053-2
「ふいーーーー、まだあちこち痛むけんどだいぶ落ち着いたわ。
んで、これからどうするっと?」
りおなは陽子が作ってくれた、グラスファイバー製の簡易型のソファーに座って栄養ドリンクを一口飲む。
巨大な人型ロボットのキュクロプス、悪竜アジ・ダハーカ、そしてRudibliumとは別の異世界のテクノロジー『種』との連戦を経たりおなは、肉体的にも精神的にも疲弊しきっていた。
そこで一般の女子中学生には全く縁のない、ドリンク剤に頼ることになったわけだが―――
「んげーーーー、おいしくない。
『しゃちく』……じゃったっけ、サラリーマンとか締め切り前の漫画家とかラノベ作家はこんなのに頼っとんのか? 大変じゃのう、心中察するわ。
んじゃチーフ、あんた方の社長のとこ行こか」
りおなはドリンク剤を飲み干した。チーフは無言で手を伸ばし空き瓶を受け取る。
その発言に三浦が驚いた。
「えっ! 今からですか!? 駄目ですよ、まだ休んでなきゃ。
それに今の社長は……」
「暗黒攻撃じゃったらこのヨロイ着とれば大丈夫じゃ。それに、本社のこと放っておくわけいかんじゃろ」
りおなは遠くの本社ビルに目をやる。
そこには聳え立つ尖ったビルの上に、黒い雲が渦をなして立ち込めていた。
ほどなくチーフの携帯電話から着信音が鳴る。
【はい、富樫です。ええ、います。
りおなさん、電話ですがよろしいですか?】
「うん、いいけど、誰?」
りおなは、携帯電話を差し出すチーフの表情で通話相手を察した。
無言でうなずき携帯電話を受け取る。
【もしもし、なにかあったんけ? りおな今疲れとるけん、後にして】
【いや、疲れているのはわかっています。ただ、こちらとしても余裕のない状態で、早急に手を貸していただきたい】
通話の相手は芹沢だった。普段より声が硬い。緊迫した状態というのが短いやり取りでも分かった。
【ほんの数分前だが、Rudibliumの社長、伊澤が
その言葉で弛緩していたりおなの身体に緊張が走る。
【誰に? どうやって?】
【キュクロプスを操っていた女性です。『ミュータブルシード』、いやあなた方風に言えば『種』か。それを大挙させて本社ビルが襲われました。
社員全員を人質に取られては為すすべもない。社長室に案内させられた上で『縫神の縫い針』が奪われかけました】
りおなは身を固くして芹沢の話に耳を傾ける。
【だが、不幸中の幸いというべきですね、彼女自身がRudiblium以外の異世界の能力を持っていたため、縫い針は奪われずに済みました。
その代わり―――】
芹沢はいったん言葉を区切り、話を続けた。
【伊澤が持っていた、いや身体を蝕んでいた『悪意』を全て吸い尽くされました】
【それなら身体は治るんじゃなかと? なんでやられるん?】
【正確に言えば『悪意』に侵蝕された身体の
特に我々グランスタフの
【……それで、吸い取った相手はどこ行ったと?】
【そのまま空間に
そうだ、りおなさん。あなたに
【ことづて、なんじゃろ?】
【言伝、というか独り言ですかね。『ソーイングフェンサー、今度逢う時は……』、誰に言うともなくそうこぼしてました】
【そりゃ、ことづてじゃなく捨てゼリフじゃろ。
わかってるくせにわざわざ言い間違いしやがって。
まあ、そこは今いいや。今からそっち行っちゃるけん 待っちょって。今後のことも詰めとかにゃいけん部分もあるし】
【はい、そう言っていただけると助かります。ではお待ちしてますので、よろしくどうぞ】
通話は切れた。りおなは携帯電話をチーフに返す。
「んじゃ行くか、チーフ車出して」
チーフは無言でうなずき青い車を出す。
「りおなさん、本当に行くんですか?」
三浦はおろおろしてばかりだ。
車のドアを開けながらりおなは誰に言うでもなくつぶやく。
「全然行きたくない。
でも後回しにしたらさらにめんどくなるさけ行く。
……今のりおなはりおなであってりおなではにゃい。
ほんとうのりおなは今あったかいふとんの中でおかし食べながらゲームやって――――」
不意に『ガン』という大きな音がした。。音と共にりおなは大きくのけぞる。
その音に驚いた全員が(キュクロプスも含めて)りおなに目をやった。
りおなは首をさすりながらトランスフォンを耳に当て小さくつぶやく。
「……ふぁーすといしゅーいくいっぷどれすあっぷ」
◆
「ふーー、なんだろね。いじわるっ子がおもちゃ箱をひっくり返して暴れたらこんな感じになるのかな」
一行は商業都市Boisterous,V,Cに一行は到着した。
ヨツバイイルカのヒルンドから降りた陽子が思わず漏らした一言に、巨大なロボット、ヒュージティング種のキュクロプスはひどく
巨体に似合わない俊敏な動きでりおなたちから離れ、ビルの陰に身を隠す。
「あ、ごめんなさい。別にあなたを責めたわけじゃないから!」
陽子が大声を張り上げてキュクロプスをなだめにかかる。
だが、頭頂高18mの機体は怯えたようにビルの間から出てこない。その様子はいたずらが露見した幼児のようだ。
街中にはビルや地下道に避難していた多数の住人たちや、警察署や消防署の衣装を着たビーバーやヌートリアのぬいぐるみが作業をしていた。
それに大柄なブリキ人形、ティング族たちが現れ自発的に車道の瓦礫を撤去したり破壊されたビルの周りに立ち入り禁止区域を設営している。
だが、りおなたちを見かけると一様に作業の手を止め物陰に隠れだした。
――んんーーーー? りおなのこと避けとるんか? んや違うか、りおなと戦ったキュクロプス見てみんな怯えとるんか。しゃあないったらしゃあないけんど。
住人たちの警戒心は主だって街を破壊したキュクロプスに向けられたものらしい。
キュクロプスからは『悪意』が発生していなかったため、嫌悪感や恐怖心こそなかったが、街を破壊した巨大ロボットが街中を歩いている。
――まああんだけ暴れまわったから街のみんなが警戒するんは当然か。
「どうやら『種』に身体を操られていた時のことは覚えているようですね。
しかし、どうなだめたものか」
チーフが思案していると、りおなたちに影が差した。見上げるとアイボリー色の体長6mのクマがいつの間にかそばに来ていた。
「おお、メガはりこグマ。いい子でお留守番しちょった?」
りおなが手を振るとメガはりこグマも手を振り返す。その様子にりおなは腕を組んで思案する。
「そうじゃ、あっこにおるロボ君呼んで来てくれん? なんかヒト見知りするみたいやけん」
言われたメガはりこグマは、小首をかしげたあと大きくうなずいた。
わかった。
重心が高いためかよちよち(?)と歩いて、体長6mのメガはりこグマは頭頂高18mの巨大ロボットを見上げる。
対するキュクロプスは、メガはりこグマに怯えてさらにその場を離れようとしていた。
「あーー、メガはりこグマ。そのおっきいロボットに肩車してもらって」
その言葉にキュクロプスだけでなく三浦も驚いたが、当のアイボリーのクマはりおなにうなずきを返しキュクロプスに向かって両手を伸ばした。
かたぐるま。
◆
「……いやーーしかしさすがにおもちゃの国だねーー」
「……おもちゃの国じゃねーー」
陽子はキュクロプスとメガはりこグマの様子に、目を細めてつぶやいた。りおなもそれに同意する。
巨大だが、もふもふして全体に丸っこいクマのぬいぐるみ。
そしてそのクマを肩車するさらに巨大で鋭角的なデザインのロボット。その様子はテクノロジーが進んだ日本でも、まずお目にかかれないシュールなものだった。
ソーイングレイピアの能力で、生命を吹き込まれたキュクロプスの歩みは驚くほど静かで軽い。
言われなければ重量43tだとは誰も気づきもしない。
そして静かな歩みのわりに移動するスピードは恐ろしく速い。ほんの数歩で幹線道路の遥か向こうまで進んでいた。
「それにしても、歩くの速いにゃあ。りおなも乗っけてもらえばよかった」
「身長18mですからね。単純計算でも180cmの成人男性の100倍歩幅がありますから」
「はーーーー、アニメのロボットと同じサイズなんじゃろ? そんなサイズのんと――――」
りおなは言いかけた言葉を途中で飲み込む。スタフ族たちにてきぱきと指示を与えているグランスタフの中に見覚えのある顔がいた。
「あっ、『バトルマスター』。作業お疲れさま」
声をかけられた大柄なグランスタフ五十嵐は、相変わらずの仏頂面でりおなに返す。
「誰のことを言ってるんだ? まあいい、キュクロプスを止めてくれたことは礼を言う」
白いヘルメットに作業着姿の五十嵐は頭を下げた後、あごで遠くにある巨大なビルを示した。
「芹沢がそこで待ってる。話を聞いてやってくれ」
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