことだ。
「なんか、おじいちゃんが大金当たったから『冥途のみやげに』って旅行することにしたらしいっちゃ」
「「ふーーん」」
りおなは幼少期の思い出をたどる。
――りおなが子供のころから大物っちゅうか、どっか達観したところがあるおばあちゃんじゃ。それは今でもぜんぜん変わってとらん。
それどころかさらにパワーアップしとるようにも見えるし。
現にチーフとか動くクマたち見ても驚いとらんかったけ。
部長やら、このはちゃんもみじちゃんがぬいぐるみだっていうのも、見た瞬間わかったって言ってたし。
りおなにとっては異世界より謎だにゃあ。
りおながぼんやり昨日のことを思い返していると、不意にしおりとルミの視線がある方を向いた。
「あらーー」
「さっそく」
「ん? なに?」
「いやいや、これはこれは」
「りおな、私たち先帰るねーーーー(棒読み)」
しおりとルミはバッグを抱えそそくさと帰る。含み笑いが気になったが、りおなは二人が見ていた視線の先に目をやった。
「ああ、大門け。誰かと思ったわ」
近づいてきた少年はがっくりと肩をおとす。
「……もう、だいもんでいいわ」
「んで、なんか用け? まずは保留って言ったじゃろ。
りおなはやっぱし、少しのことは大目に見てくれる包容力があるタイプが好きじゃけん。友達と話してるときは近づかんほうが身のためじゃよ。
座ったら? 歌舞伎揚げもあるけん」
「ああ、わかったよ」
大門は言われるままベンチに腰かけた。
「なんか、朝から俺のこと避けてないか?」
「んなことないわ、んでも今のあんたはカレシ
とはいえ友達以上とは思っちょるけん、心配せんでもよか」
「そうじゃなくてさ、なんていうか普段は昼寝してるネコみたいに落ち着いてただろ? それが、今もそうだけどピリピリしてるっていうかさ……」
――前から思ってたけど、けっこう勘いいよにゃーー。まあ仕方ないか。
「うん、はっきりゆって隠してることはある。
ただ、それを誰かに話したら、そのひとらが辛い目に逢うけん誰にも言わん」
「りおなはそれでいいのかよ」
少年はりおなの
「――――よくはない。りおなも誰かに代わってもらえるなら代わってもらいたい。んでも……」
前触れなく木立の鳥が数羽羽ばたいた。りおなは小鳥が去るのを目で追い、両手を突き出し指をいっぱいに広げる。
不意に立ち上がり前方に踏み込んだ。左足を軸にして上体を回転させ右腕を突き出す。
公園の木々の葉が震えて何枚かはらはらと地面に散る。少年は固唾をのんでりおなを見ていた。
「んじゃ、代わってもらった人はどうなると? じゃったら自分でやった方がまだ気が楽やけん。
だいじょうぶじゃ、りおなには助けてくれるひとがいっぱいおるけん」
普段からは想像もつかないような鋭い眼光、しかしそれもすぐに元のネコのような好奇心旺盛な表情に戻る。
「ちゃんと全部終わったら説明するさけ、それまではなんも聞かんでて」
りおなは右腕を
「どうじゃ? りおなの新たな宝具、『
「『インビジブル』だろ? 『無敵の空気』になるのか? わざと間違えんなよ。お前ほんと宝具好きだな」
「まあね」
少年は気付いていなかったがこのとき、りおなはまさに不可視のソーイングレイピアを振り抜き『悪意』を注入する忌まわしき『種』を両断していた。
異世界Rudiblium Capsaから齎された新たな
『心の光』を使った光学迷彩で、ソーイングレイピアを見えない剣に変えていた。
そのままレイピアそのものを虚空に還す。
りおなは数km先から自分を見据えている視線を見返した。
――ケンカ売ってきたのはそっちからやけん。このケンカ、発売日当日の定価どころかプレミア価格で
そう遠くなく、決着はつける。りおなはもう覚悟を決めた。あんたも決めとけ。
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