053-3

「お待ちしていました。ソーイングフェンサー。

 いえ、『縫神ほうしんの縫い針』の新たな主、大江りおなさん」


 Rudiblium Capsa本社の正面口で、りおなは芹沢以下大勢の本社社員から出迎えられた。

 入口の自動ドア前には左右に社員が整列し、一斉に最敬礼をしてくる。りおなはさすがに面食らった。

 芹沢に対して一言言う前に、当の芹沢が機先を制してくる。


「いろいろ言いたいこともあるでしょうが、まずは地下室へお越しください。話はそれからです」


 りおなのすぐ後ろにはチーフと陽子が控えている。

 そして、りおなのすぐそばにはエムクマとはりこグマがいた。それぞれ着ぐるみを脱いで物珍しそうにあたりを見回している。

 芹沢はクマふたりにも丁寧に頭を下げる。


「では、こちらへ」





   ◆




 Rudiblium Capsa本社地下にある、広いが特に調度品などもない無機質な部屋にりおなは通された。

 打ち放しのコンクリートの床にカーペットが敷かれ、白い布で覆われた二つの膨らみがあった。

 白色LEDに照らされた物言わぬ伊澤と大叢の身体を、りおなは無言で見つめる。

 そのまま布をめくろうとしたら、チーフと芹沢に同時に制止された。

 二人はそのまま無言で亡骸なきがらの布をめくる。目をそらしたかったがかろうじてこらえた。


 りおなは意を決しソーイングレイピアを構えた。溢れんばかりの光が無機質な部屋を満たす。

 そのまま切っ先を二人の亡骸に向け光を照射した。

 オレンジ色の光は亡骸を包むが、内部には吸収されることがなかった。

 だが、りおなは構わず光を注ぎ続ける。

 飽和した光は一気に弾けた。オレンジ色の光は炸裂音と共に部屋中に吹き荒れて、やがて消えた。


 だが、二人の亡骸はレイピアの『心の光』を注ぐ前と何ら変わりがなかった。がらんとした部屋が再びLED照明に照らされる。

 その下でりおなは肩を震わせて静かに泣いていた。涙が頬を伝い床に落ちる。

 チーフだけでなく部長や課長に陽子、それに芹沢や、五十嵐に三浦も、誰ともなく物言わぬかつての経営者と上司にこうべを垂れ、しばらくの間黙祷もくとうを捧げ続けた。




   ◆




「りおなさん、カプチーノでよかったかしら」


 りおなは椅子に座ったままカップを手に持ち、小さく目線で礼をする。

 今朝朝礼のあと呼ばれた会議室にりおなたちは再度集められた。

 メンバーはりおな、陽子それにチーフ、課長に部長。


 それからりおなが創ったぬいぐるみ、エムクマとはりこグマ。最後に陽子にくっついてきたタイヨウフェネックのソルだ。

 対して集められた面々に茶を給仕して回るのはトイプードルの顔を持つ女性型のグランスタフ、安野あんのだった。

 物腰が柔らかく、優雅な所作は知性と気品を感じさせる。


「じゃあ、クマさんたちはココアね。ほかに……そうね、クッキーでもつけましょうか」


 安野の申し出に、りおなの隣に座っているクマたちは大きくうなずいた。安野は退室するとき皆に一礼する。

 全員に茶が配られたところで芹沢は立ち上がって話を始めた。


「まずは、お礼を言いたい。

 我が社Rudibliumは社長の伊澤、それに社長の娘婿の大叢おおむらの二人により事実上の独裁体制を敷かれていました。

 ですが、今回『ミュータブルシード』、いえ『種』を悪用し大叢課長は結果的にその暴走に巻き込まれました。

 それと時を同じくしてわが社の代表取締役社長、伊澤が『種』を使役している地球から来た人間に――――」


 りおなは片手を挙げ芹沢の話を牽制する。


「んーー、そこいらの事情はわかっとるさけ、その続きから説明して」


 芹沢はうなずいて話を一つ進める。


「りおなさんには、開拓村だけでなくBoisterous,V,C、そしてゆくゆくはRudiblium全体を復興させるぬいぐるみ族、『ネスタフ』を創っていただきたい」


「ねすたふ?」


「ええ、便宜上名づけさせてもらいました。外見上は一般のスタフ族と同じですが、成長の度合いが一般のスタフ族と比べてはるかに速い」


「…………」


「それだけでなく、新たに新種族、新たなブリキ製、ゴム製、塩化ビニル製の『ネティング』、『ネラーバ』、それに『ネフィギ』。各種族を創り出してほしいのです」


 りおなは飲みかけのカプチーノを細かく揺すりながら話を聞いていた。


「全部名前に『』つけただけじゃろ。

 つーか、ソーイングレイピアは『縫う』専門じゃぞ。どーやったらロボットやらフィギュアとか縫えるんじゃ?」


 芹沢はその問いにに一つうなずく。


「もちろんブリキや塩化ビニールを縫うことはできません。

 ですが、ソーイングレイピアもう一つの大きな特徴、『心の光』を注ぎ込む能力『ビビファイング』を使えば、出来あいの人形にも生命を吹き込むことができます」


「なんじゃその『びびふぁいんぐ』言うのは。

 あんた色々名前つけるの好きじゃのう。

 だいたい、ロボ君に生命いのち吹き込むなんて――――」


 りおなは言いかけた言葉を途中で飲み込んだ。その話を今度は白衣を着た青年、三浦が引き継ぐ。


「できます。あれだけ大きなキュクロプスに生命を吹き込めたんですから、ほかの種族の素体にもできるはずです――――」


 説明しながらも三浦は、気弱そうにりおなと芹沢、そしてチーフの顔色を順番に窺う。


「りおなはゆっても普通のか弱い・・・・・・中学生やけん、そんなにあれやれこれやれって言われてもにゃーーーー」


 わざと大仰にふんぞり返るりおなを、今度は課長がとりなしにかかった。


「りおなちゃん、そう言わないの。

 芹沢君、もちろん今日の今やれってことじゃないでしょ? りおなちゃんは今日一日だけでも闘いの連続でで疲れが溜まってるんだから」


「ええ、そこはわきまえています。

 ただ後から『やっぱりやらない』などと言われては、こちらも当てが外れますのでね。しっかり言質げんちだけは取っておかないと」


 りおなが大きく息を吐いて天井を見上げる。その直後ノックの音が聞こえてきた。

 すると眼鏡をかけた白黒のぶち模様のグランスタフが会議室に入ってきた。

 体型からすると女性のようだが、黒のパンツスーツに作業用のジャンパーを上着代わりにして、足元はスニーカー履きだった。

 どちらかというと工事現場の監督のようないでたちだ。

 りおなも含めたほぼ全員が入ってきたグランスタフを眺めていると、ぶち模様のグランスタフが唐突に話し始める。


「失礼します。ああ、芹沢課長、ここにいるって聞いて来ました。

 あの『開拓村』ですか、すごいいいですねーー!

 いや私、北の農村部の出身じゃないですか? ああいう活気がある村とかって大好きなんですよねーー。

 念願のグランスタフになれた矢先になんですが、ああいうの見ると無条件に心が躍りますねえ」


 興奮冷めやらぬ勢いでまくし立てたあと、ぶち犬の顔を下グランスタフは我に返り会議室にいるりおなたちを見回す。


「あ、お取り込み中でした?

 あっ、ソーイングフェンサーのりおなさんですよね?

 すいません自己紹介が遅れました! 私開拓村の現地調査に行ってました、名前を荒川と言います。

 元はウシのスタフ族だったんですけど、念願かなってグランスタフになれたんですよーー!

 でもあんなに楽しそうに開拓するの見てたら、普通のスタフ族みたいに外で働くのもいいかなあって。


 あっ、そうだりおなさんが創った『ネスタフ』さん?

 それに『ウェアラブルイクイップ』を着けてるひとたち、りおなさんに会いたがってました!

 あのひとたち『りおなさんが戻ってくるまで開拓村を立派にするんだ』ってがんばってましたよ!

 あとそうだ! 『開拓村』と『ノービスタウン』の様子を撮ってきたんですよ! 良かったら見てください!」


 ――初対面で、テンション高いにゃあ。


 りおなは荒川の物おじしない様子に気圧されるが、それでも彼女が差し出すデジタルカメラを手に取った。電源を入れ画面をのぞき込む。


「……ある程度は予想しとったけど、なんじゃこの異常な発展ぶりは。

 りおなが見とらんうちにブルドーザーでも入れたんか?」


「どれどれ、見せてみて」言われるままりおなは陽子にデジカメを渡した。


「うわ、すごい! 私達出発したの二日前だよね? こんな開墾とかできるものなの?

 ……すごいね。みんな楽しそう」


 陽子が感慨深げにつぶやく。

 もう一度りおなはデジカメを見直した。

 『開拓村』はりおなが見た大きな木造の倉庫はそのままに、石造りの住宅が立ち並んでいた。

 道路は敷石とモルタルで舗装されている。りおなが最初に訪れた街『ノービスタウン』にそっくりだ。


 そのほか謎動物にすきを引かせて荒れ地を開墾する様子。

 ダンジョンから戦利品を持ち帰る冒険者。うわさを聞きつけて移住してきたスタフ族の様子が何百、何千枚と撮影されている。


 ――みんな楽しそうじゃな、生活が充実してるわ。日本のニートとかこっちに連れてきたらものすごたくましくなれそうじゃ。


 その様子は、デジカメの小さな画面からもはっきり見て取れる。りおなはまぶたの奥が熱くなるのを感じた。


「このビルの近辺とか、今泊まってる街が壊れちゃったのは確かに手痛いけど、それでもそんなにひどいマイナスじゃないんじゃない?

 少なくても、この世界でヴァイスフィギュアが造られるってのはもうないんだしさ。

 まずはりおなが勝ったんだからお疲れ会開くんでしょ? ね、チーフさん」


 陽子の提案にチーフは無言でうなずく。そこは芹沢も同意見のようだ。


「もちろん、皆さんの慰労もかねてパーティーを開きます。

 もう夕方7時ですが……社長や大叢部長の件はいったん保留にして、無傷なホテルと会社の予算を放出して祝勝会を開きます。

 具体的な打ち合わせは明日以降にしましょう」




 りおなが小さくうなずくとまたノックの音が聞こえてきた。


「ああ、打ち合わせ中か? もし立て込んでるようなら出直すが」


 ドアを開けてそうつぶやくのは、先ほど街中で会った五十嵐だ。

 見ると両肩に大きなクーラーボックスを二つも掛けている。


「いえ、もうだいたい済みました。ところでそのクーラーボックスはどうしたんですか?

 それに三つも」


 りおなが五十嵐の後ろに視線をやると、そこにもキャリートランクタイプのクーラーボックスがあった。どれも20リットルは余裕で収納できる大型のものだ。


「なんじゃあんた、漁師さんと地引網でもしてきたんか?」


「何の話だ? 俺はお前との約束を果たしに来ただけだが」


 五十嵐はりおなの前でクーラーボックスを開ける。

 中には保冷剤と、霜の降りたステンレス製の円柱型の容器がぎっしり詰まっていた。クマたちもつられてクーラーボックスをのぞき込む。


「…………えーーっと、これは?」


「模擬戦の最中に約束しただろう?

 お前が食べたがっていた『甘酒アイス』だ。

 凍らせる前に甘酒を混ぜ込んだのと、バニラにフリーズドライの甘酒を砕いたもの。

 それに酒粕ペーストを混ぜたもの、合計三種類作ってきた。

 それと持ってきてはないが、俺が普段作っているフレーバーは合計で32種類ある、遠慮なく食べろ」


 そのやり取りを見ていた陽子が片手を挙げる。


「あのーー、たしか酒粕ってなんだっけ、あの白い塊……もろみ、だったっけ? あれから日本酒を絞った物でしょ? アルコール結構入ってるんじゃ……」


 それに対して五十嵐は「心配いらん」と言い切る。

「詳しい説明は省くが、酒精アルコールはちゃんと揮発させて100%飛ばしてある。大江りおな、それにクマたちも安心して食べていいぞ」


 力強く言い切る五十嵐に対して、りおなはゆるゆると両手を挙げた。




「…………やったーーーーぁぁぁぁぁ…………」

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