029-1 洞 窟 dungeon
「ありがとう、バニーガールの格好はともかく、今度会った時は今回の埋め合わせにお酌ぐらいはするわ。ま、お互い無事だったらの話だけど」
レプスから受け取った卵形の石『春の
「この石、何かものすごい精神エネルギーが詰められてるわね。
それもとってもきれいで暖かい。これを悪用すると、あの極寒のバケモノ、冬将軍になるわけね。ま、今私が心配することじゃないけど。
それよりおもちゃの世界、Rudibliumだっけ、相当悪い予感がするわ」
「おい、そんなヤバイ所にわざわざ行くつもりか? お互い命の恩人ってわけでもないだろ?」
「さあね、変な言い方だけど『同病相憐れむ』ってとこかしらね。
誰の都合か目的かはともかくあんな異能の力渡されて、それでも
別にいい子ぶるつもりは無いけど、そう言う子はほっとけないじゃない」
陽子の話にレプスは皮肉を言うつもりもなく感心したように低く言う。
「そういうとこだよ、人間がすげえってとこは。
いやな、おれがいた『
中には善人ヅラして趣味が合うようなそぶりだけ見せてな、こっちの頼みはヘラヘラとタコのバケモノみたいにのらりくらりかわして結局なんも協力しねえ、そんな腐ったヤツが結構いてな。
そいつは上司だったがあんまりアタマに来たんでつい殴っちまった。
んで人間世界で『春の欠片』集めの仕事に回されたんだがな。
あんたみたいなのを見ると、損得抜きに手、貸してやりたくなるんだよな。
ま、本音を言うとアンタみたいないい女に貸し作っておきたいってのも本音なんだがな。
『チャルディーニの返報性の恐怖』って知ってるか?
『一回でも借りを作った相手の頼みはなかなか断りにくい』って話なんだがな……」
レプスの話を聞いていたのかいないのか、陽子は砂利道に歩を進める。
そして、腰に提げたホルスターから刃の無い柄だけの剣のような道具を取り出す。
彼女の言うクリスタライザー、『グラスクリスタライザー』だ。
白いお菓子パスハを食べ終えたタイヨウフェネックのソルは、陽子の腰に提げられたポーチに潜り込んだ。
それを確認した陽子は銀色の薔薇の意匠が施された鍔のついた柄を眉間に構え何事か念じだす。
すると、周囲の砂利や砂が白く輝きだした。
彼女と、自分の身体と同じくらい大きなヒレを持つイルカ、ヨツバイイルカのヒルンドの身体を覆うように流れ出した。
ものの10秒も経たないうちに陽子と空飛ぶイルカは白い甲冑にも似た装甲に覆われる。それを間近で見ていたレプスは小さく口笛を吹いた。
「それがアンタのクリスタライザーか。
なるほど、上手く使えば大気圏でも越えられそうだな」
「一回やったことはあるけどね、思ったより楽しいとこでもなかったよ。
それより、『春の欠片』ありがとね、大事に使わせてもらうわ。
あとそうだ、あなたが言ってた『タコのバケモノ』みたいなのってこっちの世界にもいるわよ。
こっちもハラ立ったから喰らわしてやったけどね。
『あなたみたいなホントは出来るのに、相手を値踏みするような相手に頼んでスイマセンでした。頼む相手を間違えたこっちが悪かったです。
それよりもアンタみたいなのと同じ小説読んで感動してた、そっちの方でガッカリしました』ってね」
言いながら陽子はかかと回し蹴りを披露する。空気を切り裂く音が夜の丘に響いた。
「どこの世界にもお調子者、っていうより腐ったヤツはいるもんだな。
でもな、俺があんたらに多少なりとも便宜を図るのは別に善意からだけってわけじゃねえ。
俺の住んでる『常春の国』だけじゃねえ、この人間世界、地球と連動したいくつかの異世界でなにかヤバいことが起こってる。
そのこともお互いになにか関係があると思うんだ。それもかなりタチの悪いことがな。
俺が言う事でもないだろうが、気をつけてな。
あとそうだ、
もし会ったらよろしく言っといてくれ。『また酒でも飲もう』ってな」
「わかった、会ったら伝えとく。いろいろありがとね。んじゃ行って来るわ」
「ああ、気ぃつけてな」
陽子はレプスに軽く手を振るとヒルンドの胴体に乗った。
ブーツをヒルンドの背中に付けているスノーボードのような器具に固定した後、腰のベルトに着けたカラビナを伸ばしヒルンドの身体に着け固定させる。
それを合図にイルカのヒルンドはその重そうな身体をふわりと宙に浮かせた。
「ケルルルルルル!」
鳴き声を上げると大きなヒレの前部分が
高さにして10メートルほど浮き上がった陽子たちに対してレプスは親指を立てるサムズアップを送った。
陽子もそれに答えて親指を立てて返した。
ヨツバイイルカのヒルンドは大きく丘の上を旋回した後、轟音を立てて飛び去った。
空飛ぶイルカが虚空に消えたあと、レプスの長い耳には高い耳鳴りが残った。
小高い丘の上の公園は何事もなかったように静寂が戻る。
直立歩行する牙の生えたウサギ、レプスは誰に言うわけでもなくひとりつぶやく。
「―――おもちゃの国、Rudiblium Capsa、いや、『クリスマスワールド』か。
あっちがなんかあった場合はこっちもなんかしら悪影響が出る。
陽子とかいったか、あいつが動いてくれればなんかしらこっちの被害も少なくなる、っていうかもうあいつらとは一蓮托生なのかもしれねえがな。
しかし、『ななつのおやすみのひ』か。
ちっちゃいころばあちゃんからよく聞かされてたが、ただのおとぎ話かと思ってたんだがな。
作り話じゃなくどっかこっか、そんなかに真実が含まれてるもんだな。
ま、最後にできた最強って話の『クリスマスワールド』のやつらと手を組めたのは、こっちにとってラッキーだったな。
問題は他の『五つ』がどういう風に動いてくるかだ。
まあ、今はあれこれ考えてもしょうがねえ、人間世界にやってくる『冬将軍』を減らせるだけ減らすだけだな」
直立歩行の白ウサギはタクティカルベストのポケットから煙草を取り出し、火を点ける。
上を向いて
煙草を根元まで吸い切ってから携帯灰皿に吸殻を入れてレプスは独りつぶやく。
「『さてと、帰ってアイス食って寝るか』」
◆
「ホントにチーフが言う通り、気が滅入るところじゃわーー」
りおなはくり抜かれた洞窟の中の小部屋の中にいた。
きょろきょろと辺りを見回し、どこか腰かけられそうな場所を探す。
それを察したチーフは携帯電話を操作して、折り畳み式の木製のベンチを出現させた。
「あー、ありがと」
りおなは出されたベンチに遠慮なく腰掛けた。同行してきたノービスタウンの冒険者達もそれに
「いや、しかしダンジョン攻略なんてホントにゲームでやった方がいいってはっきり解ったわー」
りおなが愚痴るのも無理はない。
ダンジョンとは入ってくる者を歓迎する場所ではない、むしろ侵入者を妨害、排除する所だからだ。快適さとは無縁どころか対極の場所だった。
時間は数時間ほどさかのぼる。
りおなは『インプロイヤーイシュー』でノービスタウンの住人たちの衣服や道具にソーイングレイピアで『心の光』を吹き込む作業、『ウェアラブル・イクイップ』を創る作業を延々と繰り返していた。
脳内、心の
――まあ、ストレス解消でもないけど、なんかこう、身体動かして気分転換はしたいにゃあ。異世界ライフはまだ長いんじゃし。
ゲームとかでない本物のダンジョン探索してみたい。っていうのが本音じゃったけど。
『ノービスタウン』の冒険者ギルドのメンバーの装備に『心の光』を吹き込んで小休止したあと、りおなはチーフに『この世界のダンジョンを体験してみたい』と申し出た。
その願いは聞き入れられ、有志をごにんほど引き連れチーフが運転するワゴン車で『ノービスタウン』にほど近い『岩山の洞窟』(これもどこかで聞いたような名前だ)に着いた。
メンバーはりおなとチーフ、『
それに『
加えてりおなが創ったぬいぐるみ『きこりのジゼポ』。
最後にりおな自身がデザインして創った一人を加えた。
とがった耳の先が黒くて体色がオレンジ色のネコ科のカラカルのぬいぐるみ『アラント』という、ごく浅い階層を探索するためという目的でチーフが選抜したものだ。
パーティーメンバーはそれぞれ、〈冒険者ギルド〉から配られた『識別ブレスレット』という赤くて鈍く光る石がはめ込まれた銀細工の腕輪を渡された。
これもりおなが新たに『心の光』を注いだ物だ。
〈冒険者ギルド〉の管理者『オオカミのアーテル』の説明だと冒険者たちの戦闘経験を蓄積できる
冒険者たちは言われるまま各々腕に着ける。
ディッグアントたちが掘り進めた洞窟の入り口前にコビ・ルアクが何やら地面に魔方陣のような直径3m程の円を書いた。
その周りにノービスタウンの入り口前にあった石板に書かれているのと同じ文字を書きつけた。
そのあとかすかに光る小石を何個か線同士が重なるところに置いていた。
チーフに尋ねると『帰還する時、必要になります』と返事が返ってきた。
――おおっ、そこはやっぱし期待を裏切らんにゃあ。
んでも、入って分かったけどチーフが言ってた『あまり、というか全く楽しい場所ではありませんよ』っていうん、は前フリでも脅しでもなんでもないわ。
文字通りの絶妙な感じでりおなの
ジャコウネコのスタフ族、『
それまであごをキチキチと鳴らしていた大きなアリの動きがおとなしくなる。
――近くで見るとやっぱしでっかいわ。
小学生の時遠足で牧場行ったけど、子牛くらいはあるにゃ。
うえーー、ケムい。んでも、あのでかいアリ、凶暴やさけなあ、文句は言わんでおこう。
2、5m程のトンネルを易々と掘る巨大なアリ、『ディッグアント』に自分たちは無害だと認識される。
一行は柔らかい土壁の洞窟を抜けた。
そのあと岩山をくり抜いて作られた採石場のようなダンジョンにたどり着く。
『採掘士』のディガーの話では元は貴重な鉱石が取れた炭鉱跡地らしい。
――当り前じゃけど、洞窟の中は真っ暗闇じゃな。
イグアナの姿をしたラーバ族で『
これはRudiblium特有の『ホオズキホタル』だ。普段身体は黒いがこういう暗い場所では身体の内側から光るんだ。
「うわーー、でっかい。形はテントウムシみたいやけど、60cmくらいか。
きれいなオレンジ色に光るんじゃね」
ホタルが飛び回って辺りを照らしているので視界は悪くなかった。
その状態のままりおな達一行の周りを音も立てずに飛び回る。
「ふむ、ここは五十嵐が先行して調査に入ったところですね、比較的浅い階層ですから出てくるクリーチャーはヴァイスフィギュアよりははるかに弱いです、が精神的に『来る』と思いますね」
チーフがりおなに助言する。
「『来る』ってどんな感じ?」
「ゲームなどだとアイテムを獲得したり、レベルアップしたり、イベントをクリアすることでカタルシス、爽快感を得るじゃないですか」
「うん」
「ですが、ここは真逆の場所で、例えば『謎解きが簡単過ぎた』、『戦闘がルーティン過ぎる』、『敵の強さのバランスがおかしい』などのよくない感情がこのRudibliumの地下には満ちています。
それに出てくるクリーチャーですが……」
チーフの説明が終わる前に洞窟の奥から妙な物体が洞窟の奥からわらわらと湧いて出てきた。
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