025-3

 りおなは絵本を開いて登場人物をひとり何点かずつ撮影していく。


「はい、もう十分撮れました。正面と横、背後の絵を押さえればトランスフォンが処理してステンシルを創ってくれます。

 少し遅くなりました。では、宿屋の食堂に向かってください。エムクマたちが待っています」


 チーフはりおなに絵本をまとめて渡す。


「えっ! 一緒に来てくれるんじゃなかと?」


「私はまだ仕事があります。食堂には課長がいますから」


 ――それが余計不安なんじゃ。

 出そうになった言葉をかろうじて飲み込んで、りおなは部屋を後にした。

 黒いパンツスーツにメガネ、それに加えて真っ黒なネコ耳を着けた姿の『インプロイヤー・イシュー』に装備を変更する。


 食堂に着くと大勢集まっている。

 りおなが創ったぬいぐるみたち以外にもスタフ族、生きたぬいぐるみやブリキ製のティング族、木製のウディ族たちが少なく見ても50にんほど集まってテーブル席に着いていた。


 大きさからみて子供が多いみたいだが、その様子を見てりおなは少したじろぐ。

 みな手に手にお菓子やサンドイッチ、ジュースを持って興味津々といった感じでりおなを見てくる。


 ――今更やけど、相手がぬいぐるみたちとはいえりおな、大勢に注目されんのは、やっぱし好きくないにゃあ。

 フードで顔隠せる『バーサーカーイシュー』の方がまだよかったな。今思ってもしょうがないけど。


 そんなこんなを考えているといきなり大声で呼びつけられた。


「りおなちゃーん! ほら、みんな集まってるわよ」


 上機嫌の課長が食堂のカウンターの向こうから手を振ってくる。それとは反対にりおなの表情は渋くなった。

 

「あんた、何やっとうと?」


「何って待たせちゃ悪いからお菓子とかジュースを配ってるの。それで、こっちは自信作のピーナッツキャラメル。

 これはピーナッツをフライパンで乾煎りしてから、砂糖と水、練乳を煮詰めて作ったキャラメルにからめてから、バットに広げて冷やし固めて棒飴にしたの。りおなちゃんもどう?」


「んでなくて、なんであんないっぱい集めんの? また昨日の天野あまのたら いう奴が来たら面倒になるっちゃ」


「来たら来たで、私が追っ払うからりおなちゃんは安心して」


「…………ふう」

 少し鼻で息を吐いた後、りおなは酒場の一番奥の一段高くなったステージの椅子に腰かけ、一冊目の絵本『きこりのジゼポ』を開いた。



「あーー、疲れたーーーー」


 りおなは宿屋の自室に戻り部屋着に着替えるとベッドに五体投地した。

 ――半日かけてぬいぐるみとかおもちゃ相手に、あんなにいっぱい絵本朗読するなんて人生初体験じゃわ。

 ある意味怪人フィギュアと戦うよっか疲れる。

 まだ助かるんは食堂にいた全員が呼んでるのちゃんと聴いててくれたんがせめてもの救いか。


 りおなは課長にもらったピーナッツキャラメルを頬張り一息つく。

「んーー、あまじょっぱい。塩キャラメルじゃな。

 欲を言うなら、もっとゆっくりしてる時に食べたかったわ。


「お疲れ様です、りおなさん。何か飲みますか?」


「うん、アイスコーヒー頼むわ」


 チーフはすぐさま執事よろしくアイスコーヒーを持ってくる。りおなはガムシロップも何もいれずひと息に飲み干した。


「んで、次はぬいぐるみ創り?」伸びをしながらりおなは尋ねる。


「ええ、ただ休憩してからでいいですよ」


「んや、別に急いどらん、ただ確認したかっただけ」


 ――今さっきの朗読はほんとにしんどかったわ。今日はもうこれ以上ムダに疲れたくない。

 考えすぎじゃろうけど、万一何かの手違いで同級生にでも見られたら……

 間違いなく、りおなののあだ名は『ネコ耳図書委員』か『ネコ耳中二保育士』じゃ。残りの人生まっくらやみ決定。


「ぬいぐるみ創りを終えたらお昼は外で食べましょう。何か希望があれば聞いておきますが」


「うーん、サンドイッチ頼む。フルーツ挟んだのも入れとって」

 りおなはゆっくり体を起こす。


「んで、どこで作業すんの?」


「ええ、こことは別に大部屋を借りているのでそこを使いましょう、布や綿は用意してあります。私は先に行ってますから、りおなさんは体を休めたら来てください」


「んーや、すぐ行く。もう余力がないやけん行く。

 『やる気が出るまでやんない』とか言ってたらいつまでたってもできん」

 りおなは起き上がるとチーフの言う大部屋に向かった。




「では、どれから始めますか? りおなさん」


 ファーストイシューに装備変更したりおなはソーイングレイピアとトランスフォンを構えて少し嫌そうに答える。


「……『ミーアキャットのパン屋さん』からやっつける。

 なあ、これ2,3匹くらいじゃいけんの?」


「家族は全員そろっていないとダメでしょう。大変ですが頑張ってください」


「わーー ったーーーー」


 ともすると、折れそうになる気持ちを何とか立て直し、りおなはチーフが拡げている薄茶色の布にソーイングレイピアの切っ先を向けた。




「お疲れ様です、りおなさん。大丈夫ですか」チーフはりおなをいたわるように尋ねる。


「もうイヤ! おうち、帰る! ぜったい帰る!」


 宿屋の三階の一室、りおなはベッドに突っ伏して両足をバタバタさせながらウソ泣きをしていた。だがチーフは全く取り合わない。


「もうそろそろ昼食の時間ですが外で食べますか? それとも……」


「ここで たべるー」


 ベッドに突っ伏したままりおなは答える。

 無理もない、午前中いっぱいソーイングレイピアでおおきなもので身長140cm程のぬいぐるみを一時いっときに20にんほど創ったのだ。


 手始めに一番頭数あたまかずの多いミーアキャットたちに取り掛かったのがまずかった。

 ミーアキャットの大人4にん、子供たち12にんを一気に創った(創らされた)のだ。


 ステンシルもおとな、こどもと二種類さえあればいいだろうにひとりずつ大きさも顔も微妙に違う。

 ひとりひとりに綿を詰める際の光り輝くイメージ操作を合計14回おこなって、一服しようと思っていた矢先に、チーフから、さも当然のように淡々と告げられた。


「では次は『きこりのジゼポ』ですね」

 と聞かされた時、りおなの心の中で大事な何かが音を立てて折れた。


 残りの絵本のキャラクターを創っている間、チーフから「さすがですりおなさん、最初のころより格段に創るスピードが上がっています」と絶賛されたが、その言葉はりおなの耳には届いていなかった。


「今日はここでぬいぐるみ創りは終わりにしましょう」というのがかろうじて聞こえたりおなは、残された最後の力を振り絞り自分の部屋に戻ってベッドにダイブした。


 りおなはうつ伏せになりながら考える。

 ――あの富樫とかチーフとかいうのは布と綿でできた悪魔だ。

 りおなはこの異世界がぬいぐるみで埋め尽くされるまで働かされ続けるんだ。

 それはずーーーーっと、自分がおばあちゃんと同い年ぐらいになるまで続くに違いない、きっとそうだ。


 りおながおのれの不運を嘆きながら、両足を交互にバタバタさせていると、なにか大勢の気配が近づいてきた。


「あ、りおなさん、ミーアキャットたちが来ましたよ」


 言われてりおながベッドから顔だけ上げると今しがた自分が創ったミーアキャットたちが部屋に来た。

 絵本の中ではふたくみの大家族が協力して新しいパン屋を開くという話だった。


 そのぬいぐるみの一団はりおなの部屋に入る前に、本物と同じように左右をせわしなく確認すると最初に大人4人が部屋に入ってきた。子供たちが後に続く。

 ミーアキャットたちは直立不動の姿勢を取ると、一斉にりおなに一礼し去って行った。


「あのヒトたち、これからどうしうと?」


「しばらくは『ノービスタウン』に留まったあと、『ウエイストランド』近辺に丸太小屋のパン屋と地下に住まいを作ります。

 住まいはともかく、パン屋はこの街のティング族やウディ族、それとながクマが担当します。


 『きこりのジゼポ』や『とかげのガジェット』の住まいも彼らに任せておけば大丈夫ですね。少しづつですがあの荒れた大地『ウエイストランド』はどんどん開発されていきますよ」


「あーーそれじゃけど、これからぬいぐるみってあとどれくらい創んの?」

 ――考えたくないけど……これから先何百にんも創らされるなら、一旦実家に帰って療養したいわ。

 ベッドで窓から見える木の葉っぱが落ちるのを眺めてよう。


「Rudibliumの開発状況とりおなさんの体調と相談して、徐々に増やすのが一番でしょうね。

 さすがに今日は多すぎましたね、申し訳ないです。今、食事をお持ちします」


「『んー、よきに計らえ』」


 すぐさま、大皿に山盛りのサンドイッチと冷やしたプーアル茶、おしぼりが部屋のテーブルに運ばれてきた。

 りおなはすぐに部屋着に着替えておしぼりで手を拭き、さっそくぱくついた。


「美味しいねこれ、作ったの課長?」

 りおなが今手にしているのは薄切りのローストビーフとアスパラガスが入っている。

 ほかのは茹でたエビとスクランブルエッグ、サラミと粒入りマスタード、スライスチーズとトマトにサニーレタス。

 それからバナナとイチゴ、マンゴー、キウイフルーツをホイップクリームで和えたものなど、色とりどりだ。


「いえ、私です。今朝課長が朝食を作る隣で私が作って冷やしておきました」


「ふーん」


 りおなは密かに感心する。

 ――いつじゃったかお弁当を作るのが得意だと言っていたっけ、どこでかは忘れたけんど。

 早起きして作ってくれたのかもしれん。


「では昼食とお昼寝が終わったら魔法の訓練をします」


「え、魔法? トレーニング?」


「はい、午後は攻撃用のお菓子魔法、トリッキートリートの訓練ですね。ま、何をするかはその時教えます」


「うん、わかった。食べたらちょっと寝る。起きたら呼ぶわ」


「解りました。では、一旦失礼します」


 チーフが退室すると、りおなはサンドイッチを両手で持ちゆっくりと味わった。



   ◆



 Rudiblium Capsa本社は異世界にある『おもちゃの国』だが、人間世界の企業と変わらず、周辺の居住区から出退社し、就業規則通りの時間内で勤務するものが大半だ。

 だがまれに社則を無視して行動する者もいた。


「入社すぐで重役出勤とはいい度胸だな、天野」


 背後から名前を呼ばれると、派手なピンク色のパピヨンのぬいぐるみはびくっと肩をすくませた。



 そーっと後ろを振り返るとそこには腕を組んで仁王立ちしているジャーマンシェパードの顔を持つグラン・スタフ、芹沢の姿があった。

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