053-1 復 興 reconstruction
「まーーーーったく、ゲームのボス戦でもこんな長く戦ったことないのにーー。
もーーーー、疲れたにゃーーーー」
りおなはソーイングレイピアを持ったまま、大きく伸びをしながら深呼吸をした。
――うん、やっぱし空気が違う。
『悪意』で きちゃなくなったいがらっぽさがなくなっとる。山にハイキングに来たときみたいな甘い匂いがするわ。
遠慮なく肺一杯に空気を送り込む。
「お疲れ様でしたりおなさん。がんばりましたね」
「おうよ。
……聞きたかないけど、まだやることあるんじゃろ」
目を細めて尋ねるりおなにチーフは神妙な面持ちで返す。
「ええ、本社幹部の大叢が……あんな形になりましたからね。社長の伊澤がどう動くか。
それに――――」
チーフの話を遮るようにトランスフォンの着信音が鳴る。知っていた番号からだったのでりおなはすぐに出た。
【はい、ええ、なんかあったと?】
りおなは通話相手の言葉を無言で聞いていた。視線を遠くに向けたまに小さくうなずく。
【んーーーー、了解。もしなにかあったらお願いするわ。
ただ、できる限りりおな一人で
言いながらりおなはトランスフォンを閉じた。
「りおなさん、今のは?」
「うーーーーん、どうゆったらいいんじゃろ、定時連絡……かな?」
りおなが言葉を濁していると、バタバタと足音がする。白衣をなびかせて走ってくるのは、成り行きを見守っていた三浦だ。
「すごいです! キュクロプスだけじゃなくあんな巨大なドラゴンまで圧倒するだなんて!
りおなさん! あなたは本当に何者なんですか!?」
しっぽがあったらちぎれんばかりに振っているであろう三浦の態度に、りおなは
「んや、ちょっとはしゃぎすぎじゃって。ゆってもあんたがたが創ったもんじゃろ?」
りおなは今しがたまで戦っていたヒュージティング種、キュクロプスをあごで示す。
「これ壊しちゃったら、あんた上司に叱られるんじゃなかと?」
「いえ、芹沢課長からは『キュクロプスには悪いがソーイングフェンサーの戦闘スペックのデータを取るには絶好の――――』」
言いかけて三浦は口をつぐんだ。少しの間気まずそうにしていたが話を続ける。
「……ですが、
「全部『種』のせいじゃ。それよりもこのロボ君治されん?」
「治す……ってソーイングレイピアでですか!?
む、無理ですよ! だってスタフ族や布と綿で創られたぬいぐるみならともかく。
キュクロプスはGummi chalybs……いえ、ゴムの柔軟性を持つ合金、スティールラバーで創られてます!」
「そーいう常識的な意見は聞いていらん。ダメもとでやってみるわ」
言いながらりおなは、ヒーラーイクイップにイシューチェンジした。
ソーイングレイピアの柄を眉間に当て、強く念じると
そのまま切っ先を鋼鉄の巨人に向けた。
太い帯のようなオレンジ色の光が照射され、煤けた金色の機体がオレンジ色に染まる。
全身が光に染まるとほどなく太い指、マニピュレーターが土を掘り起こすようにピクリと動いた。
驚く三浦をよそに、りおなは『心の光』をキュクロプスに注ぎ込み続ける。
ものの3分もしないうちにキュクロプスは立ち上がり、あたりを見回しだした。
それが済むと、無言のままりおなに向かい
「そんな、あり得ない! 生命や魂をもたないキュクロプスが自分で動き出すなんて……」
「それを可能にするのがソーイングレイピアの能力です。
最初の頃ならまだしも、りおなさんは
とはいえこれほどの巨体に生命や魂を吹き込むとは」
チーフが感慨深げに三浦に告げる。
「んーー、このロボ君
「えっ!」
「いえ、これはティング族の一種ですからね。『種』の影響で破壊された街の改修工事に加わってもらったほうがいいですね」
「そうじゃな。
んで、これからの予定はどうなるじゃろ。
一応部長は戻ってきたけ、帰ろうと思えば帰れるけんど……」
りおなは上目遣いでチーフの顔色を伺う。
「……形としては一時帰宅ということになりますかね」
顔をほころばせるりおなにチーフは続ける。
「ただ、伊澤、いやもとい社長がどう動くか。
それに――――」
チーフの話は途中で遮られた。辺りにはまた言いようもない圧迫感が広がる。
りおなは反射的に身構えた。
「ふう、こっちと話つけんと安心して帰れんか」
「な、何があるんですか?」
三浦はおののきながらあちこちを見回す。漠然とした恐怖はあるようだが明確な『悪意』の方向を感じるのは難しいらしい。
「あんたはきょろきょろせんで。かえって落ち着かんちゃ」
言いながら、りおなは三浦の顔の真横をレイピアで一気に突いた。
当の三浦は、すぐには何が起こったか理解できず立ちすくむ。
「全く、今さら誰かをヴァイスにしたところで何とかできるわけないじゃろ」
三浦が突き出された剣針に目をやると、そこには串刺しにされた『種』があった。りおなは上を向いて叫ぶ。
「もうわかったじゃろ!? ヴァイスでは り……私には勝てんけん、おとなしく引き下がって!!」
数瞬の間が空いたのち、『声』があたりに響いた。
『そうね、アジ・ダハーカを撃退できた実力は素直に認めるわ。でもね』
りおなの周囲に『種』がいくつも飛来してきた。ある程度距離を置きりおなを取り囲む。
『発想を変えるわ。あなたに『悪意』を注入すれば済む話だから――――』
りおなは姿勢を低くして駆け出した。間髪を入れず十数個の『種』がりおなを追う。
『逃げ切れると思うの? この『ミュータブルシード』の群れ相手に。
せいぜい無駄なあがきを続けることね』
「……言われんでもそうするわ!」
りおなはトランスフォンを耳に当て何事かつぶやく。背後に『種』が迫りくるが、りおなは振り向きもせず一刀のもと斬り捨てた。
そのまま海岸近くまで一気に駆け抜ける。そして迫りくる『種』を斬りつけていった。辺りには『種』の残骸が散らばる。
『そこなら有利って思ったの? でもそれは勘違いよ』
りおなは次々に『種』を切り伏せるが、その端から新手が続々と現れる。りおなは逃げつつもレイピアで応戦した。
『これでチェックメイト、ね』
りおなは走り抜ける勢いのままソーイングレイピアを構え魔法の文言を唱える。
「トリッキー・トリート、グミ!!」
立ち止まり、剣針を下に向けさらに文言を唱えた。
「トリッキー・グミ、アソートショット!!!」
色とりどりの魔法弾が岩や砂に直撃した。
辺りは砂ぼこりで煙り、砕けた岩のかけらが落下する。
数秒も経たずりおながいた場所は岩で埋め尽くされた。
りおなは、砂埃で視界が悪い状態を利用してその場を離れる。が、それすら見越して『種』は先回りを図っていた。
『種』、そしてりおなの頭上を黒い影が横切る。陽子の駆る空飛ぶイルカ、ヒルンドだ。陽子はグラスクリスタライザーを構えている。
陽子が撃ちだした紡錘形の砲弾が岩肌に当たると周囲は再び白煙が舞う。
その周りを無数の『種』が飛び交っていたが、それぞれが腹部の針を長く伸ばした。何かを発見したように一か所に一斉に集まる。
「……がはっ!」
りおなは小さくうめいた。『種』は粉塵が舞う中にある人影の至る所を刺し貫いている。
『人を卑怯者呼ばわりした報いよ。
まあ、あなたなら死ぬことはないでしょうけど、しばらくは『悪意』に苦しむことになるでしょうけどね』
りおなはうずくまりながら『声』に返す。
「せっかくじゃけど、そうはならんわ」
そう答えるりおな本人には一体の『種』もまとわりついていなかった。
代わりに
「
トランスフォンを耳に当て、声を振り絞った。
「ダークナイト・イシューイクイップ、ドレスアップ!」
『……なっ?』
初めて『声』に狼狽の色が混じる。りおなの身体を濃紺の煙がまとわりついた。
『まさか、『悪意』を身にまとっているの!? ……そんなこと、ありえない……!』
煙が切り裂かれてあたりに散ると、そこから黒い甲冑に身を包んだりおなが現れた。
「思ったほど重くはないけんじょ、やっぱり印象悪いにゃあ」
りおなはフリンジつきの兜の端を触る。赤銅色に縁どられた頭を覆う兜は口を開けた爬虫類の顔のようにも見えた。
「反撃開始じゃ」
りおなが左手を前に出すと、一振りの日本刀が現れてりおなの左手に収まる。
「これが暗黒剣か。ぱっと見普通の日本刀じゃけんど」
言いながら、りおなはソーイングレイピアを空中に向ける。
「ウェブ・ショット!!!」
レイピアの切っ先から黒光りする糸で編まれた網が現れた。『種』がよける間もなく投網のように糸の網が広がる。
十数個の『種』はすべて光の網に捕らえられた。
そこへチーフと三浦がりおなの近くまで駆け寄る。
「この『種』、いくら刺しても使い手にはダメージないんじゃろ?」
りおなはチーフに確認する。
「ええ、ソーイングレイピアでも難しいでしょう。
ただ、暗黒、『闇』の力なら、その限りではないはずです」
「なるほど」
りおなはソーイングレイピアを地面に突き刺し、日本刀を上段に構える。
「見えとるじゃろ?
こうなったら話し合いで解決できるとも思えん、売られたケンカじゃ、きっちり
なにより、おもちゃの世界をあちこち壊したうえに『悪意』まき散らしてタダで済むと思うな」
りおなが構える刀身からは赤黒い光が溢れ出した。『種』は一斉に逃げようとするが光の網はびくともしない。
無言のまま剣閃が『種』に振るわれた。衝撃が乾いた大地を一直線にえぐる。
『……――――――――ッ!!!』
声なき悲鳴が大地に響き渡る。三浦は耐えきれず耳をふさいだ。
辺りに静寂が広がると、りおなはレイピアを引き抜いて大きく息を吐いた。
「どうやら、退散したようじゃのう」
そこへ陽子が駆け寄る。
「お疲れさま、りおな。頑張ったね」
「うん、あのガラス分身のおかげで隙が作れて助かったわ。
……あいててててて」
りおなが日本刀を落としてうずくまった。
「りおな? どうしたの!?」
「今しがた『種』に放った暗黒剣の影響でしょう。
『悪意』を波動にして放つこの技は威力こそ絶大ですが、代償に全身の痛覚に相当の刺激を与えます。
しばらくは筋肉痛のように動けなくなりますね」
「なっ! そんな危険な技をどうして使ったんですか!?」
三浦はりおなに対して驚いてばかりだ。
「んーーーー、あんたがたの街とか壊されてたけのう。
やりたくはなかったけんど、あれくらいせんと向こうも引き下がらんじゃろうと思って。
それに自分の手ぇ汚さんで好き勝手するやつ、りおな好かんけん。今度直接会ったら往復ビンタしちゃる」
痛がりながらも虚勢を張るりおなにチーフが進言する。
「りおなさん、お疲れさまです。
肉体の苦痛は時間がたてば自然に治ります。後遺症などはありませんが今しばらく我慢してください」
「チーフさん、それはないんじゃない? りおなは一生懸命戦ったんだから。
りおな、身体大丈夫? 背中とかさすろうか?」
陽子の申し出に、りおなはわなわなと手を伸ばして しゃがれた声を出す。
「ワ……ワシはもう駄目じゃ……
時にとしえさん、もう十時じゃが朝ごはんはまだかのう?」
陽子は肩をすくめて息を吐いた。
「大丈夫そうね。
ね、チーフさん。
りおなの体力回復させる
「ええ、戦いが終わった後に飲んでもらおうと思って……服用するタイプの物を用意しています。
りおなさん、良かったらお飲みください」
チーフから受け取った物を見たりおなは
「うがーーーーーーーー!!!」
と叫び甲冑姿のまま大地にゴロゴロと転がる。
りおなの手には、日本のドラッグストアで普通に売られている、金色の紙の箱に入れられた、非常に高価な栄養ドリンク剤が握られていた。
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