031-1 湖 畔 lakeside

 りおな達一行はチーフが運転するオフロード車に乗って帰路についた。

『調香師』パヒューマーのコビ・ルアクからは『『岩山の洞窟』に魔方陣を作ったから『ノービスタウン』の入り口まで『帰還』リターンのカードで五秒も経たずに帰れるのに』と言われた。

 だが、りおなはどうしても車で帰りたかった。


 ――さくっと帰られるのはいいんだけどにゃ。

 りおな、ダンジョンの、特に『醜豚鬼』オークの匂いが身体に染みついてるかもしらんから、なるたけ風に当たりたいわ。

 チーフからは、イシューチェンジのたび新品同様になるとは言われたけどのう。 こういうのは気分の問題じゃ。

 それとは別にりおなとしてはそれ以外にも車で帰りたい理由があった。


「なあ、あのボス、『錆び付いた自販機』ラスティ・ベンディング

 あれが動いたりのしかかり攻撃したのってやっぱし『大消失』で探索に間が空いたから凶暴化したと?」


 りおなはオフロード車の助手席に座り、運転中のチーフに尋ねる。

 ――反省会っちゅうわけでもないけど、帰るまでに色々聞けることは聞いとこう。


「現時点で可能性が最も高いと思われる理由はそれですかね。

 あるいは『悪意』を『心の光』に変えるシステム、それ自体が弱まっているのも作用しているのかもしれません、断言はできませんが」


「んー、そうか。んじゃやっぱり多少無理してもやっつけてよかった、って思えばいいかのう?」


「ですね、五十嵐の先行探索の情報は『大消失』以前のものでしたから。

 五十嵐本人も『落胆』スタグネイトが彼にとっては弱すぎたため、探索も一回だけで済ましています」


「うーん、まあ、ゲームでも一回攻略終わったダンジョンは実入りが無い限り行かんけのう。

 んじゃ、次の質問、ダンジョンちょっと壊しちゃったけんじょ、あれってあのまんま?」


 りおなの言う『ちょっと』とは渾身のネコキックで『ラスティ・ベンディング』を蹴り飛ばしハデに石室の壁にめり込ませたことだ。

 対象の重量を無視して吹き飛ばし大ダメージを与える。

 この技を怒りに任せて使ってしまったが、今後の事を考えると使いどころを考える必要がある。

 ――また今後、あの洞窟行ったとき、地盤崩れたらいかんからな。


「その点に関しては心配ありません」

 チーフは即答する。

「五十嵐のレポートによると、ディッグアントたちの掘った巣穴などはともかく、スタグネイトたちが徘徊するダンジョンは『恒常性維持ホメオスタシス』が働くようです」


 りおなが無言のまま横目でチーフを見やると説明を続けた。


「人間界では一度破壊された洞窟の岩壁などは壊れたらそのままですが、スタグネイトは自分たちが置かれている状況に不満を感じつつもどこかで『このままでも構わない』と考えている節があるようです。

 それがダンジョン全体にも作用しているらしく〈冒険者〉たちが内部にいる間はともかく、彼らだけになると時間はかかりますが、また元の状態に戻るようです。


 五十嵐も他のダンジョンで試しに壁の一部分を破壊してから帰還し、再度同じダンジョンに入ったら元の状態に戻っていた、とレポートにまとめています」


 ただし、とチーフは付け加える。

「そのレポートは『大消失』以前のものでしたから、信用に足るかどうかは五分五分ですね」


「あー、んじゃむやみに壁とか壊さんほうがいいのかのう」


 そうでもないぞ。


 後ろから声がしたのでりおなが振り向くと『採掘士』マイナーのディガーがりおなたちに話す。


 スタグネイトたちが現れる洞窟を掘ると掘りつくした鉱脈から『輝きの欠片かけら』などの素材が取れる場合がある。やりすぎはだめだろうが強度などを考えてある程度なら掘っても大丈夫だろう。

 事実、このツルハシで掘ると素材が出る確率が格段に跳ね上がる。

 スタグネイト退治だけでなく素材採取にも活用できる。木材を使って補強してもいい。

 それにわたしたちだけだったら長い間放置されていた『ラスティ・ベンディング』は倒せず撤退していたか、あるいは犠牲者が出ていたかもしれない。

 だから今回に限らず我々はりおなにとても感謝しているよ。


「そっか、ディガーありがと」

 正面に向き直ったりおなはまた浮上した新たな疑問をチーフに聞いてみる。

「今回は誰も戦闘不能とかにならんかったけんど、この世界の〈冒険者〉って倒れたらもう復活せんの?」

 りおなとしてはそこは大いに気になる。


「〈冒険者ギルド〉に登録して『識別ブレスレット』を装着して戦闘不能になった場合、その冒険者は最寄りの『寺院』に転送されそこで復活します」


「寺院?」


「この世界、Rudiblium Capsaには体系化された宗教などはあまりありません。

 一般のスタフ族やティング族、フィギ族、ラーバ族、ウディ族たちは『我々は人間界から転生してこの世界にやって来た』というのは理解しています。

 ですが、ごく原始的な自然を敬うような自然崇拝が主だったものになります。

 その中で寺院というのは冒険者ギルドと連携した復活施設という意味合いが強いですね。

 寺院そのものは街から離れた森の中などに建てられていて主に他の住人たちの寄付などで成り立っています」


「復活したらあとはどうなると?」


「お布施という形で寄付金を支払うか、さもなければ奉仕活動という形などで寺院に貢献します。

 その後は『帰還』リターンのカードで合流するか、自力で戻るか他のメンバーに迎えに来てもらうなどします」


「なるほどのう」


 しばらく走っているとオフロード車が照らしているライトに何かが横切るのが見えた。

 りおなは思わず小さく悲鳴を上げる。反射的にチーフに抱き付きそうになったが、そこは何とか(シートベルトを締めていたのもあったが)こらえた。


「えっ!? 今なんか通ったけんど、何!? 今の!」


「あれらは『情報の海の住人たち』です。日中はあまり目立ちませんが夜になるとああして肉眼でも視認できるようになります。

 情報の海の住人というのは人間界でいうインターネットそのものでそこを行き来する情報の運び屋を指します。

 形は様々ですが色々な情報を内包してはRudibliumの様々な階層セフィラに届け、行ったり来たりを繰り返しますね」


「はー、やっぱり色々おるのう」


 りおながざっと見ただけでも『情報の海の住人』というのは様々な種類がいた。


 ――ぱっと見は動物だけやないいんじゃな。

 魚に大王イカ、他には……あれはF1カーにロケット……種類はなんでもありじゃな。

 全部半透明で青白いわ、クラゲみたい。内臓の代わりに光る文章とかプログラムとか、イラストやら、動画もある。


 画像は雲の谷間から光の帯が海を照らすもの。

 (チーフの解説では『天使の梯子』ヤコブス・ラダーというらしい)思わず目を背けてしまうような凄惨な戦場の画像。

 それに美麗なイラストや罵詈雑言が列挙されたパソコンの画面など多種多様だった。


「あれらはそれぞれが自分たちに内包されている情報を近しい階層セフィラに送り込みます。

 そして空になったらまた人間界に戻って情報を詰め込みを繰り返します。内容や善悪の区別なく清濁併せ呑む、それが彼らの特徴です」


「んー、そこは異世界っていってもルールとかあるんじゃのう」

 りおなは言いながら車の窓を開け風通しを良くする。


 ――最初は着慣れんかったけど、この着ぐるみ寝間着、じゃないわバーサーカーイシュー。

 慣れてまえばどうっちゅうことないわ。んや、街歩きしても注目されんからこっちのがいいくらじゃわ。


「皆さん、もうそろそろ『ノービスタウン』です。一度冒険者ギルドに寄ってから宿屋に戻りましょう」


「んー、みんなお疲れさまー」


 りおなは後ろを振り向きながら皆に伝える。

 疲れと車の振動からか全員すやすやと眠っている。


 ――そこはやっぱしおもちゃじゃのう。

 

 しばらく各々無言のまま車は進むと『ノービスタウン』の明かりが遠巻きに見えてきた。

 外壁の内側から洩れてくるほのかなオレンジ色の灯りにりおなは思わずほっとして大きく伸びをする。


 ――『情報の海の住人』たちは町には近づかんのじゃな。

 洞窟出たときメールで遅れるとは送ったさけ、みんな心配はしとらんじゃろけど。

 課長は何をどれだけ用意してくれとるじゃろか。


 りおなは小さくあくびをして目頭の涙を指で拭った。



   ◆



「何をどれだけ用意してんの? ここーー。 そもそもこの世界って『おもちゃの国』なんでしょ? まあ作ってんのはぬいぐるみとかおもちゃなんだけどーー」


 陽子はまたしても面食らう事態に遭遇していた。

 目の前には食べきれないほどのご馳走、スイーツがテーブルいっぱいに所狭しと並べてある。

 ――この異世界に来てすぐの事を考えたら、地獄から天国なんだけどねーー。何事にも限度ってあるんじゃないの?




 時間は十数時間ほど遡る。陽子たちは異世界Rudiblium Capsa(と目される異世界)に来てすぐ絶え間ない猛吹雪にさらされた。その場を逃げるように離れる。


 その後、タイヨウフェネックのソルの示した方向へ向けてヨツバイイルカのヒルンドに乗り十数時間程飛んだ。

 距離にして300kmくらい進んだ時、視界が急に開けた。


 長年の吹雪で粗く削られたような灰色の岩山の谷間を抜けるとそこには広大な針葉樹林があった。

 樹高は20m程だろうか、吹雪に耐えられるようにひしめき合うように高くそびえながら立っている。

 その様子を上空50m程上から見ていた陽子は少し安堵の息を吐いた。


 ――少しでも早く猛吹雪の地帯抜けたかったから、ヒルンドにはだいぶ無理をさせちゃったね。イルカだから寒いのは苦手だろうし。

 途中途中で水素燃料のジェット推進機で距離は稼いだけど。

 それでも、不眠不休で飛んでもらったからねーー。

 特に空気抵抗より耐寒性の方を優先した装甲だから、空気抵抗はいつもより大きい分、飛びにくかったろうし。


 それでも猛吹雪の中の山脈地帯に十分な休息を取れる場所などありはしない、一刻も早く山岳地帯を抜ける必要があった。

 針葉樹林帯に入った陽子はヒルンドの速度を少し落とし辺りを見回す。


 ――ヒルンドもそうだけど、私も寒い中集中してたからね。ちょっとでもいいから開けた場所を見つけて、キャンプを張って休まないと。


 陽子は左腰に着けたホルスターから『グラスクリスタライザー』を取り出した。

 顔近くを覆っているマスク部分を少々変形させ、顔に密着させたままで即席の双眼鏡を作る。

 倍率を3倍、5倍と上げ辺りを見渡すが視界の下半分は針葉樹林、上半分は曇天どんてん模様の灰色の空が厚く立ち込めている。

 そのせいか焦燥感がさらに募る。

 焦れてきた陽子は一旦ヒルンドに滞空状態を保ってもらい、腰のポーチを軽くゆすりソルに尋ねる。


「ねえ、この近くにヒトの気配かなんか感じない? 無ければキャンプできそうな広い所と水場だけでもいいから、ねえ」


 揺らしても出てくるどころか返事すらないのでポーチの蓋を開けると、さも当たり前のようにこの世界に来た時と同じように『春の欠片かけら』を抱えて丸くなっている。

 違うのはグラスウールでできたダウンジャケットを着ている事くらいだ。


 あまりの緊張感も邪気もないその寝姿に陽子はため息をついてソルの片耳の端をつまんで引っ張り出す。



「い、き、も、の、かー、み、ず、の、あ、る、ば、しょ……探して教えなさいっ!」

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