028-1 双 子 twins

 口々に聞いてくるのでりおなが「うん、そうじゃけど」と返事をする。

 双子のぬいぐるみは顔を見合わせきゃあきゃあと喜びだした。


「すごくつよいってききました」


「るでぃぶりうむのきゅうせいしゅだって、おじーたんがいってました」


「んー、まあ、そうなのかのう」


 りおなの返事でまたこのはともみじは喜ぶ。

 ――普段はりおなのこと『おい』とか『小娘』とか呼んでるけど、自分の孫にはちゃんと説明しとるらしいのう。

 『俺の部下だ』とか孫に説明してたらどうしてやろうか、とか思ってたけど。


「あー、ふたりともいい子だからあめちゃんあげるわ、食べるじゃろ」


 りおなはトランスフォンの機能を使い、ブリキ製のバケツを出現させる。りおな自身が『アメバケツ』と呼んでいる物だ。

 戦時中もあったブリキ缶入りのドロップ飴、のど飴、ソフトキャンディなどを入れている何種類かある『お菓子バケツ』の内のひとつだ。

 これ以外にもチョコバケツ、せんべい用、スナック菓子類、乾き物などのブリキバケツが各種トランスフォン内に収納されている。

 りおなはバケツを探って、二本のうずまき型の棒つきキャンディーを取り出し、緑色のをこのは、赤いのをもみじに渡す。

 双子のぬいぐるみは目を輝かせた。

 りおなに礼を言うと元気よくりおなの部屋を飛び出して行った。りおなは目を細める。

 ――……わかいっていいなあ、きぼうにみちあふれとるわ……。


「おそらく、彼女たちのおじいちゃんに見せに行ったんでしょう、育ちの良さが出ていますね」


「ふーん、そうか。チーフもアメ食べる?」


「ああ、はい、いただきます」

 そういうとチーフは差し出されたバケツを探ってのど飴を一粒取り出し、口に入れる。


「そうだ、部長は?」

 りおなが尋ねるとチーフは宿屋の窓の一角を指さす。りおながそちらを向くと街の入り口前に大きな赤いバスが停まっていた。


「二階建て?」

 りおなが窓に駆け寄って様子を見る。テレビなどでたまに見る外国の観光用バス、あれにそっくりだった。


「今回、荒地『ウエイストランド』には予想以上の多数の移住希望者がいます。

 人間界からこちらに来るときに使ったマイクロバスでは少々手狭なので、一回で移送できるように大きなバスを用意しました。

 今、部長が最終的なメンテナンスや点検をしています」


 目を凝らして見ると部長がいた。

 その中年太りに見合ったつなぎに頭にはタオルを巻いて、バスの下で何やら作業をしている。

 遠巻きに孫のふたり、このはともみじが部長に駆け寄って行くのが見えた。


「メンテナンスは今日中に終わるようですから、『ウエイストランド』への遠征は明日以降にします。

 ではりおなさん、『インプロイヤーイシュー』に装備変更して下さい。

 これからこの街『ノービスタウン』を巡って彼らの衣服や道具を『ウェアラブル・イクイップ』に変えていきましょう」


 チーフに促され、りおなは洗面所に向かい顔を丹念に洗顔したあと、ネコ耳にメガネに黒のパンツスーツといった妙な装備『インプロイヤーイシュー』に姿を変える。

 鏡で自分の姿を見るがやはり違和感しか感じない。

 髪型はいつものツインテールではなく、襟足で束ねてからバレッタで留めている、いわゆる普通のOLと同じ姿だが――


「やっぱり、ネコ耳が気になって仕方ないわ」

 部屋に戻ってチーフに苦言を呈する。

「『バーサーカー』と違ってりおな、自分の顔丸出しじゃけど、そこら辺は問題なかと?」


「ええ、大丈夫です。もう課長が町長の『メイヤー』に挨拶しています。

 『人間界の変身アイドル』がこの世界に来て、街の住人たちに持っている道具を『ウェアラブル・イクイップ』に変えて、この街を活性化してくれる』。

 そう説明していますから、りおなさんも今から町長に会いに行きましょう」


「……町長さんてどんなヒト?」


「割と壮年のヒツジ、正確には家畜の羊の祖先『ムフロン』をモチーフにしたスタフ族ですね。頭に大きな巻いた角があるのが特徴です」


「ああ、あのヒツジさんかぁ、言われると確かに町長さんって感じじゃなあ」

 りおなは初めてこの街に来た時のことを思い出す。街の中央にある時計台、その周りで掃き掃除をしていた、ベストを着て物腰の柔らかそうなヒツジを見た。

 りおなと目が合うと柔和な笑みを浮かべて会釈してきた。


 ――あのひとがこの街の町長って言われたら確かに納得じゃな。

 町長は街の顔、とかいうんはどこの世界でも同じじゃのう。


「その後で、新しく造られた建物、〈冒険者ギルド〉や各商店を回って住人たちの装備品に『心の光』を注ぎ込んで行きましょう。

 結構大変ですが、一度やってしまえばのちのち楽になります、頑張りましょう」


「ちょい待ち、〈冒険者ギルド〉っちゅうのは、あのゲームとかでよくある……」


「ええ、りおなさんが想像する通りです。

 『ディッグアント』が掘った穴から特定の洞窟へ出向いて探索するメンバーを登録したり、そこへ賞金や道具などの報酬を出して依頼を提示したりする、ゲームなどでおなじみのあの施設です。


 長らく『大消失』の影響で入り口が無くなったのに加えて、建物自体が半壊していたため開店休業状態でした。

 ですが昨日ながクマたちが補修工事を終えたので今日明日にでも活動を再開するようです。そこにも向かいましょう」


「うん……やること多いのう」


 りおなとチーフは宿屋を出て街の中央にある一番高い建物、時計塔に向かう。チーフは普段通り落ち着いた感じで歩いていくが、りおなは少し落ち着かない。


 ――街のヒトらがみんな、りおなんこと見とるようじゃな、あーー、恥ずかし。

 何か珍しいっちゅうよりは信じられんもん見た、って感じじゃな。


 だからといってりおなに駆け寄ってくるでもなく仕事や遊ぶ手を止めてりおなを注視してくる。

 おかげで、しなくてもいい緊張で歩き方までぎこちなくなる。


「ねえ、チーフ。やっぱしヒトの目線が気になるんじゃけど、この格好じゃないといけんの?」


 ――ねこの着ぐるみバーサーカーで街歩きした時は、最初は慣れんかっこうやったけ、外歩きする時抵抗あったけど、街のひとらは普通のスタフ族とおんなじ感じでりおなと話してくれたけどにゃあ。

 んでも今だと全員がりおなのこと見よるし。


「はい、今のりおなさんは住人たちに好奇ではなく尊敬の念をもって見られています。

 もちろん『インプロイヤーイシュー』の装備の効果もありますが、ソーイングフェンサーとして新たな住人たちを創りだし『心の光』を吹き込んできた実績があります。

『バーサーカー』だと気配や印象がスタフ族に近くなるため気づかれにくいです。

 ですが、今のりおなさんはこの街、いえこの世界のカリスマとなっています。

 ですから、歩き方ももっと堂々としていてください。胸を張って背筋を伸ばして歩けばより『らしく』見えますよ」


「急に言われてものう」

 

 時計台に着くと門の前には町長のメイヤーが両手を前に組んで待っていた。町長はりおなに話しかけてくる。


 お待ちしていました、ソーイングフェンサー、りおなさん。私たちの装備に『光の祝福』を授けてくれると聞きました。

 本来ならば住人ひとりひとりが出向くべきなのでしょうが、寺田課長がそれには及ばない、ソーイングフェンサー自らが希望者に祝福を授けて回るということでしたので。


「…………」

 向こうが神妙な調子で語って来るのでりおなは黙って聞いていた。


 ――これからやる事ってそんなに大仰なことなんか?

 街のひとらも神妙な顔して、遠くからでも様子見とるし。


「ではりおなさん、ソーイングレイピアを出してください。

 まずは町長の着ているスーツに『心の光』を吹き込みましょう」


 りおなは右手を前に突き出し大きく広げた。

 続けて普段の通りに強く念じると横に伸びた光の柱の中から鍔の部分がミシンの形をした突剣、ソーイングレイピアが現れる。

 その時、町長も含めて街の住人たちから小さくないどよめきが起こる。


「そういえば、街の中でちゃんとした形でソーイングレイピアを出したのはこれが初めてですね」

 チーフが感慨深げにつぶやく。

「では、お願いします」


 チーフに促され、りおなはレイピアを二、三度振って目を閉じて鍔部分を眉間に当てた。

 心の中で光輝く様を強く思い描く。

 それと同時にソーイングレイピアも強く輝きだした。街の住人たちのどよめきが大きくなる。


 光る剣針をメイヤーに向けると彼の身体が少しだけ浮かんだ。

 服が光るイメージを思い描くとそれと同時に彼が着ている服も同様に光に包まれる。

 時計台に濃い影が長く伸びた。

 光が止むとメイヤーが地面に足を着け自分の身体を見回している。

 不意にりおなの視界に眼鏡を通してメイヤーの頭上に何かが表示された。

 目を凝らしてよく見ると彼の情報がゲームのステータスのように枠に囲まれて表示されている。



 名前:【メイヤー】 

 種族:一般スタフ族『ムフロン』ウシ目 ウシ科

 職業:『ノービスタウン』の町長

 Lv:7

 装備品:☆仕立ての良いスーツ+3

 特技:事務一般Lv3 財政管理Lv3 



「はーー、こういう感じかーー」

 りおなは素直に感心する。


「『インプロイヤーイシュー』の眼鏡や『ファーストイシュー』のゴーグルを通して見ると、住人たちのステータスが確認できます。

 確認できるのは『ウェアラブル・イクイップ』を装備した住人に限られますが」


「この装備品の前の星マークはなんなの?」


「それが『心の光』を吹き込んだ装備品という証明です。

 もっともダンジョン内で極まれに星マーク付きの装備品が見つかる場合もありますが、まあ、めったに無いことですね」


「そうだ、町長さんはLv7じゃけど、あんた方業務用ぬいぐるみはLvとかはあんの?」

 りおなは左手で眼鏡の位置を直し目を細くしてチーフを見てみる。

 だが、ステータス画面こそ確認できるが中の内容はなぜか読めない部分が多くある。

 ――なんじゃろ、モザイク? ウインドウはあるのに読めんってどういうこっちゃ。



 名前:【富樫――】

  種族:――(業務用ぬいぐるみ)

 職業:Rudiblium極東支部 主任

 Lv:52

 装備品:紺色のスーツ 小豆色のネクタイ

 特技:各種事務業務全般

    ――――――――――

    ―――――

    ―――


「…………」

 黙ったまま首を上下に振り続けるりおなにチーフは尋ねる。


「どうしました? りおなさん」


「あんたの特技の項目じゃけど……いくつぐらいあるん? なんかステータス画面、【1/15】とか表示されよるけど。

そもそも【大型特殊免許】はいいけど【大型二輪免許】は、いるん?」


「まあ、何とはなしに」

 ミニチュアダックスの顔を持つスーツを着たぬいぐるみは、相変わらずしれっと答える。


「それに、Lv52とかあるけど、カンストってどれくらいなん? あとそうだ、部長と課長のLvはあんたより高いと?」



「確かLvのカンスト、上限は100ですね。それと部長のLvは46、課長は44です。

 それに、Lv52というのは折り返し地点ではなく通過点の一つに過ぎません。

 ことわざにもある通り『百里を行く者は九十を半ばとす』とあります。この世界だけでなく人間世界でも肩書きや数字は記号に過ぎません」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る