045-2

 「さっきのミサイルの魔法、なんていう名前じゃったっけ。もう一回使ってみてくれん?

 どうせりおなが勝ってそのステンシルもらうけ」


 めったに無いことだがりおなが相手を挑発しだした。

 その発言に芹沢は嬉しそうな顔をして、三浦はさらにおろおろする。当の五十嵐は無表情のままだ。


 ガラス一枚隔てた向こうで陽子がりおなを不安げに見守っていたが、チーフに問いかける。


「ねえチーフさん、りおな大丈夫? 魔法で攻撃されてやけになってない?」


 チーフは、いつも通り細いあごに手を当てて考え込んだままだ。が、そのあとすぐ自分の考えを話しだす。


「確かにりおなさんは、普段は少々面倒くさがりのところがあります。

 ですが、それ以上に負けず嫌いで売られたケンカは必ず買って、その上で勝たないと気が済まないタイプです。

 自分から勝負を捨てるというのはありえません。ただ、有効打をいくら打っても五十嵐が負けを認めなければ意味はないですからね。

 おそらくですが、私が考えていることをりおなさんも考えていればりおなさんが勝つでしょう」


 陽子が言葉のを探している内に五十嵐が文言を唱える。その間りおなは五十嵐の身体のある一点を注視していた。


「――『マトラ・マジック』!」


 『心の光』が物質化したミサイルは正確にりおな目がけて撃ち出される。


 次の瞬間、五十嵐は予想だにしない事態に遭遇した。

 魔法弾が命中した時に噴出される白煙が、自身の目の前で勢いよく炸裂したのだ。 反射的にエアーソフト剣で煙を払うが、剣を持つ両手と左腿に衝撃が走る。

 たまらず片膝をつくと今度は膝の上に何かが乗る感触があった。

 握力が戻らない手で、それでもなんとか剣を振る。

 すると膝の上の何かが軽く跳び跳ねた感触だけがわかった。


 ようやく闘技場の煙が晴れた時、五十嵐はりおなの目論見に初めて気が付いた。 彼女の手には見覚えがある折りたたまれた紙切れがある。


「んじゃ、この『ギミック・ミミック』じゃったっけ? 型紙ステンシルはもらっとくわ」


 りおなはネコ耳フードの下でにんまり笑う。


「やはり、攻撃して屈服させるのではなく、相手のアドバンテージを奪う手に出ましたか。

 私の予想はまあ当たらずとも遠からず、というかりおなさんの考えが斜め上を行ってましたね」


「……チーフさんはどんな予想してたの?」


 陽子に尋ねられたチーフはいらえを返す。

「エアーソフト剣を両方奪うか落とすかして、闘技場のガラスの外へ投げ捨てると思っていました。

 ですが、確かにステンシルを奪った方が直接的な戦力ダウンにつながりますね、さすがです」


 りおなは紙切れを高々と上げ五十嵐に告げた。


「甘酒アイス二種類山盛りと、舌休めのウェハース代わりにプチ歌舞伎揚げ頼むわ」



   ◆



「社長、先ほど頼まれていた書類ですが」


 トイプードルの顔に、白の落ち着いたパンツスーツ姿のグランスタフ安野あんのが社長室に入った時、すでに彼女は来ていた。


「おいしいですねーー、このアイスーーーー! あっ安野さーーん、ごくろうさまでーーす!」

 社長室に似つかわしくない声に安野はうんざりする。声の主は、ソファーに座ってフルーツとアイスクリームの盛り合わせを食べていた。


天野あまのさん、あなたは今日は電話番なんじゃないの?」


「えーーーー、だって『ここに来い』って指示してきたの社長ですよーー。

 ようやく芹沢さんに頼んでた『チェインジリング』の道具が完成したから見に来てくれって」


 そう説明をする彼女の様子は明らかにこの場から浮いていた。

 この世界のフィギ族、人間界でいう美少女フィギュアを等身大にしたもの、それに酷似している。

 明らかに頭皮の面積よりボリュームのある原色に近い髪。

 実務には不向きなひらひらしたミニスカート、すらりと伸びた細い脚には長く歩けそうもないようなかかとの高いブーツ。

 本社勤務というのを全く自覚していないような放埓な態度に辟易しつつも、安野はスプーンで指された社長の机の上にある、見慣れない物に目をやる。


 それは開けられたアタッシュケースに入れられていた。

 全体は太さ8mm程の銀色の棒で作られ、大きさは直径10cmほどの円が二つつなげられ数字の『8』のようになっている。

 そして両端都と中央には直径2cmほどの金属球が合計三つついている。もちろん安野は初めて見るものだった。


「チェインジリングってあの『取り替え児チェインジリング』のこと?」

 誰に言うでもなく安野は一人つぶやき沈黙する。


 ――だいぶ前に芹沢君が雑談の中で話してたもの、それと同じ名前ね。

 対象の記憶や人格、もっといえば魂を任意の相手と交換する特殊なアイテム。


 地球のヨーロッパという広大な土地で、古くから伝わる伝承から着想を得たって話してたわ。

 妖精と呼ばれる形而上の存在が自分たちの種族を増やすために、生まれたての人間の赤ん坊と自分たちの幼体を人間の両親が知らないうちに取り換えて、そして育てていく。

 その話と同様で、ここRudibliumでは『換装』と呼ばれている特殊技術。


 十分に経験を積んだある種族がほかの種族に替わるとき、身体を取り換えて人間界から転生してすぐと同じ状態でやり直せるシステムだけど、未だに謎も多い。

 グランスタフ内で研究チームを組んで、他種族からグランスタフに換装する者も本社には何人かいるけどね。

 まだ安定してグランスタフを殖やすまでには至っていない。


 芹沢君がが社長命令で開発していたのは、Rudiblium内の住人と異世界の住人とを・・・・・・・・人格や人生記憶、経験、魂を入れ替えることが可能で、対象は妊娠中の、母胎にいる胎児まで換装可能な代物だって言ってたわ。


 それは文字通りのの異世界転生。

 芹沢君はその話を淡々と語ってたけど、私はその話を聞かされた時、何とも言えない気分になったのを覚えてる。

 グランスタフとしての自分以外の何かになるなんて、考えたこともない。

 社長はこの世界を抜け出して、地球で新たな生活を送るつもりかしら。

 そのあと本社だけでなくこのRudibliumはどうなるんだろう。



 安野は考えを巡らしながらなんとはなく社長の机に近づき、チェインジリングと呼ばれる物体に目をやる。

 鈍く銀色に光るそれは見ているだけで吸い込まれそうだった。安野は思わずアタッシュケースの中に手を伸ばす。


「危ない!」

 不意に声をかけられ反射的に身体をすくめ手をひっこめる。振り向くと天野がスプーンを振りながら、足を交互に上げてけたけたと笑っていた。


「触っちゃダメって社長に言われてるんですよーー。私はその監視役でお留守番してます。このアイスは報酬でーー社食から持ってきてもらったんですよーー」


「そういえば、社長はどこに行ったの?」


「社長ですかーー? なんか具合悪いってどっか行っちゃいました。あっでも30分くらいで戻って来るって言ってましたからもうすぐ戻って来るかも。

 何か伝えることとかありますか――?」


「いえ、書類を持ってきただけだから。あなたも社長が帰ってきたら自分の部署に戻りなさい」


「はーーい、お疲れさまでーーす」


 天野は立ち上がり安野に敬礼する。安野は書類を置くと社長室を後にした。

 ――芹沢君もそうだけど、社長の考えていることが全然わからないわ。

 芹沢君を問い詰めたところで、ある程度の情報ならともかく、肝心なことは教えてくれないわね。


 その上、社長の娘婿の大叢おおむら、芹沢君が執心している人間世界からやって来たソーイングフェンサーの大江りおな。

 それから富樫君を含めた自称窓際組の極東支部の三人。


 今、本社には現状をいくらでも動かせそうな役者がそろいすぎてる。

 でも私にはあの人たちを駒のように操ることも、誰かに働きかけて私の利になるように事を運ぶこともできない。

 何が起こるかも解らないし、仮に起こっても本社や私にいい事かどうかもわからない。

 せめて今日一日だけでも無事に過ぎてほしいわ。


 それが今の安野が切に願う事だった。


 一方、社長室に残った天野はアイスを食べ終えてスプーンを唇に当て、机の上のチェインジリングに目をやる。

「ホント、いいものを開発してくれますね、芹沢センパイは」



   ◆



「おじーたん、おいしいですこのチョコレートパフェ」


「おじーたん、こっちのフルーツパフェもおいしいです」


「はんぶんたべたらとりかえっこしようね、もみじ」


「うん、こっちもおいしいよ、このは」


 そんな双子の様子を部長は好々爺然こうこうやぜんとしたとろけるような笑顔で見守る。


 Rudiblium本社にほど近いホテルの食堂で、三人は久しぶりの団らんを満喫していた。


 ――そもそも俺はRudiblium本社に来る予定では無かったんだがな。

 伊澤を含む一部の上層部がりおなが創ったぬいぐるみ、はりこグマの存在を危険視してる。

 はりこグマを捕縛するつもりだったが、俺のとっさに機転で最悪の事態は回避できた。

 本社側も手違いとはいえ、俺をそのまま帰すわけにもいかないだろうからな。

 はりこグマやそれを創ったソーイングフェンサー、りおなをおびきだすえさとして、表向きは本社に出張っていう形をとってくれたわけだ。

 実際は本社の暗黒面のひとつ『追い出し部屋』に軟禁されてたがな。


 まあ、俺もそこで日がな一日漫然と過ごしてたわけじゃねえ。

 『腕輪』って芹沢が呼んでた特殊なブレスレットで時間ごとの行動は制限されてはいたがな。

 しみったれた理由で窓際に追いやられた俺と同じく、腕輪を着けられた有能な社員たちから様々な情報を手に入れた。

 使える、切れる社員ってのはいつどこにいても有益な情報を手に入れられる。

 なんていったか、セレン、ディピティ……だったかな? まあいいや、あとで確認しよう。


 代表取締役候補として縁故入社した大叢とかいう外見そとみだけはいいグランスタフ。

 地下の研究所に大量に搬入されてる合金資材や電子機器。それから一番耳寄りな情報は今現状に最も深く関わっている伊澤の動向だな。


 あいつらの元側近の話じゃ、長ったらしくて中身もねえ。それでいて周りに当たり散らすような訓示は相変わらずらしいが、その回数がここ最近減ってるってことだった。

 それから社長室で見かける頻度も、ここ最近減っているというのも気がかりな情報だ。

 あとは、これ・・……だな。


 部長は改めて手帳を取り出す。そこに紙片が挟まれている。

 芹沢から渡された二枚の紙、ソーイングフェンサーの新たな装備イシュー型紙ステンシルだ。

 どちらも暗黒属性の攻撃に高い耐性を誇るらしい。


 部長はコーヒーカップを受け皿に置き、老眼鏡をかけステンシルを開く。心なしかほのかに輝いているようにも見える。


「おじーたん、なんですか? それ」


「なにかのせっけいずみたいです」


 ふたりの孫の声で部長は我に返る。しんと静まり返っていた内面から周りの話し声が急に身体にしみ込んできた。

 部長は思い出したように食堂内を見回す。


 ――平日の昼どきだからかレストランはほぼ満席だ。

 周りの大多数はグランスタフ、それもスーツ姿のやつばっかりだな。本社勤務、あるいは周辺の関連企業や子会社に勤めている連中がほとんどだろう。


 部長は老眼鏡を額に上げ孫ふたりに説明する。


「んーーこれか? これはな、ソーイングフェンサーの新たな能力を引き出す新たな装備の型紙だ。さっきは顔を合わせただけだから、早く会ってりおなに渡さないとな」


「おじーたん、『りおなさん』でしょ、よびすてはダメです」


「そうです。りおなさんは『かんぱーにゅしすてむ』で、このRudibliumのウェイストランドをかいこんしてくれるきゅうせいしゅです」


「おお、そうかすまんすまん。そうだったな」


 部長は困ったように笑って頭をかく。すると近くのテーブルで勢いよく立ち上がる者がいた。

 その瞬間レストランの中が水を打ったように静まり返り、大きな影が部長とその孫ふたりに覆いかぶさるように迫ってきた。



「……なんだって? 今のは聞き捨てならないな。もしよければもう一度説明してくれないか?」

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