045-3

「ふう……解った、俺の負けだ」

 五十嵐が剣を二本そろえて持ちりおなに一礼する。


「なんでもいいんじゃけど、降参すんならもっと早くにしてほしいわ」

 りおなはエアーソフト剣の柄と剣先を持ち、大きく伸びをしながらつぶやくと、闘技場の外の空気がようやく弛緩した。


 りおながタクティカルベストから『ギミック・ミミックス』のステンシルを奪ってから数分間、五十嵐はさらに猛攻を仕掛けてきた。

 息つく間もなく攻撃を剣で受け止め、かわし、隙を見て攻撃、と繰り返していたが、ほどなくりおなの方はれてきた。


 りおな自身も戦闘中に気付いたことだが、キンクテイル・メイスを打撃攻撃ではなく一瞬だけ本来のネコのしっぽのようにしならせることができる。

 それを把握してすぐ相手のエアーソフト剣を二本同時に打ち払った。


 五十嵐はそれでも動じず蹴り技を見舞ってきたが、そこへりおなはカウンター気味にネコキックで応じる。

 直撃こそしなかったが繰り出された蹴りは、またしても闘技場を囲うガラスに当たり、今度は直径1mほどの穴を開けてしまった。


 もともとりおなの力量を見極め普段の職務、スタグネイト調査の鬱憤うっぷんを晴らしたかった五十嵐は、満足したのかりおなに背を向け剣を拾いに行った。

 そして負けを認めたというのが事の次第になる。


【二人ともお疲れさま、こちらとしても貴重なデータが十分に録れた。

 もう昼過ぎだ。皆さん食事にしましょう。いいものを見せてもらったお礼だ。

 そちらのお昼は全部こちらで奢らせてもらいますね】


 芹沢のその一言で、りおなが創ったぬいぐるみたちは大いに沸き立つ。

 陽子が抱えていたアイボリーのクマは、喜ぶあまり手足をばたばたさせて陽子の身体をよじ登った。


「これで、ステージ1クリアーってこと? チーフさん」


「ええ、まだ油断はできませんが」

 チョコレート色に体毛の色を変えているチーフが返す。


「ごめん、またガラス割っちゃった、直してくれる?」

 りおながガラス越しに両手を合わせ陽子に頼む。


 陽子は抱えていたクマをチーフに預けると、陽子はグラスクリスタライザーを取り出し、りおなが破ったガラス壁部分に近づく。


 その時、地上階に通じるエレベーターが開いて、中から背の高いグランスタフが現れた。

 灰色の猟犬の顔を持つグランスタフは靴音を高く鳴らし芹沢に近づく。


「どういうことだ? 芹沢・・。この世界、いや、Rudiblium本社内に我々の敵ソーイングフェンサーと、それに加担する落ちこぼれ共・・・・・・極東支部の三人が紛れ込んでいるらしいな。なぜ見つけて報告しない?」


 りおなと陽子は警戒してフードを目深に下ろした。ぬいぐるみたちはあまりの剣幕に身体を固くする。

 芹沢は少し黙考していたがやがて口を開く。


「今初めて聞きました。早急に対応します。大叢課長・・


 それを聞いた大叢は、内ポケットから金属製のケースを取り出した。

 中から名刺を一枚取り出して芹沢の胸に投げつける。

 芹沢は無表情のままだったが、成り行きを見守る三浦は二人の顔を交互に見てうろたえるばかりだ。


「その名刺をよく読んでみるんだな」


 芹沢は言われるまま名刺を拾い上げて目を通す。

 そこには『Rudiblium本社 開発部部長 大叢――』と印字してあった。


「ついさっき天野っていう子から名刺を渡されたんだ。先ほどの朝礼では告知されなかったがね。

 これで、名実ともにお前の上司になったわけだ。

 さっそく指示を出す。お前たちの持っているヴァイスフィギュアとヴァイスアロイ、全部差し出せ」


「ええっ! そんな、何に使うんですか!?」


 大げさに驚く三浦を一瞥したあと大叢は話を続けた。


「単純な話だ、『鬼ごっこ』だよ。鬼は極東支部のトップ皆川部長とその孫二人だ。条件はソーイングフェンサー大江りおなを呼び出すことだ。

 さっき食堂で出会って孫のふたりと話したんだ。

 『ソーイングフェンサーはこのRudiblium、特にウェイストランドを開墾し豊かな世界に戻してくれる救世主です』とな」




   ◆




 時間は少しさかのぼる。ホテルのレストランで食事を楽しんでいた部長たち三人に大叢が詰め寄った。部長はもちろん孫のふたりにも緊張が走る。


「なんですか、あなた」


「じこしょうかいもなく、いきなりはなしかけてくるなんてしつれいですよ」


 孫ふたりに酷薄そうな笑みを浮かべたあと大叢は部長を見やる。


「そうか、お前が掃き溜め部署の極東支部、皆川部長か。社長が言う通り貧相な顔だな。それよりも、だ。ソーイングフェンサーを知っているのか?」


「しってるもなにもりおなさんはすばらしい人です」


「このRudibliumほんしゃにきてるんですから」


 大叢は不意に、このはともみじの胸ぐらをつかんで顔の高さまで持ち上げた。

 部長は思わず立ち上がるが、双子は両方とも全く動じず大叢を見返している。レストランは騒然としだした。


「ソーイングフェンサーはどこにいる? 教えろ」


「聞いてどうするつも――」

 部長が口を開きかけると、大叢はさらに双子を高く持ち上げた。双子はたまらず大叢の手を両手でつかみ返す。


「……本社ビルの周辺には来ているはずだ。それ以上のことは俺にもわからん」

 両手を握り声を絞り出すように大叢に伝える。


「それだけわかれば十分だ」


 灰色の狩猟犬の顔を持つグランスタフは、双子を乱暴に席へ下ろした。そこへウェイターが駆け寄って来るが、大叢はその彼を乱暴に突き飛ばす。


「もっと客は選べ。この店にはもう来ないからな」

 大叢はそう言い捨てて本社地下へ向かった。



   ◆



「本社ビルからソーイングフェンサーにアナウンスする。

 『双子を助けたかったら今すぐ名乗り出ろ』とな。この都市の主要ゲートは全て封鎖する。鬼ごっこゲームはなるだけ楽しまないとな」


 りおなが前に出ようとしたところを、陽子が無言で制する。

 芹沢は無言でアタッシュケースを取り出した。中には緩衝材に包まれた人形が8体、合金製のロボットが7体入っていた。


「……今現在完成しているのはそれだけです。任意の相手を追跡するためには追いたい相手を念じて投げれば追うように設定されて巨大化します」


 言いながら大叢に渡す芹沢の肩は小刻みに震えていた。

 大叢は研究所の奥にある金色の巨体に目をやる。


「それからだ、芹沢、五十嵐、三浦、ムーバブル・ヒュージティングをここから出して輸送する準備だ。

 そうだな、重機搬送用のトレーラーを調達してくれ。できたら私に連絡しろ」


 言うだけ言うと大叢は獲物を追い詰めるような視線を辺りにまき散らし、その場を去った。

 りおなは憤懣やるかたなしといった感じで、エレベーターを見つめる。


「気持ちはわかるけど、今あいつと戦ったらこの場にいるぬいぐるみたちが危なくなるよ。

 部長さんとこのはちゃんともみじさん、みんなの安全を確保して。あいつと戦うのはそれから」


 陽子の言葉を受け、りおなはゆっくりと呼吸を整える。


「うん、そうじゃね。

 チーフ、部長らの位置とかは?」

 チーフは携帯電話を操作しながら答える。


「はい、今メールが来ました。

 『今のところ三人とも無事で今車に乗って移動中、発信機などは付けられていない』とあります。

 ただ、Rudibliumの監視カメラで追跡される恐れがありますね。早急に三人と合流しないと」


 りおなは今度は芹沢に問いを発する。

「なんなん? アイツ。部長に昇進して気が大きくなったんけ?」


「俺たちにもわからん、ただやむを得なかったとはいえ、ヴァイスを外へ放っては大混乱が起きる。手助けしてやりたいが――」


「ああ、あんたらが逆らうと暗黒漬けにされるんじゃろ。

 ヴァイスはこっちに任せとって。

 そんかし、あの金ピカはなるたけ表に出すの遅らせてくれん? どうせろくなことに使わんじゃろし。

 しかしまあ、かなりの急展開じゃのう」


 そこへ五十嵐が歩み寄ってきた。

「大叢の意図はわからんが、俺たちには逆らえん。そのステンシルを役立ててくれ」


 りおなは、ポケットから折りたたまれた紙片を取り出し天を仰いだ。真上には殺風景な鉄骨と照明がある。



「部長はともかく、このはちゃんともみじちゃんは助けにゃいかんけんね。

 ただ、あれだ。

 ……『もうすぐ遭えると思っていても直前で、波打ち際の砂をすくうように両手からこぼれ落ちる――』」


「……何の話だ?」


 五十嵐の問いにりおなは右腕を精一杯上に伸ばした。




「…………甘酒アイス…………!」

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