054-1 祝 賀 celebration

「…………ん、いいよ……りおな。……そのまま、続けて……」


「……うん、わかった」


 りおなは陽子に言われるまま指を動かす。


「……そう……そこ。……りおな、うまいね。気持ちいい……。

 ……は……っ! ぁあ……りおな? もっと……強くても、いいよ……」


「……んじゃ、そうするわ」


 りおなは言われるまま指先に力を込めた。陽子の身体にりおなの指が刺さるように食い込む。


「ん……んぁあ……っ!」


 陽子はたまりかねたように顔を上に反らした。白い喉が露わになり、吐息交じりの声が夜の空気に融けて広がっていく。


「……もっと、つかむみたいにして……」


 りおなはその要求に無言で応じた。両手の指先に力を込めつつ、陽子の肌に爪を立てないように慎重に指を動かす。

 その効果は覿面てきめんだった。陽子はりおなの指の刺激に反応して息を吐く。


「ほんとに、うまいね。

 りおな、中学二年でしょ……? どこで……こういうの……覚えて……くる、の……?」


「……うまいかどうかはわからんけど、いっしょうけんめいやってる」


「……そうなん……だ? その、まま、つづけて……」


 ほどなくりおなの親指はそれまで触れていた所で、陽子の一番こわばった部分を探りあてた。


「……あっ、そう、そこ。そこを重点的に……」


 りおなは一番こわばった部分二か所に両手親指を当て、同時に円を描くように動かす。陽子はたまらず肩をそらした。


「そう、そこ。その動き、しばらく続けて……」


「……」


「今度は、そこを、親指で、ぎゅー―――って押し込んで」


「……いいの?」


 りおなはその要求に応える。だが陽子の若い肉体は押し込んだ力と同じだけの弾力でりおなの親指を押し返してきた。

 りおなは無言のまま言われた箇所を親指で深く深く押し続ける。


「……ん、こういうの、久しぶりだから、よけい、気持ちいい」


「…………」


「……あーー、もう、なん、にも、考え、たく、ない」


「……………………」


「しんぱい、しなくても、してもらった、ぶん、だけ、お返し、するから……ね?」


「………………………………………………」


「……あっ! でも、もう、ダメ、これ以上、は……………!」






「…………! ずびしっ!」


「――――んぎゃ!」


 りおなは自分で擬音オノマトペを発声しつつ陽子の頭頂部、正中線めがけて手刀を垂直に振り下ろした。

 無防備な陽子のつむじにクリーンヒットし、前頭葉と頭頂葉を均等に揺らす。頭をさすりながら陽子は抗議した。


「なんでチョップすんのよーー! うまいねってほめてたのにーーーー!」


「じゃぁっしゃい!! 黙って聞いてりゃ うふん あはん 気色悪い声出しゃあがって!

 なんでたかが肩もみされてて、わけのわからん雰囲気作りせにゃいかんのじゃ!!」


「こーーいう気持ちいいときは自然に声が出るんだって。

 ――――りおな、そういう経験ないの?」


「ないし、知らん。興味キョーミもない!!」


「……ふーーん、まあそういうことにしとくわ。 

 恩に着せるわけじゃないんだけどね? 私もこの異世界Rudibliumに来て色々大変だったわけよ。

 りおなが心配で、追っかけてきて異世界に来た早々吹雪で遭難しかけたり、ぬいぐるみさんたちに耐熱ガラスの食器作ったり。

 もーートシかなあ、疲れ目で肩が凝るっていうかさあ」


「ほーー、こないだは『誰かさんと違ってムネがおっきいから肩凝って困る』とか言うちょらんかった?

 眼精疲労テクノストレスに効くツボは、チーフに教わったし一回やってもらって覚えとるけんやっちゃるわ」


「りおな? ちょっ! 待っ!

 いだっ! いだだだだだだだ!」


「こ~~れ~~か~~! こ~~れ~~が~~い~~い~~の~~か~~!!」


 りおなは両手を握りしめ人差し指の第二関節を突き出し陽子のこめかみをぐりぐりと刺激する。

 陽子がりおなの腕をタップしても、そのマッサージ(?)はしばらく続いた。



   ◆



 時間は少し遡る。

 芹沢たちとの、今後のブリーフィングを簡単に終えたりおなは、本社ビルの広報室へ連れていかれた。

 本社周辺やBoisterous,V、Cのビルにある巨大スクリーンに生放送で勝利宣言で勝利宣言をする。

 その概要、伊澤いざわ大叢おおむら退陣を告げるスピーチをやらされた。

 りおなは当然『録画にしてくれ』と駄々をこねたかったが、丹念に化粧やヘアメイクをしてもらっては逃げようもない。

 

 花束で飾られたスタジオに行き、TVカメラを向けられチーフと芹沢が用意した原稿カンペを、ところどころ噛みつつもなんとか読み終えた。

 スタジオの隅、カメラの向こうで陽子、そして芹沢が笑いをかみ殺していたのは気付かない振りをしておく。


 なんとか苦行を終えたりおなは、彼らに慰労会という名目で宴に招かれた。

 会場はりおなたちが宿泊していたホテルの屋上だった。

 キュクロプス戦の被害を受けていなかったために開放してもらい急遽きゅうきょしつらえてもらう。

 そのまま宿泊客だけでなく、来場者すべてに無料で振る舞うという大盤振る舞いで、さまざまな住人が入れ代わり立ち代わりに参加していた。


 『ソーイングフェンサーが伊澤の独裁政治を倒してくれた』という事実が住人たちを否が応にも高揚させている。

 会場には開催時1000にん以上も集まり、街全体も瓦礫を片付けお祝いムードに満ちていた。


 そしてりおなはこの世界ではデフォルトになったキジトラ猫の着ぐるみ『バーサーカーイシュー』を着て宴に参加している。

 年上の陽子も同様に白いオオカミの着ぐるみ姿だ。


 ――もう慣れたけど、このかっこでないと、と生きたおもちゃしかいないこの異世界では ばーーり目立つけのう。

 なんでも食べ放題っていうんは助かるわ。やっぱしここは刺し身の船盛りと明太子パスタじゃな。あーー、おいし。


 そのあと陽子に『肩を揉んでほしい』と頼まれ、言うとおりに揉んでいたら上記のようなやりとりになった、というのが事の顛末てんまつだ。


「りおな、おばあちゃんの実家に遊びに行くとよく肩とかもんどったけん、それで得意なんじゃ」


 五十嵐が作った特製甘酒アイスを口に運びながら、りおなは陽子に説明する。当の陽子はこめかみ攻撃を受けぐったりしていた。


「そーぉーー、また疲れたら頼むねーー」


「あんな気色悪い声出さんかったらな。

 んーー、やっぱりアイスうまいわ。疲れてたけん余計うまい」


 ――鼻に抜ける|香り、フレーバーは売っとるもんとはぜんぜん違う。

 五十嵐が言うことにゃ、『隠し味に焦がした本醸造醤油を足す』って言ってたのう。

 なんで異世界に酒粕や醤油があるんか? 分かりたいと思っても分からないので、りおなは『そのうち考えるのをやめた。』


 陽子が連れているタイヨウフェネックのソルとアイスを相伴してから、りおなは席を立ち辺りを見回す。


「ふわーーーー、ヒト多いわーー。でもみんな楽しそうじゃのう」


「社長と大叢部長がそろって退陣したからよ。

 みんな怖がって口には出さないし表面上は従ってたけど、本心では早く退しりぞいてほしいって願ってたでしょうからね」


「えーーっと、あんたは確か……」


「自己紹介はまだでしたね、私は安野あんの。今後ともよろしく。主だっては社長の秘書をやっていました」


 軽く驚くりおなに安野は話を続ける。


「とはいえ、仕事と言えば苦情処理係です。それから社長の愚痴を聞く係。

 だからといって、社長があんなふうにくなって喜べるわけではないですけどね。

 不幸中の幸いは、社長も大叢おおむら部長もあなたが直接手を下したわけじゃないですから。

 それに、あなたにはとても感謝しています。『ネスタフ』を殖やすこと。『荒れ地ウェイストランド』の開拓、開墾。

 それに能力を高め特技を習得させる、ウェアラブルイクイップの提供。

 この何日かだけでも挙げていけばきりがないです」


 りおなはネコ耳フードを目深にかぶりなおす。


 ――手放しでほめられんのはどうにもむずかゆいわ。


 ふと後ろを振り向くと、陽子が身長2mほどもあるクマのぬいぐるみに肩を揉んでもらっている。


「んーー、肉球ふかふかーー。おなかもっふもふで気持ちいいーー」


 言いながらクマのお腹に頬ずりして、合間にシャンパンを飲んでいる。


 ――なんか、子供なんか大人なんかよくわからん。


「説明を続けますね。

 でも、ソーイングレイピアは『縫神ほうしんの縫い針』そのものではないですし、あなたも人間の女の子。

 私たちもいつまでも、あなたにおんぶにだっこというわけにはいきません」


「あーー、その縫い針じゃけど、今どうなっとると?」


「今は黒ずんだ鉄の棒と同じです。そもそもスタフ族だけじゃなく我々グランスタフには手に余る代物でした」


「質問、その『ぐらんすたふ』ってチーフたち『業務用ぬいぐるみ』も同じじゃろ。

 さっき荒川ってヒトがウシのぬいぐるみから転生したって……」


「はい。りおなさんはこの世界の主な住人スタフ族がどうやってRudibliumに来るかはご存知ですか?」


「うん。たしか人間界、地球で可愛がられてたぬいぐるみに向けられた愛情、『心の光』がRudibliumこっちに転生するって。

 その可愛がられてた時の役割とか受け継ぐからいい子だけど、仕事させるにはあんまり向かない。

 んで、ゲームとかアミューズメントパークとかのぬいぐるみは転生されない。もしくは確率が低くて、テディベアとかが可愛がられんくなったけ、ヒトが少なくなっちょる。

 で、ソーイングレイピアで新たに創って増やす、と」


 そこまで話すと安野は大きくうなずく。


「対して私たちグランスタフはRudibliumにいた種族をさらに転生進化させた存在。といっても以前の記憶や技術は受け継ぎます。

 方法は、一般のスタフ族の胸のコア、『タブレット・ハート』と呼んでいる部分ですね。

 人間でいう心臓の部分に『悪意』を注入します」




 りおなは思わず息を呑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る