028-3

 生真面目な、スーツを着た細身のぬいぐるみは〈冒険者ギルド〉の前でりおなに説明を始める。


「ノービスタウンを初め、Rudibliumの住人たちの多くは子供たちに深い愛情を注がれ『転生』という形でこの世界に来ています。

 ですが、例えば駄菓子のおまけや買われてから間もなく打ち捨てられたおもちゃなどやバルクベンディング、カプセルトイの自販機などで希望していたものが手に入らなかった落胆ぶりなどですね。


 それらの悪意ではないですが、軽い失望感や喪失感などと共にRudibliumの地下に来ています。

 その淀んだ思いと共に地下で蠢いているのがこの世界のダンジョンに巣食っているクリーチャー、モンスターという扱いになります。


 彼らは地上に出るのはめったに無いのですが、もし何の対策も施さず放置していけばこの大地そのものが『大消失』とは違った形で淀んでいくでしょうね。

 それを防ぐためもあり有志のスタフ族はパーティーを組んでクリーチャー退治に向かいます」


「ふーん」


「ただ、ダンジョンの深い部分を捜索していけば、それ相応の報奨があるというのもまた事実ですね。 

 なんといってもここは『おもちゃの世界』です。こどもたちが遊ぶRPGの影響も少なからず受けているのは確かです」


 チーフの説明を聞いたりおなはそれとなくチーフに聞いてみる。


「その、ダンジョンてどんなモンスター出んの? いまいち想像がつかんのじゃけど」


「りおなさんにとっては『気が滅入る』ような代物しろものといえばいいですかね。

 Rudiblium本社の五十嵐が『大消失』以前にこの近くのダンジョンを探索したのですが、『ろくなもんじゃなかった』と言っていました」


「え? そんななんかめんどくさいとこなの?」


「解釈の差にもよりますが、彼が言いたいのは『戦う相手の手ごわさが無かった』という事になります。

 ちなみに五十嵐というのはRudibliumきっての武闘派で、ぬいぐるみでありながら戦うことを至上の喜びとしています。

 彼は最深部まで到達したのですが、それでも手ごたえはほとんどない連中ばかりだとこぼしていました」


「……その五十嵐っちゅうのはヴァイスフィギュア開発に関わってるほう? りおなからすっといいもん? わるもん?」


「強いて言うなら中立、というべきですかね。

 担当部署は営業で、実際の職務はRudiblium各地を巡ってダンジョンの場所の探索や出てくるクリーチャーの種類を確認、データ収集などを担当しています。いわゆる外回りですね。

 Rudiblium本社は今現在確かに伊澤がトップですが、決して一枚岩ではなく中に色んな思惑を持っている者が大勢います」


「んー、なるほど。んで、〈冒険者ギルド〉で『心の光』吹き込むの終わったら、そのダンジョン行ってみていい?」


 りおなの問いにチーフは顔を少ししかめた。


「あまりお勧めしませんが、一度は見ておいた方がいいかもしれませんね。

 ただ、冒険者たちだけではなく、私も付き添います」


「えー、一人では行けんタイプのダンジョン? ああ、あれか、六人一パーティーのタイプかー」


「いえ、どちらかと言えば私の役割りは、メンタルケアとクリーチャーの説明の方になると思います。

 それよりも、まずは〈冒険者ギルド〉です。ダンジョン攻略は彼らの役割ですから」


 チーフに促され、りおなは〈冒険者ギルド〉に入る。建物の中は比較的薄暗くひんやりとしていた。

 ――酒場も一緒にやってんのか、中にはそんなにひとおらんにゃ。席に座って小さな樽みたいな木製ジョッキで何か飲んでる。頭身が高くて渋いぬいぐるみがいるにゃあ。


 カウンターの奥にはすらりと背の高く黒い羽織袴はおりはかま姿のオオカミの頭をしたスタフ族がひとりいてカウンターを拭いていた。

 その周りでは紫色のロマ風の衣装を着たシャムネコのスタフ族が床をモップ掛けしている。

 その奥のテーブルでは桃色の、派手ではないが上品な桜色のスカートをはいて革製のビスチェを着たロシアンブルーの顔のスタフ族が何か書類を作っていた。


 ――いらっしゃい。


 オオカミのスタフ族は言葉少なく二人に声をかける。


「あー、もう街中で少しは話聞いてると思うけんじょ」


 ――『心の光』を吹き込んでもらえると聞いた。

 『大消失』以来ダンジョンに赴こうにも行くものが減っていた。〈冒険者〉が増えるのは助かる。

 わたしはアーテル、このギルドを取り仕切っている。

 とはいえ今は開店休業状態だがね。実務を担当しているのはあっちのウィオラだ。〈冒険者〉の登録や依頼の受け付け、報酬の支払いなどを担当している。


 もうひとり、あちらで街中の庶務の受注を行っているのがプルヌスだ。ふたりとも仕事はできるんだがなにせこの『大消失』の影響でね、仕事をどこから手を着けたらよいかわからない、そんな状況だ。

 『心の光』を授けてくれるのは手放しでありがたい。


「この街では仕事の斡旋、紹介を取り持っている、日本で言えばハローワーク、職業安定所のようなところですね。

 町長は主だって街の問題や対外的なことをマクロ単位で対応していきますが、やはり彼ひとりだけではこなしきれないため、雑事やクリーチャー討伐などはここで自治組織のように請け負っているわけです」

 チーフが補足を加える。


「んじゃ、さんにんともこっち来て」


 りおなは〈冒険者ギルド〉の職員さんにんに横一列に並んでもらった。

 右腕を突き出しソーイングレイピアを出現させた。

 眉間にレイピアを構え、心が光で満たされるイメージを思い描く。

 〈冒険者ギルド〉こと酒場は光で満ち満ちていく。そのままレイピアの切っ先を彼らに向け『心の光』をギルドの職員たちに吹き込んでいく。

 ものの一分もかからずギルドの職員たちの着ている服は輝き祝福を受けた。


 オオカミのアーテルはりおなに小さく会釈し、紫色のロマ風の服を着たシャム猫のウィオラはにっこり微笑み、桃色のドレスを着たロシアンブルーのプルヌスは両手でスカートを少しつまみ優雅に礼をしてきた。


「これで、〈冒険者ギルド〉も営業再開できます。

 ひとまず『ノービスタウン』の住人たちにはだいたい『心の光』を吹き込み終えました。りおなさん、お疲れさまです」


「おお、そうか。んじゃお店行って『はんじゅくカスタード』と『くらやみブラウニー』買って帰るわ。

 頭脳労働ばっかりだけじゃなく色んなヒトと話したからなんか疲れたわー。

 ああ、そうじゃ、この装備『インプロイヤーイシュー』って『経営者』って意味じゃろ?

 この街りおなが経営すんの? フィギュア創りとかヴァイス退治だけでもめんどいのにそこまで手は回らんよ」


「いえ、あくまで住人たちの持ち物に『心の光』を吹き込むのに一番適した職業、ということで、自治権や財政管理は町長やギルドで行います。

 りおなさんはあくまでサポートに回るだけで管理するわけではないです。

 それでもやろうと思えばイニシアティブを取って積極的に街創りは可能ですが」


「いや、りおな街創りのゲームは好きくないけん、街のヒトらに任せるわ」


 〈冒険者ギルド〉を後にしたりおなは『バーサーカー』に装備を替え、遠慮なく大きな伸びをする。


「では、『はんじゅくカスタード』などは私が買います。エムクマとはりこグマも待ちくたびれているでしょうし早く宿屋に戻りましょう」


「うん、わかった」

 りおなは上体を左右に振りながら改めて『ノービスタウン』を見回す。


 ――もうすぐ夕方じゃ。初めて来た時より街全体が活気が出てきた気がするわ。




「また、思いついたんじゃけど」


 りおなが自室に戻り部屋着に着替えてからチーフに尋ねてみる。


「はい、なんでしょう?」


「『裁縫士』っちゅう職業には『白銀の縫い針』ってアイテムが必要じゃって言ってたじゃろ?

 あれ、レイピアで縫い針強化したらできるんじゃなかと?」


「いえ、結論からいうと『ノー』です。

 その場合は『☆縫い針+1』など、仕立てる速さや精密さが上がるもので『白銀の縫い針』とは似ても似つかない代物になるでしょうね。

 ただ、縫い針に『心の光』を吹き込むこと自体は賛成します。『仕立て屋』などの職業に就けますから。

 ちなみに『仕立て屋』は『ウェアラブル・イクイップ』ではない一般のスタフ族が着る服を作れる職業です。他には『革細工職人』などになれますね」


「う~ん、やっぱりそうか。んでも、そのアイテム、ひょっとしたらダンジョンにあるとか?」

 りおなは街でチーフに買ってもらった『はんじゅくカスタード』や『くらやみブラウニー』をエムクマとはりこグマと一緒に食べながらチーフに尋ねる。


「うーん、どうでしょうね。とりあえずダンジョンに向かうのは、休憩してからにしますか。

 ああ、もちろんエムクマとはりこグマは戦闘向きではないですからダンジョン内部に入れてはダメですよ」


「ああ、わかっちょる」

 りおなはスイーツを食べながら、未知のダンジョンに思いを馳せる。


 ――異世界の洞窟ダンジョン探検かーー。こっち来てから働きっぱなしじゃったからストレス解消解消……じゃないわ、身体動かして気分転換しよう。



   ◆



「んー、いや、あいつらが今いる場所を教えるのはそんなに手間ひまじゃないし、教えるのはできないっちゃできないんだがな。

 ただ、こっちもタダで教えるってのもあんまり好きじゃねえなーー。

 例えば、こっちの世界じゃウサギの耳を着けた『バニーガール』って衣装があるだろ?

 アンタがあの衣装着て、おれにお酌でもしてくれれば教えないでも無いんだが……」

 

 彼女は黒いな厚底のブーツでアスファルトを力任せに踏みつけた。

 その音によって、キバを生やした直立歩行の白ウサギ、レプスの話は中断される。

 レプス軽く肩をすくめた。


 りおな達がRudibliumに向かう時に集まった場所、夜の小高い丘にある公園でレプスとひとりの女性が何やら話をしていた。

 時刻はりおな達がマイクロバスに乗ってから一時間も経っておらず、夜空は淀んだ灰色に染まっている。


 その女性、陽子は両腕を組んでいた。

 ポニーテールに銀色の留め具をつけ、黒くて身軽そうなそれでいてセクシーな衣装に身を包んでいる。

 苛立ちを露わにした視線をレプスに向けていた。


「冗談とか無駄話ならまた今度付き合うわ。つい最近会った子いるでしょ?

 ネコ耳着けて縫い付ける能力のクリスタライザー、ソーイングレイピアだっけ? あれを持ってる子がどこに行ったか教えて。その世界の名前は確か……」


「Rudiblium Capsaだ。主だってぬいぐるみが転生するおもちゃの世界らしい。

 行き方は俺には解らん、異世界の裂け目、デジョンクラックを創って通ったのは確かだが」


「何か、あなた方の世界の物とか渡してない? それさえあればこの子がそれを目印にその世界に行けるから」


 言いながら陽子はアスファルトに視線を落とす。

 そこにはレプスからもらった白い台形型の菓子、パスハにかぶりついている動物がいた。

 耳と足の長い、小さなキツネのような動物、タイヨウフェネックのソルだ。

 自分の身体ほどもあるお菓子に一心不乱にかぶりついているソルを見て、陽子は小さく息を吐く。


「普段はこんなでも、異世界のモノとか変わった物に関して嗅覚が鋭いから、手がかりさえあれば向かえると思う。何か持ってない?」


「ああ、持ってる。これだ」


 言いながらレプスは光る卵形の石を自分の黒いベストのポケットから取り出した。

「『春の欠片かけら』って呼んでる、俺らの世界じゃ価値が高いシロモノだ。

 ホントはそんなに安いもんでもないんだがな、ここ最近奴らからもらった携帯電話で黒字続きだから、あんたにも一個やるよ」


 レプスは『春の欠片』を陽子に投げて渡した。


「それと同じのをあの子が創ったぬいぐるみに渡してある。

 その気配を辿って行けば、あんたらならたとえ異世界でも向こうに着いてあいつらに会えるだろ。

 しかし解せねえな、なんだってそんなに急に会いたいとか言うんだ? 借金返して欲しいってわけでもないだろ?」


 レプスの軽口には何も返さず、陽子は自分の考えを口にする。


「異世界巡っててトレジャーハントを長年やってるとなんとなくわかるのよ、それにこの子もその異変に気付いている」

 お菓子を食べ終わったレプスと空飛ぶイルカ、ヒルンドに目をやり、陽子ははっきりとレプスに告げる。



「何か嫌な予感がする、それに命に関わるようなかなり悪いことが」 

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