029-3
その後も古びた炭坑内の探索は続いたが、『大消失』の影響でしばらく冒険者たちの討伐が途絶えていた。
そのためか、スタグネイトたちは間断なくりおな達に襲いかかってきた。
その種類もある意味豊富で、人間大の大きさの怪獣のように組み立てられたブロックや積み木、知恵の輪などや、スーパーボール、けん玉などが意思を持ったように動き回っていた。
りおな達を確認すると襲ってくるが、そのたびにスタフ族たち冒険者が迎え撃つ、その繰り返しだった。
特にスーパーボールなどは直径がバスケットボール大でダンジョン内をかなりのスピードで跳ねまわりりおな達を困惑させた。
続けて現れたのは洞窟内に不自然に置かれたポリバケツだった。
大きさはまちまちだったが、十数個が固まって通路内に置かれている。
「りおなさん、あれがこちらの世界のスライムです」
チーフが注意を促すようにりおなに告げる。
「スライム? えー、だってあれは――」
りおなが言い終わるより先にポリバケツのふたが一斉に開いた。
中からは緑や黄色、赤など原色のゲル状で、ほこりやゴミの混じった物体が泡立ちながらポリバケツから溢れ出し、りおな達に向かってくる。
その緩慢な動きのさなかにチーフが解説を始める。
「あれらは20年ほど前、おもちゃの自動販売機、通称ガチャガチャで販売されていたものです。
ある時期を境に自然消滅のように販売が中止されましたが、当時は大流行していました」
スライムたちはその不定形な身体をムチのように細長く伸ばしたり、あるいは拳のように固めて冒険者たちを攻撃してきた。
パーティーメンバーは臆することなく応戦する。
「あんなオモチャ、どうやって遊ぶと?」
りおなは攻撃せず冒険者たちにダメージが及ばないように、スライムたちをレイピアでいなしながらチーフに尋ねる。
「手に取って片手からもう片方に垂らして、というのを繰り返す。
ただそれだけでもその当時の子供たちは、そこにSF特有のワクワク感を感じていたようです。中には何個かを混ぜて遊ぶ子供もいたようですが」
――あれか、一番奥の大きいポリバケツのスライムじゃな。
色が混ざり過ぎて、洗いすぎた絵の具のバケツみたいにきちゃないわ。
そんでほこりまみれやし。
だれがどうみてもヘドロにしか見えんわ。うわ、泡立ってるし。
「ですが、パズルのように何度でも遊べるものでもなく、汚れてくると自然に飽きられ捨てられていったようです。
ここ最近は価値が見直されて自分で作れるキットも販売されているようですが」
「いや、最後の情報はいらん」
りおなは特に創って間もないカラカルのアラントに、攻撃が当たらないように防御のためレイピアを振る。
泡立つ粘液の攻撃を防御しつつチーフの説明にツッコミを入れた。
スライムの一団を倒し終えるとりおなは自分が前線に立っていたわけでもないのに大きく息をつく。
「ふいーーーー」
「りおなさん疲れたでしょう、どこかで休憩を取りましょう」
「そうじゃな、りおなもそれを言おうとしてたわ」
チーフの提案で一行は炭鉱夫たちが休憩所として利用していた小部屋を見つけそこで小休止することにした。
木製のベンチに腰かけあくびをしながら大きく伸びをする。
それを察した
気付け薬よ、体力が回復するだけじゃなく気分も良くなるわ。
「この
チーフの説明を聞きながらりおなは瓶のふたを開け一口飲む。
――んん? ちょっとクセあるにゃあ。んでもミントみたいにすっきりするわ。
りおなはさっきまでのやるせない気分からだいぶ立ち直った。
「あーいう昔のおもちゃがモンスター、じゃなくてここじゃと『
「場所にもよりますね。この『岩山の洞窟』のこの階層は昭和時代のおもちゃがメインになります。
さらに深い階に潜るとトレーディングカードやシールなど、多岐にわたる子供のおもちゃが潜んでいます」
「カードとかのモンスターってどんなの? あと、この洞窟、中ボスとかいんの?」
「ではこれを見てください。五十嵐が以前ここを探索した時のスタグネイトたちの情報をまとめてあります。
彼らの特性、能力、対策などを個別に記入してあります」
りおなはチーフから電子タブレットを受け取る。
ホオズキホタルの明かりの
他の冒険者たちはそれまで手に入れた戦利品を整理したり、武器の手入れをしていた。
「えーと、なになに? 〈『岩山の洞窟』のスタグネイト討伐報告書〉?」
りおなは最初の一文だけ声を出してそれからは内容を黙読していく。
「この五十嵐っていうヒト? かなり細かい性格じゃけど、それとおんなじくらいバトル好きじゃねー」
タブレットにはスタグネイトの詳細なデータが羅列してあったが、どの情報も 「フェイクラバー、日本の昭和時代の版権を無視して作られたゴム製人形たち。造形がお粗末なためか『動きが緩慢で単調』」
「ソフビ・フィギュア、稼働部分が少ないため『攻撃パターンが一定、単純過ぎる』」
「ポリバケツ・スライム、不定形のため動きが読みづらいがポリバケツが本体で、内容物が出ている間は移動しないため、スライムを相手にするより先にバケツを破壊すればいいので、『結局は雑魚ですらない』」
などと記されていた。
――――あれじゃな、これ読む限りじゃと、レポートっていうか閻魔帳じゃな。
りおなの担任の優ちゃん先生みたい。
その記述に対してどこかの鬼教師を連想させるものを感じ、少しだけ
スタグネイトたちの説明文を読み終えたりおなは、両手を上に伸ばし大きく深呼吸しながら伸びをした。
「なんていうか、おもちゃだけでなく色んな黒歴史、知った感じじゃわー」
「そうですね、オモチャは一見すると子供たちだけのものと思われがちですが、販売する側、大人たちの様々な事情、思惑が含まれます。
それが『落胆』の感情と複雑に絡まりあいスタグネイトを構成しています。言わばこれも人間社会の縮図の反映とも言えますね。
それよりこのダンジョンに入ってからかれこれ二時間は経過しています。
今日明日制覇しなければダメという事もないですし、ここは彼ら冒険者たちに任せて一旦引き上げますか?」
何秒か間をおいてりおなはチーフに返す。
「いや、『大消失』の影響でスタグネイトが増えとるんじゃろ? せめてここの中ボスだけでも倒してから帰るわ。
もちろん、りおなは他のメンバーのジャマにならんよう、防御だけに専念するわ」
「そうですか、りおなさんがそう言うなら」
チーフは立ったまま両手を前に組んでそう答える。
「ですが、夕飯までには戻るようにしましょう。
出がけに課長から、『街の住人たちから食材を大量にもらったから晩御飯は豪勢になる、早めに帰って来て』と言われてますから。
それにエムクマとはりこグマ、部長のお孫さんたちも留守番しています。状況や時間と相談して退く時は早めに引き上げましょう」
りおなはタブレットをチーフに返してから、ダンジョンに入る前から抱いていた疑問をチーフに投げかける。
「それはわかったけんど、あんた、なんでダンジョン探索でもスーツ着とるん?」
――他の冒険者のひとらが久しぶりの討伐ができるっちゅうから。
ダンジョンに入る前、みんなテンション高かったから聞かんままでいたんじゃけど。
でもやっぱし気になるけ、聞かないわけにはいかんにゃあ。
りおな自身は普段の『ファーストイシュー』ではなく『インプロイヤーシュー』の一つ、ロマ風の民族衣装のようなスカート姿だ。
『ファーストイシュー』より各戦闘能力は少し劣るが、自身が創ったぬいぐるみたちの成長スピードや連携技能の向上が速くなるという理由でこの装備にイシューチェンジしている(当然のようにネコ耳付きだ)。
――んでもチーフは、こんなカビとかコケとか見たことない草が生えてて。
おまけにジメジメして埃っぽいダンジョンでも事務所と一緒のスーツって、場違いにもほどがあるじゃろ。
スタグネイトたちとの戦闘の時も積極的に攻撃はしないまでも、他のメンバーが戦いやすいように相手を引き付けたり回避したりを難なくこなしていた。
なのに本人は(りおなもそうだが)服には一切の汚れが無い。
――課長も部長もそん時そん時服を替えるけど、チーフだけは初めて会った時から全然変わらん。
りおなからすればツッコみ待ちじゃろ。
聞かれたチーフは相も変わらず生真面目に返す。
「なぜって私は『業務用ぬいぐるみ』ですから。
この服が言ってみれば戦闘服です。いえ、スーツ姿というのはすべからく戦闘服と言うべきかもしれません」
「答えになっちょらん」
下唇を突き出して抗議するが当のチーフはパーティー全員に告げる。
「さ、皆さん、長居は無用です。ここのボスとも言えるスタグネイト、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます