作中作童話 『メイプルグランマと三人のとうぞく』

 メイプルグランマは年寄りのねこのおばあさん。

 本当の名前は別にありましたが、みんなからそう呼ばれているので 自分でもそういう名前だと思っています。

 メイプルグランマは 村のはずれの木でできた家に一人で住んでいます。


 前はおじいさんといっしょに住んでいましたが、ある日山に一人でのぼったきり、それから帰ってきていません。

 メイプルグランマのお仕事は 寒い雪山に登ってサトウカエデの樹液を集めることです。


「ふう、ふう、さいきん山を登るのがつらくなったわねえ」


 メイプルグランマは おじいさんが作ってくれたブーツをはきました。

 同じくおじいさんが作ってくれたかごをもち、つえをさして一人でゆっくりと登っていきます。


「ふう、やっと登れた。おじいさん、ありがとうございます」


 メイプルグランマは 見晴らしのいいところへ出ると、山や空にむかって手を合わせます。

 そこにおじいさんがいるわけではないのですが、そうしているとひょっこりおじいさんが帰って来る。

 そうでなくても おじいさんがむすっとした顔をしながらも見守ってくれている、メイプルグランマはそう考えています。


「サトウカエデさん、ごめんなさい。それからありがとうございます」


 かつん、かつん、ごりごりごり。


 メイプルグランマはのみと木づち、きりをつかってサトウカエデの みきに穴をあけます。

 そこにバケツをくくりつけます。

 そうすると、ちょろちょろ、ちょろちょろと木の幹から澄んだ樹液が流れてきます。

 メイプルグランマは サトウカエデの木一本一本に手を合わせて、バケツに樹液を集めます。


「ふう、ふう、登るのもたいへんだけど下りるのもたいへんだわ」


 メイプルグランマは樹液の入ったバケツを持って しんちょうに山を下ります。

 山から下りても次の仕事。

 こんどは集めた樹液を大きなかまに空け、かまどで樹液をにつめていきます。

 たきぎは山に雪がつもるまえに集めておきました。

 こうすることで、澄んだ樹液は深い色と味わいの メイプルシロップになるのです。


「ふう、できた。ありがとうございます」


 シロップができてからようやくごはん。近所のクマにもらった たっぷりの果物に木の実、それから自分で作ったワッフルにスコーン。

 メイプルグランマは パンやスコーンに用意してあったシロップをかけてたべます。


「きょねんのはもうのこりすくないわね。

 あら、もうこんなじかん。おじいさん、ありがとうございます。それからおやすみなさい」


 メイプルグランマはたなにかざってある おじいさんのしゃしんに手を合わせベッドに入ります。

 そうやってまいにちをすごしていました。



 そんなある日のこと、山に見なれない男たちが来ました。


「おい、はらがへったぞ」

「おれもだ」

「めしくったのは三人ともいっしょだろ」


 雪山をのしのしと歩いているのは 大きなブタのさんぞくたち。

 名前はそれぞれタギー、ラウディー、そしてブランビイ。

 タギーは大金づち、ラウディーは大きなおの、ブランビイは大きくてじょうぶな手ぶくろをもっていました。

 三人そろって乱暴者で なににたいしてもおこっています。


「しかしさむいな」

「ああ、あったまりてえぜ」

「おい、みんな、あれを見ろ」


 ブランビイが指さすと そこにはけむりが立ちのぼっています。


「おい、だれかいるぜ」

「火をたいてるってことだな」

「ああ、めしにありつけるかもしれねえ、いってみようぜ」


 三人がやぶをかきわけて進むと、そこにはたき火をしているオオカミの木こりがいました。


「なんだ、やせオオカミか」

「火にあたらせろ」

「くいものをもってたらよこせ」


 オオカミの木こりはおどろいてにげようとしましたが 三人につかまりました。

「ひいい、いのちだけはおたすけを」


「なぜにげる」タギーは大金づちをつきつけます。

「やせオオカミなんかくってもうまくもない」ラウディーはおのをかざします。

「くいものをよこすんだ」ブランビイは手ぶくろをつけた手で 木こりのくびをつかんでもちあげました。


 三人にかこまれたのオオカミは なけなしのパンとぶどうしゅをさしだしました。


「これっぽっちか」

「しけてやがんな」

「ようじはすんだ。いのちがおしけりゃうせろ」


 オオカミの木こりは命からがらにげました。三人はたき火にあたって パンをたべます。


「たいしてうまくねえな」

「ぶどうしゅもすっぱいぜ」

「おい、おれにもよこせ」


 パンを食べおわり、やがてたき火がきえると 三人はまた山の中を進みます。


「あんだけじゃかえってはらがへったぜ」

「それにのどもかわいた」

「それよりもくらくなってきた。こんやねるところをさがすぞ」


 三人はさらに山を進みます。


「おい、これを見ろ」

「ああ、ゆきでぼやけてるが足あとがある」

「だれかが山にきてるってことだ。ふもとにいこうぜ」




   ***




 ふもとまで下りると レンガでできたえんとつからけむりが出ているのが見えました。

 三人の身体も服も雪がかかって真っ白です。


「おい、けむりが太いぞ」

「ああ、なにかにたきしているしょうこだ」

「くいものがもらえる。それにねどこも」


 三人のさんぞくはノックもせずに 家のドアをガチャリと開けます。


「まあまあ、どちらさんですか?」

 家の中からはメイプルグランマが出てきました。


「なんだ、ばあさん一人か」

「おれたちははらがへってる、くいものをよこせ」

「それにねどこもない、ねるばしょをかせ」


「まあまあ、それはおこまりだこと。なにもありませんが、さあお上がりください」

 三人はゆきをはらうと ずかずかといえに上がりこみ、火にあたります。


「さあ、なにもありませんがめしあがれ」

 さんぞくたちはいただきますも言わずに だされた木の実や果物、パンやスコーン、あたたかいスープをがつがつとたべだします。


「なんだこれは」

「すごくあまいぞ」

「こんなうまいもんくったのはじめてだ」


「ありがとうございます」

 メイプルグランマは目をほそめてにこにこします。


「「「ばあさん、このあまいのはいったいなんだ?」」」


「それはメイプルシロップ。わたしがつくりました」

 三人はおかわりをたのみますが メイプルグランマはこまりました。

「パンとスコーン、スープはありますけど、メイプルシロップはそれがさいごでまたつくらないと」


「なんだって?」

「もうこんなうまいもんがもうくえないのか?」

「どうしたらこのシロップはつくれるんだ?」


「これはサトウカエデのじゅえきをにつめてつくるの。ふゆはまいにちつくれるから。あした山にいってあつめるからそのときおだしするわ。

 きょうは三人ともおやすみなさい。しょっきはかたづけておくから」



 メイプルグランマがテーブルのおさらをあつめていると、すこしつまづいてしまいました。

 ころびそうになったのをタギーがとっさにかかえます。

「おいおい、ばあさん。なにもないところでころぶなよ」


「まあまあ、ありがとうございます」


「たまたまだ。それよりばあさん、ねどこだ」


 メイプルグランマは三人を納屋に連れていきました。

「ごめんなさいね、うちにおきゃくさんようのベッドがなくって。代わりにワラはたくさんあるわ」


「うん、これならぐっすりねむれる」

「ひさしぶりにのじゅくしなくてすむぜ」

「ばあさん、メイプルシロップだが」


「それだったらあしたあさごはんをたべたらじゅえきをとりにいくわ。三人ともおやすみなさい」

 さんぞくはおやすみも言わずさっさと眠ってしまいました。




 あくる日、メイプルグランマは 山に登るしたくをします。

 山は一晩中ふった雪で真っ白くそまっていました。

 メイプルグランマはつえをついて納屋に向かいますが、足が雪にずぶずぶとしずみます。


「ばあさん、そんなじゃ一日かけても山につかないぜ、ちょっとまってろ」

 見かねたタギーが納屋のワラを大金づちの柄でとんとんとたたきました。

 そのあと編み込んでワラのブーツをこしらえて、メイプルグランマにわたします。


「はい、ありがとうございます」


 それから納屋からバケツや木づちやのみ、きりをかごにつめて背負いました。

 そしてふうふう言いながら山にむかいます。


「ばあさん、そんなじゃ山にいくだけでへとへとだろ、ちょっとまってろ」

 見かねたラウディーは納屋の材木をくみたてて ハンマーでくぎを打ちます。

 あっというまにそりを作ると メイプルグランマにわたします。


「はい、ありがとうございます」


 メイプルグランマはかごをそりにのせて ひもで引っぱりながら山に向かいます。さんぞくたちもあとに続きました。

 メイプルグランマは山に手を合わせてから樹液を集めます。

 幹にバケツをくくりつけると また雪がふってきました。メイプルグランマは体をふるわせながら樹液がたまるのを待ちます。


「ばあさん、じゅえきがたまるまえにこごえちまうぜ、ちょっとまってろ」

 ブランビイは大きな手ぶくろで 雪をかためてつみあげます。

 あっというまに雪のいえ、イグルーができました。


「はい、ありがとうございます」


 メイプルグランマはイグルーの中で休みます。

 やがて樹液がたまるとメイプルグランマは バケツをそりにつんで山を下ります。


「これから山を下りるのか?」

「いえでにつめるのか?」

「もうまてねえ」


「「「ばあさん、ちょっとまってろ」」」


 三人のブタのさんぞくは山を下りて ワラとざいもくとレンガを山に運びます。


 タギーは木を切りたおして、ワラを編みます。

 ラウディーは木材をくみたてて、ハンマーでくぎを打ちます。

 ブランビイはレンガをつんで、モルタルでかためます。


 夕方には立派な山小屋と しっかりしたかまどができあがりました。

 小屋のすきまにはワラがつめられ、中にはワラであまれたしきものやコートが入っています。


「たきぎはたくさんつんである」

「これでここでじゅえきをにつめられる」

「こんどはここになべをもってこい」


 メイプルグランマは目をほそくして三人にお礼を言います。


「はい、ありがとうございます」


 メイプルグランマは山を下りて なべとびんとたべものを持ってきました。




   ***




 メイプルグランマは三人にパンとかえでスコーン、それにできたてのメイプルシロップの入ったびんをわたしました。


「おっ、これだこれだ」

「これでパンがうまくくえる」 

「スコーンもだ」


 三人はシロップのびんを高く上げて うれしそうにします。

 そこへたれ耳ウサギのロップがやってきました。

「ここにいたの? メイプルグランマ」


「ああロップ、ここまで来てくれたの? ありがとうございます」


「はいこれ、たのまれてたつくろいもの。

 そうだ、メイプルグランマ、ここらで木こりのオオカミさんがさんぞくに会ったんだって。

 パンとぶどうしゅをとられちゃったっていってたわ」


「まあ、そうなの?」


「うん、だからじけいだんが山にのぼって さんぞくがりをするって。

 メイプルグランマも気をつけないと」


「そうなの、ぶっそうねえ。あなたがたも――――あら」

 気がつくとさんぞくたちはどこかへいなくなっていました。

「あら、こんなりっぱなこやに、まきおきばにかまどまで。だれがつくってくれたの?」


 メイプルグランマは三人の足あとを見ながら目をほそめて言いました。

「そうねえ、とってもやさしいひとたち、かしらね」




 さんぞくたちは後ろをふりむきながら 足早に山をはなれます。


「じけいだんだと?」

「さっきのはなし、きけてよかったな」

「できるかぎりはなれよう」


 さんぞくたちは走りながら メイプルシロップのびんをながめます。


「うまそうだな」

「だいじにくおう」

「ふゆにしかつくれないらしいから、ほとぼりがさめたら またつぎのふゆにこようぜ」


 さんぞくたちはやぶをかきわけ谷をぬけると どこかに行ってしまいました。




   ***




 やがて冬もおわりに近づき、山にはあたたかい風がふきました。

 木の根元から雪がとけ、緑がかおを出します。雲の間からは光が射してきます。

 サトウカエデの木は えだの芽がふくらんでいました。



 メイプルグランマは サトウカエデの幹をやさしくなでると、一言こうつぶやきました。



「はい、ありがとうございます」



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