030-3
りおなは腰のポーチに入ったトランスフォンを取り出して開き変身の文言を声高に唱える。
「バーサーカー・イシューイクイップ、ドレスアップ!」
瞬時にりおなは閃光に包まれそれまで身に着けていたロマ風の『インプロイヤーイシュー』からキジトラ柄の着ぐるみのような装備に変更される。
変身を終える時間を惜しむように、りおなは階段にあおむけになった状態から錆び付いた鉄の巨体を力任せに殴りつける。
鈍い轟音と共に筐体は少し浮き上がりりおなを守っていたチーフたちは重圧の縛めから解放された。
間髪入れずにりおなは殴りつけて歪んだ部分にハイキックを見舞う。
それまで4人にのしかかっていた『ラスティ・ベンディング』は吹き飛ばされた。
また祭壇の最上部まで戻される。そのまま後ろに倒れ込みそうだったが、商品受け取り口部分から大きな咆哮を上げ、何とか体勢を立て直す。
りおなは反撃する間も与えず左手を前方にかざし強く念じる。
左手の前には光の柱が横に伸びた。中からねじれたキジトラネコのシッポのような武器、『キンクテイル・メイス』が現れる。
事前にチーフからは
『例えば鉄やブリキでできた相手などにはレイピアの攻撃は効果が低いので各装備にはレイピアとはまた違う〈サブウェポン〉を搭載してあります。
各装備の長所を引き出す武器ですので有効にお使いください』
と言われていたが、当のりおなは実のところ聞き流していた。
今彼女がサブウェポンを
りおなはキジトラ柄の『キンクテイルメイス』を両手で持ち横に振りかぶり一気に振り抜く。
高さ9mもの『ラスティ・ベンディング』は、りおなの一撃で後方に5m程吹き飛んだ。
すぐさまりおなは右手に力を集中させると半物質化した大きなヒグマの腕がりおなの手を覆うように現れる。
りおなは『ラスティ・ベンディング』にとの距離を一気に詰めた。
ヒグマの爪を逆袈裟に振るうと赤錆びの浮いた胴体に四本の爪跡が深く刻まれる。
『ラスティ・ベンディング』の口のような部分からは悲鳴のような不快な音が石室中に響き渡るが、りおなは意にも介さず次の行動に移る。
りおなが右手を前にかざすと『キンクテイルメイス』とヒグマの腕は消え、りおなの手を中心に光の柱が水平に現れる。
その中から出現したのは――――縫い付ける能力を持った突剣、ソーイングレイピアだ。
りおなは『ラスティ・ベンディング』の周りを滑るように走り、筐体の台座部分と祭壇の石床を光の糸で何十か所も縫い付けていく。
対象を行動不能にする技『ストップショット』だ。すかさず、りおなは階段にいるメンバーに声を張り上げる。
「みんな、どれくらい
りおなが飛ばした檄にに反応しディガーとウェルミス、ジゼポが階段を駆け上がった。
各々スタグネイトの射出口となった商品取り出し口を避け、横部分をガントレットやメイス、斧で打撃を加えていく。
だが、当の『ラスティ・ベンディング』は特に痛痒を感じている様子はない。
筐体の下部分に多少のへこみや傷がつき、赤錆びが飛び散るがそんな事よりも、とばかりにその巨体を再度揺らしだした。
レイピアで縫い付けられた光の糸の縛めを解こうとする。
事実、一揺れする度にひとつ、またひとつと縫った光の糸が切れていく。
それに対して前衛のさんにんは渾身の力を込めて間断なく攻撃を加えている。
だが、思ったほどのダメージは与えられていない。
りおなはチーフから『なるべく攻撃せず、防御や回避に専念してください』と釘を刺されていた。
――状況が状況じゃ。また動き出して倒れ込み攻撃仕掛けてくるかもしれん、
ちゅうより、どんだけタフなんじゃこいつ。
「あー、もー! キリがないけん、りおなも攻撃するわ!」
――チーフからの指示なんか知らん!
りおなは今現在自分が置かれている状況だけでなく自分自身にも腹を立てていた。
名作RPGを何度もやりこんでソーイングフェンサーとして戦闘経験もだいぶ積んできた。
だから異世界の洞窟を踏破するのも容易いに違いない――そんな油断や慢心が心のどこかに無かったか――?
それ以上に腹が立つのがやはり今も頭に残る激痛だ。
チーフたちが庇ってくれなかったら今頃は、なんて考えたくもない。
じんじんと痛む頭は余計なことを考えずただ目の前の相手を倒す、それのみにりおなを集中させた。
ソーイングレイピアを石室の天井に向けりおなは『ラスティ・ベンディング』に攻撃していたメンバーに叫ぶ。
「りおな、こいつに一撃くらわすけ、あんたがた一旦離れて!」
言いながら右手の親指をレイピアの鍔、ミシンを模した背の部分のスイッチに手をかけ剣針を飛ばし天井に突き刺す。
単分子ワイヤーがピンと貼られているのを確認すると、りおなはしゃがみ込みジャンプするのと同時にスイッチを離してワイヤーを一気に巻き戻す。
バーサーカーの跳躍力とレイピアの相乗効果でりおなは石室の天井近く、『ラスティ・ベンディング』のはるか上まで跳んだ。
その巨体の前面頭頂部を目標に定める。
他のメンバーが十分に離れたのを目視で確認するとりおなは両足を天井に着け膝に力を溜めるようにゆっくりと曲げた。
「『ネコキック』!!!」
一声叫ぶのと同時に両足で天井を強く踏み込み身体そのものを巨大な鉄の塊に向かって撃ち出す。
瞬時に体勢を変え右足を『ラスティ・ベンディング』の前方頭頂部に向けた。
轟音と共に高さ数mもある巨体を縫い付けた土台の縛めも易々とちぎり飛ばす。 『ラスティ・ベンディング』は後方に十数mほど吹き飛ばされ祭壇の最奥部の壁に派手にぶつけられた。
頭頂部が大きくへこみ、取り出し口からは悲鳴も唸り声も聞こえなくなる。あまりの衝撃に一時的に沈黙したのだ。
「さ、今のうちじゃ! みんなこいつにトドメ刺して!」
ネコのように着地したりおながメンバーに声をかけると、再び前衛のさんにんは壁に二割ほどめり込んだ筐体に絶え間なく打撃を加えていく。
そしてついにその時が来た。
ディガーやウェルミス、ジゼポの渾身の同時攻撃により『ラスティ・ベンディング』は咆哮を上げた。
赤茶けてサビの浮いた巨体からは黄色い光に変換されゆっくりと消えていった。
自分たちの
コビ・ルアクとアラントは油断することなく一体ずつ着実に倒していく。
最後の一体、ポリバケツスライムを倒すと石室の中には再び静寂が戻った。
少しの間辺りを見回し新たにスタグネイトが現れないのを確認すると、りおなは大きく息を吐いてその場に座り込んだ。
『ラスティ・ベンディング』がいた場所には今までのスタグネイトが持っていなかった、大きさも輝きも違う大きな鉱石が何個も落ちている。
白紙のカードも何十枚もあった。ディガーたちが誇らしげに両手で鉱石を持って頭上に上げていた。
「お疲れ様、よりも先に謝らなければなりませんね」
チーフはりおなに正対して深々と頭を下げる。
「五十嵐の先行探索のデータを鵜呑みにしていたきらいがありました。まさか、『ラスティ・ベンディング』が直接攻撃を仕掛けてくるとは……正直
チーフはまたもりおなに謝罪する。
「んや、もういいっちゃ。それより、ケガしてるヒトおらん? 一気に治すけ、みんな集まって」
『ラスティ・ベンディング』やスタグネイトたちがドロップした素材の回収を終えたパーティーメンバーはりおなの元に集まる。
ソーイングレイピアを眉間に当て、『ヒールクローバー』を使った。
高く掲げたレイピアから緑色の光に包まれたクローバーが降り注ぎ冒険者たちの傷が癒されていく。
スタフ族の布の裂け目だけでなくブリキ製のティング族やゴム製のラーバ族の傷やへこみまでもがみるみるうちに修復される。
ついでにとりおなは自分の頭にレイピアをかざしこぶを治した。今までの痛みがウソのように消える。
――ふう、なんか頭の中のモヤモヤとか怒ってたんもなんかすっきりしたわ。
ダンジョン攻略が一通り終了したのを確認し、りおなはチーフに少し気になったことを尋ねる。
「あんた、自販機倒れ込んで来た時、広間におったけど。
なんでディガーたちとおんなじにあの攻撃止められたん? 瞬間移動でも使えんの?」
攻略が終わって気が抜けたせいか、りおなは少々ボケて尋ねてしまった。
が、気付いた時にはもう遅かった。
「はい、私はいざという時に備えて高速移動『クロック・アップ』を習得しています。
使える時間、距離は限られますがそれでも役に立って良かったです」
「…………」
チーフの返答を受けてりおなは目をつむり口を引き結んでしばらく黙り込む。
――なんじゃその特撮ヒーローが使うような技は! ぬいぐるみが覚える技じゃなかろう!
というツッコミを飲み込んだ。
様々な免許や資格を業務用ぬいぐるみたちがどのように取得するのかは解らない。
だが、チーフにとって免許や技などは『あったらあるだけ覚えるタイプ』らしい。
――まあ、りおなもゲームなんかじゃったら、覚えられるだけ覚えるけども。
このスーツ姿のぬいぐるみはその限度とか知らんからのう。
りおなの考えを知ってか知らずか、当のチーフは腕時計をちらりと見る。
「みなさん、当初の予定よりだいぶ時間が押してしまいました。長居は無用です、帰還しましょう」
「えー、今来た道歩いて戻ると?」
りおなの疑問に
大丈夫、ダンジョン帰還用の道具はちゃんとあるわ。
彼女がバッグから取り出したのは何か書きつけられた一枚のカードだった。
大きさはカードタイプのスタグネイトが、素材として落とすものと同じだった。
その場合は何も書かれていない真っ白なものだ。どうやら何らかの効果をもたらすカードの材料になるらしい。
コビ・ルアクは石室の中央部分に白い小石のように固めたチョークで直径2mの円を書いた。
その中に五芒星のような直線やノービスタウンの入り口似合った石板に書かれていたのと同じ文字を書き連ねていく。
――あーー、この文字、Rudiblium古代文字とかじゃったっけ。
終わったわ、さ、みんな中に入って。
りおな達一行が円の中に入ったのを確認するとコビ・ルアクは円の中央でカードを掲げ一声唱える。
『
次の瞬間、りおな達一行の身体は白い光に包まれた。りおなは思わず目を閉じると、光に包まれた冒険者たちは縦のマトリクスに変換され石室から消えた。
次にりおなが目を開けるとディッグアントたちが掘った穴の前、洞窟に入る前、コビ・ルアクが書いた円の中にいた。
辺りはすっかり暗くなり満天の星空が広がる。チーフは携帯電話を確認すると一声上げる。
「課長からだいぶメールが来ています。早く帰りましょう」
りおなは胸を反らし表の新鮮な空気を胸一杯に吸い込む。
――まあ色々反省点はあるけどにゃ。
終わりよければ何とやらじゃ。あーー、おなか減った。
りおなは胸の裡でそうつぶやき仲間の待っている街、『ノービスタウン』に帰った。
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