魔神覚醒
045-1 型 紙 stencil
――さてと……どうしたもんかな。
りおなは目の前の相手五十嵐を注視しながら、エアーソフト剣で両肩を軽くたたく。
一方の五十嵐は身体の正面をこちらに向けない
――このひとの事は最初に来た街ノービスタウンの最寄りのダンジョン、『岩山の洞窟』の中で知ったんじゃった。
いろんな場所ででっかいアリが発掘する
んでその結果をレポートにまとめる係で?
そんで役職は本社勤務営業担当課長、っちゅうのんがこのひとの肩書きじゃったな。
なんでダンジョン探索すんのが営業の仕事なんかはわからんけど、このひとのレポートは短い文章で解りやすかったわ。
んでも、スタグネイトたちに対する文句ってか、不満が文面に出てたにゃあ。
例えるとすっと、RPGでカンスト近くまでレベル上げして装備も充実したパーティーでもって。ものすごい初期に出てきた弱っちい敵を倒す感じか。
ルーティンワークから来る不満なんじゃろうにゃあ。
タブレット端末に表示されていた説明文を読み進めるうちに、りおなは鬼教師ができの悪い生徒を酷評するようなうすら寒いものを感じた。
――んでも今こうして試合で立ち会ってるけんど、だらけた様子はないけん、無表情やけど、ものすご楽しそうじゃ。
りおなと戦うのを楽しみにしてるとも言ってたにゃあ。
お互いに距離を置いた状態で時間は30秒ほど過ぎる。
りおなは工事現場の誘導員よろしく、エアーソフト剣を下に向け左右に振り続けた。
五十嵐は身体の重心を細かく動かしながらその場を動かず、りおなが機先を制するのをうかがっていた。
そこへ芹沢が卓上マイクでアナウンスする。
【五十嵐、それにキトゥンさん。この試合時間制限はないが、見ているこちらは退屈になる。どちらか攻撃したらどうです?
ああそれから試合の勝敗についてだが、手持ちの武器だけでは致命傷を与えたり気絶させるのは難しい。どちらかがギブアップする方式でいいですか?】
芹沢の申し出に五十嵐は無言でうなずき、りおなは鉄骨の梁に備え付けられたスピーカーをにらみつけ、口の形を『い』にする。
肩や首を回した後りおなはジャンプして距離を詰めた。
剣を上段に構える。そのあと派手に跳躍した。
「よぉっ、しゃああーーーー! 行くぜ! うりゃあああーーーー!」
マンガのやられ役のように大声をあげる。
繰り出した何の変哲もない大振りの上段打ちは、当然のようにかわされる。
りおなはかわされたことは全く気にせず、剣を片手持ちして何度も打ち込んだ。
体格差はかなりあるが、元々巨体のヴァイスフィギュアを相手にしてきたりおなは狙える箇所だけ攻撃していった。
しかし、それをいなす五十嵐の剣からは弾く音が全く聞こえない。よく見るとかすかに剣の刀身が淡く光っている。
――あーー、『心の光』を剣に巡らして強化した上に、剣を打って弾くんじゃなくこっちの剣の軌道を逸らしてくんのかーー。近距離は危ないっちゃね。
りおなの読みに気付いた五十嵐は、仏頂面のままりおなに告げる。
「別に攻撃手段は剣だけじゃなくていいぞ。こんな風に……なっ!」
五十嵐はりおなの身長よりさらに低くしゃがみ込み、足払いをかけてきた。
りおなは軽く跳びあがりエアーソフト剣の先端を五十嵐の太腿につけた。
剣先を支点に飛び上がる。
そのままバックステップして15mほど距離を置いた。
絶え間ない攻防を闘技場の外で見ていた三浦は驚きを隠せない。
【凄いです! 五十嵐先輩もりお……いや、キトゥンさんも! この短い時間でこんな攻防が見られるなんて!】
何故か卓上マイクを使いアナウンスで驚きを表現する三浦に、りおなや五十嵐だけでなくぬいぐるみたちも不快感をあらわにしていた。
「こらはりこグマ、やめなさい」
アイボリー色で前かけを着けたクマは、右腕を突き出し上下に動かしていた(どうやら親指を下に向けるサムズダウンのジェスチャーらしい)。
「おい三浦、感動するのは構わんが、マイクのスイッチに指をかけながらしゃべるのはやめろ。
注意を受けた三浦は慌てて手をひっこめ周囲に何度も頭を下げた。
「さて、と……仕切り直しだな。他の武器や魔法を使って攻撃しても構わないぞ」
「どーいうこと? ハンデくれんの?」
「いや、その逆だ。俺が使うから、先に言っておかないと不公平だからな」
そう言うと五十嵐は剣を構えながら、タクティカルベストのポケットからスマートフォンを取り出し操作しだす。
空中に縦のマトリクスが出現し、りおなたちが今まで使っていた物よりさらに長いエアーソフト剣が中から出てきた。
スマートフォンをベストに戻した五十嵐は、左手でもう一本の剣を取り二刀流の状態で剣舞のような素振りを始める。
無言で下唇を突き出して抗議するりおなに五十嵐が告げた。
「どうした、その
ソーイングフェンサーの大江りおな」
名前を呼ばれたりおなはネコ耳フードの下でにんまり笑う。
「あーー、もうバラすっていうか言うのかーー、んじゃお言葉に甘えるわ」
りおなは左手を前に突き出し強く念じる。
光の柱の中から大ぶりなキジトラ模様のかぎしっぽを模した打撃武器、キンクテイル・メイスが現れた。りおなはメイスをつかみ軽く振るう。
「ああ、俺は芹沢たちの茶番には付き合うつもりもない。
ここにはお前たちの素性を知られて困るやつもいないしな。俺はただ楽しみたいだけだ」
りおなは一気に跳躍しキンクテイル・メイスの一撃を見舞う。五十嵐はエアーソフト剣ではなく両腕で顔をガードするが、メイスの一撃でガードは弾かれた。
五十嵐は中腰のまま、痺れる腕の感覚を味わいながら口の端を釣り上げる。りおなは間髪入れず五十嵐の顔を右、左とつま先で蹴り上げた。
五十嵐はのけぞってかわすが左のつま先が頬をかすめた。毛の焦げるにおいが鼻につく。りおなは着地してすぐバックステップで距離を置いた。
「そうだ、戦いはこうでなくてはな」
頬の焦げた部分を手の甲でさすり、五十嵐は嬉しそうにつぶやく。
「んで? そっちはまだ切り札かなんか無かと?」
りおなはキンクテイル・メイスの先で、自分の頬を撫ぜながら五十嵐に尋ねる。
「そうだな、切り札という程じゃないが、俺がダンジョン探索で見つけた物でこんなのがある」
五十嵐はタクティカルベストから、折りたたまれた紙きれを取り出す。その瞬間、りおなの持っているトランスフォンが激しく振動しだした。
――なんじゃ? これってまさか。
「お前なら解るだろう? 異能の力を引き出す設計図、
その紙片を見た時チーフだけでなく芹沢も前のめりになって驚く。そんな芹沢の方を向いて五十嵐はつぶやいた。
「なにも秘密主義はお前ひとりの専売特許じゃないさ」
五十嵐が紙切れを眉間に当て強く念じると、折りたたまれた紙は青白く光る。巨躯のグランスタフはステンシルをまたベストの胸ポケットに入れて、文言を唱え出す。
「トリッキー・トリート、ジャック・イン・ザ・ボックス」
五十嵐の身体から前方に魔方陣が出現した。
りおなは相手の次の行動を予測し身構える。
――りおなは自分で何回もやっとるからすぐピンときたわ。
あれは魔法を使うとき集められる『心の光』じゃな。
頃合いや良し、と判断した五十嵐は両腕を突き出して最後の文言を唱える。
「『マトラ・マジック』!」
次の瞬間五十嵐の背中から、バシュウッというコンプレッサーから空気が出るような音と共に白煙が吹きだしてきた。
同時に背中から白地に赤いカラーリングのミサイルが何本も発射され、りおなめがけて飛んでくる。
りおなは目を丸くしてステップでかわすが、魔法で生成されたミサイルは低速ながら軌道修正してりおなを執拗に狙う。
キンクテイル・メイスでミサイルを打ち払うがメイスが弾頭に当たった瞬間、白い煙が吹き出しメイスを持つ手に強い衝撃が走った。
ミサイルは続けざまに右足、左肩に直撃して白い煙が闘技場内に立ち込めた。
追撃を予想したりおなは、キンクテイル・メイスとエアーソフト剣で煙を払った。
だが、五十嵐は闘技場の隅に立ったままりおながしていたように剣で自分の肩を軽く叩いていた。
「さっきの魔法だが、種明かしを先にしておく。
この
特殊能力は、スタグネイトやヴァイスフィギュアの技を見るか受けるかすると、その技を
技の名前は『ジャック・イン・ザ・ボックス』になる。
俺の場合はステンシルを身に着けていないと効果が無いし、威力もだいぶ落ちるが、このイシューを創ればお前の技の引き出しはさらに増えるだろうな」
【おい五十嵐、そんないいもの持ってるなんて今初めて知ったぞ。どこで手に入れた?】
芹沢がアナウンスで五十嵐に尋ねる。また新しいおもちゃを見つけたような笑顔だ。
「ああ、ここ本社からだいぶ離れた北の山『
本来はスタフ族やティング族たち『冒険者』が探索するまで放置するのが筋なんだろうが。
これだけは他の素材アイテムや武器防具とは質が違う。
早く見せたくて手に入れて持ってきた」
「持ってきたのはいいけどなんで? 今ここで見せびらかしたいからけ?」
「いや、これは本来ソーイングフェンサーのものだ。
この世界の情報も少しだけだが、そのダンジョンで手に入れた。ステンシルは本来の持ち主に渡すのが一番いいだろう。
ただし、『俺に勝てたらな』」
「今言うんかい!」
思わずツッコミを入れてしまったりおなだったが、その時トランスフォンの着信音が鳴る。
五十嵐が無言でうなずくのを確認してから通話に出ると発信主はチーフからだった。
【おそらくそのステンシルは、この世界に散らばっている『
資料が散逸していて実際にあるかどうかは不明瞭でしたが、偶然とはいえ発見できたのは幸運です。
りおなさん、ぜひそのステンシルは入手してください】
【簡単に言ってくれるにゃあ】
りおなは通話を切ってぼやきつつガラス越しにチーフを見る。いつも通りその顔はりおなを信頼しきった顔だ。
りおなはまた口の形を『い』にして、目いっぱいチーフをにらむ。
「戦力強化はお前にとっても望むところだろう。
お前が作るぬいぐるみたちが世界を探索すれば、残りのステンシルも見つかるかもしれん。
ああ、言い忘れた、さっきの話『甘酒アイス』だが、勝ち負け関係なくぬいぐるみたちにも振る舞おう」
「ふるまうったて、結構珍しいフレーバーじゃけど、そこいらへんに普通にあるんか?」
「いや確かないはずだ、俺が材料を揃えて本社の調理室を借りて作る。
フレーバーの甘酒だが、冷やし固める前の生地に混ぜたほうがいいか?
それともフリーズドライの甘酒を砕いてバニラアイスに混ぜたほうがいいか?」
「…………んじゃせっかくだから両方頼むわ」
無言でうなずく五十嵐を見て、りおなは口をへの字に曲げる。
――なんの心配しとるんじゃコイツ。
などと思いながら、りおなは改めて腰を低く落としエアーソフト剣とキンクテイル・メイスを構える。
――これで距離に関しては向こうの方が断然優位に立った。
そんだけでなく魔法の種類も不明やし。
例えば麻痺とか、
そうでなくても、毒とかスロウとか命中率低下とか、ゲームとかでいうステータス異常攻撃してくるやもしれん(りおな敵を弱らしてから攻撃すんの大好きやけん)。
りおなが色々思案していると五十嵐が口を開いた。
「ああ、お前が心配しているジャック・イン・ザ・ボックスだが、動きを止めたり、毒などで徐々に弱らせるタイプのは無い。今俺が使えるのは近、中距離で直接ダメージを与えるものだけだ」
躊躇なく手の内を明かす五十嵐にりおなは脱力しかける。
――間違いなく少年マンガのライバルキャラ確定じゃな。距離は関係なくなったけ攻撃するだけじゃ。
りおなは一気に距離を詰め、メイスで牽制しつつエアーソフト剣を撃ち込む。
ただ乱打してもなまじな攻撃は当たらない。フェイントを加え緩急をつけて打ち込むが、五十嵐は先ほどまでの余裕はない。
だが、それでもエアーソフト剣でりおなの打ち込みをいなしていく。
「距離を詰めれば魔法は受けない、と思ったか?」
五十嵐は右手に持っていたエアーソフト剣を後ろに放り一声唱えた。
「『ゴブリンパンチ』」
りおなは最初何が起こったのかわからなかった。
派手な音と共に、身体の前面を激しく何度も殴られたような衝撃が走る。
「……っ、ぐうっ……」
痛みに身体をかがめていると五十嵐は一度放り投げたエアーソフト剣を歩いて拾う。
「今のは魔法だが打撃攻撃でもある『ゴブリンパンチ』だ。
普通の魔法とは違い『心の光』を集中、消費したりすることが無い。もっとも単体にしか効果が無いがな。
どうする? バーサーカーイシューは多段変身してさらに攻撃や機動力が増すんだろう?
もしくは初期装備、ファーストイシューでもいいぞ。一番各能力のバランスが取れているらしいな」
キジトラ模様の着ぐるみのあちこちを手で払いながら、りおなは立ち上がる。
――あざとか打ち身は無いみたいじゃが全身がじんじんするわ。
五十嵐は一分の隙も見せず再度構えを取る。りおなを侮るわけでも挑発するでもなく、ただ戦いを楽しむ腹づもりらしい。
「んや、多段変身は使わんし他のイシューにも着替えん。このまま行く」
「何故だ? 意地を張っても損するのはお前だぞ」
「そうじゃなくて、あんたは
りおなはアキレス腱を伸ばしたあと五十嵐に向かった。
一気に距離を詰めエアーソフト剣で身体を一突きするが、また五十嵐がいなしにかかる。
りおなは一度はいなされた剣を唐竹割りに振り抜いて、今度は五十嵐の剣を二本とも豪快に打ち払う。
衝撃音が闘技場に響き五十嵐は両腕を強制的に広げられた。
すかさずりおなはがら空きのあご目がけてエアーソフト剣を切り上げる。
だがその攻撃は五十嵐に上体を反らされタクティカルベストの胸ポケットの雨ぶた、フラップのマジックテープを剥がすだけに終わった。
りおなは再び五十嵐と距離を置く。
「さっきのミサイルの魔法、なんていう名前じゃったっけ。もう一回使ってみてくれん?
どうせりおなが勝ってそのステンシルもらうけ」
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