030-1 落 胆 stagnate

 りおな達一行は『岩山の洞窟』の中ボスを倒してから帰還する、ということで話をまとめダンジョン探索を再開した。


 ――この『岩山の洞窟』は全体で地下三階までで、今りおな達が休憩を取ってるとこが地下二階か。  

 んでも下り階段は全然整備されとらんわ、ゆるいスロープじゃな。通路をあちこち材木で補強してんのか。


 一行はホオズキホタルの明かりを頼りに地下三階まで下りる。


 ――五十嵐っちゅうひとはある意味ではだけど、有能じゃな。

 『落胆スタグネイト』たちの情報だけやなくてダンジョンのマッピングまできっちりタブレットに入力してあるわ。

 おかげで、全然迷わんで進めるにゃあ。


 地下三階に来るとスタグネイトの種類もがらりと変わりトレーディングカードやシールが主体になっていた。

 もっとも人間世界で売られている物とはサイズが違い、シールは一辺が60cm程の正方形、トレカはA3ほどのサイズで厚さは5mmほどとだいぶ大きかった。


 数枚から十数枚がひと塊でダンジョン内の地面や壁、天井を滑るように動く。  印刷された画像が半透明の状態でシールやカードから出現しパーティーメンバーを攻撃するものだった。

 

 ――んでも前もってレポートで情報知っとるからにゃ、楽勝じゃ。


 五十嵐(役職は課長らしい)のレポートによると「版権を無視したまがい物は『動きは統一性もなく実体化時間が長いため攻撃、回避も容易』、『トレカはいわゆるダブりカードでレア度が低いため所詮数頼み』などと書かれていた。


 そして『実体化している側ではなくカード本体を攻撃した場合、素材アイテムをドロップしなくなるので注意が必要』とあった。

 そのため古参の冒険者はともかく、きこりのジゼポとカラカルのアラントは用心深くカードたちを引き付け実体化する瞬間を狙って攻撃を加えていった。


 ――やっぱしこのダンジョンおかしい。強さが地下二階のよりめちゃくちゃ強いのもおるけど一階のやつより弱いのもいるわ。

 ほんとにバランス悪いのう。

 その五十嵐っちゅうひとからはたいした差でもないんじゃろうけど、ダンジョン初心者のふたり、特にアラントにはちょっと荷が重そうじゃな。


 ともするとカードたちに翻弄され、その都度りおなやチーフは彼女の援護や防御に回った。


 だが、実際にりおなを苦しめたのは実体化したカードの強さ以外のものだった。

 例えば小さな身体にコウモリのような羽を生やした小型の悪魔、〈飛翔鬼〉グレムリンは十数体が洞窟内をバサバサ飛び回りとがった爪や歯で冒険者たちに攻撃を加えてきた。

 幸いダメージそのものは小さかったが羽虫のように忙しなく羽ばたいて襲って来るためりおなを軽くイラつかせた。


 さらにタチが悪かったのが、豚の頭を持つ肥っていて粗雑な装備を身に着けた亜人種、〈醜豚鬼〉オークのカードで、出現した途端に工事現場にある簡易トイレのような悪臭がダンジョン内に立ち込めた。


 りおなは鼻を押さえながら

「くっさ! オークめっちゃくさ!」

 を連呼しその声はダンジョン内に響き渡った。


 思わず反射的に実体化した部分ではなく、カードそのものをレイピアで突き刺そうとした。

 だがチーフから『素材が手に入らなくなるから』とやんわり制止された。


「『クサいヤツからさきにたおせ』とか作戦無かと!?」

 腹立ちまぎれにチーフにがなるが「そこまで細かい作戦はないです」とあっさり却下される。


 〈醜豚鬼〉オークのカードを倒し終わったあと、〈調香師〉パフューマーのコビ・ルアクからオレンジの甘い香りのするお香を焚いてもらって人心地ついた。

 だが、〈矮小鬼〉ゴブリン〈鼠頭人〉ラットマンもある程度の異臭がしたが〈醜豚鬼〉の悪臭は耐えがたいものがあった。


 自分が言い出した手前、後に退けないというのもあったが内心妙な所でリアリティーを出してくるスタグネイトたちに、りおなはまたもその名前の由来通りに落胆しかけた。

 チーフは相変わらずけろりとした表情を崩さない。

 臭くはないのかと尋ねたら「私たちの嗅覚は鋭すぎるのですぐに麻痺してほとんど感じません」との答えが返ってきた。


 ――ソーイングフェンサーの装備品は、身体能力が上がるらしいけど、次アップデートするときは絶対『悪臭カット』のアビリティつけて欲しいわ。

 でないとようけ冒険できん。



 地下三階について間もないころはとまどうばかりの新人冒険者のふたりだった。 だが30分も経った頃には、だいぶカードやシールタイプのスタグネイトたちにも十分対応できるようになっていた。それを見たりおなは安堵の息を漏らす。


「最初はちょっと強行軍かと思うちょったけんど、以外といけるもんじゃね」りおなは冒険者たちに率直な感想を述べる。


 いや、以前よりわたしたちの成長速度は飛躍的に上がっている。


 ブリキ製の身体を持つティング族のディガーがりおなに返す。

 その両腕は以前のマジックハンドのような丸い、物をつかむだけの手の上にごつい五本指の鉄の籠手ガントレットが取り付けられている。

 もちろんりおなが『心の光』を注ぎ込んだ一品だ。元からその腕が生えていたかのように滑らかに動き小さい小石のような物でも繊細につまめる。


 この世界に来た時からこの腕だったような気さえする。

 攻撃や防御だけでなく細かい作業もらくにできるし、それになにより。


 身長180cm程のティング族はりおなに告げる。


 他のメンバーが次にどうしたいか、自然に解るようになっている、それもこの装備のおかげだな。


 ディガーは腕に着けられた腕輪を見てそう言う。


「ブレスレットのおかげですね」

 チーフが注釈を加える。

「この腕輪を装着している者同士はパーティーを組んでいる間、お互いの思考回路を一部共有することができます。

 それで、連携がスムーズにできるわけですね。

 それになにより、『ウェアラブルイクイップ』を装備していることによってLvアップや技の習得が格段に速くなっています。

 今回はりおなさんも討伐に加わってもらっています。

 ですが次回以降はりおなさん抜きでも『錆び付いた自販機』ラスティ・ベンディングを倒せるようになりますね」


「え? ボスとかって一回倒したらもう出ないようになるんじゃなかと?」


「いえ、スタグネイトは時間経過とともに復活、または再生します。

 ここRudibliumには人間界からの様々な感情が『情報の海の生物』たちが運んできてはそれぞれに対応した階層セフィラに送られていきます。


 ダンジョン内部を徘徊する物たちは比較的速く、ここ『岩山の洞窟』に限らずボスに関しては相応に時間がかかりますが、それでも幾度となく復活することには変わりありません。


 だからといって倒すことに意味が無いわけではないです。

 りおなさんがいう所の中ボスともなれば、倒した時にドロップする素材も価値が高いものが出ますし、深い階層を徘徊しているスタグネイトたちも一時弱体化します。

 逆に言えばボスを倒さず放置し続けると一般のスタグネイトたちも活性化し数も増えます。

 ああ、説明が長くなりましたね、では、奥へ向かいましょう。殿しんがりは私が務めます」


 チーフはそう言うと冒険者たちを促した。『虫使い』インセクトティマーのウェルミス、ティング族のディガー、それにきこりのジゼポが前衛を行き、のこりさんにんとりおな、チーフが後に続く。

 洞窟はやがて天井が高い一本道になった。シールやカードだけでなくフィギュアやフェイクラバーなども今までとは打って変わって全く出なくなる。


「ねえ、チーフ。この先って……」


「ええ、察しの通りこの最深部にはここのボス、『錆び付いた自販機』ラスティ・ベンディングがいます。皆さん気を引き締めてください」


 チーフの言葉でパーティー全員の士気が上がったように各々歩調が速くなる。りおなも我知らずレイピアを握る手に力が入った。



   ◆



「ぶわぁああああっ! さぶっ!」

 視界だけではなく、身体の芯そのものや思考回路まで凍てつくような吹雪の中に彼女たちはいた。

 吹雪と同じく真っ白な装甲に身を固めた女性が、自分の中の混乱と想像していなかった状況を外にぶちまけるように大きく声を上げる。

 声の主はりおなが旅立ってすぐ後を追ってきた陽子だ。


「なんで、『おもちゃの国』が猛吹雪なんだっつーの!」


憤懣遣ふんまんやるかたなし、といった感じで大声で叫ぶが当然のように返事は返ってこない。

 聞こえてくるのは魂すら凍り付きそうな吹雪の音だけだ。


「もう、状況はわかんないし、さぶいし、サイアク」

 ぶつくさ言いながらかじかむ手を動かし、なんとか腰から提げたホルスターから刃の無い剣の柄のような物を取り出す。

彼女の切り札といえるもの、『グラスクリスタライザー』だ。


「ソル、ヒルンド、生きてる? 今、装備変えるからね」


 陽子は言う間も惜しみ、柄の銀色の薔薇の意匠の鍔の部分を額に当て強く念じる。

 程なく陽子の身体を覆っていた装甲が、彼女の身体にぴったりしたものからダウンジャケットのように大きく膨れ上がる。

 同時に両脇に身体ほどもある大きなヒレを持ったイルカ、ヨツバイイルカのヒルンドにも同様に装甲が膨れ上がり、ほっそりしたイルカの身体は白いクジラのようになった。


 彼女の持つ『グラスクリスタライザー』は石英、道に転がっている石や砂利、砂をほぼ常温でガラス化し任意の形状、質感に変えられる。

 吹雪のまっただなかにあって、雪や風は何とか防げても装甲から浸みてくるような寒さだけはどうにもならない。


 陽子は外装をやや薄目にし内側のガラスを羽毛状、つまりはグラスウールに作り替えた。

 程なく、身体のラインに沿った外装から着ぐるみのように丸みを帯びた状態に陽子とヒルンドは外見を変えた。

 間断なく吹きすさぶ吹雪は、陽子が外装を変えてなお激しさを増してきたようにも思える。


 五分ほどその場で身体を動かしていると体温を奪われてかじかんだ手足の感覚がだいぶ戻ってきた。

 人心地着いた陽子は改めて現状を確認する。

 見渡す限り360度青みがかった灰色の吹雪だけ、目をすがめて遠くを見やるとかろうじて針葉樹林らしき紺色の影が見えるだけだ。


 左手首に装着している外気探知機を起動させると、地球とほぼ同じ大気で構成されているのは間違いない。呼吸は出来るわけだ。

 ただ、一番の問題はやはり気温だ。マイナス10度、真冬の北海道と同じくらいで追い打ちをかけるような猛吹雪、体感ではさらに15度ほど下がるだろう。



「あんのチンピラウサギ、ウソ教えたんじゃないでしょうね。

 もしそうだったら身体中の毛、全部むしって丸裸にして街中まちなかでハロウィンパレードさしてやる!」

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