027-3

「ステンシル作りは言わば準備段階です。さぼっちゃダメですよ」


「なんていうか、流れで言ってみただけっちゃ」

 チーフにたしなめられたりおなは唇を尖らせて抗議しトランスフォンを耳に当てる。

 ソーイングフェンサー、ファーストイシューに変身したりおなは、右手にソーイングレイピア、左手にトランスフォンを構えた。


「りおなさん、最初はどのぬいぐるみから創りますか?」


「えっとね、『お菓子職人テオブロマとライオンになったチョコレート』だっけ? それからやる」


「そうですね、今、選んだ中では一番大きいですし、始めるにはちょうどいいでしょう」


 チーフは言いながら木箱に入った茶色の布を取り出し、両腕で大きく広げた。りおなはトランスフォンを布にかざし、ステンシルの線を転写する。

続けてレイピアの切っ先を布にかざすと布が淡く光り、ふわりと宙に浮いた。

 りおなはゆっくりと呼吸を整え、ソーイングレイピアを構えて切っ先を軽く振る。


「さって、やりますか」



「何度やっても慣れん、もうムリじゃー」

 小休止に入ったりおなが栄養ドリンク片手にぼやきだす。


「お疲れさまです、ひとりひとりを創るスピードは明らかに上がっています。もう何回か経験すれば精神的な疲労もぐっと減るはずです」


「そこまでになる前にあの広い荒れ地、全部街とか畑になっとらん?」


「まあ、その可能性も否定しませんが、心身の負担を減らしておくに越したことはありませんからね」


 ふとりおなは昨日からの疑問をチーフに尋ねる。


「今んとこ、絵本に出てきよるキャラクターをぬいぐるみにしとるけんど、りおなが考えたデザインでもぬいぐるみって創れるんじゃろ?」


「はい、ただ、りおなさんが『こういう性格、特徴、長所がある』など、強くイメージしないと赤ん坊のように、まっさらな状態で出来上がって、どう成長するかまったくわからないでしょうね。

 ただ、『こんな風に育ってほしい』ときっちりイメージして創っても、出来てすぐは幼児に似た状態になります」


「うん、それはわかっちょうけど、『ぬいぐるみ』ってどんなデザインでもできるん? 例えば、スライムみたいな不定形とか、あとは逆にマネキンみたいに人型とか」


 りおなの問いにチーフは細いあごに手を当てて少し考え込む様子を見せる。


「結論から言えば『はい。』ですが、ウエイストランド復興に有利に働くかどうかは疑問ですね。

 りおなさんの意思に関係なく性格や内面は外見に引きずられる、というか寄っていく可能性が高いでしょうね。

 例えば、アメーバのような不定形のものは自我が育ちにくく、食欲などの本能に忠実になっていくでしょうね。

 逆に人間に近いデザインにすれば、我が強くなる可能性が高いですね」


「う~ん、やっぱそんなもんか」

 ――わざわざこのデザインは、とか試せるほど余裕もないし、メリットはなさそうじゃな。

 まがりなりにも命があるもんを創るから、面白半分にはできんし。


 りおなはダメもとでもう一つ思いついたことをチーフに確認する。


「んじゃ、『ぬいぐるみを創るぬいぐるみ』っていうのは?」


「ソーイングレイピアの能力を上回って、『生命を持ったぬいぐるみを創れるぬいぐるみ』というのはまず不可能でしょうね。

 そもそも、それができるのであればりおなさんをRudibliumにまで来てもらってぬいぐるみを創ってもらう必要が無くなります。


 もし仮にそんなぬいぐるみを創るとなれば、キャラクター設定、バックストーリー、他のキャラクターとの関連性、など、世界的に有名な童話くらいの膨大なストーリーを構築したうえで創れば、あるいは可能性は無くはないのかもしれません」


「……そこまでせにゃならんのじゃったら、ふつーにぬいぐるみ創るわ。聞いてみただけやけん、気にせんで」


「ただ、生命を吹き込む能力とまではいきませんが、レア職業として『裁縫士さいほうし』というのは存在が確認されています」


「おお! それそれ、そういうやつ。―――っていうかそれどーいう職業?」


「ほかのスタフ族の布のほつれや裂け目を修復したり、スタフ族用の服を仕立てる職業です。

 ただ、なるためには『白銀はくぎんの縫い針』という特殊なアイテムが必要になりますね」


「おお! ファンタジーっぽい。んで、どこでもらえんの? 洞窟の奥の中ボスが持っとうと?」


 チーフはりおなの問いには答えず、「さ、休憩もしましたし残りを創り終えましょう」とだけ答えた。


「あとはなんじゃったっけ」


「『ウォンバット一家はおおさわぎ』ですね。残りはちにんです。頑張ってください」


りょーかーいーーー」


 ――なんで最後にこれを選んだんじゃろ。

 などと内心思いつつ、りおなは再度ソーイングレイピアを構えた。



「そういや、部長、最近見んけど、どっか行っとうと?」


 ようやく午前中のノルマを終え、酒場の食堂で昼食にありつけたりおなが課長に尋ねる。


「部長なら今、里帰りしてお孫さんと会ってるわ」

スタフ族やりおなが創ったぬいぐるみ達に配膳しながら課長が答える。

 りおなは部長に孫がいたことを驚くより先に、自分を差し置いて羽を伸ばしているというのを聞いて軽く憤慨する。


「何じゃと? 人が仕事しとんのに、なにやっとんのじゃアイツは」


「まあ、そう言わないで。Rudibliumを出る前とかはほとんど会えなかったから、戻ってからは絶対会うんだって張り切ってたし。

 ちなみにお孫さんってふたりいて、双子なんだけどすっごい可愛いの。りおなちゃんもきっと気に入ると思うわ」


「そんなに可愛いの?」

 りおなは大好物の明太子パスタをフォークに巻きつけながら課長に尋ねる。


「そりゃもう、『おじいちゃんと孫』って言われなければわかんないくらいのレベルよ」


「その部長ですが、今さっきメールが来ました」

 食事をすでに済ませて、食後のコーヒーを飲んでいたチーフが報告する。


「なんて書いてあったと?」


「『孫を見せたいから連れてくる』とありました。よほど嬉しいんでしょうね」


「なんか、楽しんどらん? まあ、いいけど」


「午後にはこちらに着くみたいですから、会ってみたらいかがですか?」


「あー、んじゃそれまで昼寝しててもよかと?」


「ええ、構いません。出発する時に言いますから休んでいて大丈夫です」


「んじゃ、そうするわ。課長、ごちそうさま」

 りおなは課長に向けて合掌する。


 テーブルの上を全部片づけてもらったあと、りおなは大きく伸びをしてテーブルに突っ伏す。

 日本ではまずできない行動だが、この異世界では咎める者は誰もいない。15分だけと、りおなは自分に言い聞かせて目を閉じた。



「……んーー。」


 自分が宿屋の自分の部屋で寝ているのに気付いたのは、りおなが目を覚まして少し経ったあとだった。

上体を起こすと、窓の外の午後の日差しがカーテン越しに顔を照らすのを感じた時、途端に脳が覚醒する。


 ――またしても寝オチしたか。うぬぅ……。


「あ、起きられましたね」


 後ろからチーフの声がして振り返った時、りおなは自分の身体に紺色のスーツ、膝にブランケットがかかっているのに気付く。


 ――スーツはやっぱしちょっとだけじゃけど、防虫剤の香りするわ。


「部長が戻ってきたとき起こしたのですが、起きられなかったのでそのまま部屋に連れてきました。

 まだ、休んでいても大丈夫ですよ」


「んや、もういいや。あれ、『ウェアラブル・ジョブシステム』じゃったっけ?  あれやんの? ああ、スーツありがと」

 りおなは掛けてもらっていたスーツをチーフに返した。


「そうですね、起き抜けでいきなりやってもらうのもなんですから少し落ち着いてからで構いません」


「うん、わかった」


 りおなは部屋の中を見回しながらつぶやく。

「そうでした、部長のお孫さんがこの宿屋に来ています、一度会われてはいかがでしょう」




 チーフに促され、ふたりのぬいぐるみがりおなの部屋にやって来た。

 背丈は人間の4歳児くらいで、服装はおそろいのセーラー服に帽子と街でもよく見かけるスタフ族と一緒だった。


 ――他と違うんは両方とも見分けがつかないほどそっくりじゃな。顔は……あれ、ヨークシャーテリアの仔犬にそっくりじゃ。

 この子らが部長の孫か、ほんと似てないわ。


 と思っていたらきゃあきゃあ声を上げながらふたりは。りおなに挨拶する。


「こんにちわ」


「こんにちわ」


「うん、こんにちわ」お互いに挨拶をする。


「みながわ このはです」


「みながわ もみじです」


 ふたりのぬいぐるみは自己紹介をしたあとりおなに丁寧におじぎをする。


「はい、大江りおなです、よろしく」りおなも丁寧に頭を下げる。

 ――見た目だけでなく、態度も部長と大違いじゃな、『うんうん、礼儀正しい子はよい子じゃ』。


 りおなはなんとなくほっこりする。



「「あなたが、りおなさんですか?」」

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