030-2

「あんのチンピラウサギ、ウソ教えたんじゃないでしょうね。もしそうだったら身体中の毛、全部むしって丸裸にして街中まちなかでハロウィンパレードさしてやる!」


 腹立ちまぎれに物騒なことを言いながら、陽子は腰のポーチに入った相棒、タイヨウフェネックのソルに尋ねる。


「ねえ、ソル。私たちが貰った『春の欠片かけら』、それと同じ波動、っていうか気配この世界で感じない?」


 一方の質問を受けたソルはポーチの中でくだんの卵形の石、『春の欠片』を抱きかかえていた。

 さらには自分の体長ほどもある長い耳を身体に巻き付けて目を閉じている。我関せずといった調子で眠っているのだ。


「こら! ソル! ここで寝てたら冬眠どころか全員永眠するわよ! サボってないでマジメに探しなさい!」


 陽子に一喝されたソルは大きなあくびを一つして身体を震わせたあと伸びをする。

そのあと抱き抱えていた『春の欠片』をとがった鼻ですんすんと嗅ぎ辺りを見回した。

 が、あまりの寒さにポーチから一旦は出しかけた顔をまたひっこめる。

 陽子はすぐにソルにも彼用のグラスウール製のダウンジャケットを作ってやった。


 細長い体に全身を覆う分厚いジャケットをつけたソルは、ポーチを出て陽子の頭の上で鼻を鳴らす。

 吹雪に流される細長い耳をそれでもなんとかピンと立て何かを探すようにあちこちに傾ける。

 そんな作業を30秒ほど続けていたソルが何かを感じ取ったらしい。

 ある一方向を見て小躍りするように跳ねながら、主人に何かを伝えるようにキイキイと甲高い声で鳴きだし、また元のポーチに納まった。


「あっち、でいいのね?」

 ポーチに入ったソルを陽子はポーチを揺すって確認するが当のソルはまたも『春の欠片』を抱き抱え目を閉じた。

「まったく、食っちゃ寝食っちゃ寝なんだから」

 陽子はぼやきながらもソルが示した方角に向かうようヒルンドに指示を出す。遠目には鋭角な山の稜線が見える。


 ――どっちにせよこんな所でじっとしてたって何も始まらないしね。

 とりあえず先に何があるかわかんないのはいつものこと。


 陽子は心の裡でそうつぶやき、イルカのヒルンドと共に飛び出した。



   ◆



「はー、りおなはこんな自販機見たこと無いわー、そもそもデカいし」


 りおなはそれ・・を見た時、率直な感想を述べる。

 捨てられた玩具に『落胆』や『失念』、『諦観』や『停滞』の概念が込められたこの世界のモンスター、スタグネイトが先ほどとは打って変わって全く出なくなった。

 洞窟内の直線の道を5分ほど進んだ一行は急に開けた場所に出た。


 学校の体育館ほどの大きさにくり抜かれた石室の最奥部に、祭壇のような階段があった。

 その一番高い部分にりおなの言うそれ・・『錆び付いた自販機』ラスティ・ベンディングがそびえるように立っていた。


 高さが約9m程、横幅は3m程だろうか、元々のカラーリングは赤だったのだろうが、かなり錆び付いて赤茶けている。

 前方の上半分には何かおもちゃたちが多数描かれ、薄汚れたアクリル板がそれを覆っている。


 中央右部分にはコイン投入口、下方右部分にはお釣り返却口が配置されている。

 りおな達が近付くまでは静寂を保っていたが、一行が奥の部屋に入った途端、壁や天井に所々に生えていたコケやキノコの類がそれぞれ赤や緑に怪しく光り、『ラスティ・ベンディング』を照らし出す。


 それに応えるように自販機の下部分、恐らくは商品受け取り口だったであろう部分から不気味な唸り声のような音が鳴りだした。


「さって、みんな、頑張ってやっつけよう!」


 りおなの一声でパーティー全員の士気が上がり、事前に探索を済ませていた五十嵐のレポートをもとに攻略が始まった。

 前衛のさんにんが階段を駆け上がると商品受け取り口の部分から直径1mほどの球体がいくつか撃ち出された。

 広間のあちこちに大きな音を立てて落ちる。巨大化したガチャガチャのカプセルだ。

 カプセルがもがくように動き、二つに割れた中からはパーティーが倒してきた怪物たち、スタグネイトたちが再び現れる。


 種類は『岩山の洞窟』に現れたものと同じだが、スライムやフェイクラバー、トレーディングカードやシールやシールなど各階に現れたものが混在している。

 それと同時に岩壁の割れ目からソフビフィギュアたちも現れ、『ラスティ・ベンディング』を守るようにパーティーに立ちはだかる。


「みなさん、まずは一般のスタグネイトたちから先に倒していきましょう。

 ある程度の数を放出した『ラスティ・ベンディング』はしばらくは何もできませんし、移動もできません!」

 チーフが全員に大声で注意を促す。


 巨大な自販機を攻撃すべく階段を駆け上がったさんにんは広間に戻る。それまで静寂を保っていた石室の中は一気に混戦状態になった。


 『カプセルに封入されたスタグネイトを一定数放出させると五分ほどの間は『ラスティ・ベンディング』は攻撃も防御もできない。

 そしてその場を動くこともないので、攻撃時間を増やすためには一般のスタグネイトたちを素早く殲滅させること』

 という五十嵐の先行探索のレポートにあった指示通り、パーティーメンバーは今までの戦闘経験に基づき、スタグネイトを着実に減らしていった。


 どのスタグネイトも洞窟内を徘徊しているものより種類は同じだった。

 しかしボス敵から射出されたものだからだろうか、若干強さが増していたが、格段に上という程でもない。

 ある者は、フィギュアを優先的にまたある者はシールやカードを専門にという具合に素早く、そして着実にスタグネイトたちの数を減らしていった。


 そして、広間のスタグネイトが残り三体ほどになった時に異変は起きた。

 最初のスタグネイトが入ったカプセルを射出して四分ほどしか経過していない。 それにも関わらず『ラスティ・ベンディング』はまた唸り声を上げた。

 そしてカラカルのアラントの無防備な背中に向けて先ほどとは比較にならないスピードでカプセルを射出してきた。


「りおなさん!」


 チーフの叫び声に反応したりおなは、カプセルがアラントに命中するより先にカプセルの軌道に飛び込んだ。

 ソーイングレイピアで彼女をガードする。


 轟音が広間に響き渡り、直径1m程のカプセルは砕けて中からひときわ大きなポリバケツスライムが現れた。

 りおなは両手でガードしたがその衝撃で全身が痺れるようだった。


 ――っっううぅぅぅx----。でもアラントが無事でよかった。


 それ以上に、りおなやチーフだけでなく他のメンバーにも動揺が走った。

 明らかに五十嵐が先行探索してまとめていたのと行動パターンが違う。


「やっぱし、長い間放置されてたからストレス溜まっとるんかのう?」

 りおなは他のメンバーの動揺がこれ以上大きくならないようわざと軽口を叩く。


「その可能性も否定できませんが、明らかに五十嵐が探索した時と状況が違います」


 チーフが指摘するように『ラスティ・ベンディング』は大きく唸るような音を立てた。

 それまでいた位置から筐体をわずかに揺らしながらじりじりと広間に向けてその巨体を動かす。

これも五十嵐がまとめたレポートには無かったものだ。筐体が前進するたび石室が地響きを立てる。


「なんじゃありゃ、ここまで来ようと?」


「それは解りませんが、五十嵐がまとめたレポートは参考までに、という事になりますね」


「んじゃあ、しょうがない。作戦変更、コビ・ルアクとウェルミス、それからアラント、あんたがたは広間で待機してスタグネイト退治! 

 ちょっと人数減るけどがんばって! 

 それから、ディガーとジゼポ、りおなと一緒にあのデカいの降りて来る前にやっつけちゃろう!

 んで、チーフ!」

 りおなはダンジョンの中にいても変わらずスーツ姿を押し通すぬいぐるみに声をかける。


「あんたはアラントのことガードして! 言うたってまだ洞窟初体験じゃから」


「解りました! りおなさんも気をつけて!」

 チーフは言いながら襲いかかってきた自分よりやや大きなソフビ人形と組み合った。

 非常に滑らかな動きで(何故か)大外刈りでソフビフィギュアを地面に倒した。

 そのあとすぐ、アラントがフィギュアの胸部分を鉄の爪で突き刺し確実にとどめを刺す。


 りおなは四人だけでも何とかスタグネイトたちと渡り合えるのを確認する。

 巨大な自動販売機は地響きを立てて唸り声を上げながら微速ながら広間に向かって来る。

 それを倒すため、ディガーやウェルミス、ジゼポと共に階段を駆け上がった。


 りおなが祭壇の上部分に駆け上がった次の瞬間、無機質で巨大なな鉄の塊はまたもりおなたちの予想を超える行動、攻撃を仕掛けてきた。

 単純ながらもっとも効率よくダメージを与える攻撃『質量』。

 つまりは『錆び付いた自販機』ラスティ・ベンディングはその巨体をそのまま前に傾けりおな達を押し潰そう・・・・・・・・・・倒れ込んできた・・・・・・・


 りおなは一瞬、何が起こったのか解らないほど、刹那の出来事だった。

 コケやキノコ、ホオズキホタルの明かりで照らされた視界が急に暗くなった。

 黒い影が眼前に迫り、鉄錆びの匂いが鼻をつく。まばたきも出来ない程の短い時間に頭に強い衝撃が走った。りおなは意識せず目を閉じる。


 自分の中ではかなりの時間が経ったように感じ、りおなは恐る恐る目を開ける。 頭はじんじんと痛み、辺りは『ラスティ・ベンディング』が倒れ込んだ影響で砂ぼこりが舞っている。


 りおなは自分の状況がとっさに把握できなかった。

 あのでっかいのんが動けるってことは、倒れるかもしれんって考えるべきじゃった。

 真正面から突っ込んだのは完全にウカツじゃった。


 今更ながら自分の軽率さが悔やまれる。


 それにしても自分が座り込んでいる場所は階段だが、わずかだが階段と『ラスティ・ベンディング』、そして自分の間には隙間がある。本来ならあの巨体につぶされているんじゃないのか? 自分のことながらりおなは不審に思う。


 砂ぼこりが晴れた時、りおなはようやく自分が置かれた状況を把握できた。自分が頭を打っただけで済んだのは偶然やラッキーだったからではなかった。

 少なく見積もっても数百kgもある巨体を両手や身体で受け止め支えていたのはティング族のディガー、きこりのジゼポ、そして広間でアラントのサポートに徹していたチーフだった。


「あ、あんた……」

 りおなが出ない声を振り絞ろうとするとチーフはすぐさまりおなに告げる。


「無事ですか、りおなさん」

 普段は飄々とした彼だが、苦しそうな、それでいてりおなをを気遣うように伝える。


「このままでは長くは保ちません。―――」


 チーフの指示を受けてから、りおなの中からふつふつと怒りがこみあげてくる。 ただ不意を衝かれただけではない、冒険者たちを巻き込んでしまったこと、特に普段はまるで戦闘に向かなさそうな身体つきのくせに真っ先に身を挺して自分を守ってくれたこと。


 それに落胆や失望の感情を浸みこまされて撃ち捨てられた人形達に対するやるせない感情。そしてそのスタグネイトたちを結果的に増殖させた原因不明の現象『大消失』。


 どれをとってもりおなには受け入れがたく、それと同時に自分が出来ていることなどごくほんのわずかなのだと思い知らされた。



 りおなは腰のポーチに入ったトランスフォンを取り出して開き変身の文言を声高に唱える。

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