046-1 逃 行 runaway
「まずは、状況整理と私たちがやるべきことを確認しましょう」
りおなたち一行はRudiblium本社の地下
課長が速足で歩きながら一行に話し始める。念のためゴールデンレトリバーの
「
部長たちは車で本社の周辺を逃走中。大叢に味方がどれくらいいるか解らないけど用心するに越したことはないわね。
で、本社のゲートは出入管理を行っていて車や徒歩での脱出はほぼ不可能。こんなところかしらね」
「まずはぬいぐるみたちの安全確保、そして部長と合流ですかね、その後で大叢と直接対決する。大まかな流れはそんな所です」
課長の話をチーフが引き継ぐ(相変わらず身体の色がチョコレート色以外は普段のチーフそのものだ)。
「最初に本社ビルに、りおな一人で乗り込むのはどうかのう? 短期決戦で
問題を簡単にというか、やるべき事があったら一気に片づけたがるりおながひとりごちる。
「それだと、かなりの確率で本社勤務の者、あるいは出入りしているスタフ族、グラン・スタフたちがヴァイスの被害に遭います。
それに、五十嵐からもらったのも含めて新たな|
本社や周辺企業の者が結託して大叢に加担する事態も無くはないでしょうが、可能性は低いでしょう」
「んー、それはなんで?」
「ここの者たちは自分たちを『
油断は禁物ですが大叢に協力する者がいても、ごく少数でしょう。
ここで焦りは禁物です、ひとつずつ丁寧にこなしていけば不測の事態にも対処できます」
「あーー、その不測の事態だけど、
陽子の問いにチーフが答える。
「どうでしょうね、Rudiblium本社勤務の者の人事は、今現在の経営者伊澤の思い付きが多いです。
大叢が変貌したのは突然の部長昇進と何か関係あるのかどうかは、情報が少ないためこれと断言はできませんね。
一つはっきりしているのは、現時点で大叢を放置するわけにはいかない。そのためにも――」
突然頭上から耳をつんざくようなサイレンが響き渡った。不快な警戒音は高層ビルを乱反射して、聞く者の不安感を否が応でも募らせる。
サイレンが止むと、本社ビルから威圧的なアナウンスが聞こえてきた。
【Rudiblium企業都市にいる極東支部皆川部長。並びに寺田課長、富樫主任、それから人間界よりやって来た変身アイドル、大江りおな。
最後に人間界で創られたぬいぐるみ、はりこグマ。
以下5名は速やかに本社に出頭するように。
30分以内になんの動きも見られない場合は、皆川部長とその孫ふたりを私がが直々に追跡、捕縛する。
なお情報提供してくれる者には本社勤務、並びに昇進を約束しよう。
ちなみに捕縛すべき皆川部長に関しては、Rudibliumの監視カメラで随時補足している。うまく逃げないとあっという間に捕まるぞ。
さあ、ゲームスタートだ。せいぜい私を楽しませてくれ】
一方的にアナウンスが切れた。それとほぼ同時に表を通る者や車は目に見えて減っていく。
ほどなくRudiblium本社近辺はゴーストタウンのように閑散としだした。曇天模様の空と相まって非常に寒々しい風景だ。
陽子はあたりを見回しひとりごちる。
「これが、パニックものとかデスゲームものだったら、密告されて私らあっさり捕まるんだろうけど。
さすがにぬいぐるみとかおもちゃの世界だねえ。悪いことには関わらないか。
じゃあ、私は街の外れに行ってみんなをえーと、ぼいすてれ……」
「Boisterous,V,Cですね。そこへ皆さんを避難させてください。ホテルには連絡を入れてあります」
「わかった、行って来るね」
陽子はドーム状の小箱、『ポータブルシェルター』を腰のポーチに入れる。
質量保存の法則をある程度無視して、生命を持つぬいぐるみなどを多数取り込めるRudibliumの特殊技術の産物だ。
大叢が地下研究所に来てすぐ、ぬいぐるみたちに安全を確保するために、Rudiblium側が要求するぬいぐるみ以外はすべて収納しておいてある。
「それじゃあね、はりこグマ」
別行動を取る陽子に対し、アイボリーのクマは陽子を見上げて、右手をまっすぐ突き出す(どうやら親指を上に向けるサムズアップのつもりらしい)。
「じゃあ、りおな気をつけてね」
陽子はそれだけ告げるとわき目もふらず駆け出した。
りおなは改めてチーフに確認する。
「んじゃあ、まずはこのはちゃんもみじちゃんと合流するか、
「りおなさん、部長もです」チーフのツッコミにりおなは真顔で
「わかっちょる、言ってみただけじゃ」
りおなはチーフのスマートフォンを覗き込んだ。現在地点、本社ビルを背にして移動するオレンジ色の点が三つある。
「これが部長たちですね、大叢のアナウンスが今現在有利に働いています。車道に車両型のティング族がいないため、直線上では距離を稼ぎやすいはず。
反面走行中の車両が少ないので目立つのもまた事実ですね。
我々も車両で部長たちと接触し三人の安全を確保しましょう」
チーフが言い終わるのとほぼ同時に、本社ビルの方向から爆音のようなエンジン音が聞こえてきた。
りおな、チーフ、課長は反射的にビルの間の細い路地に身を隠す。
そこへ真っ赤なスポーツカーが現れた。運転しているのは大叢で、時おり助手席を覗きこんでいる。
エンジン音が灰色のビル街にこだまするが、スピードは全くといっていいほど出ていなかった。
「恐らくギアを
チーフの指摘通り真っ赤な車は空ぶかしとも思えるくらい、エンジン音を響かせていた。
だが、駐車場内を進むような速度で徐行していた。りおなはその様子を路地で見ながら大きくあくびをする。
少ししてギアチェンジをしようとしたのだろうか、少し停まった。
かと思うとカム同士を削りあうかのような、全身が
「あれはクラッチペダルを踏まずにギアチェンジした音でしょう」
チーフはタブレット端末に目を落としながら、冷静にツッコむ。
エンストした車から苛立ちを隠さないようなイグニッションが鳴り車は再び猛然と進みだした。
「まだ、15分も経っちょらん、かなりのフライングじゃな。
運転は陽子とどっこいじゃのう。『君の運転技術のせいで島全体に混乱と遅れが生じたぞ!』」
りおなは襟元を正すジェスチャーをする。
「……なあ、どーしても先回りして追っかけにゃいかんか? 助手席にスマホでも置いてんのかよそ見してたし。
しばらくほっときゃどっかガードレールか信号に突っ込むんじゃなかと?」
「まあその可能性も無くはないけど、まずは五十嵐からもらったステンシルで
りおなたち三人は幹線道路を離れ、今朝立ち寄った雑居ビルへ急いだ。
「ああ、富樫さんたちか。何か大変なことになったな」
朝、新たなイシューつくりをするとき場所を提供してくれた、雑種犬の顔のビルのオーナーがりおなたちを
「いつもってわけじゃないが、社長がたまにこういう悪趣味なゲームをするんだ。
なあ富樫さん、あんた本社勤務に戻らないのか? こんな事が続くようなら本社近辺で勤めるなんてデメリットしかないしな。
あんた昔
「どうでしょうね、ただこんな妙なゲームは今日にでも終わらせたいです」
チーフが言い終わるのとほぼ同時にりおなは新装備を創り終えた。トランスフォンを操作し一旦虚空へ収納する。
「……んじゃ試しに着てみるわ、着たくないけど。『ギミック・ミミックス・イシュー・イクイップ、ドレスアップ』!」
文言を唱え終わるとりおなの服は瞬時に変貌を遂げた。りおなは自分の身体を見回す。
「……
「ええ」
「んで、今回は……ツナギかい! 魔法と関係無くね!?」
りおなは両手を広げて大仰に叫ぶ。今の彼女の姿は全身が作業用の青いツナギにインナーは黒のタンクトップ。
腰には工具が何本も刺さった革のベルト、足元は爪先を鉄板で補強した安全靴。
手には分厚い手袋に、頭にはピンク色のヘルメットにゴーグルが乗っている(ヘルメットの輪郭は申し合せたようにネコ耳だ)。
何も知らない者が見たら工事作業員ののコスプレをした女子中学生だと思うだろう。
りおなはツナギのジッパーを乱暴に下ろし袖を腰の上で縛る。
ヘルメットのあご紐を伸ばし切って首の後ろにかけ、ゴーグルは首の前にかけた。
「りおなさん、気持ちは分かりますが、ここはこらえてトランスフォンを操作してください。ギミック・ミミックスの特殊能力が確認できます」
りおなは唇を突き出しコンパクト型の携帯電話を操作する。
――なんでこの型紙がダンジョンで見つかって、ヴァイスフィギュアやスタグネイトの特殊能力が魔法として使えるようになんのか全く解らん。
もし責任者がいんなら、なんでこのデザインなんか納得いくまで問い詰めたいわ。
心の中で文句を言いつつ【ギミック・ミミックス】という項目を開いた。
りおなが今まで戦った、ヴァイスフィギュアやスタグネイトの名前が表示される。
「『フロッグマン』を選択してください。『ギミック・ミミックス』はヴァイスやスタグネイトをセットすると対応する技を使えるようになります」
言われるままタップするとフロッグマンを装備したらしく、トランスフォンから効果音が鳴りりおなの装備が淡く光る。
そしてトランスフォンの画面に『アブソーブ・リム』と『ハイジャンプ』が右部分に表示された。
「このハイジャンプはなんとなくわかるけんど『あぶそうぶ、りむ』ってなに?」
「まずは両手を、次に足を壁につけてください」
不審に思いつつも、りおなは革の手袋をはめた両手を事務所の日焼けした壁に押しつける。一旦つけた両腕は壁から離れなくなった。
「んんっ?」
剥がそうとして今度は足を壁につけると今度は足が壁から離れなくなる。
「むうーーーー」
「
貼りつきや解除は、りおなさんが意識すればそのつど行われます。
ソーイングレイピアと組み合わせればさらに立体的な移動ができますね」
少しの間りおなは壁を上に登ったり床に対して平行移動などをしていたが、30秒もしないうちに床に下りた。
下を向いてため息まじりに一言つぶやく。
「地味」
「まあこういうのは使い方次第よ。『ハイジャンプ』と組み合わせればこの周辺だとビルとかを使った立体的な戦い方ができるわ」
「それなら、赤と青の顔までかぶる全身タイツ用意せんと。それに遺伝子操作したクモ用意して」
りおなが軽口を叩いていると、雑居ビルのオーナーが大皿にたっぷりと盛られたサンドイッチを持ってきた。
「あんた方、立て込んでて昼飯食べてないだろう? 富樫さんに連絡もらってからコンビニで材料買ってきて作ったんだ。
よかったら食べてくれ、ありあわせで悪いがな」
よく見ると事務所の簡素なキッチンで作ったのだろう。テーブルやガス台に散乱している調味料や調理用品が、悪戦苦闘しながら作ってくれた様子を物語っていた。
「ありがとう、んじゃ遠慮なく」
サンドイッチを見た途端、自分が空腹なのに気づいた。
りおなはヘルメットとゴーグルを外し合掌して、サンドイッチに手を伸ばす。
ハムチーズに辛子マヨネーズ、スクランブルエッグにトマトにレタス、ベーコンなど簡素ながら親身になって作ってくれたのが分かった。チーフや課長も大皿に手を伸ばす。
「ごちそうさま、おいしかったです」
冷えた麦茶を一息に飲み干すと、りおなはまた大皿に向かって合掌する。表からはエンジンのひび割れたような音が響いていた。
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